上 下
146 / 151
棺の中の乙女

第十七話 動機

しおりを挟む
 今回のユーダムの件で、見えてこなかったものがある。それは、動機だ。
 ユーダムは彼の手で殺されたと思われる女性達とはなんの問題も抱えていなかった。むしろ彼女らとは良い関係を築けており、彼女らの親族や親しい人間にユーダムが何かしらの負の感情を抱くような事情も無かった。本当に、何故彼女らを殺すに至ったのかが全く見えてこなかったのだ。
 故に、不気味だった。この期に及んで微笑みを浮かべるこの男が、ただ、不気味だった。
 レナは思わず隣に立つイヴァンの袖を掴むが、ユーダムからは目を離さない。それは、生物としての本能から、この男が警戒すべき人間であると警鐘を鳴らしているからだ。
(エラが生理的に無理、って言ったのが分かる気がする……)
 ユーダムの整った顔に浮かぶ人の好さそうな微笑みが、今はただ、気持ちが悪い。
 顔色が悪いレナを見て、イヴァンはそっと庇うかのようにレナの前に立った。
 そんな二人を横目に、ヘンリーが尋ねる。
「お前、どうして自分の恋人に毒を盛るなんてことをしたんだ。彼女達とはうまくやってただろう?」
 それに彼は不思議そうに首を傾げた。
「そんなの、愛しているからに決まっているじゃないですか」
 その答えに、一瞬思考が止まる。
「彼女達は私に永遠の愛を誓い、私に身を捧げると言ってくれた。だから、その愛の証として、彼女達には一番美しい姿になってもらったのです」
 この男は、何を言っているのだろうか? 言っている意味が分からなかった。
「もちろん、合意ですよ。私の愛は、彼女達を目覚めぬ眠りへと導く。人によってはそれは嫌だと思うでしょうから」
 まるで自分には常識があるのだと言わんばかりだが、明らかに異常であるそれに、レナは鳥肌を立てた。
 そして、そっとメイの様子を伺ってみれば、彼女はそんなことは知らないとばかりに、驚愕に目を見開き、ゆるゆると首を横に振っていた。
 それを知らず、ユーダムは月明りに照らされ、ギラギラと輝く瞳で告げる。
「愛し合う私達の愛を永遠のものにする為に、私の薬は彼女達を最高に美しい状態へと導く。そして、彼女達に私は永遠の愛を誓うキスを贈るのです。そして、私と彼女達の愛は永遠のものとなる!」
 うっとりと陶酔するかのような声音が不気味だった。レナは思わず鳥肌が立った腕をさすった。
「なるほどね。つまり、そういう性癖か」
 ユーダムのその言葉に何かを察したのか、ネモが苦々しくそう吐き捨てた。
「ネモ?」
 ヘンリーが問うようにネモに視線を向け、それを受けてネモは告げる。
「つまり、こいつは死体愛好家。好きな女を死体にして愛でる性癖なのよ」
 ぎょっと目を剥いてユーダムに視線を戻せば、彼はやはり困ったような微笑みを浮かべて、どうしてそんな目を向けられるのだろう、とばかりに不思議そうに首を傾げていた。
「そんな、まさか……」
「それが居るのよ、そういう奴」
 流石のイヴァンも予想外だったそれに、ネモが嫌そうに言う。
「私としては、どんな性癖だろうが、誰かに迷惑かけるようなことをしなけりゃ犯罪じゃないと思うわ。けど、自制できなければアウト。他人の命を自分の欲を満たすために奪ったのなら、報いを受けるべきよ」
「エラはとんでもなく鋭いな。好意を向けられてそんなもん受け入れられるはずが無いものだと察したわけだ」
 罪悪感を感じてない所がサイコパスじみてるな、とヘンリーは呟き、合図するように右手を上げる。すると、彼の前に顔を隠した黒装束の人間二人が現れ、ヘンリーを守るようにナイフを抜いた。恐らくこの二人は王家の人間を守護する『王家の影』だろう。
「言っとくが、こいつらにアレの捕縛を期待するなよ。こいつらの相手の無力化は殺害に特化してるんだ。あくまで俺を守ることに注力してもらう。だから、ネモ、イヴァン、レナ、任せた」
「使えない男ね!」
「はい、了解しました」
「頑張ります!」
 三者三様の返事をして、レナ達はいまだ微笑みを浮かべ続けるユーダムへ構えをとったのだった。

 ユーダムは、敵意を持つ人間が彼と対峙しているにも拘らず、余裕を持っていた。考えるまでもなく、腕に自信があるのだろう。
「念のために聞いておくが、このまま素直に捕まるつもりはあるか?」
「私を捕まえたら縛り首にでもするおつもりなのでは? 私は愛する人たちを永遠に覚えておかなくてはならないし、メイが私の愛で眠りについた後、キスを贈らなくてはならないのですから」
 お暇させていただきましょう、と、言うと同時にユーダムは袖口に隠し持っていた魔道具をこちらに投げて来た。
 その形状には、見覚えがあった。
「爆弾!?」
 冒険者がよく使う、小型の爆弾だ。
 明らか殺すつもりで投げられたそれに目を剥く。しかし、その時、レナの肩から飛び出した小さな影があった。
「ボ」
 それは、ポポだった。ポポは口を大きく開くと、ゴウ、と音がするような吸引力で爆弾を吸い込み、ごっくん、と飲み込んだ。しかし、しばらくするとボン、と小さな音がして鼻や耳から煙が噴き出した。それにレナは驚くが、ポポは平然としてレナの肩に戻って来る。
「ポポ、大丈夫なの?」
「ボ?」
 なにが? と言わんばかりに不思議そうな顔をするポポに、本当にこの子はどういう生物なのだろうか、と苦笑いする。
「まさか爆弾を食えるとは……」
「火球は駄目で爆弾は大丈夫なのは口内の強度の問題でしょうか?」
 ヘンリーとイヴァンが目を丸くし、ユーダムもあまりの非常識な光景を前に思わず呆けた。その隙にネモが窓から飛び出し、ユーダムに肉薄する。
「せいっ!」
「くっ」
 手に持つのはスタンガン式の警棒だ。それをユーダムに向かって振り抜くも、ユーダムはそれを受けずに回避した。
「ちっ、そのまま受けてくれればバチッ、と逝ったものを」
「お前、不穏な方の表現しなかったか? それの電圧はいくつだ」
 舌打ちするネモに、ヘンリーが取り調べがあるんだから殺すなよ、と言う。そんな二人に物騒な人達ですね、とユーダムが苦笑した。
「そう簡単には逃がしてはくれないようだ」
 余裕を失わないユーダムを前に、レナはポケットの中の魔道具を握りしめた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

亡国の大聖女 追い出されたので辺境伯領で農業を始めます

夜桜
恋愛
 共和国の大聖女フィセルは、国を安定させる為に魔力を使い続け支えていた。だが、婚約を交わしていたウィリアム将軍が一方的に婚約破棄。しかも大聖女を『大魔女』認定し、両親を目の前で殺された。フィセルだけは国から追い出され、孤独の身となる。そんな絶望の雨天の中――ヒューズ辺境伯が現れ、フィセルを救う。  一週間後、大聖女を失った共和国はモンスターの大規模襲来で甚大な被害を受け……滅びの道を辿っていた。フィセルの力は“本物”だったのだ。戻って下さいと土下座され懇願されるが、もう全てが遅かった。フィセルは辺境伯と共に農業を始めていた。

幼馴染に冗談で冤罪を掛けられた。今更嘘だと言ってももう遅い。

ああああ
恋愛
幼馴染に冗談で冤罪を掛けられた。今更嘘だと言ってももう遅い。

身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす
恋愛
とある世界のとある国……じゃなかった、アスラリア国でお城のメイドとして働いていた私スラリスは、幼少の頃、王女様に少しだけ似ているという理由だけで、身代わりの王女にされてしまった。 しかも、身代わりになったのは、国が滅亡する直前。そして餞別にと手渡されたのは、短剣と毒。……え?これのどちらかで自害しろってことですか!? 誰もいなくなった王城で狼狽する私だったけど、一人の騎士に救い出されたのだ。 あー良かった、これでハッピーエンド……とはいかず、これがこの物語の始まりだった。 身代わりの王女として救い出された私はそれから色々受難が続くことに。それでも、めげずに頑張るのは、それなりの理由がありました。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

【完結】悪役令嬢の私を溺愛した冷徹公爵様が、私と結ばれるため何度もループしてやり直している!?

たかつじ楓
恋愛
「レベッカ。俺は何度も何度も、君と結ばれるために人生をやり直していたんだ」 『冷徹公爵』と呼ばれる銀髪美形のクロードから、年に一度の舞踏会のダンスのパートナーに誘われた。 クロード公爵は悪役令嬢のレベッカに恋をし、彼女が追放令を出されることに納得できず、強い後悔のせいで何度もループしているという。 「クロード様はブルベ冬なので、パステルカラーより濃紺やボルドーの方が絶対に似合います!」 アパレル業界の限界社畜兼美容オタク女子は、学園乙女ゲームの悪役令嬢、レベッカ・エイブラムに転生した。 ヒロインのリリアを廊下で突き飛ばし、みんなから嫌われるというイベントを、リリアに似合う靴をプレゼントすることで回避する。 登場人物たちに似合うパーソナルカラーにあった服を作ってプレゼントし、レベッカの周囲からの好感度はどんどん上がっていく。 五度目の人生に転生をしてきたレベッカと共に、ループから抜け出す方法を探し出し、無事2人は結ばれることができるのか? 不憫・ヤンデレ執着愛な銀髪イケメン公爵に溺愛される、異世界ラブコメディ!

我慢してきた令嬢は、はっちゃける事にしたようです。

和威
恋愛
侯爵令嬢ミリア(15)はギルベルト伯爵(24)と結婚しました。ただ、この伯爵……別館に愛人囲ってて私に構ってる暇は無いそうです。本館で好きに過ごして良いらしいので、はっちゃけようかな?って感じの話です。1話1500~2000字程です。お気に入り登録5000人突破です!有り難うございまーす!2度見しました(笑)

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。