上 下
121 / 150
芽ぐむ日

第三十二話 襲撃2

しおりを挟む
 確信をもって告げられた言葉に、何故そう言えるのかと尋ねれば、イヴァンはアロイスに顔を向けた。
 それに、自然とアロイスに視線が集まる。
 その視線を受け、アロイスは感情をそぎ落とした顔で告げた。
「身体能力や、魔法の威力を上げる魔道具でリスクがないものなんてない。だから、きっと……」
 彼はこらえきれなくなったのか、ジワリと複雑な感情を滲ませて、目を伏せて言った。
「このまま魔道具を使っていれば、早々に、暴走が始まる」
 ――ドォォォン!
 その言葉と、衝撃音はほぼ同時だった。
 結界を舐めるように這うのは、炎だった。
「嘘でしょう!? ここ、森ですわよ!? 森で炎の魔法はご法度ですわ!」
 イザベラの言葉通り、原則、森で炎の魔法を使うのは禁じられていた。
 全員が目を剥く中、もう一度大きな炎が結界にぶつけられる。
 そして、やがてそれは周囲の木々に燃え移り、青々とした緑が炎に包まれる。
「キャハハハハハハハ!」
 狂ったように嗤うのは、リンジーだ。
 異様な嗤い声は、正気を失っている様にしか見えなかった。
 そして、異様なのはリンジーだけではなかった。
「けひっ、けひひっ!」
「ヒヒヒヒヒヒヒ!」
 結界を剣で斬りつける男たちも、おかしかった。
「なんなんですの!? なんで、笑って剣を振っていられますの!? 体が、焼かれてますのに!」
 男たちは、リンジーの炎の魔法に巻き込まれ、ひどい火傷を負っていた。
「防具のお陰で火だるまは免れましたか」
「ああ。一応、防具には気を使っていたからな」
 イヴァンとアロイスの冷静なコメントに、イザベラとレナは顔を引きつらせた。
「しかし、奴らが自滅したとしても、このまま森が火事になったら逃げられないかもしれない。どうにかしないと……」
 その言葉に、レナは改めてリンジーたちを見た。
 リンジーたちの力を高め、精神の箍を外させたのは、間違いなく首元のチョーカー型の魔道具だろう。
 金属部分に刻まれた魔術紋様が淡く赤い光を放ち、中心部分の魔石は不安をあおるように不気味な光を放っている。
そして、そのチョーカーの金属部分はまるで根を張るかのような異様な状態で肌に癒着しており、その不気味さに輪をかけている。
「あの首の魔道具をどうにかすれば……」
 あれさえどうにかすれば、こんな強力な魔法は使えなくなる。
 そうこうしているうちに、男たちが倒れた。二重の意味で、限界が来たのだ。
「自滅……ですか……」
 イザベラの呟きは、なんとも言えぬ苦さがあった。
 魔道具によって正気を失い、味方の筈のリンジーの炎に炙られての自滅だ。かろうじて生きていはいるが、このままでは死ぬだろう。
 そして、結界の外では尚も炎の魔法が飛び、周囲を焼いている。
 どうやら本当に頭がおかしくなってしまったらしく、その魔法はしだいに結界を攻撃するだけではなく、周囲の森にも炎を飛ばすようになっていた。
 甲高い嗤い声が響く中、レナはこれはチャンスかもしれないと思った。
「イヴァン先輩、あの人がつけてる魔道具なんですが、どうにかできるかもしれません」
 レナの決意を籠めた言葉に、イヴァンはレナを見る。
 あの魔道具は頑丈な金属で、肌に癒着していることから、外すことは難しい。いっそ、あの女を殺してしまった方が手っ取り早い。
 そんな冷ややかな思考を中断し、イヴァンは尋ねた。
「どうするつもりだい?」
「あの魔道具に刻まれた魔術紋様を消します」
 力強い言葉に、イヴァンは首を傾げる。
 金属に彫られた魔術紋様を消すのは難しい。鑢をかけるか、金属を溶かして潰すしかないのだ。
 しかし、それは今脳状況で出来るとは思えなかった。
 だが、レナは出来ると確信を持っているようだった。
「どうやって消すの?」
「スキルで」
 思わぬ回答に、イヴァンは目を見開きどういう事か尋ねようとしたが、その時、結界に浮く魔法陣の一つが破壊され、連鎖的に魔法陣が砕けていく。
 どうやら、時間は無いらしい。
「迷ってる時間はない、か……。レナ、サポートする。頼めるかい?」
「はい!」
 そうして四人は集まり、作戦を決め、その時を待つ。
 そして、最後の魔法陣が砕け、結界が消えた瞬間、四人は駆けだした。
「リンジー!」
 まず、アロイスが多後で彼女の名を呼び、注意を引いた。
 リンジーはアロイスに目を向け、狂ったように嗤いながら杖を向ける。
「《大火炎フレイム・ウィンド》!」
 火魔法に風魔法を混ぜたそれは混合魔法と呼ばれており、普通の魔法より強力で、使うのは難しい。それが使えるリンジーは、確かに魔法使いとしての腕が良いのだろう。
 そして、その強力な魔法が魔道具によって更に威力を増し、アロイスに襲い掛かる。
 しかし、アロイスは手に持っていた魔道具をかざした。
「《起動》」
 魔法陣が刻まれた板状のそれが仄かに発光し、人一人分を覆うくらいの半球状の結界を発生させ、火炎を防ぐ。
 その間に、イザベラが鞭をしならせた。
 それは的確にリンジーの手から杖を弾き飛ばし、そのまま腕を捕まえる。
「イヴァン先輩!」
 その声に、イヴァンは声に魔力を籠めた。
「《木霊の腕しばれ》」
 不思議な響きをもったそれは、呪術だ。その力ある声に反応し、地面から緑の蔓が伸び、リンジーの体を這って、あっという間に巻き付いて拘束する。
「レナ!」
 動けないリンジーに、レナは全速力で駆け寄る。狙うは、首の魔道具だ。
 しかし、それは上手くいかなかった。
 リンジーは信じられない力で腕を蔓から引き抜き、指先をこちらに向けて、呪文を唱えたのだ。
「《火炎玉ファイヤー・ボール》」
 しまった、と思った時には遅かった。
 杖という補助具を使わぬそれは、威力は低かった。しかし、それでも首の魔道具で威力が増幅され、人一人を焼き殺せるだけの威力があった。
 目の前に迫った火の玉を前に、思わず思考が凍る。
 しかし、その時、レナの眼前に躍り出る小さな影があった。
「ボアァァ……」
 それは、金毛の小猿――ポポだった。
 ポポは火の玉を小さな口に吸い込み、そのまま上を向いて吐き出した。
「ボォォォ!」
 吐き出された火の玉は頭上で爆発し、ポポはそのまま地面にころりと転がる。
 そして、レナはみんなが作ってくれた道を走り抜け、その首元目がけて腕を上げる。
 ――スキル、《変質》発動。
 魔力が、スキルによって《変質》する。
 指先に流れるそれは、全てを変える奇跡の技。
 それを、女の首元に嵌る忌まわしい道具に滑らせて――
「あ、あ、あああぁぁぁぁ……」
 リンジーの咽喉から洩れたのは、悲鳴ではなかった。
 それは、まるで膨れた風船から空気が漏れるかのような……、生きるために必要なナニカが漏れているかのような声だった。
 魔術紋様が消され、妖しい光を放っていた魔石から光が消える。
 そしてリンジーは糸の切れた人形のように力を失い、崩れ落ちたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

彼の大切な幼馴染が重い病気になった。妊娠中の婚約者に幼馴染の面倒を見てくれと?

window
恋愛
ウェンディ子爵令嬢とアルス伯爵令息はとても相性がいいカップル。二人とも互いを思いやり温かい心を持っている爽やかな男女。 寝ても起きてもいつも相手のことを恋しく思い一緒にいて話をしているのが心地良く自然な流れで婚約した。 妊娠したことが分かり新しい命が宿ったウェンディは少し照れながら彼に伝えると、歓声を上げて喜んでくれて二人は抱き合い嬉しさではしゃいだ。 そんな幸せなある日に手紙が届く。差出人は彼の幼馴染のエリーゼ。なんでも完治するのに一筋縄でいかない難病にかかり毎日ベットに横たわり辛いと言う。

親友と幼馴染の彼を同時に失い婚約破棄しました〜親友は彼の子供を妊娠して産みたいと主張するが中絶して廃人になりました

window
恋愛
公爵令嬢のオリビア・ド・シャレットは婚約破棄の覚悟を決めた。 理由は婚約者のノア・テオドール・ヴィクトー伯爵令息の浮気である。 なんとノアの浮気相手はオリビアの親友のマチルダ伯爵令嬢だった。 それにマチルダはノアの子供を妊娠して産みたいと言っているのです。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

【完結】初恋の人も婚約者も妹に奪われました

紫崎 藍華
恋愛
ジュリアナは婚約者のマーキースから妹のマリアンことが好きだと打ち明けられた。 幼い頃、初恋の相手を妹に奪われ、そして今、婚約者まで奪われたのだ。 ジュリアナはマーキースからの婚約破棄を受け入れた。 奪うほうも奪われるほうも幸せになれるはずがないと考えれば未練なんてあるはずもなかった。

旦那様は妻の私より幼馴染の方が大切なようです

雨野六月(まるめろ)
恋愛
「彼女はアンジェラ、私にとっては妹のようなものなんだ。妻となる君もどうか彼女と仲良くしてほしい」 セシリアが嫁いだ先には夫ラルフの「大切な幼馴染」アンジェラが同居していた。アンジェラは義母の友人の娘であり、身寄りがないため幼いころから侯爵邸に同居しているのだという。 ラルフは何かにつけてセシリアよりもアンジェラを優先し、少しでも不満を漏らすと我が儘な女だと責め立てる。 ついに我慢の限界をおぼえたセシリアは、ある行動に出る。 (※4月に投稿した同タイトル作品の長編版になります。序盤の展開は短編版とあまり変わりませんが、途中からの展開が大きく異なります)

元婚約者がマウント取ってきますが、私は王子殿下と婚約しています

マルローネ
恋愛
「私は侯爵令嬢のメリナと婚約することにした! 伯爵令嬢のお前はもう必要ない!」 「そ、そんな……!」 伯爵令嬢のリディア・フォルスタは婚約者のディノス・カンブリア侯爵令息に婚約破棄されてしまった。 リディアは突然の婚約破棄に悲しむが、それを救ったのは幼馴染の王子殿下であった。 その後、ディノスとメリナの二人は、惨めに悲しんでいるリディアにマウントを取る為に接触してくるが……。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。