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棺の中の乙女

第七話 噂

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 ユーダムが部室に来たあの日から数日後。エラが溌溂とした笑顔で台所錬金術部の部室へやって来た。
「エラ、なんだか嬉しそうだけど、どうしたの?」
「えっ、やだ、顔に出てた?」
 エラは恥ずかしそうに小首を傾げながら、その理由を話した。
「実は、ユーダム様に次のお相手が出来そうなの」
「ええっ!?」
 ユーダムと話してから、ほんの数日しか経っていない。なのに、もう次の相手が出来たというのか。
 驚くレナに、エラがふふっ、と笑って言う。
「実は少し前、ユーダム様が女性とお茶をしているのを見た方がいたの。親しそうだったし、女性は明らかにユーダム様に好意を抱いている感じだったそうよ」
 どうやら、ユーダムが別の女性と付き合い出した、というようなことでは無いらしい。あくまで、そうなるかもしれない、程度の噂話だ。しかし、自分に気がある女性とお茶をしていたともなれば、彼女の好意を受け入れるつもりがあるのかもしれない。エラの話は、そういうものだったのだが……
「希望的観測ですわね」
 スッパリそうぶった切ったのは、イザベラだ。
「まず、その女性がどういう方なのかが分からないと判断できませんわ。もしかすると仕事関係でお茶をすることになっただけかもしれません。それに、婚約を断られてもチャンスが欲しいと言っていたユーダム様ですもの。確定するまで気を抜いてはいけませんわ」
 至極ごもっともな意見だった
 しゅん、と肩を落としたエラに、気持ちは分かる、とレナはその肩を優しく叩いた。
 本日の部活動は、レナとエラ、そしてイザベラだけである。ヘンリーは仕事で、イヴァンはネモに連れられて魔物狩りに引きずられて行った。そして、チアンは帰郷せねばらなず、その準備を嫌々ながら始めているらしい。
 そんなわけで、本日は後輩女子組のみの部活動である。
「そういえば、イザベラは今日は何を作るの? ポーション系なのは分かるんだけど、ちょっと違う材料もあるわよね?」
 レナの視線の先には、ポーションの材料と、各種ハーブ、そして何故か果物があった。
 イザベラはその質問に少し得意げな顔をして言った。
「実は、ポーションの味の改良をしてみよかと思いまして!」
「まあ、味の改良?」
 興味を引かれたエラが、瞳を輝かせてイザベラを見つめた。
「はい。今のポーションも飲めないことはありませんけど、やっぱり美味しい物ではありませんし、いっそ美味しいポーションを目指そうかと思いまして!」
 イザベラは張り切ってそう言った。しかし、その勢いは残念ながらすぐにしぼまされることになる。
「イザベラ、ちょっと待って。それ、まずいわ」
「え?」
 首を傾げるイザベラに、レナは少し困った顔で言う。
「あのね、ポーションって薬なの。薬は飲み過ぎてはいけない物だから、ガブガブ飲めるような美味しい物だと困るのよ。それを好んで沢山飲んじゃう人間が出てきちゃうでしょう?」
「あっ」
 レナの言葉にはっとして目を見開いたイザベラは、ああ~、と呻き声をあげて机に突っ伏した。
「そうでしたわ~。なんだか普通のお薬とはちょっと違う扱いでしたから、うっかりしてましたわ~」
「まあ、ちょっと栄養ドリンクみたいな扱いではあるよね」
 錬金術で作られたポーションは、薬屋に行かなければ手に入らないようなものではなく、雑貨店などでも普通に売られているお手軽魔法薬である。下級ポーションなど、レシピが広く公開されているため、効力は低くとも自力で作れてしまうほどだ。
「そういえば、下級の疲労回復ポーションでも一日に一本以上は飲んではいけないのだったかしら」
「うん、そうよ。まあ、治癒ポーションとかだと使うのは緊急時になるから、その場の判断になるけどね。基本的にはラベルに書いてある使用用法容量を守らないと体の害になるわ」
「ある程度飲みにくくしてないとどんどん飲んじゃう方が出るやつですわね~」
 やる気が削がれたのか、イザベラは頬を机にぺったり押し付けて伸びている。
「まあ、もう少し飲みやすくするのもアリだと思うわ。あと、単純に自分用に作るとか」
「んん~、それもアリですけれど、今は止めておきますわ~」
 やる気が出ない~、と口を尖らすその様は、拗ねた子供のようだった。
「あらあら」
「うっ……、ゴメンね」
 その様子を見てエラは苦笑し、レナはやる前から後輩のやる気をそいでしまったことを反省した。これがもしネモなら、作らせてから指摘していたかもしれない。だが、全くの無駄にはならない研究だろうが、売りには出せないものだ。それなら先に指摘して欲しかったと言う者も確実に居るので、レナの指摘は決して悪いものではない。
「んん~、どうしたものかしらね……」
 ぷ~、と膨れだしたイザベラにレナは苦笑して頬を掻く。
 ちょっとしたことではあるが、教え導く難しさというものの一端を、レナは知ったのだった。




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