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棺の中の乙女

第八話 疑惑1

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 森の中、その二人は居た。
「イヴァン、そっちに行ったわよ!」
「くっ、《土蜘蛛の牙つらぬけ》!」
 魔力が籠められた力ある言葉を鍵に、大地が隆起し、硬く、鋭さをもって巨大な大カマキリを貫いた。
 腹を貫かれた大カマキリは暫くの間痙攣していたが、そのまま絶命した。
 大カマキリが死んだことを確認した後、イヴァンはほっと息を吐いて肩から力を抜いた。そんなイヴァンに、ネモが呆れた顔をして近付いて来る。
「やっぱりなまってるわね」
「うっ……」
 師匠の言葉に、イヴァンは気まずそうに視線を逸らした。
 レナ達が部活動に励んでいる頃、イヴァンはネモに連れられて王都の近くに在る森の奥に来ていた。それもこれも、恋に浮かれて自力での素材採取をサボっていた為である。
「ランタナ王国は錬金術師にはありがたい国なのよ。近くに短時間で深層まで行けるダンジョンがあるし、自然豊かな山も森も、川を下れば海まである。極上の素材が手に入れやすい環境よ? 外部に委託も良いけど、一流の錬金術師になるなら何から何まで他人まかせにするのは言語道断。鍛え直しね」
「うぐぅ……。申し訳ありません……」
 ネモは項垂れるイヴァンに肩を竦め、絶命した大カマキリに近づく。
「まったく、一年前のアンタなら綺麗に甲殻の隙間を狙って真っ二つにしてたでしょうね。腹を貫いた所為で、羽に大穴が開いてるわ」
 ネモが大カマキリの羽を開くと、確かに見事な大穴が開いていた。
「大カマキリの羽は染料に染まりやすくて、柔らかいのに丈夫だから細工物によく使われるのよね。傷がなく、大きい物ほど価値も高い。なのに、こんな大穴が開いてたら二束三文で買いたたかれるわよ。これはもう、自分で加工して売り出すくらいしないと大して利益にならないわ」
「ぐぅぅ……」
 大カマキリの羽を使った細工は、ステンドグラスのように加工したもので髪飾りを作ったり、変わったものではドレスに使われたりとなかなか幅広い。また、大カマキリの羽で作った物は魔力を通しやすく、弱いながらも魔道具としての側面も持たせられるため、大カマキリの羽はそれなりに需要があるのだ。
「責任取って何か作って売りなさい。ヘンリーに厳しく査定するよう言っとくから、手を抜いたら……分かってるわよね?」
「はい……」
 イヴァンはネモから大穴の開いた大カマキリの羽を受け取り、神妙な顔をして頷いた。
「よし。それじゃあ、後は今日の晩御飯を狩りましょうか!」
「きゅいっ!」
 ネモの言葉に、わーい、と彼女の肩に乗るあっくんが嬉しそうに鳴き声を上げる。
「師匠、本当に一週間も森へ潜るんですか?」
「当たり前でしょ」
 往生際悪く渋るイヴァンに、ネモは眉間に皺を寄せて言う。
「言っとくけど、一週間も潜ることにしたのは、アンタのためなのよ」
「それは、そうでしょうけど……」
 恋に浮かれて魔物狩りの勘を鈍らせたのはイヴァンである。自分が悪いことは分かっているので、素直にそれには頷いたが、それだけなら三日もあれば取り戻せる範囲内である。しかし、それを一週間と言うのだから、恋人が出来たばかりのイヴァンとしては、今の蜜月を邪魔されたくないというのが本音だ。
 そんなイヴァンの本音など分かり切っているのだろう。ネモは呆れたように溜息をついた。
「私だって、アンタ達の邪魔はしたくないわよ」
 イヴァンはどうでもいいが、レナちゃんはがっかりさせたくないというネモに、イヴァンが微妙な顔をした。
「けどね……」
 ネモが憐れむかのような目でイヴァンを見た。
「アンタ、ちょっと太ったわよね……」
「えっ!?」
 ぎょっとするイヴァンに、ネモはその腹周りをじっと見て言う。
「これも幸せ太り、ってやつなのかしら? 見かけはあんまり変わらないけど、腹周りがちょっと増えて、筋肉量が減ってるわ。筋肉が脂肪になってるのよ。三か月前と比べて疲れるのが早すぎるもの……」
 イヴァンが衝撃に固まる中、ネモは決定的な一言を言い放つ。
「美しい体系を好むのは、男だけじゃないのよ」
 この日より、イヴァンのシェイプアップブートキャンプが始まったのであった。

   ***

 さて、イヴァンが年頃の乙女の如くウエストのサイズに過敏になっている頃、台所錬金術部の部室にて、ヘンリーが難しい顔をして唸っていた。
 それにレナ達後輩女子組は視線でどうしたんだろうね、と会話し、チアンはシレっとした顔でお茶を啜っていた。
 そのまま放っておいても良かったのだが、流石に気になるというものである。代表してレナがそろそろとヘンリーに近づき、尋ねた。
「あの、殿下。どうかなさったんですか?」
「おう。よくぞ聞いてくれた!」
 レナがそう聞いた途端、先ほどまで難しい顔で唸っていたとは思えぬほど溌溂とした笑顔を返され、レナは目を白黒とした。そんなレナの様子に、チアンが生温い笑みを浮かべていたが、生憎それには気づかなかった。
「いやぁ、実はな、ユーダム・ブレナンの粗探しをしてたんだが」
「粗探し」
 薬物捜査とエラの件でのことだと分かるが、粗探しと言われると微妙な気分になる。
「それでちょっと引っかかることがあってな」
「引っかかること、ですか?」 
 それにレナたちは顔を見合わせ、エラが不安そうに尋ねる。
「あの、何か問題があったんですか?」
「それがな……」
 ただの偶然で終わらせられもするのだが、妙に気にかかるのだと前置きして彼は言った。
「ユーダム・ブレナンが懇意にしていた女性が、最低でも三人、死んでるんだ」

   ***

 メイ・パーカーは甘い夢の中を生きていた。
 目の前には手の届かないと思っていた男性、ユーダム・ブレナンが柔らかな微笑みを浮かべて紅茶を飲んでいた。
 あの日偶然会った時に共にお茶をし、また共にお茶をしようと約束した。そして、あの日からこれで三度目の逢瀬になる。
 メイはユーダムといろんな話をした。彼の亡くなった婚約者であり、メイが勤めるお屋敷のお嬢様でもあったエリーゼの話から始まり、エリーゼの愛していた物の話、彼がフラれてしまったエラの話と、沢山のことを話した。
 エリーゼのことはどうにか乗り越えたらしいが、エラのことは最近のことだ。消化しきれておらず、彼は傷ついていた。
「縁が無かったのです、仕方がありませんわ。ユーダム様には一つも瑕疵は有りません」
「そうだろうか……」
 寂しそうに微笑む彼を想うと、胸が苦しくなる。
「私が居ますわ……」
「メイ……」
 彼の淋しさに付け込むように、彼に近づいた。
 彼の心にメイは居ない。しかし、このまま逢瀬を重ねれば、彼の心に食い込むことが可能だろうと感じていた。
 メイは愛しい青い目に、熱が宿るのを確かに見た。
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