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棺の中の乙女

第十一話 異国の錬金術

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 翌日、部活に顔を出したヘンリーにそのことを報告すると、彼は難しい顔をして呻いた。
「あいつ、そんなレベルで錬金術を治めてたのか。そんな情報、これっぽっちも引っかからなかったぞ」
「まあ、下級ポーションなら自分で作るような人間は多いからね。本格的にやってたとしても、作品を外に出さなけりゃ認知されにくいでしょうね」
 前もってその情報を聞いていたネモが肩を竦めると、イヴァンが眉をひそめて呟く。
「しかし、そんな技術をどこで習得したんでしょうか? 殿下の情報網に引っかからなかったのなら、学園ではないですよね?」
 そうだろうな、とヘンリーが頷くのを視界に収めながら、レナは首を傾げて言った。
「もしかすると、カンラ帝国でじゃないですか?」
「え?」
 それに反応したのはイザベラだ。
「カンラ帝国でそんなに高度な錬金術を治められるのですか?」
 実のところ、カンラ帝国ではあまり錬金術が浸透していないといわれている。作られる魔道具も数が少なく、それらは他国からの輸入に頼っている状態だ。それ故に、高度な錬金術を治められる環境があるとは思えなかったのだ。
 しかし、それに異を唱えたのは二つ名持ちの錬金術師だった。
「ああ、それなんだけど、誤解なのよ」
「えっ?」
 その言葉に、ネモに視線が集まる。
「正確には、錬金術に類するものが浸透しているの。カンラ帝国は呪術大国だからね。それ系統が発達してて、この辺りの錬金術とはだいぶ毛色が違うのよ。大別すれば錬金術なんだけど、カンラ帝国の錬金術を学ぼうとすると呪術ありきになるから、意見が分かれるの。あれは別系統の技術だから錬金術ではない、って」
「僕はあれは錬金術だと思いますよ」
 既に錬金術で一定の成果を上げており、呪術を学んでいるイヴァンのその言葉に、ほらね、とネモが視線で告げる。
「呪術を用いたもので、これは錬金術ではないと言われている代表例は『符』ね」
「『フ』?」
 首を傾げるレナとイザベラに、ネモは呪術師が主に使う魔道具よ、と答えた。イヴァンなら作れるでしょ、と言ってネモは短冊形の紙と筆、そして黒く細長いブロックと奇妙な形の器をマジックバックから取り出して渡し、自身はそれを見守る姿勢をとる。
 イヴァンはそれを苦笑しながら受け取ると、慣れた様子で準備を始めた。
「イヴァン先輩、それはなんですか?」
 不思議な形の器を指さして尋ねると、これは『硯』と呼ばれる東洋のインクを作るための器だと言われた。
 そしての器に少量の水をため、すいすいと黒いブロックを磨ると、水が黒に染まってインクとなった。
「これを使って東洋の魔術紋様みたいな文字を書くんだ」
「へぇ……」
 そうして筆を使ってサラサラ書かれたそれ。それには、確かに見慣れない模様のような文字が書かれていた。それを見て、おや、とレナは首を傾げる。
「もしかして、チアン殿下が使っているものと同系統のものでしょうか? 以前、人型の紙で作った式神の狼と模擬戦をしたんですが」
「それは符ね。式神を作るためのものよ」
 ちなみに符で戦闘可能な式神を気軽に作れる奴はそうはそうは居ないわ、と補足され、そうなのかとイヴァンを見れば、難しいよ、と答えられた。
 そうしている内にイヴァンは符を書き終えたらしく、ネモにそれを見せた。
「ああ、簡単な幻術の符ね。イヴァン、使って見せて」
「はい」
 ネモの指示にイヴァンは書いたばかりの符を持ち、そこに魔力を流した。
「わぁ……」
「まあ、綺麗!」
「おおー」
 それは、花の幻影だった。
 部室中に半透明の花が咲き乱れ、舞う花弁はふわりふわりと消えてく。
 たった一分足らずの幻術。それは、たった一枚の紙によってもたらされたものだ。
「す、凄いです! それ、どんな素材を使ってるんですか? やっぱり、魔力が流れやすい製法で作られたものですか?」
 キラキラとした目で符を見つめるレナに、イヴァンが困ったような顔をする。
「いや、えっと……」
 何故か言い辛そうにするイヴァンにレナが首を傾げると、その疑問にはネモが答えた。
「墨と紙よ」
「え?」
 ネモはにっこりと微笑み、言葉を重ねる。
「一つも特別な素材なんて無いわ。ただの煤と膠を原料とした固形物と、植物紙よ。筆だって東洋製のものってだけで、特別なものじゃないわ。完全に書き手と使い手の資質に依存した魔道具らしからぬブツ。それが符よ」
「……え?」
 ネモの言葉を理解するまでしばし沈黙し、その後、レナは背後に宇宙を背負った。ただの墨と紙で、書き手と使い手の能力に依存して作られるそれ。特別製のものを作るなら材料にもこだわるそうだが、基本的にはそうではない。そもそも、資質が無ければ符の内容を真似て書いてもただの落書きだし、使い手もその資質が無ければただのゴミと貸すそうだ。
「呪術師としての資質が無いと作れないのよね。私もチャレンジしたけどさっぱりだったわ。悔しかったから呪術の知識詰め込んだけど、それでようやく作れたのは初歩の初歩程度の物だったし」
「僕としては資質が無い師匠が作れることに驚きます」
 そんな師弟の話は、驚愕に目を見開くレナの耳には入って来ない。そして、その事実に愕然としたのはレナだけでは無かった。
「ま、待って下さいまし! ただの墨と紙でどうして先程のような現象が起きますの!? 魔道具はどこかしらで相応の素材を使いますでしょ! それなのに、墨と紙だけ!? その資質ってなんですの? イヴァン先輩は魔力を流しただけではありませんか! それで符の効果は発現したのに、資質が無ければ使えない? どういうことですの!?」
 それって本当に魔道具なんですの!? 半ば悲鳴じみた問いに、ネモは重々しく頷いた。
「そうなのよ。普通、そんな物あり得ないのに、あり得るのが符なの。呪術を学んで、そういう才能がある人間しか使えないのよね。だから、作り手も使い手も限られる、正に使い手を選ぶ専用魔道具。あっちでは『術具』と呼ばれてそういうくくりの中に在るけど、こっちで大別すると魔道具に入っちゃうのよ。いやこれ魔道具じゃないだろ、っていうのが普通の反応よ。特に錬金術を学んできた人間の既成概念に正面から喧嘩売って来るブツなのよね」
 そういうのが多いから、これは錬金術じゃない、って意見が多いのよ、とネモは締めくくった。
「私、これを錬金術とは認めませんわ! 魔道具とも認めません! 魔道具であってたまりますか!」
 勢いのままイヴァンの符を奪い取り、魔力を流すもうんともすんともいわないそれに、イザベラはムキー! と叫んだ。
 それにネモとヘンリーは気持ちは分かる、と頷き、イヴァンは苦笑する。
「錬金術を学べば学ぶほど、皆そう言いたくなるみたいなんだよね」
 それでも原理は錬金術を彷彿とさせる部分が多いんだよ、と言いながら、符を作れるし使えもする天才準錬金術師は、ふと隣の恋人の顔を見て、ぎょっとした。
「レ、レナ……?」
 ぎぎぎ、と音がするのではないかというぎこちない仕草で、レナはイヴァンを見て、言った。
「ワタシ アレ マドウグ チガウ オモイマス」
「レナ!?」
 とんでもねぇカタコトに、イヴァンが素っ頓狂な声を上げた。
「アレ レンキンジュツ ミトメナイ」
 レナの目からはハイライトが消えていた。
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