錬金術師の成り上がり!? 家族と絶縁したら、天才伯爵令息に溺愛されました

悠十

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芽ぐむ日

第三話 イザベラ・バーミンガム伯爵令嬢3

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 しかし、そこにネモが、待て、とばかりに手をかざす。
「ただし、今回のことは、あくまで仮入部とさせてもらうわ。うちのクラブの入部受付期間は、九月の勧誘期間だけ。それは変えるつもりは無いわ。正式な入部は、九月の入部受付期間に入部届を受理してからよ。ただ、仮入部だから、それまでは手芸部と兼部してもいいわ。それでもいい?」
 それに、イザベラがもちろんだと頷いた。
「あの、この図案だけど、これをお母様に見せたからといってパッケージのデザインを頼むとは限らないから、そこのところは覚悟しておいてね」
 レナの言葉にも、イザベラは素直に頷いた。チャンスを貰えるだけでありがたいと彼女は思っていたのだ。
 こうして、一年生のイザベラ・バーミンガム伯爵令嬢が仮入部員として『台所錬金術部』に迎えられることになったのだった。

   ***

 イザベラは、可愛く、良い後輩だった。
 錬金術の初歩的なことは講義で習ったそうだが、実践が上手く手際よく出来るかといえば、否だ。
 初歩や基本こそが大切だが、しかし、わざわざ二つ名の錬金術師に教えてもらうほどの事ではない。
 そのため、そういったことはレナが教えることになった。
 これは、レナにとっても良い経験だった。
自分の中の知識を噛み砕き、分かるように伝えなければならないのだ。人に教える事の難しさを図らずも知る事となった。
 しかし、この作業は苦にはならなかった。それは、イザベラの素直さのおかげだった。
 彼女は、とにかく楽しそうに錬金術を学び、それを教えるレナに素直に尊敬の目を向けるのだ。そのくすぐったさが心地よく、レナはこの後輩を可愛く思うようになっていった。
 こうしてイザベラは仮部員ではあるものの、『台所錬金術部』になじんでいった。
 そして、イザベラのもう一つの目的である化粧品のパッケージのデザインだが、これは残念ながら見送られる事となった。
 レナが作った美容用品はサンドフォード家が抱える研究員達の手によって更なる改良や微調整が整えられた後、発売まで既に秒読み状態だったのだ。既にパッケージのデザインは決められており、イザベラがそこに関われるはずがなかった。
 しかし、それでもレナが養母たるサンドフォード準男爵夫人にそれを見せたのは、かたくなにイザベラの刺繍図案のデザインに魅力を感じたからだ。
 そして、それは養母も同じだったようで、次の機会に仕事を回してみようということになった。
 しかしながらチャンスを貰えたことには変わりなく、イザベラは飛び跳ねて喜んだ。
 そうやって、彼女にとって良い方向へ事が進んだからだろう。イザベラはしょぼくれた雰囲気を払拭し、毎日楽しそうにキラキラと瞳を輝かせて部室へやってくる。
 そして、今日も今日とてイザベラは笑顔で部室にやって来た。
 本日、部室にはヘンリーとイヴァン以外の部員が揃っており、レナとエラ、イザベラは低級治癒ポーションを作る機材を用意しながら、女同士のおしゃべりに興じる。
「聞いてください、レナ先輩、エラ先輩! 今日カフェでお茶をしていたら、とっても素敵な殿方を見つけましたの!」
「そうなの?」
「まあ、どんな方?」
 女の子らしく素敵な男性の話に花を咲かせる。
 イザベラは三人目と四人目の元婚約者の件で男性を忌避していたが、自分の未来が明るく感じるようになるにつれ、素敵な恋人をゲットせんと闘志を燃やすようになっていた。
 レナとエラはそれを微笑ましそうに笑んで、手を動かしながら耳を傾ける。
「ウェイターの方で、綺麗なブロンドの殿方ですわ!」
「ああ、もしかして、オールバックの?」
「はい、そうです。エラ先輩はご存じの方ですの?」
 淡く頬を染めたイザベラに期待に満ちた目で見上げられ、エラはちょっと困ったように小首を傾げた。
「ええと……、多分、男爵家の三男の方ね。確か、平民のお嬢さんとお付き合いされていたと思うわ」
「え……」
 エラの言葉に、イザベラはしょんぼりと肩を落とした。
「お相手がいらっしゃるなら、駄目ですわね……」
 過去のことから、浮気や略奪愛などは絶対にしないと誓っているイザベラは、そう言って溜息をついた。
「大丈夫よ。他にもいい人は沢山居るわ」
「むぅ……」
 レナの慰めに、イザベラが口を尖らせる。
「レナ先輩にはイヴァン先輩がいらっしゃるから、そうおっしゃいますけど、素敵な殿方なんて、なかなか居ませんよ」
「えっ、イヴァン先輩って、いや、そんな――」
 顔を赤くして狼狽えるレナに、イザベラは目を半眼にさせ、エラは、あらあら、と微笑む。
「イヴァン先輩って、ちょっと頼りないけど、それを補って余りある才能をお持ちですし、外見だってとっても素敵じゃないですか。けど、いいなぁ、と思ったら――」
 ねえ? と意味ありげにイザベラはエラに視線を向け、エラも肯定するように、そうね、と頷いた。
「割って入るような無粋な真似は出来ませんもの。だから、イヴァン先輩より素敵な殿方を探して、ようやく見つけたと思ったのに……」
「難しいわよねぇ……」
 素敵な男性に限らず、魅力的な人間は、往々にして売約済みなのが世の常だ。
 力なく肩を落とすイザベラの頭を、エラがよしよし、と撫でる。
 レナはあわあわと手を意味なく上下させ、視線を泳がせる。
 そんな三人に、近づく人間が居た。
「あら、うちのクラブには売約済みじゃない男が一人いるわよ」
 ネモであった。
 そうして、ネモは面白そうな顔をして、絶世の美貌を持つ男を指さした。
「チアンなんてどう?」
 チアンは艶やかに微笑み、雑誌のモデルの如きポーズを決めた。バックに牡丹の花が咲き乱れる幻覚まで見えてきた。
「チアン様ほどの美貌の方の隣に立つ勇気はありませんわ」
 牡丹は無残に散った。
 背を煤けさせるチアンの肩をネモが叩いて慰めるのを横目に、レナが苦笑いする。
「まあ、それは一先ず横に置いといて、まずは初級治癒ポーションを完璧に作れるように練習しましょうか」
「はぁい」
 イザベラは拗ねたように口を尖らせるも、素直に頷いて、ストックされている薬草の束を持って来るべくその場を離れたのであった。
 
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