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芽ぐむ日

第十一話 置き去りにされた男

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 レナたちはこんこんと眠り続ける男を連れ、すぐに治療院へ駈け込んだ
 ネモとチアンは状況説明にその場に残り、レナたちは宿へ戻った。
 汚れを落とし、三人は宿の食堂でお茶を飲んでほっと一息つく。
「あの方、これからどうなるんでしょうか?」
 イザベラが、少しぼんやりした目で言う。
 どうやら、彼女は彼の姿にショックを受けているようだ。まあ、ご令嬢がああいう『被害者』を目にする機会は早々ないだろう。
「まあ、彼の証言内容によっては、パーティーメンバーが捕まるかもね。けど、ああいうダンジョン内のことだと、証拠不十分で釈放されちゃうんだ」
「えっ、そうなんですの!?」
 驚くイザベラに、レナもまた苦い顔で言う。
「冒険者同士のいざこざで、依頼や狩りの途中で仲間割れして、ということがあるの。その場合、仲間を見捨てるのが故意のものか、事故かは目撃者でも居なければ分からないのよ」
 だからこそ、パーティーを組む時は慎重になるし、仲間が信用出来なくなれば、早々にパーティーを抜けるのだ。
「それに今回の事とは逆に、冤罪もかなりあるんだ。ギルドでも判断が難しくて、昔から頭痛の種だと言われている」
「けど、今回は状況が状況だから、彼の遺産は返還を求められるでしょうね。あの人が行方不明になってから、致命的なほど時間は経ってないみたいだし」
 冒険者ギルドの遺産支払いは、救助隊を結成し、依頼するのを見越して素早く行われるが、支払いの際に幾つか注意点を言われる。その一つが、もしその遺産の元の持ち主が一年以内に見つかり、遺産の返還を求められた場合、速やかに全額返さなくてはならない、というものだ。
 これは規約であり、遺産の支払いの際にサインを求められるため、彼が返還を求めれば全額彼に返さなくてはならない。
「これを破れば、今度こそ捕まるの。だから、あの人が何もかも失うような事態にはならないんじゃないかしら」
 そう言って、テーブルの上のポポを撫でる。ポポはレナの指先にじゃれつき、そのまま腹をくすぐれば、「ボボボ」と珍妙な笑い声を上げた。
「体の方も師匠がついているし、チアン殿下も居る。万が一、冒険者を続けられなくなっても、何かしらの仕事には就けると思うよ」
 イヴァンの言葉に、イザベラは素直にホッとしたような顔をし、レナは遠い目をした。
 ネモの手によって早々に動けるようになり、チアンの顔によって就職先を引っ張って来るのだろう。想像に容易い非常識さである。
「だけど、心配なのは置き去りにされた彼の心と、パーティーメンバーの逆恨みだ。ただの事故なら良いけど、これが故意なら確実に面倒な事になるよ」
 難しい顔をしたイヴァンに、レナとイザベラは顔を見合わせ、不安そうに眉を下げた。

 その後、ネモとチアンが日が沈んでから帰って来た。
 二人はまず汗を流し、食堂で食事をしながらその後のことを教えてくれた。
「まず、奴は治療院で早々に目を覚ました」
 そして医師によってすぐに治療が始まり、医師はネモの処置の的確さに大いに感心していたらしい。
「まあ、一番の問題は衰弱よね。体力が戻らないと治癒魔法や、治癒ポーションも使えないし」
「胃も弱っているからな。しばらくは粥生活だろうな」
 チアンの言葉に、三皿目のピラフを平らげたあっくんが、可哀想に、と言わんばかりの顔をした。
「けどまあ、後遺症は残らないだろう、って話よ」
 それを聞き、レナ達はホッと胸をなでおろした。
「冒険者ギルドのギルドマスターが様子を窺いに来てたけど、まあ、流石に今日は無事を確かめただけで帰っていったわ。事情聴取は後日になるんですって」
 ただ、ネモとチアンの聴取は先にしておきたいと言われ、明日、冒険者ギルドへ出向くらしい。
「あの、師匠。結局、彼の置き去りは、事故だったんですか? それとも……、故意、だったんでしょうか?」
 その質問に、ネモはちょいちょいと指で近づくように指示し、レナ達はネモの方へ身を乗り出した。
「それがね、彼が言うには故意みたいなの。魔物に襲われて、いつもなら入るフォローが入れられず、助けを求めても見ているだけで何もしない。むしろ、彼から離れるように行動してたそうよ」
 潜めた声で告げられたそれに、レナはぞっと背筋に冷たいものが走った。
「まあ、置き去りにされた彼の被害妄想の可能性も無いわけでは無いんだけど、信憑性は高いと思うわ」
 この世で最も怖いのは、魔物でも、目に見えないお化けでもない。いつだって、欲を持つ人間が一番怖いのだ。
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