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芽ぐむ日

第六話 ダンジョン都市1

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 あの春休みの計画から十日ほど時が流れた。
 学園も既に春休みに入り、学園内には職員やクラブ活動で学園に用のある生徒がちらほらいる程度だ。
 レナたちはこの十日間にダンジョンへ行く準備に奔走した。
 武器や防具の手入れは普段から行っているが、持って行く魔道具の選別が必要だった。
 ダンジョンは地下にあり、密閉空間だ。散布系の薬剤などは自らも危険になるため、外さなくてはならないし、それの代替えとなるような物も必要となる。
 そうして用意を行いながら、次に必要なことをした。それは、イザベラの冒険者登録だ。
 別に魔物狩りなどには冒険者登録は必要ないのだが、やはりあった方が便利な場合が多い。それに、錬金術の素材として不必要な部分を適正価格で買い取ってくれる信頼できる組織といえば、冒険者ギルドだ。
 そのため、半泣きのイザベラを冒険者ギルドへ連れて行き、冒険者登録を行った。
 今回のダンジョンアタックでは上層で訓練する事に決まったが、彼女はそうした荒事と無縁だったお嬢様であるため、不安が大きいらしい。
 けれど、彼女はレナたちに「ご指導、よろしくお願いいたしますわ」と丁寧に頭を下げたことから、ダンジョンアタックをする意思はあるようだ。
 そして、バイゼル領に向かう今日、心配する家族の制止を振り切って来たと言ったイザベラは、不安を滲ませてはいるものの、それなりに覚悟の決まった顔をしていた。
 そして、お留守番組を除いた一行は、バイゼル領へと旅立ったのであった。

   ***

 バイゼル領のダンジョンがある都市についたのは、三日目の昼のことだった。
 都市はダンジョンからもたらされる恵みによって栄えており、様々な種族がごったがえししていた。
一行は宿をとるべく宿屋が立ち並ぶ区画へ足を運んだ。
 そして、ごく普通の平民が利用するような宿屋の前で、ネモが微妙な顔をして口を開く。
「ここにチアンを泊めても大丈夫かしら……?」
「問題ないぞ」
 淡々とした顔でそう答えたのは、チアンだった。
 そう。今回のダンジョンアタックには、何故かカンラ帝国の第十八皇子であるチアンも参加しているのだ。
 同じ王子であるヘンリーと、錬金術師を目指していないただの令嬢であるエラは不参加であり、当然チアンもダンジョンアタックのメンバーには入れられていなかった。
しかし、何故かチアンは護衛も従者も付けず、自ら荷物を背負ってバイゼル領の町の関所でレナたちを待っていたのだ。
 まさか皇子様であるチアンが明らかにダンジョンアタックする気満々の格好で待っているとは思わず、レナは目を丸くして驚いた。
 他のメンバーももちろん聞いておらず、チアンはネモに胸倉を掴まれて尋問されることとなった。
 曰く、金が無いのでダンジョンで稼ぎたい。しかし皇子の自分が参加するとなれば止められると思い、勝手に参加することにした、とのことだった。
 どうやら、第十八皇子の懐は大分寒々しいことになっているようだ。
 この美貌の皇子を放置することも出来ず、ネモは呆れた顔でそれを許可した。
 そうして一行は宿屋へ入った。
チアンの美貌に宿屋のお嬢さんが固まり、ぎこちない動作で宿帳に記入していく。
 それを見ながら、チアンは己の現状を淡々と話した。
「昨年の夏に無理やり国を出て来たから仕送りが減額されたのだ。まあ、それは覚悟していたゆえ構わんのだが、ここで稼いでおきたい」
「なるほどねぇ」
 ダンジョンの下層はレアアイテムの山だ。一攫千金も夢ではなく、レナやイザベラはともかく、ネモやイヴァンあたりと組めば懐はさぞ温まるだろう。
「けど、今回のダンジョンアタックはベラちゃんの訓練がメインよ? お金稼ぎは二の次になるわ」
「それは始めだけ参加して、あとはイヴァンに任せればいい。イヴァンなら不慣れな二人を抱えていても、上層ならば一人でも問題あるまい。むしろ、イヴァンは我らが卒業した後、部長になるのだから、リーダーの経験を積ませておくべきだ」
「えっ!?」
 突然の指名に、イヴァンが驚きの声を上げる。
「あの、僕が部長って――!?」
 それにネモが何を驚いているんだと、呆れた顔をする。
「そりゃあ、実力的にも、年功序列的にもアンタが次期部長でしょう。そもそも、私たちはもう四年生なのよ? 卒業に必要な単位はほぼ取り終わってるし、ヘンリーなんて婚約者が出来たわ。そろそろ私たちは卒業を考える時期よ」
 言われてみれば、その通りだった。
 ランタナ王国の国立魔法学園では、平均的な在学年数は三年から五年程度だ。早く卒業したい者は頑張って三、四年で卒業し、もう少し学びたいと思う者は、五、六年で卒業していく。四年生のネモ達が卒業を考えるようになってもおかしくない。
 しかし、イヴァンは考えてもみなかったようで、青ざめていた。
そんなイヴァンの様子にネモが苦笑して、五年生まではとりあえず居るつもりだと言えば、彼は安堵してほっと息を吐いた。
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