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芽ぐむ日

第十話 ダンジョンアタック3

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「イヴァンの指導に問題はなかったし、レナちゃんも上層なら問題ないみたいね。二人ならベラちゃんのフォローも大丈夫でしょ。そんなわけで、私はチアンと下層まで潜るわ」
 そう言って、ネモはチアンと共に下層へ向かった。
 残されたレナたちは、毎日地道に上層でダンジョンアタックを繰り返している。
 レナは外とダンジョンとの違いに早々に慣れ、イザベラのフォローに回った。
 レナの得物はハンマーとパチンコ、ナイフ、そして自作の魔道具だ。イヴァンは剣と魔法、時々呪術、そしてこちらも自作の魔道具。
 そして肝心のイザベラの得物は、レイピアとナイフだ。
 しかしながらご令嬢であるイザベラのレイピアの扱いはお粗末なもので、まだナイフの方がマシだと早々に部屋に置き去りにされている。
 そんなイザベラのダンジョンでの仕事は、魔物のトドメを刺すことだ。
 この階層によく出る魔物はレッドマウスという兎サイズの真っ赤な鼠の魔物で、弱く、討伐しやすい初心者向きの魔物だった。
 レッドマウスは思考能力が低く、一度驚くと混乱してその場をクルクル回るという習性がある。それを見越してレナが破裂玉で混乱させ、イザベラがナイフで攻撃するのだ。
 最初のうちは魔物といえど、命を奪ったという感触に吐き、一日中顔色が悪かったが、討伐したレッドマウスを冒険者ギルドへ売り払い、その報酬を貰うと、疲労の濃い顔に淡く笑みを浮かべていた。
 そうしてそれを繰り返すうちに慣れていき、今では一撃でレッドマウスを仕留められるようになっていた。
 そうしてダンジョンアタックを開始して十日目。
 イザベラもレッドマウス相手に安定した戦いが出来るようになったので、一つ下の階層へ行ってみようかと話し合っていた、その時。
「イヴァ~ン、レナちゃん、ベラちゃ~ん」
 ネモの声が聞こえて来た。
 まさか、と驚き、声の聞こえる方へ視線を向ける。
 ネモ達の帰還は、もっと先の筈だった。しかし、視線を向けた先に疲労の滲む顔で、ヒラヒラと手を振るネモが居た。
 そして、その彼女に後ろには、チアンと、以前見た二股の尾を持つ大きな白虎が荷物を背に括り付けられ、のっそりと歩いて来ていた。
 驚いてネモ達に駆け寄り、気付く。
 白虎の上に括り付けられていたのは、荷物ではなく、人間だったのだ。
「えっ、あの、この人はいったい……」
 括り付けられた人間は、ボロボロだった。
 髪はボサボサで、肌は土と垢に汚れて頬はこけ、ひげが伸び放題だ。毛布にくるまれた彼は、よく見ればチアンの国の民族服を着ており、その服の隙間から見える肌には包帯が巻かれている。
 イヴァンは何かに気付いたようで、まさか、と小さく呟き、ネモを見た。
 ネモは肩を竦め、頷く。
「ほら、前に昼ご飯をご一緒した若手パーティーが居たでしょ? その時に聞いた、置き去りにされた人。この人が、そうよ」
 それに、レナとイザベラは目を剥く。
「下層に行ったとき、崖の下で見つけてな。一か月も細々と崖下の草をはみ、たまに出る弱い魔物を狩って飢えをしのぎ、掘った穴から滲み、湧いた水をすすってどうにか生き延びていたそうだ」
 ふう、と疲れたように息を吐くチアンは長期のダンジョンアタックにより、少し薄汚れ、衣服もよれている。しかし、それが何故か退廃的な色気となって美の暴力をまき散らしていた。
 それからレナとイザベラはそっと目を逸らし、改めて男を見る。
 男は浅く息をして、眠っていた。
 しかし、レナ達がすぐ近くで喋っていたせいか、薄っすらと目が明いた。
 青空を思わせるような、青い瞳がレナを見る。
「大丈夫ですか? もうすぐダンジョンを出られますから、今は身を任せて体を休めて下さいね」
 労わるように優しく言うと、男は何事か言おうとして口を開くが、はくり、と呼気が漏れただけで、それは音にならなかった。
 そして、眠気が勝ったのか、数度目をしばたかせて、そのまま気を失うように眠ってしまった。
 それにレナは慌て、ネモに尋ねる。
「この人、大丈夫ですよね?」
「大丈夫。命に別状はないわ。ただ、酷い疲労状態だったし、ちょっと普通じゃない無茶して帰って来たからね」
 ネモの言葉にレナが安堵の息を漏らした時、イヴァンが「ああ」と小さく声を上げた。
「下層から怪我人を運んで来たにしては随分早いと思いましたが、裏技を使ったんですね」
「イヴァン」
 ネモの言葉に得心するようにイヴァンが呟き、それを咎めるようにチアンが名を呼ぶ。
 珍しいチアンからの叱責に、イヴァンは瞬時に姿勢を正し、腰を九十度に折った。
「申し訳ありませんでした!」
「余計なことは言わぬようにな」
 恐らく、『裏技』という単語がチアンにとって都合の悪いことなのだろうが、レナとイザベラは目配せしあい、賢く口を閉ざした。
 そんな部活仲間たちの様子を見て、ネモが溜息をつく。
「ま、異界――『常世』を通ってショートカットしただなんて、ばれても誰も信じないでしょうけどね」
 そんな小さな呟きは、誰にも聞かれることなく、ダンジョンの冷えた空気の中に溶けて消えた。



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