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2巻

2-12

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 そして、夜が明ける。
 ロアたちはフロウラーの丘で一夜を過ごした。
 周囲に何もなく、遠くまで見渡せるこの丘は、魔獣や盗賊が潜める場所もない。
 ロアたちは森の中の出来事などなかったと思えるくらいの、とても穏やかでゆっくりとした時間を過ごした。

〈小僧。起きよ〉

 グリおじさんの声で、ロアは起こされた。
 他の者たちはテントで寝ていたが、ロアは一人だけ従魔たちと眠っていた。グリおじさんを枕に、その羽根を毛布代わりにして双子の魔狼と一緒に寝ていたはずだ。しかし、目を覚ますと、グリおじさんがロアの目の前に立ち、ロアは双子を抱き枕にしていた。

「……何?」

 寝起きのぼやけた目をグリおじさんに向ける。
 普段であれば先に起きるのはロアの方で、グリおじさんに起こされるのは珍しい。何か問題が起こったに違いないと、慌てて身体を起こした。

「おはよう」

 グリおじさんの後ろからコルネリアが声をかけてきた。その横にはクリストフの姿もあった。
 従魔たちがいるため野営の見張りは必要ないのだが、やはり慣れていないと不安に感じるのか、御者たちと望郷のメンバーは交代で見張りをしていた。
 ロアの記憶では、この二人が最後の、夜が明けるまでの見張りだったはずだ。そのことを思い出し、ロアは起きていた二人をグリおじさんが連れてきたのだと推測した。
 二人は若干、眠そうだ。
 フロウラーの丘では見張りが一番過酷だと言われている。花の香りと穏やかな雰囲気でとにかく眠くなるのだ。しかも今の時期は安眠効果のある春黄菊カミーレの花が咲いているため、野営の見張りは眠気との戦いだった。

「おはようございます。何かあったんですか?」

 くはぁーーーと、大きな欠伸をして、ロアの横で双子の魔狼も目を覚ます。ロアは双子の頭を優しく撫でた。

ものだ!〉
「はい?」

 グリおじさんが叫んだが、意味が分からない。いつもは無駄口ばかり叩いているのに、こういう肝心な時に言葉が足りない。
 ロアは仕方がなしに、興奮している様子のグリおじさんをジッと見つめた。

「……行けばいいんだよね?」
〈そうだ〉

 グリおじさんを軽く観察しただけで、ロアは何かを納得し、立ち上がった。

「は? 今ので分かったのか?」

 クリストフが不思議そうに首を傾げる。彼らもグリおじさんに「ついて来い」と言われただけで、状況がよく分かっていなかった。

「ある程度は。言葉が交わせない時でも、態度でだいたいのことは分かりましたからね。何か見つけたんだと思いますよ……捕り物だと言ってるんですから、盗賊か何かじゃないでしょうか?」
「へぇ……」

 クリストフとコルネリアもそう言われて納得する。盗賊なら捕縛ほばくのために人手が必要だ。そのために自分たちは呼ばれたのだろうと思い至る。

「でも、何でオレを起こしたの? いつも一人で捕まえるのに」

 今までであれば、パーティーが寝ている間に襲われた場合は、従魔たちが勝手に処理していた。目を覚ませば襲ってきた盗賊たちが周囲に転がっていた、などということもよくあった。
 今更、ロアをわざわざ起こす理由が思い当たらない。

〈勝手に試すのは禁止だと言ったのは小僧ではないか! ではやるぞ〉
「え?」

 間髪容れず、グリおじさんが魔法を使った強い気配が広がる。
 それから一拍いっぱくおいて、数か所から何か重い物が地面に転がる音が聞こえた。

〈むう……魔力を込め過ぎたか。指向性しこうせいの操作も甘いな。魔力が漏れて無駄が多い。魔法式を組み直した方が良いか。まあ、小僧たちが無事なら今は問題はあるまい〉

 その言葉でロアはグリおじさんが何をしたか悟った。
 新しい魔法の実験をしたのだ。
 新しい魔法を勝手に使うのは禁止だと言っておいたため、わざわざロアを起こしてから目の前で使ったのだろう。

「……グリおじさん。今のは勝手に使ったのと同じだからね」
〈なっ! ちゃんとやると言ってから使ったではないか!〉

 グリおじさんはロアの言葉に、信じられないものを見るような驚きの表情を浮かべた。

「何をするか言って、許可を取らないとダメだから」
〈そんなことは言っておらんではないか! わざわざ小僧を起こしてやってから使ったのだぞ? それで十分ではないか!〉
「それは見せつけただけで、許可を取ったとは言わない!」
〈横暴だ!〉

 グリおじさんの大声に、クリストフとコルネリアはビクリと肩をすくめる。

「いや、横暴なのはグリおじさんだから!」
〈小僧は心が狭い! だいたい、いつも少し気に食わないことがあると我にばつを与えおって! 我を誰だと思っているのだ!?〉
「誰って、グリおじさんでしょ? 罰を与えるのは、グリおじさんが怒られるようなことをするからじゃないか! 双子は良い子たちだから叱ったこともほとんどないよ?」
〈我は魔獣だぞ! 人間の尺度しゃくどなど知ったことか!〉
「あ、都合が悪くなると知らんぷりして逃げようとする! 大人げない」
〈大人げないのは小僧の方であろう! いや、小僧はチビな子供だったな。ふふふ〉
「あ、人が気にしてることを! 絶対許さないから!」
〈許してもらえなくて結構だ! ……あ、いや、双子よ……我が悪いって……お前たちは小僧の味方か……〉

 起きてきた双子の魔狼に何か言われたのか、グリおじさんが言葉に詰まる。
 双子の声はロアたちには聞こえないが、肯定こうていするように双子は大きく頷いていた。

「ちょっと! そんなこと言い争ってる場合じゃないでしょ!? 誰かを殺したの!?」

 その一瞬のチャンスに、なんとかコルネリアは口を挟んだ。
 口喧嘩とはいえ、高位の魔獣であるグリフォンに真っ向からケンカを売るロアの姿を見せつけられ、コルネリアとクリストフの背中にはあせつたっていた。自分たちなど前足の一振りですぐに殺せる魔獣だ。機嫌を損ねたらどうなるか分からない。
 必死の思いで、二人の気を逸らすために発言したのだった。
 顔がくっ付きそうな位置で睨み合っていたロアとグリおじさんは、その言葉でコルネリアの方を見る。コルネリアたちは慌てていたが、この二人にしてみればただのじゃれ合いに過ぎない。

「グリおじさん。殺したの?」
〈眠らせただけだ。初めての魔法ゆえ、魔法式も制御も甘く、周りにいた動物たちも巻き込んだようだが、死んではいないはずだ。殺さぬようにかなり弱くかけたからな〉

 グリおじさんが使ったのは、精神操作魔法の眠りスリープだ。
 精神操作系の魔法は、かけられた者たちの精神状態に効果が左右されるため絶対ではない。抵抗されてかからない場合も多いのだ。
 逆に、精神的に弱っている人間だと効果が強く出過ぎて、ただの眠りスリープだったはずなのに、永遠の眠りについてしまう場合もある。

「眠らせただけなら起きてしまうかもしれないな。起きる前に縛っちまおうぜ」
「そうね」

 クリストフとコルネリアで話を進め、すぐさま歩き出す。
 その姿を見てロアと従魔たちも動き始めた。気を逸らすことに成功したようで、クリストフとコルネリアは内心でホッと息を吐いた。

〈チャライの! 位置は分かるな?〉
「ああ、眠ってくれたおかげで気配が分かるようになった。こんな近くにいたのか」

 グリおじさんが眠らせるまで、クリストフの索敵には人間の気配はなかった。それが今は四人の人間の気配がする。気配を消して行動するのにかなり長けた者たちだったのだろう。遮蔽物しゃへいぶつがほとんどない草原で隠れて行動できるだけでも、手練てだれだと分かる。
 もっとも、グリおじさんにはバレバレだったのだが。
 しばらくして、野営の場所に縛られた者たちが転がされた。人数は四人。男三人に、女一人だ。
 その横にはなぜか大きな鹿が転がっている。
 眠りスリープの魔法の余波を食らって眠ってしまったものを、ついでだからとグリおじさんが拾ってきたのだった。トドメを刺してあり、首の骨が噛み砕かれてだらりと垂れ下がっていた。
 完全に夜が明けたこともあり、その頃になるとロアたちが動き回っている物音で、御者や望郷の他のメンバーも起き出してきた。
 縛られている怪しい風体ふうていの者たちに、何が起こったのかと集まってくる。

「で、こいつらは何なんだ?」

 ぼさぼさ頭のディートリヒが、代表して尋ねる。欠伸を噛み殺し、まだ完全には目覚めてないようだった。

〈知るわけないであろう? 捕まえたばかりで尋問もしておらぬのだ。バカか?〉

 グリおじさんは、冷たい目をディートリヒに向ける。
 ディートリヒは思わず反論しそうになったが、御者たちの目があるため視線を向けただけで抑えた。

「じゃあ、起こしますね」

 グリおじさんの魔法のことを知らない御者たちには、ロアの魔法薬で眠らせたことにしてある。ロアはグリおじさんに目配せをすると、適当な仕草で、捕まえた謎の男たちに触れた。
 そのタイミングに合わせ、グリおじさんが魔法を解除する。

「ん……」

 男たちはすぐに目を覚ました。

「おい。お前たちは何だ?」

 ディートリヒの声は低い。
 尋問のためにそんな声を出しているわけではなく、ただ単に寝起きで不機嫌なだけだった。
 男たちはその声を聞きながらも、その目は近くにいるグリおじさんに釘付けだ。怯えた目で見つめている。

「わ……我々は、コラルド様の私兵しへいです。皆様の安全のために、森周辺を監視しておりました」

 てっきり盗賊だと思っていたロアたちには、意外な告白だった。

「え? コラルド様の……?」

 グリおじさんを恐れ、少し離れた位置にいる御者の中の一人が声を上げる。それによって、微妙な雰囲気がただよった。
 男たちはコラルド個人に雇われている密偵だった。
 傭兵ようへいギルドに所属しており、コラルドとは長期契約を結んでいる。御者たちはそういった存在が商会内にいることは知っていたが、会った者も見た者もいなかった。
 御者たちは顔を見合わせ、誰か知っている者はいないか確認するが、皆が大きく首を横に振った。

〈うむ。そやつらに悪意はなかったぞ〉

 さらにグリおじさんの言葉で、その声を聞ける者たちに重い空気がかった。
 そんなこと一言も聞いてねーよ!
 叫びたくなるのをこらえる。
 ロアとコルネリア、クリストフは盗賊だと思って縛り上げたのだ。縛ったロープは逃げられないようにしっかりと肌に食い込ませ、堅く結わえてあった。縛られているだけで痛みもあるだろうし、解けばあざになっているに違いない。
 事前に悪意がないと聞いていれば、そこまではしなかっただろう。

「だったら、何で……」

 ロアがつい呟いた言葉はグリおじさんに向けたものだったが、捕縛されている者たちは自分たちへの問いかけだと思ったらしい。少し迷うと、覚悟を決めたように口を開く。

「冒険者ギルドに怪しげな動きがあるため、皆様に見つからないように、隠れてお守りせよと言われていました。そもそも我々は影の人間であり、皆様と顔を合わせる立場にありません。それに私たちの存在を意識されてしまうと、危害を加えようとしている連中にまで気付かれてしまう恐れがありました。コラルド様に悪意はありません。ご理解ください」

 代表して答えた密偵のリーダーの声は重い。
 自分で言ったように彼らは影の存在だ。気配どころか存在まで消し、隠密おんみつに行動することには自信があった。それがこうもあっさりと発見され、あまつさえ捕縛され事実を説明するなど恥でしかない。
 それも敵意を向けたわけでもない、ただ見守っていただけの存在にやられたのだから、自信をなくすのも仕方ないことだろう。

「いや、本人に気付かれないよう影から守る護衛ってのはよくある話だし、そういった人たちの有用性は理解している。むしろそういった人たちを付けてくれたコラルドさんに感謝すべきだろう。そうじゃなくてだな……」

 ディートリヒは、ロアの言葉がグリおじさんに向けたものだと理解しているため、反応に困ってしまう。グリおじさんに目をやると、まったく悪びれすらしていない。若干、この状況に鬱陶うっとうしささえ感じているようだ。

〈最初から森の外でウロウロしておったからな。双子も気付いておったし、悪意がないのも理解しておったぞ? 気付かないのは間抜けな人間くらいぐぉぅっ……小僧! 何をする!〉

 ロアがグリおじさんの首に体当たりをし、そのまま両腕で締め上げる。キュイッとグリおじさんは小さく鳴いた。
 声が聞こえない者たちからすれば、いきなりの奇行きこうだ。高位の魔獣に意味もなく暴行を加えるなどわけが分からない。御者と密偵たちはその行動に、グリフォンが反撃して巻き添えを食らうのではないかと怯えた。

「……何考えてるの?」

 ロアはグリおじさんの耳……があると思われるあたりに顔を押し付け、小声で話す。

〈何、とは何だ?〉
「見守ってくれてる人だったら、捕まえる必要はなかったよね?」
〈それは新しい魔法のじ……えーと、そのだな……その……巻き込まないようにするためだ!〉
「グリおじさん! 今、実験って言おうとしたよね? ねぇ?」
〈チャライやつ! ちょっとこっちにこい!〉
「え?」

 ロアとグリおじさんの会話の行方が気になって聞き耳を立てていたクリストフは、急に声をかけられ間の抜けた声を上げた。少し戸惑いつつ、仕方なしにグリおじさんに近づく。

「グリおじさん、無視しないで」
〈チャライの、我の言葉を復唱しろ。小僧や寝坊助でも良いのだが、お前の言葉が一番信用されやすい〉

 まだ少年のような見た目のロアはともかく、意図せずディートリヒをけなす。

「え? ああ?」

 グリおじさんの鋭い眼光を向けられ、断れる雰囲気ではない。クリストフは何を言わされるのか分からないものの、覚悟を決め、注目する皆の前に立つ。

〈皆聞け、この場に危機が迫っておる。ほら、復唱せよ〉
「皆聞け、この場に危機が迫っておる……」
「「「おる?」」」

 内容ではなく言葉尻の「おる」にツッコまれた。
 グリおじさんの声が聞こえない者たちからすれば、ロアの奇行も、突然いつもと違う口調で話し始めたクリストフも、怪しさ満点だろう。眉間みけんに皺を寄せ、訝しむような目を向けてくる。

〈我の索敵魔法に、近づいてくる魔獣の気配がある。巨大な魔獣だ〉
「われ……いや、わたし……じゃねぇ、オレの索敵魔法に近づいてくる魔獣の気配がある。巨大な魔獣だ……って、マジか!?」

 自分の言ったことに自分で驚くクリストフのせいで、内容が誰の頭にも入っていかない。
 ロアと望郷のメンバーたちも、突然のことに言葉も出なかった。

〈この場は戦場になる。そやつらは戦いの邪魔になるため、捕まえた〉
「……」
〈お前たちはそやつらと共にここから避難するのだ。戦いは…………なぜ復唱せぬ?〉
「……」

 グリおじさん以外の者たちに重い空気が漂う。双子すら、半目の呆れた表情でグリおじさんを見ている。グリおじさんは周りを見渡すと、なぜ皆固まったようになっているのか分からずに首を傾げた。
 しばらく誰も口を開けなかったが、沈黙を破ったのはディートリヒだった。

「……スマン。クリストフのやつ、ちょっとパニックになってるみたいだ。オレたちとロアで少し話し合っていいか?」
「ああ、かまわない……」

 ディートリヒの提案に、コラルド商会の人間では一番立場が上の、御者頭のチャックが答えた。

「その、縄を解いてもらえないか?」

 縛られている密偵たちが言ったが、誰も手を出そうとしない。
 コラルドに雇われている密偵だと言っているものの、確証が持てずにいるからだ。商会内で見たことでもあれば別だろうが、誰も見覚えはなかった。何より影からコソコソ監視されていたのは間違いなく、望郷のメンバーも御者たちも警戒を解いていなかった。
 グラリ。
 地面が揺れた。
 そしてすぐ収まる。

「また、地揺れ? どこかの山が噴火ふんかでもするのか?」

 誰かの呟きに、思わず皆周囲の山々を見渡すが、噴煙ふんえんを上げているような山はなかった。

「とにかく、悪いが少し時間をくれ。場合によってはすぐに移動になるかもしれないから、準備を進めておいてくれるか?」
「分かった」

 ディートリヒの言葉で元の話題に引き戻される。
 彼に従い、望郷のメンバーたちとロアと従魔は、少し離れた場所に移動する。
 最後尾を歩いているのはクリストフだ。その肩は落ち、足取りは弱々しい。

「……オレ、絶対、怪しいやつだと思われたよな……」

 グリおじさんのせいで、今も可哀想かわいそうな人を見るような視線に晒されている。
 クリストフは泣きそうになっていた。


「それで、どういうこと?」

 少し離れた場所に移動すると、ロアがグリおじさんに尋ねる。
 その手にはグリおじさん用の大きな木製のブラシが握られていた。魔法の鞄マジックバッグから取り出した物だが、もちろんブラッシングをするためではない。
 いい加減なことを言ったら殴るぞとおどすためだ。
 もちろん、グリおじさんにその程度の打撃が効くわけがないが、ロアに怒っているという態度を取られるだけで、グリおじさんは落ち着きをなくしてしまう。双子の魔狼に助けて欲しそうな視線を向けるも、双子からは怒りの視線を返された。

〈な……何を怒っておるのだ?〉
「分かってるよね?」
〈う……いや、隠していたわけじゃないぞ? その、確信が持てなかっただけでな〉

 ロアから必死に目を逸らす態度が全てを物語っていた。誰の目にもわざと隠していたのが分かる。

「巨大な魔獣が襲ってくるのはホント?」
〈うむ〉
「何で?」
〈ゴーレムの生き残りだ。あのカタツムリはまだ分裂させた身体を隠しておったようだな。全て潰したつもりだったが、やはり害虫はしぶといものだ! 一匹見かけたら三十匹は隠れていると言われておるが、まさにその通りだったとはな!〉

 ハハハハハハと笑ってみせるものの、誰もつられて笑ってくれはしない。冷めた目でグリおじさんを見つめているだけだ。

「いつから気付いてたの?」
〈……〉
「この草原に来るように言ったのは、グリおじさんだったよね? あの時点で気付いてたんじゃない?」
〈……〉
「本気で怒るよ?」
〈もう怒ってるではないか!!〉

 ニッコリとロアが微笑む。
 その目は笑っていなかった。それは普通に怒るよりも効果的だったらしく、グリおじさんは頭を下げて目を伏せた。

「せっかく会話できるようになったんだし、一度しっかり話し合おうか?」
〈くっ……分かった。認める。森を出た時点で気付いていた。しかし、手を出せる状態ではなかったのだ……〉

 グリおじさんは悔しそうに語り始めた。
 上位の魔獣のグリフォンを完全に威圧し切ったロアに、望郷のメンバーたちは口出しできない。
 ロアは従魔たち相手であれば、自信のある主としての態度を取っている。これが本来の姿なのだろう。
 暁の光で生活するうちに性格を歪められ、極端に自己評価が低い人間になってしまったに違いない。その事実に気付いてディートリヒは、どこか寂しそうな表情を浮かべた。

〈やつは地中に隠れていたのだ。カタツムリゴーレムは元々土魔法の効果で地中の鉱物を集め、自らの肉体を制御する魔獣だからな。地中に隠れるのはお手の物だ。地中は我の力でも明確には調べ切れない。にいるのは分かっても、にいるのかまでは分からぬ〉

 グリおじさんは苦い顔をする。自分の能力でできないことがあるのを告白するのは苦痛らしい。できれば話したくなかったことが表情から分かる。

〈我らに対しての恨みの波動はどうは漏れまくっていたからな。いずれ襲ってくると思い、ここに誘導することにしたのだ。ここなら戦場にしても誰にも迷惑が掛からぬからな! 我は配慮ができる子だからな!!〉

 ころりと表情を変え、今度は自慢げに胸を反らした。

「森の外には冒険者たちが集まってたんだ。協力して戦った方が良かったんじゃないのか?」

 クリストフが口を挟む。可哀想な人を見る目で見られ落ち込んでいたが、さすがに魔獣襲撃の危機とあればいつまでもそうしてはいられない。

雑魚ざこが何匹集まろうが雑魚であろう? 全滅して終わりだぞ? 我はそうなってもかまわぬのだが……〉

 チラリと、ロアの方を見る。

〈……目の前で人が死ぬと、小僧が嫌な顔をするであろう? ピカピカミスリルゴーレム一体に殺されかけ、我に助けられた自分たちのことをもう忘れたのか?〉

 そう言われると、望郷のメンバーはそれ以上何も言えない。
 確かに、巻き添えで殺される者が出るくらいなら、別の場所に誘導するのが最適だと思えた。

〈言っておくが、我はお前たちを戦力として認めておらぬからな! 他の連中と共にこの草原から撤退てったいするのだ〉

 ぐらり。
 その時、また大地が揺れた。

〈やつが近づいて来ておるぞ。早く方針を決めねばならぬのではないか?〉

 グリおじさんがニヤリと笑う。
 その笑みで、度重たびかさなる地震は、近づいてくる魔獣が起こしていることに気が付いた。
 大地を揺らすほどの魔獣。それはどれほどの大きさと力を持っているのか?
 全員の顔から血の気が失せる。

〈戦うのは我と、双子、そして小僧だ〉
「オレ?」

 ロアの声とともに、またぐらりと大地が揺れる。
 それは巨大な足音のように感じられた。

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