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四章 新しい仲間たちの始まり

最悪の、責め苦

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 「えええええ!!?」と驚きの声を上げたコルネリアの頬が赤く染まっていく。

 大きく目を見開いて見つめるのは、激しく口付けを交わす敵の女とディートリヒ。

 いや、正しくはディートリヒなのは身体だけだ。
 中身はグリおじさんの、通称グリーダーだ。
 頭の中ではそのことを理解していても、感情部分が追い付かない。身近な人間の情事を見るのは、それだけ頭を混乱させる。

 口付けを交わしている二人の姿は、演劇の登場人物の様だった。

 敵の女を壁際に追い詰め、左手を突いているグリーダー。
 最初は掌だけだったが、今は肘まで壁に突いていて二人の身体の距離は極限まで縮まっている。
 密着まではしていない微妙な距離がもどかしく、逆に淫靡な想像を沸き立たせた。

 口付けは深い。
 お互いに同意が無いと交わせないような、舌を絡める口付けだ。
 それなのに下品に見えないのは、互いにどこか一歩引いている様な雰囲気があるからだろうか。

 しかしそんな雰囲気もわずかな時間だけだ。次の瞬間には女の方からグリーダーの首に手が回される。
 女は目を細め、より深い交わりを求めて身体を密着させた。

 コルネリアは口付けをしている女以外にも、自分たち以外の誰かがボス部屋の中にいるのを感じた。
 魔法で姿を隠しているようだが、動揺から魔法が揺らいで気配を感じられるようになったようだ。

 <ふふふふふ、落ちたな!まずは一人目!!>

 呆然と見ていたコルネリアの頭に、無粋な声が響いた。
 グリおじさんの声だ。
 グリーダーの口から発せられる声ではなく、いつもの望郷のメンバーたち以外には聞こえない声だった。

 その声に、コルネリアは現実に引き戻された。

 「ちょっと!何やってるのよ!!」
 <うるさい。うるさい女としてはそれが本質なのだろうがな、襲って来た連中が正気に戻るであろう?我の計略の邪魔をするな。声を落とせ。小声でもちゃんと聞こえておる>

 思わず叫んだコルネリアは、なぜかグリおじさんに叱られた。
 仕方が無しに、コルネリアは囁くような小声で続けた。

 「……何やってるのよ?戦闘中でしょ?って、牛頭人ミノタウロス!!?」

 コルネリアは今が戦闘中だと思い出し慌てた。
 グリーダーの奇行で、完全に意識から抜け落ちていた。

 慌てて周囲を見渡すと、誰もが口付けをしている二人に注目していて、戦っていたミノタウロスに意識を向けていない。マズい。

 <足止めはしてある。気にするな>
 「足止め?」

 コルネリアが慌ててミノタウロスがいた方向に目を向けると、確かにされていた。

 ディートリヒはいつも腰に二本の剣を下げている。
 一本は主として使っているミスリルの剣だ。
 そしてもう一本は、暴力鍛冶屋に作ってもらった、ミスリルの細い線が入った魔法を纏わせるための剣だった。

 その魔法を纏わせるための剣が、突き刺さっていた。
 突き刺さっている場所は、ミノタウロスの巨大な斧と、足の甲と、そして床。

 まるで串焼きの串のように。
 剣は深々と斧を貫き、足の甲すら貫通して、その二つを床へと縫い留めている。
 足止めとは良く言ったもので、足の甲を深々と貫かれたミノタウロスは剣を抜かない限り一歩も動けそうにない。

 普通の剣ではこんな無茶な使い方に耐えられるはずがないが、グリーダーは剣に魔法を纏わせて貫いたのだろう。

 一体いつの間に……。
 コルネリアは、それなり以上に武術の心得がある。
 そんな彼女が見落とすほどの速さでやってのけたグリーダーの剣技に、コルネリアは恐怖すら感じた。

 <うるさくされては邪魔なのでな、喉も潰して置いたぞ>

 グリーダーがそっと補足をした。
 コルネリアがじっくりミノタウロスを見ると、喉が裂けている。あれでは雄叫びも上げられないだろう。

 「殺しちゃえば良かったのに……」

 ミノタウロスの喉の傷は浅い。器用に太い血管を傷つけずに声帯だけを潰したようだ。
 ミノタウロスは足の甲を貫かれ、喉を切り裂かれた痛みからか、動きが止まっていた。だが、その目から戦意は消えていない。押し寄せる痛みを抑え込めれば、すぐにでも戦いに復帰して来るだろう。

 <牛頭うしあたまにはもう少しの間は役に立ってもらわねばならん。今は殺すわけにはいかぬ。まだ残っておるからな!>
 「三人って……まだ何かするつもり?」
 <自ら死を望む気分にしてやると言ったであろう?これはその準備だ!>

 確かにグリーダーは事前にそう言っていた。
 
 「…………キスが準備?」

 思わず、コルネリアは聞き返した。
 どちらかというと、敵の女はうっとりとして、気持ちよさそうに見える。どう考えても、グリーダーの行動が「死を望む気分」に繋がるとは思えない。

 <そうだ!>

 だが、グリーダーの声は断言した。

 <口付けだけではないぞ?我の素晴らしい手際を見たであろう?女の危機を救い、壁際に追い詰め、壁に手を突いて逃げ場を奪い、威圧的な態度ながら甘く優しい言葉を告げる!恐怖と安堵で心に揺さぶりをかける、見事な壁ドンであったであろう?>
 <壁ドン!?>

 コルネリアの眉間に、深い溝が刻まれる。

 <貴様とて、女の端くれであろう?まさか知らぬとは言わぬな?ハーレムクイーンやエタニティなどで、かつての文豪たちがこぞって書き記した有名な求愛の所作であろうが?>
 <……ハーレムクイーンとエタニティは知ってる……>

 コルネリアは予想外の単語を聞いて、まるで酢でも飲まされたかの様な顔で答えた。

 後宮女王ハーレムクイン永遠エタニティは、どちらも数百年以上続く有名な恋愛小説シリーズの商標である。
 長い歴史の中で取り扱う商会こそ変わっていっているが、その方針が変わることが無い。
 常に女性が幸せになる恋愛を描いてきた。

 未だに人気が廃れることなく、多くの読者を魅了して現在でも新作が作られ続けている。
 世の女性の憧れが詰まったシリーズなのだ。

 それが何故か最も似合わないグリーダーの……恋愛なんて縁があるとは思えないオジサンの、しかも魔獣の口から語られたのである。
 コルネリアが困惑して、何とも言えない顔になるのも仕方ない。

 <ふむ、牛頭うしあたまが復活したようだ。次に移るか>

 そう言いながらグリーダーが敵の女から唇と手を離すと、女は壁に背を這わせながら崩れ落ちた。
 腰砕けと言って良い状態で、目の焦点が合ってない。唾液で淫靡に輝く唇からは、熱い吐息が漏らされた。

 グリーダーはそんな女に目もくれずに駆け出すと、足の甲に刺さった剣を抜こうと手を伸ばしているミノタウロスに向かう。
 そして、ミノタウロスの手が剣にかかる寸前で、剣に手をかけて一気に引き抜いた。

 引き抜く瞬間に剣に魔法を纏わせたため足の甲の内側が抉れ、ミノタウロスは激しく身を捩った。

 <姿隠しの魔法が厄介だな。気配だけでは完全な位置の特定は難しい。殺気を放って襲ってきてくれれば分かりやすいのだがな。次はあの辺りにいる者にするか>

 呟きながらもグリーダーの動きは止まることが無い。
 身を捩るミノタウロスの足を剣で切り裂く。切り裂かれた痛みを感じたミノタウロスは、グリーダーを赤く光る目で睨み付けた。

 同時に、ミノタウロスは斧を握り直すと距離を捕ろうとしているグリーダーに向かって投げ付けた。
 だが、グリーダーは軽く身を翻して斧を避ける。

 「きゃっ!」

 グリーダーの背後に斧が当たると同時に、短い悲鳴が聞こえて人影が現れる。
 先ほどまでは誰もいなかったはずの場所だったが、斧が投げ付けられた瞬間に姿を現したのだ。
 斧はわずかに逸れて、彼女の横の壁に当たっていた。

 <ほう、魔法を使っていた魔術師だったか。当たりだな>

 今まで見えなかったのは、姿隠しの魔法の効果だった。
 だがその効果も、斧の衝撃によって切れてしまった。
 他の場所にも女性が二人と男が一人……ハーレムパーティーの残り全員の姿が現れたことから、彼女が姿隠しの魔法を使っていた魔術師に間違いない。

 グリーダーは姿を現した魔術師の女へと向かう。

 「可愛い人。こんなところにいては危ないよ」

 誰にでも聞こえるように普通の話し方で、甘い言葉をささやく。
 そして、軽やかにグリーダーは魔術師の女を横抱きにした。

 グリーダーがミノタウロス生かしたまま攻撃させている理由は、こうやって自分で助けるためだろう。
 自分がそこに当たる様に誘導したにも関わらず、ミノタウロスのやったことだから自分は関係ないとばかりに魔術師の女に優しい笑みを向けた。
 
 <お姫様抱っこの基本は、重そうにしないことだ!体重を感じさせず、軽やかに羽根の様に抱き上げねばならぬ。女は体重を気にするからな。それに非力な男も嫌われる>

 抱き上げられた魔術師の女は驚いた顔をした後に、そっと身を預けるようにしてグリーダーの胸へと体重を預けけた。

 <何だこの女。抱き上げて暴れるところを大人しくさせる予定であったが、やけにチョロいではないか!こういう女はすぐに離れた方が愛が強まる。好意を持った相手が逃げれば、強く追いかけるものだからな!押して、引くのだ!>

 声が望郷のメンバー以外に聞こえないのを良い事に、言いたい放題だ。
 グリーダーは魔術師の女を抱いたまま部屋の隅へと行くと、そこで静かに降ろした。

 「あ……あの……」

 魔術師の女は何か言いたげに見つめてきたが、グリーダーは無言でその場から離れた。
 残されたのは頬を染めてグリーダーを見つめる魔術師の女だけだ。

 「……私は、一体何を見せられてるんだろう……」

 コルネリアは頭を抱えながら、他の望郷のメンバーたちに目を向けた。
 ベルンハルトは興味深げに無言でグリーダーの様子を見ていた。双子は丸まって寝ているし、バカグリフォン……グリおじさんの身体に入ったディートリヒは口を開けて呆然と見つめていた。

 信じられないと言った顔だ。
 それもそのはず。ディートリヒはモテないどころか自国では忌み嫌われているほど女性と縁が無い。
 商売女ですら、よほど豪気な者以外は相手をしてくれないのだ。

 それなのに、自分の身体が女に惚れられる姿を見せつけられているのである。
 驚きで呆然としても仕方がないことだろう。

 そして……。

 「あ、こっちも訳が分からないことになってる……」

 クリストフが、グリーダーの姿を満面の笑みで見つめていた。
 目をキラキラと輝かせ、頬を上気させている。
 憧れの英雄を見る子供の様な表情だ。時折うんうんと頷いているのが不気味過ぎる。

 コルネリアはそっと目を逸らした。

 「これのどこが襲って来た連中が死にたくなる目なのよ?むしろ見ている私の方が辛いわ……」

 コルネリアは耐え切れず、吐き捨てるように言った。

 <何を言っておる?人間の女は報われない恋が死ぬよりも辛いものなのであろう?惚れた男が素っ気ないのが拷問より苦しいのであろう?バカ娘がいつも「何で惚れたんだろう死にたい」と言っておったぞ?「愛してくれないなら優しくしないでよって」泣きわめいておったぞ?「拷問の方がまだマシだー」と言っておったぞ?>
 「はい?」

 その言葉で、コルネリアはやっと理解した。
 グリおじさんは、惚れた男に相手にしてもらえないことが、人間の女性にとって最も……死ぬよりも辛いことだと思い込んでいるのだ。
 それこそ、どんなに凄惨な拷問よりも。
 だから、その前段階として襲ってきたハーレムパーティーの女性たちを自分に惚れさそうとしてるのだった。

 それはまあ……間違いではない。
 惚れた男に相手にされなくて死にたい気持ちになるというのは、コルネリアも理解できる。

 だけど、命を狙って来た相手をあえて惚れさせ、その後に素っ気なくするというのは何かが違う気がする。
 回りくど過ぎるし、能天気すぎる。

 「じゃあ、バカ娘姫騎士アイリーンが書物で仕入れた知識って……」

 そしてさらに気付いてしまった。
 先ほどからの「壁ドン」や「お姫様抱っこ」などのグリーダーらしくない単語。
 それが、姫騎士アイリーンが書物で仕入れた知識なのだと。その書物が、前述のハーレムクイーンやエタニティなのだと。

 ディートリヒの身体でないと試せないと言っていたのも、当然だ。
 人間の求愛行動なのだから。

 <我の悪夢の日々!バカ娘は毎晩毎晩ひたすら読んだ書物の話をするのだぞ?あの求愛の仕方が素敵だったとか、私ならこうして欲しいとか!主様にあのような話を聞かせる訳にはいかぬゆえに、我が仕方なく聞き役を買って出ておったのだぞ!しかもあのバカ娘は、話の良いところでいつも寝てしまいおって。続きが気になって眠れなくなるのが常であったわ!我の苦痛が分かるか?我の腹にもたれ掛かり、バカ娘が話し始めた瞬間に今夜も眠れぬと悟る恐怖が理解できるか!?今思い出しても身が震えるわ!>
 「……」

 いやそれ、グリおじさんも恋愛小説にハマってたんじゃね?
 続きが気になって眠れなかったって言っちゃってるし、やけに求愛の仕方に詳しいし、人間の大人のキスの仕方も完璧だったし……と、コルネリアは思うものの、呆れて言葉が出なかった。
 
 <ふははははは!さて、次だ!!今度は顎クイッを試してみるか!>

 やけに楽し気な声を聞きながら、もう好きにしてくれと思うコルネリアだった。
 
 


 
 

   ※   ※   ※   ※

※この物語はフィクションであり、実在のレーベルとは一切関係ありません

 
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