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芽ぐむ日

第十五話 魔道具店

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 通り魔せんぱいの犯行により、レナはしばらく挙動不審になったが、それも魔道具店に着けばすぐに吹き飛んでしまった。
 それは、その魔道具店の様相に呆気にとられたからだ。
「魔道具店って、こんな風でしたっけ……?」
 レナの前には、雑然と天井まで積まれた今にも崩れそうな箱の山、棚にぎゅうぎゅうに詰められた鞄、籠いっぱいの何に使うのか分からない小物類。
 小瓶は曇った物から、ヒビが入った物まで雑に並べられ、ティーカップはハンドルが欠けている。
 首のない謎の置物を前に、ポポが首を傾げた。
 店の奥にはどこも壊れていない綺麗な物が並べてあることから、店先にあるのはジャンク品なのだろう。
 しかし、魔道具は基本的に精密機器ばりの気を遣って扱われる品だ。そのため、こんな風にあからさまに欠けがあったり、雑然と積まれるような雑な扱いをされるのを見たことが無い。
 レナはつい、武器屋でのイザベラの言葉を思い出す。
「売り物……? ゴミじゃなくて……?」
 そんなレナの様子に、イヴァンは苦笑いした。
「この店にあるものの多くはダンジョン産で、持ち込んだのは冒険者が多いだろうね。冒険者は、魔道具の扱いがちょっと荒っぽいから……」
 ダンジョンで見つけたアイテムは便利な物が多く、自分で使う冒険者が殆どだが、荒っぽい仕事をしているためか、魔道具の扱いも雑で、荒っぽくなる。
「ただまあ、ここにある物は全部魔道具だから、買い取られて売られるだけの価値はあるんだよ」
 そう言いながら、穴の開いた黒い革の鞄を一つとる。
「ほら、この鞄はブラック・ワイバーンの皮を使ってる。ブラック・ワイバーンの皮は魔法の付与に向いた素材で、頑丈なんだ。これはマジックバックだったんだろうね。けど、何かしらの理由で穴が開いて、その機能が失われた。これは一度解体して、付与した魔力も抜く必要があるかな。その後で改めて鞄に仕立て直して、マジックバック機能を付けたら高値で売れるよ」
 そして、そんな素材を使っている穴の開いた鞄の値段は、学園のランチプレート一食分だった。
 ブラック・ワイバーンの皮なんて、早々手に入る素材ではない。それが、穴が開き、鞄に使われているだけの大きさとはいえ、ランチプレート一食分のお値段。
 驚き、目を剥くレナに鞄を渡し、イヴァンは鏡面が割れた手鏡を手に取る。
「これは恐らく二つセットで初めて役割を果たすタイプだね。裏に刻まれている魔術紋様を見ると、これは通信ができるタイプだ。これはダンジョン産かな。これを修理して、対となるものを作れば通信鏡の復活だ」
 便利だから買って帰ろう、と言うイヴァンは、これを復活させることが出来るのだろう。
 ちなみに付いている値札には、林檎一個分のお値段が書かれていた。これは、復活など出来ないと思われているに違いない。
 レベルが違うな、と少し遠い目をしそうになるものの、それでも感心しながら聞いていると、ふと、視界の端にキラキラと輝くものが映った。
 何だろうと思い、そちらを見てみれば、ウィンドチャイムが吊るしてあった。
 そのウィンドチャイムは、鐘を鳴らす中央部分には魔石がついており、その先の風受けには美しい蝶の細工ものが吊るしてある。魔石を取り巻く真鍮製の細長い筒には細かな魔術紋様が刻まれており、これもまた何かの魔道具であることが分かった。
 それを見上げていると、イヴァンが取ってくれ、手渡された。
 礼を言い、それをよくよく見てみれば、中央の魔石には既に魔力が残っておらず、曇り、細かなヒビが入っていた。真鍮に刻まれている紋様は、魔石や筒同士でぶつかった結果、魔術紋様がかすれて消えている部分が多々あり、かろうじて『循環』と『幻影』の魔術紋様が入っているのが分かった。
「この魔術紋様、結構かすれちゃってますね」
「これほど魔術紋様がかすれてしまえば、魔道具として機能しなくなるだろうね」
 しかし、魔術紋様が消えて魔道具として機能しなくなっても、変わらずウィンドチャイムとしての鐘の音は美しいままだ。
 ポポがウィンドチャイムをつついて鳴らし、レナは小さく微笑む。
「折角だし、私の勉強用として買っちゃおうかな……」
 このウィンドチャイムに使用されている魔術紋様は、レナでも何とか解読できそうだった。
 かすれて潰れた魔術紋様の復活は、レナにとって良い勉強になるだろう。
 嬉しそうにウィンドチャイムを見つめるレナを見て、イヴァンはそれも良いね、と言って微笑んだ。

 二人は魔道具店で他にも有用そうなものを選び、購入した。
 マジックバックにそれをしまし、二人はほくほくした顔で店を出る。
「いやぁ、良い物が手に入ったね」
「そうですねぇ」
 ざっくりと纏めると、希少な皮素材品が三点。面白そうな機構の魔道具が五点。宝石が全て取り外された壊れた装飾品が六点。
「装飾品はネモ先輩に全部渡すんですか?」
「うん。流石にあれを修復するとなると、魔石系統の特別な石が必要になるからね。ちょっと僕だと財力的にあれに手を出すのは難しくて」
 情けなさそうに頬を掻くイヴァンに、レナは材料費を簡単に計算して、青ざめる。
「元から魔石を持っているか、お金持ちじゃないと、修復して売るまでに破産しそうですね……」
「そうなんだよね……」
 今回買った装飾品は、とんでもゴージャスなデザインの土台だ。土台には少し傷ができ、そこで魔術紋様が途切れてしまって魔道具としての性能が失われたのだろうが、そこを修復して魔石を再び嵌めれば復活するだろう。
「師匠は元々、世界中を旅する野良錬金術師だから、そういう石も持っていると思うんだ。だから師匠のお土産に丁度いいかと思って」
 そして、これを修復して売れば、暫くはあっくんの食費にこまらないだろう、とイヴァンは遠い目をして言った。
 あっくんの食費はどれくらいかかるのか、レナはちょっと怖くなった。
 そんな話をしながら歩いていると、ふと、ある露店が目に入った。
「わぁ……」
 そこは、装飾品の露店だった。
 先ほどまで装飾品の話をしていたからか、レナはそれが気になり、キラキラと可愛らしいそれらを見て思わず足を止める。
「おや、お嬢さん、お目が高いね! これはダンジョン産で、ちょっとした魔石が使われているんだよ!」
「そうなんですか?」
 そうして覗いてみるも、どうやら魔石が使われているのは数点だけのようだ。
 レナは思わず何とも言えない顔をするが、後ろからイヴァンにこっそり「露店だからね。そういう物だと思って、スルーして」と囁かれて、肩を跳ねさせた。
 突然己の耳をくすぐった良い声に、レナは思わず顔を真っ赤にして耳を押さえたが、イヴァンはそれに気づかず、あるものに気を取られていた。
「これ……」
 それをイヴァンが手に取った時、レナは途轍もなく恥ずかしくなって、「そ、そろそろ宿に戻りましょうか!」と言って立ち上がり、スタコラと逃げ出した。
 イヴァンは逃げ出したレナに驚き、慌てて手に取ったそれの代金を払ってその後を追う。
 懐に、それ--可愛らしい小花のついたヘアピンを忍ばせて……

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