錬金術師の成り上がり!? 家族と絶縁したら、天才伯爵令息に溺愛されました

悠十

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棺の中の乙女

第二十話 兄

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 レナとイヴァンの婚約のための食事会は、あの騒動から五日後に行われた。
 当日は朝早くから叩き起こされ、磨き上げられた。
腹の肉を摑まれ、こねくり回され、肌に香油を塗り込み……。レナは磨かれたぶん、何かを失ったような気がした。
「社交界に出入りしている令嬢って、いつもこんなことをしているの?」
「いえ、ここまでするのは一部の令嬢だけですね」
 さらっと答えられたそれに、レナは思わず侍女の顔を見つめる。
「こういう技能がある使用人を雇う財力のあるお家の令嬢だけですよ。『美』は武器であり、ステータスです。それを磨けるのはそれ相応に財力がなくては難しいです」
 それもそうか、と頷くレナだったが、さあ、続きをしましょうね~、と迫力のある笑顔で顔を摑まれ、口元を引きつらせた。
「お、お手柔らかにお願いします……」
「うふふ」
大変イイ顔をした侍女に顔を丹念に揉み込まれ、レナは情けない悲鳴を上げたのだった。

 そうして色々と丹念に磨き抜かれた後に用意されたドレスは、繊細なレースが使われた淡い紫がかった水色のものだ。
「綺麗……」
思わず嬉しそうな声が漏れ、それに侍女たちは微笑ましそうな顔で笑む――が、それはそれとして……
「さあ、お嬢様。時間がございません。次の準備に取り掛かりましょう」
 そう言ってにっこりと微笑みながら、コルセットを持って使づいて来る様は、まるで悪魔の使いのようだったとレナは後に友人達に語った。
さて、お陰様で今までで一番綺麗な姿になっていると思うのだが、同時に恐ろしく体力が削られ、ぐったりと死んだ目でソファに沈むことになった。
 そんなレナの様子に侍女たちは苦笑し、養母であるエセルは「綺麗よ、レナ!」ときゃっきゃと嬉しそうにはしゃいでいた。
 そして、そんなエセルに侍女が差し出したのは、美しい青紫の髪飾りだ。
「奥様」
「ええ、流石ね。素晴らしい出来栄えだわ」
 頷き、侍女がそれをレナに見せる。
「わぁ……」
 繊細なカットによってキラキラと輝く美しい青紫の正体は、ランクの高いタンザナイトだ。それらが花弁を模してちりばめられ、美しいタンザナイトの花が咲いている。
「これは、イヴァン殿から。今日は、これを付けてきて欲しいそうよ」
 今日のために作ったんですって、という言葉から、これがただの髪飾りではないと気付く。
「魔道具……」
 それは、ちょっとお目にかかれないほどの防御魔法やら耐毒、耐精神魔法だのと、あらゆる身を守るための術式が組まれ、刻まれている大変高度な魔道具であった。
「こ、これ、場合によっては王族に献上するランクの魔道具じゃ……」
「まあ! レナったら本当に大切にされているのねぇ」
 あまりの出来栄えに腰が引け気味になるレナに、エセル微笑ましいわぁ、とでも言わんばかりの目を向け侍女に指示を出す。
「イヴァン殿の心が籠められた贈り物です。今日つけて行かない選択肢はありませんからね」
「ひえぇぇ……」
 イヴァンからの贈り物は嬉しいに決まっている。しかし、この世界の誰が王族に献上するクラスのアクセサリーを贈られると思うのか。
 頭にヘアアクセサリーの重みが加わるのを感じ、戦々恐々とした思いで差し出された鏡をのぞく。
 しかし、そんな思いも、鏡に映った自身の姿を見るまでだった。
 黒髪に輝く紫がかった青い花。大きすぎず、さりとて小さいわけでもない繊細な造りのそれ。レナのために作られたと分かるそれは、レナに非常によく似合っていた。
 思わずほころぶ口元に、それを見たエセルと侍女たちは微笑ましそうに目を細めたのだった。
 
   ***

 両家の顔合わせの場として選んだのは、王都内にある一流レストランだった。
 まずイヴァンがレナ達を迎えに来た。
「サンドフォード準男爵、本日はお時間をいただき、ありがとうございます」
「うむ」
「ふふ。そんな堅苦しい挨拶なんていいのに」
「それより先にレナを抱きしめるのが先じゃないかい?」
 彼はまず養父たちに挨拶を済ませ、義兄のルパートに小突かれながらレナの前に押し出された。
 イヴァンはレナを見て目を瞠り、とろりと甘く微笑んだ。
「髪飾り、つけてくれたんだね。綺麗だよ、レナ」
「ど、どうも……」
 イヴァンがあんまりにもレナへの気持ちを隠さないものだから、思わず淑女らしからぬ返しをしてしまったレナである。エセルに視線でコラ、と怒られ、レナは思わず情けない顔をした。
 そんなレナの様子に、照れてるな、可愛いな、と花を飛ばしながらイヴァンは益々笑みを深める。
 そんな恋人たちの様子に、養父と義兄は顔を見合わせ、やれやれと肩を竦めたのだった。

 そうして向かった一流レストランでの両家の顔合わせは、顔合わせというより、レナの顔見せとなった。なにせ、両家の当主同士が従兄弟同士であり、元からそれなりの交流があったためだ。
 そうした下地もあって食事会は和やかを通り越し、賑やかなものとなった。
 その原因となったのは、義兄のルパートの話が面白過ぎたせいである。イヴァンの兄達は年の近いルパートと仲が良かったため、酒が入った彼等はそれはもう盛り上がり、レナは微笑みを浮かべながら額に青筋を立てる両家の夫人を横目に、個室で良かったとこっそり安堵の息をついた。
 さて、それはそれとして、レナはウッド家の人々に無事に好感を持って迎えられた。そもそも、あの人見知りで厭世気味だったイヴァンを表に出ようという気にさせ、しかも半ば諦めていた末っ子のお嫁さんになってくれるという貴重な少女だ。これを逃せば後は無いと、彼等は逃がすものかとむしろ意気込んでいた。
 そんなウッド家の事情をレナが知るはずもなく、好感触を得られたことに胸をなでおろすばかりであった。
 そうして両家の顔合わせという名のレナのお披露目が終わり、レナが馬車へ乗り込んだ時だった。
 レナの後から、イヴァンが乗り込んで来たのだ。
「えっ、イヴァン先輩?」
「ふふ、ちょっとごめんね。実はレナにちょっとあげたいものがあって。ご両親からは許可をいただいているから、少し付き合ってもらえるかな?」
「えっと……」
 戸惑いながら外のサンドフォード準男爵夫妻を見れば、彼等は微笑んで頷き、彼等の傍に居たルパートはサムズアップして笑っていた。
 どうやら、レナがこの後イヴァンと共に行くのは最初から予定に入っていたようだ。レナは微笑み、頷く。
「分かりました。大丈夫です」
「ありがとう」
 彼は微笑んで礼を言い、馬車がゆっくりと走り出した。
 暫くして辿り着いた場所は、ただの隠れた名店とも言える、雰囲気の良い小さなレストランだった。
 併設された静まり返った庭園からは虫の鳴き声だけが聞こえ、街灯で照らされた薔薇は淑やかに夜空を見上げていた。
 レナとイヴァンはレストランの中に歩を進め、イヴァンがスタッフに何事かを言えば、彼はニコリと微笑んで二人を個室へと案内した。
 そして、その個室で、ある人物を見つけた。
「えっ……?」
 その人に、レナは見覚えがあった。
「兄さん……?」
 こちらを振り向くのは、レナと同じ黒髪に緑の瞳を持つ男――実兄のアンソニー・エインズワースだった。
 目を丸くし、口をポカンと開けて驚き呆けるレナに、アンソニーはどこか気まずそうに、けれど明らかに照れが勝った様子で「あー……」と言葉を探しながら、こちらに近づいてきた。
「レナ……」
「兄さん、どうして……」
 凝視するようにこちらを見上げてくる妹に、アンソニーは苦笑しながら言う。
「その……、婚約おめでとう」
 そう言って、後ろ手に持っていたデンファレの花束をそっと差し出す。
 レナは反射的にそれを受け取り、再び実兄を見上げた。
「ええと、その……、お前が婚約すると聞いて、ちょっと伝手を辿ってな……」
 伝手とはなんだろうか? レナが首を傾げると、イヴァンがクスリと笑って告げた。
「アンソニーさんは、ルパートさんの出張の際につけられる護衛魔導士なんだよ」
「ええっ!?」
 まさかの伝手に思わず声を上げると、アンソニーは気まずげに視線を逸らした。
「レナの養子入りが決まってから、アンソニーさんは護衛魔導士に異動願いを出して、ルパートさんからレナの様子をよく聞いてたんだ」
「イヴァン殿」
 さくさくバラしていくイヴァンに、アンソニーが渋い顔をする。
 アンソニーは準男爵家に養子入りしたレナを心配し、せめて成人まではなるべく近況を知っておきたいと思い、ルパートに近づいたのだという。そして仕事を通して信用を積み重ね、時折レナの様子を聞けるようになったそうだ。
 つまり、アンソニーはずっとレナを心配していたということだ。
「ルパートさんがウッド家とサンドフォード家の顔合わせに出ることにこだわったのは、アンソニーさんのためだったみたい」
 声を潜めて教えてくれたそれに、レナは心から感謝した。自分は、兄という存在にとても恵まれている。レナは己の胸になんともいえぬ温かく、くすぐったいものがこみ上げてくるのが分かった。
「……本当は、感心できないことなんだがな。ルパート様や、サンドフォード準男爵家の皆様に温情をかけていただいたんだ」
 心からありがたいよ、と情けなさそうな、けれど照れた様子でそう言うアンソニーにレナも嬉しそうに微笑む。
「お前の結婚式まではどうにか出世して、参席を許されるよう頑張るから、その時はよろしくな」
「兄さん!?」
 婚約とくれば、確かにその次は結婚だが、まだ学生の身分である。レナは顔を真っ赤に染め、イヴァンは照れから思わず視線を明後日の方向へ投げた。
 そんな初々しいカップルに、アンソニーは目を柔らかく細め、心から告げる。
「どうか、幸せにな、レナ……」
 途切れることのない家族の愛が、レナを柔らかく包んでいた。

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