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四章 新しい仲間たちの始まり
開戦と、参戦
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「さて、やるか」
ディートリヒの身体のグリおじさんが気合を入れて、巨大魔道銅像に向かう。
その背後には、ハーレムパーティーの女性たちが呆然とした視線と向けていた。
だが、グリーダーが、彼女たちに目を向けることはもうない。
完全に終わったこと。無視ではなく、完全に意識から消えていた。
「「応っ!」」
グリーダーの言葉に、クリストフとベルンハルトが答える。
二人もこれから始まる戦いに気を取られていて、ハーレムパーティーなど気にしてる余裕はなかった。
「……分かったわよ」
と、剣を握ってコルネリアも続けた。
彼女はだけが違っていた。
同じ女性と言うこともあるのだろうか。それとも、色々と考え過ぎている所為か。ハーレムパーティーの女性たちのことを意識してしまう。同情の気持ちが、欠片程度だが湧いてしまう。
だが、所詮は自分たちの命を狙ってきた連中だ。
コルネリアは自分の頬を両手で軽く叩くと、気合を入れて戦闘へと意識を切り替えた。
ベルンハルトはタロスと大きく距離を空けた位置に陣取ると、いつでも魔法を使える準備を整えた。
クリストフとコルネリアは、タロスとベルンハルトの中間位置だ。
そこでグリーダーの補助に入れるように剣を抜いて構えた。ここまでグリーダーが一人で戦闘を進めていたため、二人は最低限の装備の軽装だ。
だが、補助に入るならその方が良いだろう。あえて、装備を変えたりはしない。
「大丈夫でしょうね?」
「何がだ?」
ふと、コルネリアはクリストフに問いかける。急に不安になってきたのだ。
それに対して、クリストフは平然と返した。
グリーダーの下僕化していることすら忘れたかのように、いつも通りだ。これなら問題ないだろうと、コルネリアは胸を撫で下ろした。
一人、タロスに向かって歩いていくグリーダー。
ある一線を超えた時点で、タロスが被る兜の目の部分に怪しい光が灯った。
「始まるぞ!気合を入れろ!!」
グリーダーの檄に、全員が身構えた。
階層主は、接近するまで攻撃を仕掛けてくることはない。
ボス部屋は今まで通って来たダンジョンの通路よりも、一段強い魔獣が現れる場所である。入った途端に冒険者が全滅に陥らないために、撤退や戦闘の準備を整えるための時間を与えてくれる。
そのことがこのアダド地下大迷宮が迷宮主の妖精王に管理された場所であり、殺戮を目的としていない実験場であることを示している。
タロスの目に灯る光は赤。
暗く淀んだ赤い光が漏れている。まるで兜の中に溶岩が詰まっており、その光が漏れているかのようだ。
ギッと、金属が軋む音がする。
タロスが首を動かしグリーダーの方向を見た。
同時に、鋭い風切り音が響いた。
「ふはははは!中々の剣の速さではないか!!」
望郷の三人が何が起こったのか察したのは、グリーダーのバカ笑いが聞こえてからだった。一瞬の出来事過ぎて、目に留まらなかったのだ。
いつの間にかタロスは腕だけを動かし、握っていた剣をグリーダー目掛けて振っていた。
タロスの剣は、並の人間の身の丈の数倍はあろうかという巨大な魔法銅の剣だ。
それが凄まじい速さで振られたため、鋭い風切り音を響かせたのだった。
三人には目で追うことすら不可能な速さだったが、グリーダーはそれを見切ったのだろう。
剣が届くよりも早く身をかわして、その場から移動していた。
「……あれは、私じゃかわせないわね」
コルネリアは自分の身体強化に自信があった。
だが、たとえ身体が動いても目で追えない物を避けることは難しい。
身体強化したコルネリアよりも、ディートリヒ本来の動きは遅い。それでもタロスの攻撃を避けられたのは、動きを予測して動いたと言うことに他ならない。
それはコルネリアが至っていない、達人の領域の技術だ。
コルネリアは悔しさに、唇を噛んだ。
タロスはゆっくりとグリーダーに向き直る。
腕だけで振るわれた剣は、あくまで威嚇。本番はこれからだ。
「さて、どう攻めるか?我の風の魔法を纏わせた剣であれば、魔法銅ごとき容易く切れるが……。問題は間合いの差だな。数倍の体格差があるがゆえに、やつに斬り付けるためには懐に入らねばならぬ。今の動きからして、この鈍重な寝坊助の身体では苦労しそうだな」
グリーダーの呑気な声が聞こえる。
その間もタロスは剣を振ろうとしているが、グリーダーは常に移動して剣が当たる位置にはいない。おかげでタロスの方も攻めあぐねているようだ。
タロスの身の丈五メートルを超える巨体に、鈍重さはない。
人間と同じ速さで動く。
それだけのことだが、戦闘ではかなり有利に働く。
たとえただの棒でも、同じ速さで振れるなら長い方が先端の速度は上がる。手足の場合もそれと同じだ。
速ければ当たった時の威力が強くなる。
そこにさらに剣の長さと重さが加われば、かすめるだけでも致命的な一撃となる。
当然ながら攻撃できる範囲も広い。
動き回って疲れさせる方法も、半魔道具に疲労はないので無理だろう。ダンジョンから魔力を供給されているので、魔力切れを狙うこともできない。
唯一、狭い場所に逃げ込めば巨体が不利となるが、今戦っているのはダンジョンのボス部屋だ。そんな場所はない。
それに。
「うおっ!」
グリーダーが悲鳴とも唸りともとれない声を上げて飛び退いた。それと同時に、炎が床を焼く。
タロスが魔法を……炎の玉を放ったのだ。
タロスは長い手足や剣だけでなく、魔法による攻撃も可能だった。
魔法が使えるタロス相手では、狭い場所に逃げ込もうが距離を取ろうが攻撃が可能なのだ。
「ファイアーボールか。ぬかった。半魔道具であればどこかに予備動作があったはずだが、見落としたな!」
ファイアーボールはタロスの背後、ちょうどグリーダーの死角となっている場所で発動された。
ファイアーボールは背中から弧を描くように飛んで、正面にいるグリーダーを攻撃した。
こういった風に予測のつかない場所から魔法が放てるのも、半魔道具の利点だろう。人間であれば意識の集中の都合上、背後で発動させるのは難しい。
「背中にある部品の一部が光っていました。次からは発動前に潰せます」
ベルンハルトが呟く。彼の位置からは発動の予備動作が見れたらしい。いつもの無表情ながら、少し自慢げに見えた。
「うむ、任せる」
「ハイ!」
グリーダーはベルンハルトと短い会話を交わしたが、視線を向ける余裕すら無さそうだった。
猛攻とは言い難いものの、それでもタロスの剣での攻撃は途切れることが無い。グリーダーは避けるだけで精いっぱいだ。
自分の役割を忠実にこなそうとしているベルンハルトに反して、コルネリアとクリストフは手を出せずにいた。
近接攻撃しかできない二人は、グリーダーとタロスの戦いに割り込める隙が見つけられない。
ディートリヒと違って、グリーダーの動きは二人は読めない。どういった動きをするか予測すらできない以上は、割り込んでは自分どころかグリーダーにも危険が及ぶ。
この状態では手を出すことが出来そうにない。共闘は不可能だ。
コルネリアの不安が、そのまま現実となってしまっている。
そんな二人を視界の端でとらえて、グリーダーは唇を噛んだ。
「……一度、受けるしかないか……」
コルネリアとクリストフの参戦が期待できない以上、このままでは攻めの一手が見つからない。
相手は疲れを知らない半魔道具。避けてばかりでは、いずれは疲労した自分たちが全滅する。
しびれを切らしたグリーダーは、賭けに出ることにした。
自分の動きが予測できず手出しできないなら、誰が見ても攻める好機だと分かる状況を作ってやるしかない。
グリーダーは剣を一度収めると、もう一方の剣を抜いた。
グリーダー……ディートリヒは普段から二本の剣を腰に下げている。
一本は今まで使っていた、普通の鋼の剣に一筋の魔法銀を埋め込んだもの。
この剣はディートリヒ程度の魔力でも魔法を纏わせることができるため、非常時のための剣として使っていた。
だが、魔力を節約して扱える者には利点があるため、グリおじさんの意識が入ってグリーダーとなってからは主武器として使っていたのである。
そしてもう一本は、ミスリルのみで作られた剣。
こちらは常人では魔法を纏わせることなど不可能だが、鉄よりはるかに硬く強く、刃こぼれさえ滅多にしない。
そのため、ディートリヒはこちらをメイン武器として使っていた。
グリーダーはそのミスリルの剣を抜くと、すっと軽く息を吸い込む。
そして、今まさに振り下ろされようとしているタロスの剣に向かって一歩前に踏み出した。
真っ直ぐ振り下ろされるタロスの剣に、グリーダーは横なぎにミスリルの剣を振る。
金属同士がぶつかり合う、甲高い音が響く。
「ちぃ!軟弱な寝坊助の身体め!!」
振り下ろされたタロスの剣の勢いに、グリーダーの身体が大きく沈み込んだ。
ギリと、噛み締めた奥歯が音を立てる。衝撃で黒い鎧がビリビリと音を立てる。
十字に重なり合う、タロスの剣とミスリルの剣。
叩き潰される寸前でグリーダーは耐えきった。
グリーダーはタロスの剣をミスリルの剣で受け止めていた。
ミスリルが魔法銅に比べて堅いとはいえ、ミスリルの剣の方がタロスの剣よりもはるかに細い。それに一か所にかかる衝撃も大きすぎる。
受け止め方を間違えて衝撃を受け流せていなければ、一瞬でミスリルの剣は折れていただろう。
まさに、神業だ。
「ああ!この身体は軟過ぎる!身体強化を使っても受け止めるのがやっとではないか!魔力も凄い速さで減っておるぞ!寝坊助の少ない魔力なぞ、一瞬で尽きそうだ!!うるさい女にチャラいの!なにボケっと見ておる!我が好機を作ってやったのだぞ!!」
「あ、はい!」
「おう!!」
目の前の信じられない状況に呆然としていたコルネリアとクリストフだが、グリーダーに怒鳴られてタロスに駆け寄り攻撃を仕掛けようとした。
だが、その攻撃は不発に終わった。
「え?なに?」
「うわ!!」
風の様な素早さで、二人の前に割り込んだ者がいたからだ。
その者が体当たりでぶつかると、タロスの身体は大きく揺らいだ。
続けて身体が揺らいだ隙を狙ったように放たれたのは、無数の小さな風の刃。
余波で一陣の風が吹き荒れた。
タロスはその直撃に耐え切れず、身体を大きく傾けて仰向けに倒れて土埃を上げた。
風の刃は初歩の魔法だ。
魔法を使えるようになった者たちが、最初に習う攻撃魔法である。
初心者がよくやる失敗は、魔法の矮小化と鈍化。
習った通りの魔法式でも、小さくて鋭さのないウインドカッターしか出せないというものである。
今、タロスへと放たれ、無数の小傷を付けたウインドカッターも、そんな初心者が作り出した魔法のように見えた。
だが、その数が異常だ。ありえない数の魔法が放たれていた。
並の魔力ではありえない。
<オレノ、カラダヲ、キケンニサラスナ!ガイジュウ!!>
莫大な魔力任せに大量に放たれた、初心者レベルのウインドカッターの魔法。
つまり、この魔法は、グリおじさんの身体のディートリヒが参戦した証だった。
ディートリヒの身体のグリおじさんが気合を入れて、巨大魔道銅像に向かう。
その背後には、ハーレムパーティーの女性たちが呆然とした視線と向けていた。
だが、グリーダーが、彼女たちに目を向けることはもうない。
完全に終わったこと。無視ではなく、完全に意識から消えていた。
「「応っ!」」
グリーダーの言葉に、クリストフとベルンハルトが答える。
二人もこれから始まる戦いに気を取られていて、ハーレムパーティーなど気にしてる余裕はなかった。
「……分かったわよ」
と、剣を握ってコルネリアも続けた。
彼女はだけが違っていた。
同じ女性と言うこともあるのだろうか。それとも、色々と考え過ぎている所為か。ハーレムパーティーの女性たちのことを意識してしまう。同情の気持ちが、欠片程度だが湧いてしまう。
だが、所詮は自分たちの命を狙ってきた連中だ。
コルネリアは自分の頬を両手で軽く叩くと、気合を入れて戦闘へと意識を切り替えた。
ベルンハルトはタロスと大きく距離を空けた位置に陣取ると、いつでも魔法を使える準備を整えた。
クリストフとコルネリアは、タロスとベルンハルトの中間位置だ。
そこでグリーダーの補助に入れるように剣を抜いて構えた。ここまでグリーダーが一人で戦闘を進めていたため、二人は最低限の装備の軽装だ。
だが、補助に入るならその方が良いだろう。あえて、装備を変えたりはしない。
「大丈夫でしょうね?」
「何がだ?」
ふと、コルネリアはクリストフに問いかける。急に不安になってきたのだ。
それに対して、クリストフは平然と返した。
グリーダーの下僕化していることすら忘れたかのように、いつも通りだ。これなら問題ないだろうと、コルネリアは胸を撫で下ろした。
一人、タロスに向かって歩いていくグリーダー。
ある一線を超えた時点で、タロスが被る兜の目の部分に怪しい光が灯った。
「始まるぞ!気合を入れろ!!」
グリーダーの檄に、全員が身構えた。
階層主は、接近するまで攻撃を仕掛けてくることはない。
ボス部屋は今まで通って来たダンジョンの通路よりも、一段強い魔獣が現れる場所である。入った途端に冒険者が全滅に陥らないために、撤退や戦闘の準備を整えるための時間を与えてくれる。
そのことがこのアダド地下大迷宮が迷宮主の妖精王に管理された場所であり、殺戮を目的としていない実験場であることを示している。
タロスの目に灯る光は赤。
暗く淀んだ赤い光が漏れている。まるで兜の中に溶岩が詰まっており、その光が漏れているかのようだ。
ギッと、金属が軋む音がする。
タロスが首を動かしグリーダーの方向を見た。
同時に、鋭い風切り音が響いた。
「ふはははは!中々の剣の速さではないか!!」
望郷の三人が何が起こったのか察したのは、グリーダーのバカ笑いが聞こえてからだった。一瞬の出来事過ぎて、目に留まらなかったのだ。
いつの間にかタロスは腕だけを動かし、握っていた剣をグリーダー目掛けて振っていた。
タロスの剣は、並の人間の身の丈の数倍はあろうかという巨大な魔法銅の剣だ。
それが凄まじい速さで振られたため、鋭い風切り音を響かせたのだった。
三人には目で追うことすら不可能な速さだったが、グリーダーはそれを見切ったのだろう。
剣が届くよりも早く身をかわして、その場から移動していた。
「……あれは、私じゃかわせないわね」
コルネリアは自分の身体強化に自信があった。
だが、たとえ身体が動いても目で追えない物を避けることは難しい。
身体強化したコルネリアよりも、ディートリヒ本来の動きは遅い。それでもタロスの攻撃を避けられたのは、動きを予測して動いたと言うことに他ならない。
それはコルネリアが至っていない、達人の領域の技術だ。
コルネリアは悔しさに、唇を噛んだ。
タロスはゆっくりとグリーダーに向き直る。
腕だけで振るわれた剣は、あくまで威嚇。本番はこれからだ。
「さて、どう攻めるか?我の風の魔法を纏わせた剣であれば、魔法銅ごとき容易く切れるが……。問題は間合いの差だな。数倍の体格差があるがゆえに、やつに斬り付けるためには懐に入らねばならぬ。今の動きからして、この鈍重な寝坊助の身体では苦労しそうだな」
グリーダーの呑気な声が聞こえる。
その間もタロスは剣を振ろうとしているが、グリーダーは常に移動して剣が当たる位置にはいない。おかげでタロスの方も攻めあぐねているようだ。
タロスの身の丈五メートルを超える巨体に、鈍重さはない。
人間と同じ速さで動く。
それだけのことだが、戦闘ではかなり有利に働く。
たとえただの棒でも、同じ速さで振れるなら長い方が先端の速度は上がる。手足の場合もそれと同じだ。
速ければ当たった時の威力が強くなる。
そこにさらに剣の長さと重さが加われば、かすめるだけでも致命的な一撃となる。
当然ながら攻撃できる範囲も広い。
動き回って疲れさせる方法も、半魔道具に疲労はないので無理だろう。ダンジョンから魔力を供給されているので、魔力切れを狙うこともできない。
唯一、狭い場所に逃げ込めば巨体が不利となるが、今戦っているのはダンジョンのボス部屋だ。そんな場所はない。
それに。
「うおっ!」
グリーダーが悲鳴とも唸りともとれない声を上げて飛び退いた。それと同時に、炎が床を焼く。
タロスが魔法を……炎の玉を放ったのだ。
タロスは長い手足や剣だけでなく、魔法による攻撃も可能だった。
魔法が使えるタロス相手では、狭い場所に逃げ込もうが距離を取ろうが攻撃が可能なのだ。
「ファイアーボールか。ぬかった。半魔道具であればどこかに予備動作があったはずだが、見落としたな!」
ファイアーボールはタロスの背後、ちょうどグリーダーの死角となっている場所で発動された。
ファイアーボールは背中から弧を描くように飛んで、正面にいるグリーダーを攻撃した。
こういった風に予測のつかない場所から魔法が放てるのも、半魔道具の利点だろう。人間であれば意識の集中の都合上、背後で発動させるのは難しい。
「背中にある部品の一部が光っていました。次からは発動前に潰せます」
ベルンハルトが呟く。彼の位置からは発動の予備動作が見れたらしい。いつもの無表情ながら、少し自慢げに見えた。
「うむ、任せる」
「ハイ!」
グリーダーはベルンハルトと短い会話を交わしたが、視線を向ける余裕すら無さそうだった。
猛攻とは言い難いものの、それでもタロスの剣での攻撃は途切れることが無い。グリーダーは避けるだけで精いっぱいだ。
自分の役割を忠実にこなそうとしているベルンハルトに反して、コルネリアとクリストフは手を出せずにいた。
近接攻撃しかできない二人は、グリーダーとタロスの戦いに割り込める隙が見つけられない。
ディートリヒと違って、グリーダーの動きは二人は読めない。どういった動きをするか予測すらできない以上は、割り込んでは自分どころかグリーダーにも危険が及ぶ。
この状態では手を出すことが出来そうにない。共闘は不可能だ。
コルネリアの不安が、そのまま現実となってしまっている。
そんな二人を視界の端でとらえて、グリーダーは唇を噛んだ。
「……一度、受けるしかないか……」
コルネリアとクリストフの参戦が期待できない以上、このままでは攻めの一手が見つからない。
相手は疲れを知らない半魔道具。避けてばかりでは、いずれは疲労した自分たちが全滅する。
しびれを切らしたグリーダーは、賭けに出ることにした。
自分の動きが予測できず手出しできないなら、誰が見ても攻める好機だと分かる状況を作ってやるしかない。
グリーダーは剣を一度収めると、もう一方の剣を抜いた。
グリーダー……ディートリヒは普段から二本の剣を腰に下げている。
一本は今まで使っていた、普通の鋼の剣に一筋の魔法銀を埋め込んだもの。
この剣はディートリヒ程度の魔力でも魔法を纏わせることができるため、非常時のための剣として使っていた。
だが、魔力を節約して扱える者には利点があるため、グリおじさんの意識が入ってグリーダーとなってからは主武器として使っていたのである。
そしてもう一本は、ミスリルのみで作られた剣。
こちらは常人では魔法を纏わせることなど不可能だが、鉄よりはるかに硬く強く、刃こぼれさえ滅多にしない。
そのため、ディートリヒはこちらをメイン武器として使っていた。
グリーダーはそのミスリルの剣を抜くと、すっと軽く息を吸い込む。
そして、今まさに振り下ろされようとしているタロスの剣に向かって一歩前に踏み出した。
真っ直ぐ振り下ろされるタロスの剣に、グリーダーは横なぎにミスリルの剣を振る。
金属同士がぶつかり合う、甲高い音が響く。
「ちぃ!軟弱な寝坊助の身体め!!」
振り下ろされたタロスの剣の勢いに、グリーダーの身体が大きく沈み込んだ。
ギリと、噛み締めた奥歯が音を立てる。衝撃で黒い鎧がビリビリと音を立てる。
十字に重なり合う、タロスの剣とミスリルの剣。
叩き潰される寸前でグリーダーは耐えきった。
グリーダーはタロスの剣をミスリルの剣で受け止めていた。
ミスリルが魔法銅に比べて堅いとはいえ、ミスリルの剣の方がタロスの剣よりもはるかに細い。それに一か所にかかる衝撃も大きすぎる。
受け止め方を間違えて衝撃を受け流せていなければ、一瞬でミスリルの剣は折れていただろう。
まさに、神業だ。
「ああ!この身体は軟過ぎる!身体強化を使っても受け止めるのがやっとではないか!魔力も凄い速さで減っておるぞ!寝坊助の少ない魔力なぞ、一瞬で尽きそうだ!!うるさい女にチャラいの!なにボケっと見ておる!我が好機を作ってやったのだぞ!!」
「あ、はい!」
「おう!!」
目の前の信じられない状況に呆然としていたコルネリアとクリストフだが、グリーダーに怒鳴られてタロスに駆け寄り攻撃を仕掛けようとした。
だが、その攻撃は不発に終わった。
「え?なに?」
「うわ!!」
風の様な素早さで、二人の前に割り込んだ者がいたからだ。
その者が体当たりでぶつかると、タロスの身体は大きく揺らいだ。
続けて身体が揺らいだ隙を狙ったように放たれたのは、無数の小さな風の刃。
余波で一陣の風が吹き荒れた。
タロスはその直撃に耐え切れず、身体を大きく傾けて仰向けに倒れて土埃を上げた。
風の刃は初歩の魔法だ。
魔法を使えるようになった者たちが、最初に習う攻撃魔法である。
初心者がよくやる失敗は、魔法の矮小化と鈍化。
習った通りの魔法式でも、小さくて鋭さのないウインドカッターしか出せないというものである。
今、タロスへと放たれ、無数の小傷を付けたウインドカッターも、そんな初心者が作り出した魔法のように見えた。
だが、その数が異常だ。ありえない数の魔法が放たれていた。
並の魔力ではありえない。
<オレノ、カラダヲ、キケンニサラスナ!ガイジュウ!!>
莫大な魔力任せに大量に放たれた、初心者レベルのウインドカッターの魔法。
つまり、この魔法は、グリおじさんの身体のディートリヒが参戦した証だった。
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