144 / 151
棺の中の乙女
第十五話 薬
しおりを挟む
それは、メイが国立病院へ入院する前日のことだった。
帰省中のチアンを除いた台所錬金術部のメンバーはヘンリーによって部室に召集をかけられ、何事かという面持ちで集まっていた。
不安そうな面持ちの部員たちを代表して、部長のネモがまず口を開いた。
「それで、何があったわけ?」
それにヘンリーはちょっと待てと手を上げ、懐から取り出した盗聴防止用の魔道具を起動させた。
それを見てイヴァンは緊張した面持ちで尋ねる。
「もしかして、薬物関連で進展があったんですか?」
「ああ。そっちもあった」
そう言って、ヘンリーは疲れたように背もたれに寄りかかって言う。
「まず、チアンから連絡があった。ブレナン子爵なんだが、彼はどうやらカンラ帝国で大分派手に遊んでいたらしいな」
どうやら奥方を国に残していったことでタガが外れたのか、随分と娼館に通いつめいていたらしい。
「息子を連れて行ってたんでしょ? 奥方が知ったら去勢しそうね」
「随分と上手く隠していたらしいな。今でも奥方は知らないみたいだ」
女性陣の顔が嫌悪で染まり、イヴァンも微妙な顔をしている。
「それで、だ。一応仕事もしていたらしくてな、ある娼館が懇意にしている薬師と繋ぎを取って、お香や茶葉の輸入を始めた」
「あ、待って。ちょっと頭に引っかかったものが……」
ネモは、娼館、お香、お茶、と呟いていき、思い出したのかカッと目を見開いて立ち上がり、叫んだ。
「『合わせ香』!」
「正解」
それに、ネモは信じられないとばかりにヘンリーを見る。
「ちょっと待ってよ、嘘でしょ!? あれ、何百年前のものだと思ってるの!? 軽い催淫剤として使用されてたけど、依存性があって次々に廃人を作ったものよ? 国が禁止薬物指定する共に、忌まわしい負の産物としてレシピもろとも製作者まで焼き払って消失したレシピなのに!」
私ですら噂にちらっとしか聞いてないのに! とネモが叫ぶ。
合わせ香とは、お香やお茶など、単体ではちょっと体の調子がよくなる程度の効果がある品なのだが、それを合わせて使用すると、たちまち効果が催淫作用のあるものへと変わるもののことだ。ネモが言う数百年前に作られたそれは、麻薬を使用した時に得る薬効まで発現したため、禁止薬物として取り締まられることとなったのだ。
「どうも、今回の薬物騒動はその『合わせ』で効果が出るらしい。薬師がカンラ帝国の錬金術で作ったらしいが、まったく厄介なもん作ってくれたもんだぜ」
うちで雇ってる錬金術師はあっちの知識がないからな。分からなかったようだ、とヘンリーはうんざりした様子を隠さず告げる。
「麻薬と同じ依存性のあるそれは、ブレナン子爵の商会で扱ってるカンラ帝国産を謳った茶葉とお香、のど飴。そして、カンラ帝国から取り寄せた香水に使う香料。この全てを同時に使用すると効果が発現するらしい」
「随分と手の込んだことするわね」
それだけ細分化され、しかも呪術知識を必要とする錬金術を使われれば、そういう知識のない錬金術師では気付けないだろう。
「というか、チアンからの報告と言うからには、あいつが気づいたの?」
「いや、宮廷薬師が気付いたらしい。あっちはあっちで大騒ぎになってるらしいな」
そりゃそうだろう、と一同は思うと同時に、もしかしなくとも国際問題なのでは、とヘンリーを見れば、彼はその通りだと言わんばかりに大きな溜息をついた。
「今回のこれは俺の手を離れて国王陛下の所まで上げられることになった。今はブレナン子爵を見張りつつ、証拠固めの最中だな。それはまあ、いいんだ。兄上達に任せておけば間違いはない。ただ、今回の問題は子爵だけじゃないだろ?」
思い浮かべるのは、如何にも人畜無害そうなユーダムの顔だ。
「ああいう『合わせ』で薬害出してるんだ。奴がそういう知識を持っていてもおかしくはない。ネモ、イヴァン、そういう方面から見て、何か心当たりはないか?」
ヘンリーのその質問に、ネモとイヴァンは難しい顔をする。
「ちょっとそれは難しいわね。カンラ帝国仕込みの錬金術でしょ? 私もあそこの錬金術となるとちょっと自信ないのよね。呪術は出来ないことはないけど、適性が低いから……。それにエラちゃんから回収したあれらは確かに引っ掛かりを感じるけど、そういう効果が出るような物じゃ無かったわ。もし何かあるんなら、効果が発現するには足りない物があると思う」
「どちらにせよ、そういう効果が出るという証拠にはならないんですから、ユーダム・ブレナンの疑惑は疑惑のままでしょう」
ブレナン子爵家はもうお終いだろうし、ユーダムもほぼ確実に首を斬られるだろう。だが、罪は罪として裁かれるべきである。
どうしたものか、と考え込む先輩達に、その様子を見守っていたレナは恐る恐る手を上げた。
「あの……」
その声に視線が集まる。
「ユーダム・ブレナンと今関係がある女性の持ち物を調べればいいんじゃないでしょうか?」
それこそ、以前ネモ達と話したように強制入院させて、ユーダムから物理的に離しつつ、その間に持ち物を調べればいいのだ。
その提案にヘンリーは何か考えるそぶりを見せ、よし、と膝を叩いた。
「それじゃあ俺も、入院するか!」
「は?」
トンチキなその台詞に、レナ達は目を丸くしたのだった。
帰省中のチアンを除いた台所錬金術部のメンバーはヘンリーによって部室に召集をかけられ、何事かという面持ちで集まっていた。
不安そうな面持ちの部員たちを代表して、部長のネモがまず口を開いた。
「それで、何があったわけ?」
それにヘンリーはちょっと待てと手を上げ、懐から取り出した盗聴防止用の魔道具を起動させた。
それを見てイヴァンは緊張した面持ちで尋ねる。
「もしかして、薬物関連で進展があったんですか?」
「ああ。そっちもあった」
そう言って、ヘンリーは疲れたように背もたれに寄りかかって言う。
「まず、チアンから連絡があった。ブレナン子爵なんだが、彼はどうやらカンラ帝国で大分派手に遊んでいたらしいな」
どうやら奥方を国に残していったことでタガが外れたのか、随分と娼館に通いつめいていたらしい。
「息子を連れて行ってたんでしょ? 奥方が知ったら去勢しそうね」
「随分と上手く隠していたらしいな。今でも奥方は知らないみたいだ」
女性陣の顔が嫌悪で染まり、イヴァンも微妙な顔をしている。
「それで、だ。一応仕事もしていたらしくてな、ある娼館が懇意にしている薬師と繋ぎを取って、お香や茶葉の輸入を始めた」
「あ、待って。ちょっと頭に引っかかったものが……」
ネモは、娼館、お香、お茶、と呟いていき、思い出したのかカッと目を見開いて立ち上がり、叫んだ。
「『合わせ香』!」
「正解」
それに、ネモは信じられないとばかりにヘンリーを見る。
「ちょっと待ってよ、嘘でしょ!? あれ、何百年前のものだと思ってるの!? 軽い催淫剤として使用されてたけど、依存性があって次々に廃人を作ったものよ? 国が禁止薬物指定する共に、忌まわしい負の産物としてレシピもろとも製作者まで焼き払って消失したレシピなのに!」
私ですら噂にちらっとしか聞いてないのに! とネモが叫ぶ。
合わせ香とは、お香やお茶など、単体ではちょっと体の調子がよくなる程度の効果がある品なのだが、それを合わせて使用すると、たちまち効果が催淫作用のあるものへと変わるもののことだ。ネモが言う数百年前に作られたそれは、麻薬を使用した時に得る薬効まで発現したため、禁止薬物として取り締まられることとなったのだ。
「どうも、今回の薬物騒動はその『合わせ』で効果が出るらしい。薬師がカンラ帝国の錬金術で作ったらしいが、まったく厄介なもん作ってくれたもんだぜ」
うちで雇ってる錬金術師はあっちの知識がないからな。分からなかったようだ、とヘンリーはうんざりした様子を隠さず告げる。
「麻薬と同じ依存性のあるそれは、ブレナン子爵の商会で扱ってるカンラ帝国産を謳った茶葉とお香、のど飴。そして、カンラ帝国から取り寄せた香水に使う香料。この全てを同時に使用すると効果が発現するらしい」
「随分と手の込んだことするわね」
それだけ細分化され、しかも呪術知識を必要とする錬金術を使われれば、そういう知識のない錬金術師では気付けないだろう。
「というか、チアンからの報告と言うからには、あいつが気づいたの?」
「いや、宮廷薬師が気付いたらしい。あっちはあっちで大騒ぎになってるらしいな」
そりゃそうだろう、と一同は思うと同時に、もしかしなくとも国際問題なのでは、とヘンリーを見れば、彼はその通りだと言わんばかりに大きな溜息をついた。
「今回のこれは俺の手を離れて国王陛下の所まで上げられることになった。今はブレナン子爵を見張りつつ、証拠固めの最中だな。それはまあ、いいんだ。兄上達に任せておけば間違いはない。ただ、今回の問題は子爵だけじゃないだろ?」
思い浮かべるのは、如何にも人畜無害そうなユーダムの顔だ。
「ああいう『合わせ』で薬害出してるんだ。奴がそういう知識を持っていてもおかしくはない。ネモ、イヴァン、そういう方面から見て、何か心当たりはないか?」
ヘンリーのその質問に、ネモとイヴァンは難しい顔をする。
「ちょっとそれは難しいわね。カンラ帝国仕込みの錬金術でしょ? 私もあそこの錬金術となるとちょっと自信ないのよね。呪術は出来ないことはないけど、適性が低いから……。それにエラちゃんから回収したあれらは確かに引っ掛かりを感じるけど、そういう効果が出るような物じゃ無かったわ。もし何かあるんなら、効果が発現するには足りない物があると思う」
「どちらにせよ、そういう効果が出るという証拠にはならないんですから、ユーダム・ブレナンの疑惑は疑惑のままでしょう」
ブレナン子爵家はもうお終いだろうし、ユーダムもほぼ確実に首を斬られるだろう。だが、罪は罪として裁かれるべきである。
どうしたものか、と考え込む先輩達に、その様子を見守っていたレナは恐る恐る手を上げた。
「あの……」
その声に視線が集まる。
「ユーダム・ブレナンと今関係がある女性の持ち物を調べればいいんじゃないでしょうか?」
それこそ、以前ネモ達と話したように強制入院させて、ユーダムから物理的に離しつつ、その間に持ち物を調べればいいのだ。
その提案にヘンリーは何か考えるそぶりを見せ、よし、と膝を叩いた。
「それじゃあ俺も、入院するか!」
「は?」
トンチキなその台詞に、レナ達は目を丸くしたのだった。
32
お気に入りに追加
4,386
あなたにおすすめの小説
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。


婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。