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芽ぐむ日

第二十五話 小さなお茶会

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 その後、グラフウルフの討伐はイヴァンとアロイスの活躍により無事に終わった。しかし、男二人がそれで得たものは、十分な報酬とレナの引いた目だけだった。
 レナの一歩引いた態度にオロオロするイヴァンと、静かに動揺するアロイスに挟まれながら帰路につき、レナはさして動いていない筈なのに感じた疲労に溜息をついた。
 そんな討伐の様子を翌日の部活で零せば、エラは苦笑しながら「大変だったわね」と労ってくれ、ネモは呆れた様子で肩を竦めた。
「まったく、これだから男は……。けど、だからイヴァンは部室に入って来ないのね」
 ネモの言葉に、レナは視線を逸らす。
 そう。イヴァンは部室の扉の前を少し前から行ったり来たりしてうろつき、部室に入って来ようとしないのだ。
「ヘタレめ」
 ネモの辛辣な言葉に、エラが苦笑し、レナはそっぽを向く。
 そうして暫くイヴァンが部室に入って来るのを待っていたのだが、一向に入ってくる様子がなく、とうとう業を煮やしたネモが乱暴に部室のドアを開けた。
「ああ、もう! 鬱陶しいわね!」
「し、師匠!?」
「さっさと仲直りしなさいよ、このヘタレ!」
 ネモはそう言い、イヴァンを捕獲してその尻を蹴飛ばした。
 そうして転がり入った部室で顔を上げれば、レナと目が合い固まる。
 石のように固まってしまったイヴァンとしばらく見つめ合い、レナは仕方ないな、と小さく息を吐いた。
「イヴァン先輩」
「はい!?」
 名を呼ばれ、イヴァンは瞬時に背筋を伸ばした。
「先輩が強いのはよく分かってますけど、あんな戦い方をされたら、私がパーティーに入った意味がありません。それに、あからさまに過剰攻撃でしたよね? 本当なら、もっと安全に戦えたはずです」
「ごもっともです……」
 グラスウルフの討伐は、はた目には快進撃に見えたものの、もしどちらかが負傷でもして均衡が崩れれば、家畜も村も危なくなるような戦い方だった。常識的な冒険者であれば、とてもではないが推奨できない戦い方である。
 小さくなるイヴァンに、レナは指を突き付ける。
「今度、またあんな戦い方したら、もう一緒に冒険者の仕事はしませんからね!」
 そう言って、縮こまって猫背になってるイヴァンの背をバシリと叩き、踵を返した。
「れ、レナ……」
 あわわ、とオロオロするイヴァンを無視し、レナは薬缶に水を入れる。紅茶を淹れ、一服して、それで仲直りするつもりで……
 そんな二人のやり取りを黙って見ていたネモとエラは顔を見合わせて苦笑し、茶菓子を用意すべく動き出した。

   ***

 イヴァンが縮こまりチラチラとレナを気にする中、女性陣は暖かな紅茶にほっと息を吐く。
 レナは苦笑してイヴァンに茶菓子を勧め、イヴァンが嬉しそうに頷くのを横目にネモが呆れたように肩を竦める。そんな、いつも通りの『台所錬金術部』の光景を微笑んで眺めていたエラが、ふと口を開いた。
「そういえば、今日は殿下たちはいらっしゃらないんですか?」
「そうよ。ヘンリーは仕事で、チアンとベラちゃんは外でお小遣い稼ぎをしてくるんですって」
「お小遣い稼ぎ、ですか?」
「別名、ベラちゃんの失恋によるストレス解消」
 その言葉に、ああ~、と納得の声が漏れる。
「あの子、本当に強くなったわよ。多分、鞭の腕だけならC級冒険者ばりに強いわ」
「凄い……」
 レナの冒険者ランクはD級である。レナの年頃ならその辺りが普通なのだが、いかんせん周りが普通じゃないので、自分が特に弱く感じてしまうのだ。
「ネモ先輩はC級でしたよね。イヴァン先輩はどうでしたっけ?」
「僕も一応C級だよ」
「わぁ……」
 凄いな、と素直に感心する。
 C級冒険者は一人前の証だ。冒険者の間では、C級に上がれば冒険者としてしっかり食っていけると言われている。
「冒険者としてやっていけそうな勢いだけど、そろそろ本来の目的に戻って欲しいのよね。あの子、錬金術を学ぶために『台所錬金術部』に仮入部したんだから、せめて低級治癒ポーションや疲労回復ポーションくらい作れるように仕込んでおきたいのよ」
 それもそうだ、とレナたちは頷く。
 イザベラがうっかり恋に落ちたものだからそっちを優先させたが、わざわざ『台所錬金術部』に仮入部してまで手に職をつけようとしていたのだ。恋が破れたなら、遅れを取り戻すためにも本来の目的に邁進すべきだろう。
「私もウィンドチャイムの修理をしないと……」
 蝶の形をしたそれを脳裏に思い浮かべながら、呟く。
「最近はスキルのことばかりだったし、化粧品の研究もやりたいかも」
 そう言葉を零すごとに、口角が上がっていく。
 そんなレナの表情を見て、エラが、ふふ、と淑やかに微笑んだ。
「レナったら、やることが沢山あって大変ね」
「うん、大変かも」
 そう言って、レナは楽しそうに頷いた。

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