上 下
134 / 151
棺の中の乙女

第六話 客人

しおりを挟む
「急にお邪魔して申し訳ありません、殿下」
「いや、ただの部活動だからな。気にするな」
 あの後、レナはユーダムを台所錬金術部の部室へ誘った。レナが下手なこと言うより、ヘンリーに投げてしまった方が良いと判断したためだ。熟練の問題児の教えが垣間見えた瞬間である。
 あの短時間でどうすればこんな土産を釣り上げてくるの? とヘンリーの視線がレナに突き刺さるなか、レナは二人の前にお茶と茶菓子を置いた。本日二個目のフルーツゼリーである。ここに居ないメンバーの分が消費されることが決定し、食欲の権化たるあっくんには悟られてはならぬ秘密が爆誕した。
 さて、そんな内輪だけの重要機密事項は置いておき、まずは目の前の招かれざる客のことである。
 他のメンバーも席に座り、ユーダムに視線を向けた。
 ユーダムは艶やかな栗色の髪に、青い瞳を持つ穏やかな印象を受けるイケメンである。優し気な雰囲気を纏い、気質は真実穏やかで優しいのだから、理想の結婚相手として社交界では人気のある男だ。
 最近エラに求婚し、断られたことでエラに女達から幾らかのヘイトが向けられたが、亡くなった彼の前の婚約者――エリーゼ・ラングトン伯爵令嬢の親しい友人だったため、どうしても受ける気になれないのだと聞けば、大抵の人間は納得して矛を収めた。
 しかし、それに納得せずに未だにアタックを続けているのがこの目の前の男である。エラの生理的にダメという真の理由を聞く前に、表向きの理由で納得しとけよと台所錬金術部の面々が思う中、彼は語り出した。
「その……、ご存じかは分かりませんが、実は私は少し前にエラさんに婚約を申し込みまして……」
 ですが、断られてしまったのです……、と切なそうな顔をするイケメンに、ヘンリーが、それは辛いな、と同情するように言った。まさか内心、めんどくせぇ男だな、などと思っていると悟らせぬ見事な面の皮の厚さである。
「エラさんと親しい皆さんは、何か……エラさんに変わったことなどがないか、私との婚約のことで、誰かに口出しされているというようなことを聞いてはいないでしょうか?」
 その質問は、レナはちょっと予想外だと思った。レナは、エラの好みの男のタイプなどを聞かれると思ったのだ。
 イヴァンもそう思ったのか、少し驚いた顔をしていた。
(なるほど、ナルシスト……)
 今更ながら、ネモの潜在的ナルシストという言葉に納得する。このユーダムは、エラの意思で婚約したくないという結論を出したとは思っておらず、何か横やりが入ったと思っているのだ。
 そんなユーダムに、イザベラが困りましたわねぇ、とばかりに小首を傾げた。
「エラ先輩は特に誰かに嫌がらせ受けている様なご様子はございませんでしたわ。単にみんなに祝福されても気持ちよく結婚できないから、お話を受けることは出来ない。それに尽きるかと思います」
 本当の理由は生理的に無理、という身も蓋もない残酷なものだが、表向きのお断りの言葉は殆どの人間が納得するような理由である。振られた本人は納得できなくとも、エラが無理だと言っているのだから、素直に諦めて欲しいのが台所錬金術部の面々の正直な本音だ。
「しかし、エラさんの本心は違うような気がするのです。もっと何か、別の理由で私との婚約を避けているような……」
 ユーダムの鋭い指摘に、全員が内心舌打ちした。何故そこで鋭さを発揮するのか。どうせその鋭さを発揮するなら、エラがユーダムを苦手に思っていることに気づけばいいものを。
「しかし、本当にそういった様子は有りませんでした。それだけラングトン伯爵令嬢と仲が良かったのでしょう」
 友人の婚約者と婚約するのは抵抗があるのは当たり前かと思いますよ、とイヴァンはエラの断り文句を後押しした。
「まあ、ユーダム殿が不審に思うのも分からんではない。お前は引く手数多の優良物件だ。早々断られるような人間じゃないからな」
 今にもケッ、と悪態をつかんばかりの面持ちだが、それでもユーダムがエラを諦めるように、彼の恋心を折らんと言葉を紡ぐ。
「だが、もしお前が言うように誰かの横やりが入ったとして、お前はどうするつもりなんだ? それなりに親交のある俺に相談がないということは、そこまでしてお前と結ばれるつもりは無いということでもある。エラ嬢は穏便に済ませたいんだろう。エラ嬢のことを想うなら、彼女のことは諦めるべきだな」
「そんな……」
 ユーダムは悲壮な顔をして俯いた。つまるところ、お前はそこまで好かれてないから潔く諦めろ、ということだ。
 暫くしてユーダムは悲しみを振り払うように首を振り、整った顔に陰のある微笑みを浮かべて「私の私的な相談に乗っていただき、ありがとうございました」と頭を下げ、去って行った。
 パタン、と静かに音を立てて扉が閉められたのを確認し、全員が大きく息を吐き出した。
「なんか、疲れましたね……」
「そうだね……」
「なんだか、ちょっとイメージとは違ってましたわ……」
「自信にあふれた野郎だったな……」
 ああいう無意識下の自信過剰なところがエラの嫌悪感に引っかかったのだろうか? それならちょっと分からなくもないな、と思いながら、レナは冷めた紅茶を飲みほしたのだった。

   ***

 それは、全くの偶然であった。
「ユーダム様……?」
「え?」
 ユーダムは学園からの帰り道、名を呼ばれて振り返る。
 そこに居たのは、エラを彷彿とさせるような美しい赤毛に、どこかエリーゼを思い起こさせる青い瞳とを持った少女だった。
 そんな少女を前に、ユーダムは知らず、ゆるりと口角が上がっていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『完結』貧弱王子に婚約破棄されましたが、理想の筋肉騎士団長に求婚されました

灰銀猫
恋愛
聖女の力を持つアルレットは、呪いを受けやすい病弱なジスラン第三王子を守るため無理やり婚約させられる。 聖女の力には生涯にたった一人、呪いを無効にする力があったためだ。 好みでもなく、自分のせいで婚約したというのに全く歩み寄ろうともしないジスランとの関係にうんざりしていたアルレットは、婚約破棄を二つ返事で了承する。 さぁ、これからはあんな軟弱王子じゃなく、私好みの筋肉持ちの素敵な殿方を探してやる!と息巻いていた矢先、父の上司でもある公爵の当主であるオーギュストから求婚される。 騎士団長で、しかも理想の筋肉の持ち主のオーギュストからの求婚に、アルレットは二つ返事で了承し、筋肉を愛でる幸せな日々が始まる。 一方の王子は、同じく聖女の力を持つ侯爵令嬢と婚約し直すが、聖女の力の弱い侯爵令嬢の力では呪いが防げず、段々体調不良に… 緩く楽しくさらっと読める物を目指しています。 筋肉筋肉騒いでいますが、筆者は筋肉スキーですが知識は浅いです。すみません(汗) 深く考えずに 楽しんで頂けると嬉しいです。 2021年12月2日、HOTランキング1位、小説3位(恋愛2位)と驚きの展開です。 読んで下さった皆様に心から感謝申し上げます。 他サイトでも掲載しています。

亡国の大聖女 追い出されたので辺境伯領で農業を始めます

夜桜
恋愛
 共和国の大聖女フィセルは、国を安定させる為に魔力を使い続け支えていた。だが、婚約を交わしていたウィリアム将軍が一方的に婚約破棄。しかも大聖女を『大魔女』認定し、両親を目の前で殺された。フィセルだけは国から追い出され、孤独の身となる。そんな絶望の雨天の中――ヒューズ辺境伯が現れ、フィセルを救う。  一週間後、大聖女を失った共和国はモンスターの大規模襲来で甚大な被害を受け……滅びの道を辿っていた。フィセルの力は“本物”だったのだ。戻って下さいと土下座され懇願されるが、もう全てが遅かった。フィセルは辺境伯と共に農業を始めていた。

【完結】公爵家の妾腹の子ですが、義母となった公爵夫人が優しすぎます!

ましゅぺちーの
恋愛
リデルはヴォルシュタイン王国の名門貴族ベルクォーツ公爵の血を引いている。 しかし彼女は正妻の子ではなく愛人の子だった。 父は自分に無関心で母は父の寵愛を失ったことで荒れていた。 そんな中、母が亡くなりリデルは父公爵に引き取られ本邸へと行くことになる そこで出会ったのが父公爵の正妻であり、義母となった公爵夫人シルフィーラだった。 彼女は愛人の子だというのにリデルを冷遇することなく、母の愛というものを教えてくれた。 リデルは虐げられているシルフィーラを守り抜き、幸せにすることを決意する。 しかし本邸にはリデルの他にも父公爵の愛人の子がいて――? 「愛するお義母様を幸せにします!」 愛する義母を守るために奮闘するリデル。そうしているうちに腹違いの兄弟たちの、公爵の愛人だった実母の、そして父公爵の知られざる秘密が次々と明らかになって――!? ヒロインが愛する義母のために強く逞しい女となり、結果的には皆に愛されるようになる物語です! 完結まで執筆済みです! 小説家になろう様にも投稿しています。

身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす
恋愛
とある世界のとある国……じゃなかった、アスラリア国でお城のメイドとして働いていた私スラリスは、幼少の頃、王女様に少しだけ似ているという理由だけで、身代わりの王女にされてしまった。 しかも、身代わりになったのは、国が滅亡する直前。そして餞別にと手渡されたのは、短剣と毒。……え?これのどちらかで自害しろってことですか!? 誰もいなくなった王城で狼狽する私だったけど、一人の騎士に救い出されたのだ。 あー良かった、これでハッピーエンド……とはいかず、これがこの物語の始まりだった。 身代わりの王女として救い出された私はそれから色々受難が続くことに。それでも、めげずに頑張るのは、それなりの理由がありました。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

【完結】悪役令嬢の私を溺愛した冷徹公爵様が、私と結ばれるため何度もループしてやり直している!?

たかつじ楓
恋愛
「レベッカ。俺は何度も何度も、君と結ばれるために人生をやり直していたんだ」 『冷徹公爵』と呼ばれる銀髪美形のクロードから、年に一度の舞踏会のダンスのパートナーに誘われた。 クロード公爵は悪役令嬢のレベッカに恋をし、彼女が追放令を出されることに納得できず、強い後悔のせいで何度もループしているという。 「クロード様はブルベ冬なので、パステルカラーより濃紺やボルドーの方が絶対に似合います!」 アパレル業界の限界社畜兼美容オタク女子は、学園乙女ゲームの悪役令嬢、レベッカ・エイブラムに転生した。 ヒロインのリリアを廊下で突き飛ばし、みんなから嫌われるというイベントを、リリアに似合う靴をプレゼントすることで回避する。 登場人物たちに似合うパーソナルカラーにあった服を作ってプレゼントし、レベッカの周囲からの好感度はどんどん上がっていく。 五度目の人生に転生をしてきたレベッカと共に、ループから抜け出す方法を探し出し、無事2人は結ばれることができるのか? 不憫・ヤンデレ執着愛な銀髪イケメン公爵に溺愛される、異世界ラブコメディ!

我慢してきた令嬢は、はっちゃける事にしたようです。

和威
恋愛
侯爵令嬢ミリア(15)はギルベルト伯爵(24)と結婚しました。ただ、この伯爵……別館に愛人囲ってて私に構ってる暇は無いそうです。本館で好きに過ごして良いらしいので、はっちゃけようかな?って感じの話です。1話1500~2000字程です。お気に入り登録5000人突破です!有り難うございまーす!2度見しました(笑)

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。