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四章 新しい仲間たちの始まり

元アマダン伯領ギルドマスターの、悲運

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 冒険者ギルドのアダド本部は、一見平穏な日常が保たれていた。

 だが、どんなに平穏に見えようが騒動の種はどこにでも転がっているもので、今回の場合それはアダド本部のギルドマスターの部屋の中にあった。

 この国の本部は、他国で言う本部とは意味合いが違っている。

 アダド最古のギルドであり他の街の相談役をしていた過去の名残……慣例として『本部』と呼ばれることが許されていたが、実質的には現在は地下大迷宮グレートダンジョンの管理のための冒険者ギルドに過ぎない。

 アダド帝国全体のギルドを統括管理している本来の意味での本部は、アダド帝国統括管理本部という名で帝都の別の場所で運営されている。

 「マム。御用ですか?」

 そのアダド本部のギルドマスターの部屋を、一人の男がノックし呼びかけた。

 男の名はスティード。このアダド本部の副長サブマスターである。
 彼は叩き上げの人間であり、引退して冒険者ギルドに勤めるようになるまでは上位の冒険者だった。

 髪に白い物が混ざる初老に差しかかかった年齢だが、筋肉に覆われた身体に衰えは見えず、まだ現役でも通じそうな見た目をしていた。

 「入りな!」

 ノックして間もなく中から鋭い女性の声が掛かる。
 スティードが呼びかけた「マム」は母親の事ではなく女主人マダムのことであり、この部屋の持ち主の事を指していた。

 「失礼しま……」

 スティードがドアを開けると同時に中を見て。

 「……失礼しましたぁ……」

 ……そして、ゆっくりとドアを閉めて立ち去ろうとした。
 部屋の中に、彼にとって災難の元凶と言って良い物を見てしまったから。

 「なに帰ろうとしてるんだい?さっさと中へお入り!」
 「……へぇ……」

 ドアを半ばまで閉めた時点で呼び止められ、仕方が無しにスティードはギルドマスターの部屋の中へと入った。
 
 中にいたのは女性が一人。
 ふくよかな体形をしており、長い髪を後頭部で丸く一纏めシニヨンにしてしている。
 ギルドマスターを指す「マム」の呼びかけが「お母さん」や「おっかさん」の意味と勘違いされそうな見た目だ。

 彼女がこのアダド本部のギルドマスターだった。
 そして、部屋の中には彼女以外にもう一匹……。
 それはギルドマスターの執務机の上に座っていた。

 「あんたにも読んでおいて欲しくて、呼んだんだよ」
 「きゅい!」

 もう一匹は片腕を上げて、スティードに向かって挨拶をする。
 その姿を見て、スティードの目は大きく見開かれた。

 「オレはもう、ギルドマスターじゃないんで!無関係!!フィクサーの命令なんて、関わりたくない!!」
 
 スティードは叫んだ。
 しっかりとドアを閉め、外に音が漏れない様にしてから叫んだのは、咄嗟に機密に触れると考えたからなのだろう。
 もし他の職員に聞かれれば、大騒ぎになりかねない内容だった。
 
 彼が見つめる先にいるのは、可憐小竜タイニードラゴン
 小さなポシェットと郵便配達員の様な固い布地の帽子を身に付けた、濃いオレンジ色の猫くらいの大きさのドラゴンだ。

 その名を、ブルトカール君と言う。

 スティードとは顔見知りで、いつも彼が聞きたくもない話を持ち込んでくる存在だった。
 聞きたくもない話とは具体的に言うと、黒幕フィクサーと呼ばれる、決して表には出てこないものの冒険者ギルドを影から操っている絶対的な権力者の命令だ。
 
 ブルトカール君は、その黒幕フィクサーの従魔であり、連絡員メッセンジャーだった。

 「きゅい?」

 叫んだスティードに向かって、首を傾げる。
 どうしたの?と言いたげな心配そうな視線だった。

 「いや、ブルトカール君に不満がある訳じゃない……」

 穢れのない視線を向けられ、スティードは思わず言い訳をしてしまった。

 「きゅい?」
 「いや、その……」

 だったらどうして嫌がるの?……と、言いたげな視線をブルトカール君に向けられ、スティードは何と返して良い物か言い淀んだ。
 
 「大の男が情けないねぇ。それでもギルドマスターをやってた人間かい?」
 「ギルドマスターをやってたから、フィクサーの手紙なんて見たくないんだよ!オレの知らないところでやってくれ!もう二度と関わりたくない!!」
 「あんたがやらかして、ペルデュ王国本部で飼い殺しにされてたのを昔のよしみで助けてやったってのに、薄情だねぇ」
 「それは……」

 ギルドマスターはニッコリと微笑む。
 ふくよかで柔らかそうな頬に押し上げられ、細くなった目。
 それは笑みの形に歪んでいたが、その奥の瞳はまったく笑っておらず威圧的な視線を放っていた。

 「こんなこと、相談できる相手なんて滅多にいないんだ。ちょっとは恩を返してくれても良いと思うんだけどね?」
 「…………はい。マム……」

 苦渋の決断なのだろう。スティードは奥歯を噛み締め、拳を振るえるほど固く握りしめながら了承の言葉を吐きだした。

 先の言葉の通り、彼は元々は他の街のギルドマスターだった。
 それもアダド帝国ではない、隣国のペルデュ王国の、アマダン伯領のギルドマスターだ。

 そんな彼がなぜ、アダドで副長サブマスターをやっているのかと言えば、ギルドマスター時代に不祥事を引き起こしたからである。
 
 彼はアマダン伯領の権力者や部下の言葉を真に受け、よく考えもせずに冒険者に指示を出した。
 その結果、他の者たちが行った不祥事の煽りを受け、フィクサーの怒りを買う結果となった。降格や減俸はなかったものの、ペルデュ王国のギルド本部で飼い殺しの状態になったのだった。

 彼の仕事はメモ用紙を作る仕事だったらしい。
 来る日も来る日も、ひたすら同じ大きさに紙を切り揃えるだけ。裁断機も使わせてもらえず、ハサミでひたすら紙を切り、最終的には精神に変調をきたし、白い紙が黄色や紫など様々な色に見えて来たそうだ……。
 
 その状態に耐え切れなくなり、彼は昔の縁を頼ってアダド本部のギルドマスターに助けを求めた。
 アダド本部のギルドマスターは手を尽くして彼を引き抜き、何とか今のサブマスターの仕事に就かせてくれたのである。

 ギルドマスターからサブマスターは表面上は降格だが、国をまたいでの転勤となると一つ下の役職からやり直すことはよくあることなので、この国の人間は誰も気には止めていない。

 それに以前のアマダン伯領と比べれば、地下大迷宮グレートダンジョンを管理しているここのギルドは格上となる。
 なにせ、アマダン伯領の冒険者ギルドはサブマスターの役職が無く、ギルドマスターの下は各部門の主任たちとなっていた。そのことから考えても、規模の違いが判るだろう。

 そんな格上のギルドに行くのだから、役職が下がるのも当然と言えた。
 
 おかげで、ここのギルドでは以前不祥事を起こしたことを察する者もおらず、彼は平和に暮らせている。

 そんな大きな恩があるギルドマスターに、スティードが逆らえるはずが無かった。

 「それでなんだが、これを読んで意見を聞かせてもらえるかい?理解し難い内容で困ってるんだよ」
 「……はい」

 スティードは差し出された手紙を嫌そうに指先だけで摘まむと、それを広げて目を通した。

 「……小熊の周りで起こることはすべて無視しろ……なんですか?これは?」

 読んでから、苦い薬を飲んだよな微妙な表情をギルドマスターに向けた。

 「読んだ通りだよ。小熊というのは、最近ネレウスからやって来た冒険者パーティーの事だろうね」
 「ああ、黒い全身鎧を着て、剣聖ゲルトの隠し子という触れ込みでやって来た怪しげな男のパーティーか。そういや、名前が小熊ちゃんベアヒェンだったか……」

 スティードは最近この街にやって来た、見るからに怪しげなAランクの冒険者パーティーの事を思い浮かべた。

 この世界には大陸は一つしかなく、大陸の言語は統一されている。
 千年ほど前に統一されたらしいが、それまで地方で使われていた言語は古語として扱われてるようになっている。

 古語を使う機会はあまりないが、一部の例外もある。
 その例外の中で最たるものが、名前だ。

 伝統的な名前は古語を由来としているものが多く、自然と古語が残ることになったのだ。

 そして、小熊ちゃんベアヒェンという名も地方の古語であり、ある程度の知識を持っているものであれば意味を理解できる程度には馴染みがあった。

 「あのパーティーは全員がを持ってたからね、元々手出しできないんだけどねぇ」
 「そうだよなぁ」

 
 冒険者ギルドが正式に認め、身分を偽るために作られたギルド証である。

 矛盾している存在だが、冒険者ギルドの業務をやっていると時々それを持った人間が現れる。
 そんな物を発行できる権力者は限られているため、冒険者ギルド職員たちは気付いても見なかったことにすると同時に関わらないようにするのが慣例になっている。

 「ああ、そうか!」

 ふと、何かを思いついたようにスティードが声を上げた。
 
 「今日、が慌ててダンジョンに入っていったんだが、様子がおかしかったから調べたら、どこかから初心者イジメを依頼されたらしくてな」
 「なるほどねぇ、ねぇ」

 スティードの言葉に、事情を察したらしいギルドマスタはため息を漏らした。
 「うちの冒険者パーティー」と言うのはもちろん、アダドの勇者パーティーであり、男一人に女性が複数というハーレムパーティーの事だ。

 そして、勇者パーティーと呼ばれる者たちに依頼をしないといけないほどの実力を持つ『初心者』となると、一気に数は絞られる。
 他国ではそれなりの経験を持っているが、この街のダンジョンでは初心者として扱われる者たちだ。

 つまるところ、勇者パーティーは、あの小熊ちゃんベアヒェンという名の剣聖の隠し子がいるAランクの冒険者パーティーを狙う様に依頼を受けたのだ。

 そして初心者イジメと言葉を濁しているが、実際は初心者狩り……要するにダンジョン内での殺人依頼なのだろう。
 
 「あの子たち、まだそんな後ろ暗い依頼を受けてるのかい」
 「今までのしがらみってやつだろうな。勇者パーティーになるために、色々な所から援助を受けてたようだから仕方ないんだろう」
 「いいように使われてるねぇ」

 ダンジョン内での殺人は、余程の事情が無い限り冒険者ギルドも黙認するのが通例となっていた。
 実力の足りない冒険者が殺されても、ある意味自業自得と言うことなのだろう。そもそも、冒険者は命のやり取りをする仕事だ。生き死にに大騒ぎをしていてはギルドは運営できない。

 それに、ダンジョンで死亡すれば、証拠どころか死体までいつの間にかキレイに処理されてしまい何も残らないのだから、調査のしようがない。
 ある意味、人を秘密裏に処分するには、ダンジョンは最適の場所であった。

 「それじゃ、この手紙の内容は、小熊が命を狙われても傍観して手出しするなという意味ってことかい?」
 「たぶんな」
 「剣聖の隠し子ねぇ。剣聖はこの国にもファンは多いけど、恨まれてもいるからね。おおよそ心の狭い連中の逆恨みだろうね。隠し子さんも大変だねぇ」

 同情しているように言っているが、ギルドマスターの表情に憂いはない。まるで世間話の様に言葉を続けた。

 「でも、その程度のことで、わざわざフィクサーが手紙をよこしてくるかね?」

 ギルドマスターが疑問を口にした瞬間。
 トントンと、ノックの音が響いた。

 ギルドマスターとスティードは同時に周囲を見渡す。
 一般職員から隠さないといけない者がいたはずだからだ。

 だが、その当の本人……フィクサーのメッセンジャーである可憐小竜タイニードラゴンのブルトカール君の姿は消えていた。

 いつの間にいなくなったのか?ブルトカール君は神出鬼没なためいつも誰にも気付かれずに現れ、姿を消す。

 「入りな」

 とにかく、一般職員に見られてはいけない者ブルトカール君がいなくなってくれたことに安心し、ギルドマスターは答えて返した。

 「失礼します」

 入って来たのは、受付主任の女性だった。

 「あ、サブマスもこちらにおられたんですね。助かります」

 受付主任はスティードサブマスターの事も探していたらしい。ドアを開けてから彼の姿を見て、ホッと息を吐いた。

 「何かあったのかい?」
 「実は、複数の冒険者から聞き捨てならない報告が上がってきたので、お知らせしようと思いまして」
 「聞き捨てならない報告?なんだい?」

 受付主任の思わせぶりな言葉に、ギルドマスターは眉を跳ね上げさせた。

 「実は……ダンジョンの上層で、グリフォンを見たという冒険者が複数いるのです」
 「グリフォン!!?」

 大声を上げたのは、スティードだった。
 彼の顔は一瞬にして青く染まる。

 「ダンジョンで生まれた魔獣という訳ではなく、どうも誰かの従魔らしくて……。ただ、そういった従魔を連れた冒険者がダンジョン内に入ったという記録はなく、報告を受けた受付の者たちは混乱しています」
 「大事だね」

 ギルドマスターは人の良さそうなふっくらとした顔を歪めた。

 「従魔の……グリフォン……」

 スティードは、青くした顔に汗を浮かべながら、あらぬ方向を見つめている。
 手足が震え、今にも崩れ落ちそうだ。

 「従魔らしいってことは、誰かが連れて歩いてるのを見たってことだよね?そいつの特徴は分からないのかい?」
 「はい。見たと言っている冒険者は、全員が黒い全身鎧の男が傍らにいたと言っていました」
 「黒い全身鎧?」
 「はい。ネレウスからやって来た冒険者パーティーのことかと。しかし、彼らが連れていた従魔は影の追跡者シャドウストーカーでした。黒豹と、グリフォンを見間違えることはあり得ないかと……」
 「そうだねぇ……」

 報告を聞きながら、ギルドマスターは深く息を吐く。
 なるほど、「小熊の周りで起こることはすべて無視しろ」というのは、こういうことだったのかと、納得した。

 悩ましい。
 黒幕フィクサーは何を知ってどういった目的で、あのメッセージを送ってきたのだろう?
 ギルドマスターという地位は、決して低くはない。情報だって多く手に入る立場だ。
 なのに、何が起こっているらしいのに、情報の一片すら手に入れていないことが、残念で仕方なかった。

 「はあ……」

 ギルドマスターは大きく息を吐く。フィクサーの指示は無視をしろというものだったが、すでに騒ぎになっているなら無視をするわけにはいかない。せめて、職員や冒険者たちが納得できる理由を伝えないといけない。

 「……とりあえず、その話は私が預かるよ。少し調べて指示を出すから待ってくれるかい」

 必死に考えたが良い理由が見つからず、ギルドマスターは話を後回しにすることにした。

 「ぎ……ギルドが崩れるぞ!また紙を切らされる!!」

 ギルドマスターの言葉が終わると同時に、スティードが叫び始める。
 叫んで気が抜けたのか、膝から崩れ落ちて床に這いつくばった。
 
 「サブマス!?いったいなにを?」

 突然のスティードサブマスターの奇行に、受付主任は驚いて声を上げた。

 「ああ、そいつはちょっとグリフォンに心の傷トラウマがあってね。過剰に反応しているだけさ。放っておいて良いよ」
 「ですが……泣かれているようですが……」
 「気にしちゃいけないよ」

 そう、気にしてはいけない。
 ギルドマスターは自分に言い聞かせる。

 先ほどのスティードの言葉が……「ギルドが崩れる」という叫びが、最悪の予言に聞こえたとしても……。

 



 
 
 
 
 







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