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棺の中の乙女

第四話 不穏な影

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 買い物の後やって来た店は、カフェはカフェでも喫茶店。元日本人のネモ達から言えば和風喫茶なのだという。
「ここはヘンリーがプロデュースして最近オープンしたそうだ」
「これがまた美味しいのよね」
 そう言ってネモはお勧めだという白玉あんみつを十杯頼み、それぞれに一杯ずつ配って残りをあっくんの前へ置いた。レナが自分の肩からテーブルにちょろりと降りたポポにサクランボを差し出すと、ポポはそれを嬉しそうに受け取って食べ、満足そうにペロリと口の周りを舌で舐めた。
 サクランボ一つで満足そうにするポポとは対照的に、食いしん坊のあっくんは鼻歌交じりのご機嫌な様子でもりもり白玉あんみつを消費している。それに苦笑しながら、レナ達は改めてエラから話を聞くべく視線を向けた。
「それで、改めて聞くけど、エラちゃんは潜在的ナルシストとの婚約は断ったのよね?」
「師匠、ユーダム・ブレナン子爵令息です」
「オッケー。ナルシスト君ね」
 イヴァンが己の無力を感じて肩を落としている隣で、レナが苦笑いする。エラもまたそれを見て苦笑し、改めて先輩二人に視線を向けた。
「ええと、ユーダム様との婚約なんですが、勿体ないお話しでしたが、お断りしました。私では荷が重いとお伝えしたんですが、そんなことはない、そう思われてしまうのは自分の不甲斐なさからだ、信頼関係を築くためもっと交流を、と言われてしまって……」
「当たり障りなくお断りしたら空気を読まずに粘着されてるのね」
「身も蓋も無いな」
 大雑把にまとめられたそれに、チアンが茶を啜りながら呟く。
「まあ、相手の条件が良すぎるゆえ、迷惑していると正直に言えば妬まれるか、身の程知らずと言われそうだな。それとなく逃げ続けるか、他の相手を見つけるしかあるまい」
「そうなりますよね……」
 はー、と憂鬱そうに溜息をつくエラに、レナはどうしたものかと頭を悩ませるが、レナに出来ることはあまりなさそうである。
 しかし、レナに出来なくとも、出来る人は既に動いていた。
「ただまあ、ヘンリーが今動いておる。少々時間がかかるゆえ、それまでは逃げよ」
「えっ?」
 その言葉に、レナ達はチアンに視線を向ける。
「現時点でユーダム・ブレナンがどうこうという訳では無いのだが、ヘンリーが抱えている案件に引っかかったらしい。その案件が手詰まりだったゆえ、視点を変えるにも丁度良いとそちらから探っておる」
 その時に何かしら出てくるだろう、と涼しい顔で言うのに、レナ達は顔を引きつらせる。貴族というものは、大なり小なり後ろ暗い事情を抱えていたりするものだ。チアンはその後ろ暗いものを利用するといいと言っているのだ。
「あの……、流石にそれは……」
 大きな禍根が残るのは困ると口ごもるエラに、それなら最終手段の手札と思えばいい、とチアンは涼しい顔だ。
「貧乏男爵家の娘が、力のある子爵家の手を振り払えるような強い手札を持つこと自体が怖いです」
 そう困った顔で言うエラに、レナも同意した。強すぎる武器はその反動が恐ろしい。
 そんな二人に、そうか? と首を傾げるチアンのメンタルは、流石は魔窟と称されるカンラ帝国の闇を生き抜いただけのことはあった。強い。
 そんな三人を前に、ネモが眉間に皺をよせ、難しそうな顔で言う。
「けど、ヘンリーの案件がアレだから、正直、その案件に引っかかってる程度でも、ナルシスト君に付き纏われてるんなら心配なのよね……」
「えっ」
 どんな案件かは知らないが、ネモにそう言われるとやはり心配になる。エラもまた不安そうな顔をし、身を乗り出した。
「あの、ヘンリー殿下が追ってる案件って、どんなものか聞いても大丈夫でしょうか?」
 それにネモとチアンは顔を見合わせた。
「これって言ってもいいのかしら?」
「まあ、現状で分かっている部分程度であればいいのではないか? 貴族間では既に水面下で噂が出回っているだろう」
 それもそうね、と言い、ネモは身を乗り出して声を潜めた。
「実はね、何年か前から麻薬を使用しているんじゃないかって疑いのある人間が増えてるらしいのよ」
 ぎょっとするレナ達に、今度はチアンが口を開く。
「容疑者の部屋を探ったらしいんだが、それらしい薬は無かったそうだ。そうなると、普通の品ではない。こういうものは、非常に厄介だ。それと知らず使って、気づいたら薬漬けになって抜け出せない、ということになりかねんからな」
 その言葉にレナ達は青褪めた。
「あの、それで、ユーダム・ブレナン様が引っかかった、って、どういうことなんでしょうか?」
 そう尋ねるレナに、ネモがそれがね、と肩を竦める。
「彼の家で雇っている使用人の一人が、重篤な中毒症状で収監されたの」
「それは、もしかして……」
 イヴァンの確認するかのような視線に、ネモとチアンは頷いた。
「本人無自覚の中毒」
「その者の部屋を探ってみたが、やはり薬物は無かったそうだ。唯一それらしきものはアロマだったそうだが、それは中毒になるようなものでは無かったらしい」
 多少珍しい品ではあったがな、と言うチアンに、レナは難しい顔をする。
「ただ、それもずいぶん昔の話なのよ。確か、十年くらい前ね。だから、今回の事に関係あるかは分からないわ」
「だが、無自覚の中毒というのが引っ掛かる。それらしいものがないのに中毒になった者が出たのはそれが初めてだ。故に、ブレナン家が引っかかったのだ」
 ほぼ白ではあるが、それでも無関係ではない。
「ま、そんなわけなの。それからついでに言っておくと、信頼できない、信用の無い人間から貰ったものは使わない方が良いわ。食べ物なんかは特にそうだけど、魔道具関係も無きにしも非ずだから、気を付けてね」
 その言葉に、レナ達は素直に頷いた。そして、レナは見た。エラが何かふと思いついたように視線を動かし、青褪めるのを。
「エラ、どうしたの?」
「えっ、あ、その……」
 エラは迷うように視線を彷徨わせるも、暫くして不安そうな顔をして口を開いた。
「ユーダム様に、プレゼントを頂いたことがあって……」
 そう小さく言い、だんだんと怖くなってきたのだろう。視線を手元に落とし、震える唇で言った。
「その一つが、アロマだったの……」
 消えもので、さして高価な品ではないものだ。ユーダムとの間に色めいたことが一切ない頃に貰ったものだったそうだ。
 それを贈られたのはただの偶然だろうとは思う。しかし、中毒患者の持ち物で、それらしい物として挙げられたなら、不安になって当然だった。
 そこに、ふむ、とチアンが言う。
「エラ、それは絶対に手元に置いておきたい物か?」
「いいえ、そんな……」
 ゆるゆると首を横に振るエラに、チアンはならば、と告げる。
「ユーダム・ブレナンに貰った品は、全てネモに預けてしまえ。ネモはそれを調べてみよ」
「あー……、ま、良いわよ」
 明日からは少し時間が取れないから今預かりに行っていいかと尋ねられ、エラは不安そうな顔で頷いた。

 チアンは用事があると和風喫茶で別れ、レナ達は四人でエラの家へ向かった。
 エラが貰った物だが、詳しく聞いてみると、ユーダムが彼の亡くなった婚約者であり、エラの友人だったエリーゼ・ラングトン伯爵令嬢が愛用していた品と同じ物を思い出のよすがとして贈られたらしい。
「こう言っちゃなんだけど、ちょっと気が利かない贈り物ね」
「いえ、その、エリーゼが亡くなってから二か月くらいの頃に頂いて、婚約だとか、そういう話は一切なかった頃なので……」
 実際、その頃はエリーゼにまつわる消耗品ばかり貰ったそうだ。
「そういうお話があってからは、お花やカードとかを頂くようになりました」
「それにしたってねぇ……」
 ネモは微妙な顔をし、男ってそういうもんなの? とイヴァンに尋ね、彼は微妙な顔をして「そういう立場に立ってみないと流石に……」と首を横に振った。
「それで、エラは今まで何を貰ったの?」
「えっと……」
 エラは思い出をなぞるように、貰った品を一つ一つ上げていく。
「まず、アロマを貰ったの。エリーゼは倒れてからも、それをずっと使っていたのよ。落ち着くから、って……。それから、ハンドクリーム。婚約したその年の冬ににプレゼントしたんですって。それからずっとそれを愛用してたって聞いたわ。それと、メレンゲ堂のクッキー。エリーゼの好物だったの。紅茶も頂いたわ。凄く良い品で、それは……」
 さーっ、とエラは血の気が引くように青ざめた。
「台所錬金術部の、部室に……」
 良い物だったから皆で飲もうと持って行き、既に飲んだことがあると震える声で呟いた。それにレナも思わず青ざめるが、イヴァンとネモが慌てて言う。
「いや、多分、大丈夫だよ! 変なものが入ってたら既に何かしら影響が出てるよ!」
「多分……」
「妙なものが入ってたらその時点であっくんが気付くわよ!」
 しかし、エラは今にも倒れそうなほど白い顔をしている。
「エラちゃん、そんなに心配しないで。そんな事件に巻き込まれるなんて早々ないわ」
 ネモはそう言うものの、レナはここ一年で何度も騒動に巻き込まれ、危ない目に遭っている。エラはネモたちが安心するように言葉をつくしたため、多少顔色がよくなったが、レナは胸をざわつかせる予感に、そっと目を伏せたのだった。

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