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棺の中の乙女

閑話 ユーダム・ブレナンの愛

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 ユーダムにとって、女性が最も美しいと思う瞬間は、眠っている時だ。
 その昔、ユーダムは若いメイドがうたた寝をしているのを見かけたことがあった。その時、ユーダムは思った。
 ――なんてきれいなんだろう。
 穏やかに、全ての苦しみから解放されたようなその顔は、安息の象徴のように見えたのだ。
 そうして、それはユーダムの初恋となった。
 そのメイドをユーダムが気に入ったことで彼女はユーダム付きのメイドとなり、父と共にカンラ帝国に行く際も彼女が一緒だった。
 父は精力的に活動し、ある準錬金術師と知り合った。彼は父に雇われて薬を作り、その傍らでユーダムに錬金術の知識を授けた。
 ユーダムは順調に錬金術の知識を吸収し、大好きな彼女に香水を作ってプレゼントした。彼女はとても喜んでくれ、それを毎日つけてくれるようになった。
 しかし、その時からだ。彼女が体調を崩すようになったのは……
 ユーダムは彼女のために医者を呼ぼうとしたが、それは父に止められた。後から知ったが、その時屋敷の一角で『合わせ香』の研究中だったため、それに気付かれるリスクを回避したのだ。けれど、ユーダムはその時彼女を失いたくなかった。だから多少なりとも医学の心得がある準錬金術師に頼み、彼女を診てもらった。彼はちゃんと彼女を診察したが、その時点では原因不明と診断した。その後、看病の甲斐もなくどんどん彼女は弱っていき、ある日風邪をひいてあっけなく死んでしまった。
 ベッドの上で、全ての苦しみから解放された彼女の顔は、美しかった。
 ユーダムは、その顔に二度目の恋をした。
 思わず落とした口づけは、冷たく、甘美なものだった。
 その後、彼女はよくユーダムに仕えてくれたと丁重に弔われ、身寄りのない彼女は共同墓地に眠ることとなった。
 そんな彼女が、どうしてこんなに弱ってしまったのかが分かったのは、彼女が死んでひと月が過ぎようとした頃だった。その原因は、例の準錬金術師が偶然見つけたものだった。
 その準錬金術師は、何と金に困って彼女の遺品を幾つか盗み出して金に換えたのだが、あまり量の残っていなかった消耗品の香水やお香、茶葉などは自分で使っていたのだ。そして、それらを使い出してから体調を崩すようになり、気づいた。それらを同時に使うと、体内の魔素の巡りが悪くなることを……
 体内の魔素の巡りが悪くなると、体に不調をきたす。それが過ぎれば臓器が傷み、重大な疾患が表に出て、いずれは死に至る。
 今回、彼女が死んだのは『合わせ』たものが悪かったからだ。準錬金術師はその事実を驚愕しするユーダム伝え、同情するようにこれらを同時に使ってはならないと薬品類を指し示した。
 混乱の中、父のカンラ帝国での滞在期間が終わり、ユーダムはランタナ王国へ帰国した。ユーダムはその時、十五歳だった。
 十六歳になり、ユーダムは国立魔法学園へと入学した。そうして、そこで恋をした。相手は平民の可愛らしい少女で、ユーダムは彼女に夢中になった。そうしていつしか彼女とは心を通わせるようになり、幸せな蜜月を過ごした。
 そんな、ある日のことである。
 ユーダムは、図書館でうたた寝をする彼女を見かけ、なんて美しいんだろう、と思った。そして、こうも思った。
 ――彼女が永遠の眠りについた時、彼女はどれほど美しく、甘美な唇をしているのだろう。
 その誘惑に、ユーダムは抗わなかった。その彼女を見たくて、感じたかったからだ。それに、彼女に睦言を囁く時、彼女は自分に言ったのだ。彼女は、ユーダムに身も心の全て捧げると……
そんな彼女の想いを受け取ったユーダムは、己の欲を彼女に向けるのに、何の疑問も抱かなかった。そして、彼は彼女が最も美しく死ねる三つのプレゼントを渡した。
 そうして、悍ましい因果が巡る。
 彼女はかつてのメイドのように衰弱し、死んでいった。
 ――美しい……
 その死に顔は安らかで、美しかった。
 死に化粧が施されたその唇にキスを贈って、彼は愛のしるしとした。
 そして、その後もユーダムは恋をし、愛を捧げ、同じだけの想いを返され、彼女達が元も美しい瞬間を愛の名のもとに作り出した。
 その数、六人。
 レナ達が知らないだけで、それだけの女がユーダムの愛の犠牲となった。
 そして、そんな犠牲者の一人になる筈だった彼の恋人、メイは青褪め、混乱しきった顔でユーダムを見つめていた。
 そんな顔も可愛らしいと、ユーダムは蕩けるような微笑みを浮かべて告げる。
「きっと、君にも僕の愛を届けるよ」
 確かに愛していた筈の人の美しい微笑みは、今ではただただ悍ましいものにしか見えなかった。
 メイの顔は恐怖で歪み、引き攣った悲鳴が咽喉からこぼれる。彼女の目には、ユーダムは既に恋人などではなく、恐ろしい殺人鬼として映っていた。
 
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