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芽ぐむ日

第十六話 変化

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 翌日、イザベラの筋肉痛もだいぶ良くなり、三人はダンジョンへ向かった。
 ダンジョンの洞窟内に、スパーン! と空気を切り裂き、魔物を打ち付ける音が響いた。
「絶好調ですわ!」
 イザベラの言葉の通り、彼女は絶好調だった。
 レッドマウスを見つければ鞭を振り、その一撃でレッドマウスは昏倒するか、絶命する。レナが破裂玉を使うまでもない状態だ。
 イザベラの急成長に、レナもイヴァンも唖然とした。
「イザベラ、凄いですね……」
「そうだね。これなら、もう一つ下に降りても大丈夫かな?」
 やりましたわー! と声を弾ませながら絶命したレッドマウスを持って駆け寄ってくるイザベラに、二人は苦笑いした。

イザベラの成長に伴い、三人は一つ下の階層へ降りた。
 そして、レナとイザベラはぎょっとして目を剥き、周りを見回した。
現在、ダンジョンの地下三階層目。
レナは、不思議な光景を見ていた。
「草原……」
 三階層目は、明るい光が降り注ぐ、草原地帯だったのだ。
 空は白く、所々淡く虹色が滲む不思議な色をしており、草原は只々広く、遮蔽物はポツポツと点在する大岩と、樹木だ。
 イヴァンがカンテラの火を消し、鞄へとしまったのを視界の端で確認した時、レナの頬を強い風が撫でた。
目の前の緑の草原が、ザァァ、と音を立てて揺れる。
「ここ、地下……、のはず……だよね……?」
「はい……。そのはず、ですわね……?」
 呆気に取られる二人に、イヴァンがクスクスと笑う。
「不思議だよね、ダンジョンって。洞窟かと思えば、草原が広がっていて、地下のはずなのに外と同じくらい明るいんだから」
 そしてイヴァンから詳しく聞いたところ、ダンジョンは階層が変わると、前触れなく突然環境が変わるそうだ。
「あるダンジョンでは、溶岩が流れるやたらと熱い階層の次に、全てが氷りついた吹雪の階層があったそうだよ」
 それは何とも極端なダンジョンである。
 聞いたことは無い? と尋ねられ、レナたちは首を横に振った。
「薬草や果実が採れると聞いていたので、生えているだろうとは思いましたけど、こんなに急に環境が変わって、外と大して変わらない環境になっているなんて思ってもみませんでした」
 びっくりしたね、とレナとイザベラは囁き合った。
「情報収集不足だったね。今回は上層だけだから良かったけど、中層からは情報の欠如は怖いから気をつけてね」
 イヴァンはそう言いながら、この情報不足はちょっと仕方のない所もあるかな、と思った。
ダンジョンに行くと決まってから時間が少なく、あまり情報収集する時間が無かった。
 そして、ダンジョンの情報は、ダンジョンがある最寄りの冒険者ギルドで調べるのが一番確かだ。王都で調べられるとすれば、ごく基本的なことばかりになるだろう。
 それも教えれば、二人は素直にそうなのかと納得し、頷いた。
「まあ、今回は上層に潜るつもりだったし、多分、師匠は現地で体験させながら教えるつもりだったんだと思う。ただ、今回はチアン殿下のことがあったから、ちょっと駆け足だったかもね」
 ネモ達を見送った後、冒険者ギルドで情報収集の仕方を教えるべきだったな、とイヴァンはひっそりと反省した。
「イヴァン先輩、この辺りにはどんな魔物が居るんでしょうか?」
「レッドマウスとキラーラビットあたりかな。この草原地帯は道がいくつかあるけど、道以外は背の高い草で視界が遮られているせいで、魔物が飛び出してくるのに直前まで気づかないことがあるんだ。気を引き締めていこう」
「はい!」
「分かりましたわ!」
 そうして、三人は草原へ向けて歩き出した。

 草原での戦闘は、不意打ちとの戦いだった。
 突然飛び出してくる魔物への対処法は、音と気配である。
 魔物という生物は、必ず魔力を持っている。そして、下級の魔物は知能が低く、その害意を隠さない。そのため、漏れ出る魔力から、気を張っていれば魔物が飛び出てくる方から、嫌なものが来る、という気配を感じることが可能だ。
 しかしながら、それが出来るようになるのにも経験が必要だ。
 イザベラは鞭の才能を開花させたものの、初心者だ。更に草原の中の狭い道では鞭を振り回すには向いていないため、イザベラは武器を短剣に持ち替えた。
イヴァンはもちろん、レナも魔物の気配が分かるようになってきたため、先頭をレナ、最後尾をイヴァン、そして真ん中にイザベラを挟んで進んだ。
 しかし、この草原での戦闘は、そこまで大変では無かった。
 レッドマウスも、キラーラビットも、登場の仕方が分かりやすかったのだ。
 それらがやって来る際、あからさまに草が派手に揺れ、ガサガサと音が近づいて来て、飛び出してくるのだ。
 飛び出してくるタイミングは測りやすく、破裂玉を炸裂させれば簡単に混乱し、イザベラも慣れたようにトドメを刺していく。
 イヴァンの助けを必要としない連携に、彼は出番がないなぁ、と思いつつ、一行は草原を抜け、セーフティ・ゾーンへとたどり着いた。

 丁度昼時だったので、セーフティ・ゾーンではそのまま昼食を摂ることになった。
 セーフティ・ゾーンには誰もおらず、簡易竈を作り、その上に鍋を置いた。
「今日は何を作りますの?」
「んー、そうね、ポトフかな。ソーセージと野菜をざっくり切って……。あと、チーズをあぶってパンに乗せましょうか」
「わあ! 私、あぶったチーズって大好きです! トロッとして美味しいですわよね!」
 喜ぶイザベラに、ジャガイモを渡す。
「それじゃあ、皮むき、頑張りましょうか」
「うっ……、ハイ……」
 渡されたジャガイモを持ち、イザベラは肩を落として頷いた。
 イザベラはやはり貴族のお嬢様であるため、料理をしたことが無いそうだ。調理場に立ったことはあるのだが、それはお菓子作りであり、それも最初から最後まで自分で作ったとは言えない。 
 そのため、イザベラは真剣な様子で、ゆっくりジャガイモを剥いていく。
 剥かれた皮は少々厚めだが、最初の頃よりは大分上手になっていた。
 後輩の成長を感じながら、レナはキャベツと玉ねぎを切った。ちなみにイヴァンはニンジンを切っている。
 そうして、切ったそれらを鍋に入れ、イザベラにチーズを持って来るように頼んだ。
 イザベラは笑顔でそれを請け負い、マジックバックに近づくが、不意に荷物が置いてあるところがゴソゴソと動いた。
 不審なそれに、イザベラは歩みを止め、目を細めてそれが何か見極めようとした、その時――
「ボッ!」
「きゃあっ!?」
 こちらに飛びかかって来た小さな生物に、思わず悲鳴を上げた。
 それに驚いたのは、レナとイヴァンもだった。
 レナは鍋を零しかけ、イヴァンはすぐに戦闘態勢に入った。
 しかし、二人はイザベラの腕の中に納まったものを見て、すぐに肩の力を抜いた。
「も、申し訳ありませんわ。ポポちゃんが突然こちらに飛びこんできましたので、驚いてしまって……」
 申し訳なさそうにしているイザベラの腕の中には、チーズを持ったポポが居た。
「いや、こちらこそポポがごめんなさい。びっくりしたでしょう?」
「いえ、どうやらポポちゃんはチーズを私に渡そうとしてくれたようですので」
 苦笑し合う少女達を見て、ポポは不思議そうに首を傾げていた。
 そんな二人と一匹の様子を見て、体の緊張を解いたイヴァンは、ふと、視界の端に映った異変に、目を見開いた。
「レ、レナ! 鍋!」
「えっ、あっ、えええぇぇぇぇ!?」
 イヴァンの声にレナは焦がしでもしたかと慌て鍋を見て、驚愕する。
「何これ!?」
「む、紫色、ですわ……ね……?」
 ポトフが、何故か紫色のヘドロっぽいナニカになっていたのだ。
 すぐに鍋を火からおろし、口元をハンカチで隠しながら中を覗き込む。
「レナ、食材以外の物を何か入れた?」
「いえ、入れてません。調味料だって、よくある普通のものを入れましたし……」
 困惑するレナとイヴァンの横で、イザベラがおたまで鍋の中身をすくってみた。
「うーん、サラサラだったスープが、もったり、べちゃっ、としてますわ。全く別のものに変質してますわね」
「変質……?」
 そこ言葉に、レナは不意に己の中で変化が起きたことに気付いた。
 それは、ポコン、と己の中で、泡が沸き上がるように、浮かび上がって来たものだった。
「えっ……」
 レナは思わずポカン、と呆け、胸を押さえた。
 ――信じられない。本当に?
 何か特別なことをした覚えはない。
 それなのに、己の内にそれは確かに存在するのだとレナに教えてくる。
 そんなレナの様子に、イヴァンが心配そうな顔をして、どうしたのかと尋ねて来た。
 レナは動揺のまま視線を彷徨わせながら、告げた。
「あの……、スキルを取得したみたいです……」
「えっ」
 ――ええぇぇぇぇぇ!?
 イヴァンとイザベラの驚愕の声が、ダンジョン内に響き渡った。
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