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棺の中の乙女
第十七話 動機
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今回のユーダムの件で、見えてこなかったものがある。それは、動機だ。
ユーダムは彼の手で殺されたと思われる女性達とはなんの問題も抱えていなかった。むしろ彼女らとは良い関係を築けており、彼女らの親族や親しい人間にユーダムが何かしらの負の感情を抱くような事情も無かった。本当に、何故彼女らを殺すに至ったのかが全く見えてこなかったのだ。
故に、不気味だった。この期に及んで微笑みを浮かべるこの男が、ただ、不気味だった。
レナは思わず隣に立つイヴァンの袖を掴むが、ユーダムからは目を離さない。それは、生物としての本能から、この男が警戒すべき人間であると警鐘を鳴らしているからだ。
(エラが生理的に無理、って言ったのが分かる気がする……)
ユーダムの整った顔に浮かぶ人の好さそうな微笑みが、今はただ、気持ちが悪い。
顔色が悪いレナを見て、イヴァンはそっと庇うかのようにレナの前に立った。
そんな二人を横目に、ヘンリーが尋ねる。
「お前、どうして自分の恋人に毒を盛るなんてことをしたんだ。彼女達とはうまくやってただろう?」
それに彼は不思議そうに首を傾げた。
「そんなの、愛しているからに決まっているじゃないですか」
その答えに、一瞬思考が止まる。
「彼女達は私に永遠の愛を誓い、私に身を捧げると言ってくれた。だから、その愛の証として、彼女達には一番美しい姿になってもらったのです」
この男は、何を言っているのだろうか? 言っている意味が分からなかった。
「もちろん、合意ですよ。私の愛は、彼女達を目覚めぬ眠りへと導く。人によってはそれは嫌だと思うでしょうから」
まるで自分には常識があるのだと言わんばかりだが、明らかに異常であるそれに、レナは鳥肌を立てた。
そして、そっとメイの様子を伺ってみれば、彼女はそんなことは知らないとばかりに、驚愕に目を見開き、ゆるゆると首を横に振っていた。
それを知らず、ユーダムは月明りに照らされ、ギラギラと輝く瞳で告げる。
「愛し合う私達の愛を永遠のものにする為に、私の薬は彼女達を最高に美しい状態へと導く。そして、彼女達に私は永遠の愛を誓うキスを贈るのです。そして、私と彼女達の愛は永遠のものとなる!」
うっとりと陶酔するかのような声音が不気味だった。レナは思わず鳥肌が立った腕をさすった。
「なるほどね。つまり、そういう性癖か」
ユーダムのその言葉に何かを察したのか、ネモが苦々しくそう吐き捨てた。
「ネモ?」
ヘンリーが問うようにネモに視線を向け、それを受けてネモは告げる。
「つまり、こいつは死体愛好家。好きな女を死体にして愛でる性癖なのよ」
ぎょっと目を剥いてユーダムに視線を戻せば、彼はやはり困ったような微笑みを浮かべて、どうしてそんな目を向けられるのだろう、とばかりに不思議そうに首を傾げていた。
「そんな、まさか……」
「それが居るのよ、そういう奴」
流石のイヴァンも予想外だったそれに、ネモが嫌そうに言う。
「私としては、どんな性癖だろうが、誰かに迷惑かけるようなことをしなけりゃ犯罪じゃないと思うわ。けど、自制できなければアウト。他人の命を自分の欲を満たすために奪ったのなら、報いを受けるべきよ」
「エラはとんでもなく鋭いな。好意を向けられてそんなもん受け入れられるはずが無いものだと察したわけだ」
罪悪感を感じてない所がサイコパスじみてるな、とヘンリーは呟き、合図するように右手を上げる。すると、彼の前に顔を隠した黒装束の人間二人が現れ、ヘンリーを守るようにナイフを抜いた。恐らくこの二人は王家の人間を守護する『王家の影』だろう。
「言っとくが、こいつらにアレの捕縛を期待するなよ。こいつらの相手の無力化は殺害に特化してるんだ。あくまで俺を守ることに注力してもらう。だから、ネモ、イヴァン、レナ、任せた」
「使えない男ね!」
「はい、了解しました」
「頑張ります!」
三者三様の返事をして、レナ達はいまだ微笑みを浮かべ続けるユーダムへ構えをとったのだった。
ユーダムは、敵意を持つ人間が彼と対峙しているにも拘らず、余裕を持っていた。考えるまでもなく、腕に自信があるのだろう。
「念のために聞いておくが、このまま素直に捕まるつもりはあるか?」
「私を捕まえたら縛り首にでもするおつもりなのでは? 私は愛する人たちを永遠に覚えておかなくてはならないし、メイが私の愛で眠りについた後、キスを贈らなくてはならないのですから」
お暇させていただきましょう、と、言うと同時にユーダムは袖口に隠し持っていた魔道具をこちらに投げて来た。
その形状には、見覚えがあった。
「爆弾!?」
冒険者がよく使う、小型の爆弾だ。
明らか殺すつもりで投げられたそれに目を剥く。しかし、その時、レナの肩から飛び出した小さな影があった。
「ボ」
それは、ポポだった。ポポは口を大きく開くと、ゴウ、と音がするような吸引力で爆弾を吸い込み、ごっくん、と飲み込んだ。しかし、しばらくするとボン、と小さな音がして鼻や耳から煙が噴き出した。それにレナは驚くが、ポポは平然としてレナの肩に戻って来る。
「ポポ、大丈夫なの?」
「ボ?」
なにが? と言わんばかりに不思議そうな顔をするポポに、本当にこの子はどういう生物なのだろうか、と苦笑いする。
「まさか爆弾を食えるとは……」
「火球は駄目で爆弾は大丈夫なのは口内の強度の問題でしょうか?」
ヘンリーとイヴァンが目を丸くし、ユーダムもあまりの非常識な光景を前に思わず呆けた。その隙にネモが窓から飛び出し、ユーダムに肉薄する。
「せいっ!」
「くっ」
手に持つのはスタンガン式の警棒だ。それをユーダムに向かって振り抜くも、ユーダムはそれを受けずに回避した。
「ちっ、そのまま受けてくれればバチッ、と逝ったものを」
「お前、不穏な方の表現しなかったか? それの電圧はいくつだ」
舌打ちするネモに、ヘンリーが取り調べがあるんだから殺すなよ、と言う。そんな二人に物騒な人達ですね、とユーダムが苦笑した。
「そう簡単には逃がしてはくれないようだ」
余裕を失わないユーダムを前に、レナはポケットの中の魔道具を握りしめた。
ユーダムは彼の手で殺されたと思われる女性達とはなんの問題も抱えていなかった。むしろ彼女らとは良い関係を築けており、彼女らの親族や親しい人間にユーダムが何かしらの負の感情を抱くような事情も無かった。本当に、何故彼女らを殺すに至ったのかが全く見えてこなかったのだ。
故に、不気味だった。この期に及んで微笑みを浮かべるこの男が、ただ、不気味だった。
レナは思わず隣に立つイヴァンの袖を掴むが、ユーダムからは目を離さない。それは、生物としての本能から、この男が警戒すべき人間であると警鐘を鳴らしているからだ。
(エラが生理的に無理、って言ったのが分かる気がする……)
ユーダムの整った顔に浮かぶ人の好さそうな微笑みが、今はただ、気持ちが悪い。
顔色が悪いレナを見て、イヴァンはそっと庇うかのようにレナの前に立った。
そんな二人を横目に、ヘンリーが尋ねる。
「お前、どうして自分の恋人に毒を盛るなんてことをしたんだ。彼女達とはうまくやってただろう?」
それに彼は不思議そうに首を傾げた。
「そんなの、愛しているからに決まっているじゃないですか」
その答えに、一瞬思考が止まる。
「彼女達は私に永遠の愛を誓い、私に身を捧げると言ってくれた。だから、その愛の証として、彼女達には一番美しい姿になってもらったのです」
この男は、何を言っているのだろうか? 言っている意味が分からなかった。
「もちろん、合意ですよ。私の愛は、彼女達を目覚めぬ眠りへと導く。人によってはそれは嫌だと思うでしょうから」
まるで自分には常識があるのだと言わんばかりだが、明らかに異常であるそれに、レナは鳥肌を立てた。
そして、そっとメイの様子を伺ってみれば、彼女はそんなことは知らないとばかりに、驚愕に目を見開き、ゆるゆると首を横に振っていた。
それを知らず、ユーダムは月明りに照らされ、ギラギラと輝く瞳で告げる。
「愛し合う私達の愛を永遠のものにする為に、私の薬は彼女達を最高に美しい状態へと導く。そして、彼女達に私は永遠の愛を誓うキスを贈るのです。そして、私と彼女達の愛は永遠のものとなる!」
うっとりと陶酔するかのような声音が不気味だった。レナは思わず鳥肌が立った腕をさすった。
「なるほどね。つまり、そういう性癖か」
ユーダムのその言葉に何かを察したのか、ネモが苦々しくそう吐き捨てた。
「ネモ?」
ヘンリーが問うようにネモに視線を向け、それを受けてネモは告げる。
「つまり、こいつは死体愛好家。好きな女を死体にして愛でる性癖なのよ」
ぎょっと目を剥いてユーダムに視線を戻せば、彼はやはり困ったような微笑みを浮かべて、どうしてそんな目を向けられるのだろう、とばかりに不思議そうに首を傾げていた。
「そんな、まさか……」
「それが居るのよ、そういう奴」
流石のイヴァンも予想外だったそれに、ネモが嫌そうに言う。
「私としては、どんな性癖だろうが、誰かに迷惑かけるようなことをしなけりゃ犯罪じゃないと思うわ。けど、自制できなければアウト。他人の命を自分の欲を満たすために奪ったのなら、報いを受けるべきよ」
「エラはとんでもなく鋭いな。好意を向けられてそんなもん受け入れられるはずが無いものだと察したわけだ」
罪悪感を感じてない所がサイコパスじみてるな、とヘンリーは呟き、合図するように右手を上げる。すると、彼の前に顔を隠した黒装束の人間二人が現れ、ヘンリーを守るようにナイフを抜いた。恐らくこの二人は王家の人間を守護する『王家の影』だろう。
「言っとくが、こいつらにアレの捕縛を期待するなよ。こいつらの相手の無力化は殺害に特化してるんだ。あくまで俺を守ることに注力してもらう。だから、ネモ、イヴァン、レナ、任せた」
「使えない男ね!」
「はい、了解しました」
「頑張ります!」
三者三様の返事をして、レナ達はいまだ微笑みを浮かべ続けるユーダムへ構えをとったのだった。
ユーダムは、敵意を持つ人間が彼と対峙しているにも拘らず、余裕を持っていた。考えるまでもなく、腕に自信があるのだろう。
「念のために聞いておくが、このまま素直に捕まるつもりはあるか?」
「私を捕まえたら縛り首にでもするおつもりなのでは? 私は愛する人たちを永遠に覚えておかなくてはならないし、メイが私の愛で眠りについた後、キスを贈らなくてはならないのですから」
お暇させていただきましょう、と、言うと同時にユーダムは袖口に隠し持っていた魔道具をこちらに投げて来た。
その形状には、見覚えがあった。
「爆弾!?」
冒険者がよく使う、小型の爆弾だ。
明らか殺すつもりで投げられたそれに目を剥く。しかし、その時、レナの肩から飛び出した小さな影があった。
「ボ」
それは、ポポだった。ポポは口を大きく開くと、ゴウ、と音がするような吸引力で爆弾を吸い込み、ごっくん、と飲み込んだ。しかし、しばらくするとボン、と小さな音がして鼻や耳から煙が噴き出した。それにレナは驚くが、ポポは平然としてレナの肩に戻って来る。
「ポポ、大丈夫なの?」
「ボ?」
なにが? と言わんばかりに不思議そうな顔をするポポに、本当にこの子はどういう生物なのだろうか、と苦笑いする。
「まさか爆弾を食えるとは……」
「火球は駄目で爆弾は大丈夫なのは口内の強度の問題でしょうか?」
ヘンリーとイヴァンが目を丸くし、ユーダムもあまりの非常識な光景を前に思わず呆けた。その隙にネモが窓から飛び出し、ユーダムに肉薄する。
「せいっ!」
「くっ」
手に持つのはスタンガン式の警棒だ。それをユーダムに向かって振り抜くも、ユーダムはそれを受けずに回避した。
「ちっ、そのまま受けてくれればバチッ、と逝ったものを」
「お前、不穏な方の表現しなかったか? それの電圧はいくつだ」
舌打ちするネモに、ヘンリーが取り調べがあるんだから殺すなよ、と言う。そんな二人に物騒な人達ですね、とユーダムが苦笑した。
「そう簡単には逃がしてはくれないようだ」
余裕を失わないユーダムを前に、レナはポケットの中の魔道具を握りしめた。
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