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芽ぐむ日

第二話 イザベラ・バーミンガム伯爵令嬢2

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 男達の行動に目を瞬かせている令嬢二人に、レナは気にしないように言って、改めて尋ねる。
「それで、何故『台所錬金術部』に? それと、私にどんなご用でしょうか?」
 それには、アメリアが答えた。
「実は、このイザベラを『台所錬金術部』に入部させてあげて欲しいのです」
 レナとネモは驚いて目を丸くした。
「今回流された噂は本当にたちが悪くて、噂の払拭がいつできるかが不透明です。そのため、バーミンガム伯爵はイザベラには好いた者と添い遂げることを許しました」
 それはつまり、貴族階級の者との政略結婚を諦めた、ということだ。
「この決断は、娘を愛するからこその決定なのです。今現在持ちかけられている縁談の中にも、バーミンガム伯爵家に利のある縁談はあったそうですが、イザベラの幸せを考えるなら、その縁談は受けられるはずが無いものでした」
 そうよね、とアメリアに問われ、イザベラは頷く。
「父には、慰謝料は全て私のものにせよと、今後に生かすようにと言われました。ただ、好いた相手と添えと言われても、その……、用意されたご縁のある方の元に嫁ぐものとずっと思っていたので、どうすれば良いか分からず……」
 途方に暮れてしまったそうだ。
 そもそも、イザベラの年頃と釣り合いがとれ、条件にあう相手を見つけるのは結構大変なことらしい。良い相手は既にお相手が居るし、それに今現在、先のジュリエッタ騒動で婚約解消があちこちで起きており、貴族の子女が余ってしまっている。
 残念なことに、その状況下で過去四度婚約を解消したイザベラは、良い相手を見つけるには、とても不利な立場に立たされているそうだ。
 そんなイザベラは、己の置かれている状況がどういったものかよく分かっていた。それ故に、どこかの家に嫁ぐという今後の予定が真っ白になった今、まず先に心配になったのが、お金のことだったのだという。
「良い方とのご縁が無ければ、自分の身を養う手段が必要になります。まさか、家に寄生するようなことは出来ませんし……」
 そう憂鬱そうに言うが、レナは生粋の貴族のご令嬢が、自分で自分の身を養うつもりなのだと聞いて、驚き、感心した。
「それで、こちらにはとても腕の良い錬金術師の方がいらっしゃると聞いて、どうにか学ばせていただけないだろうかと思いましたの」
 その言葉に、自然とネモに視線が集まる。
 しかし、ネモは困ったような顔をして言った。
「んん~、けど、それなら普通に『錬金術部』に入ったほうが良いんじゃないの?」
 確かに、『錬金術部』には外部から錬金術師を特別講師として招いているというのは有名な話だ。
 しかし、その言葉には、アメリアが首を横に振った。
「それなんですが、実は『錬金術部』の顧問の先生が、四人目の元婚約者の方の関係者なんです」
「あらら……」
 それは気まずいだろう。
 ネモは苦笑いし、レナは困った顔をした。
 そんな二人に、イザベラが言う。
「それと、この際ですので正直に言ってしまいますが、レナ・サンドフォード様と顔を繋げたら、と思ってまいりましたの」
「えっ」
 まさか、自分と顔を繋げたいなどと言われるとは思ってもおらず、レナは思わず驚きの声を漏らした。
 そんなレナに、イザベラが真剣な目をして言う。
「サンドフォード様は化粧品関係の開発をなさっていると聞きました」
「え、ええ……、そうだけど……」
 戸惑いながら頷けば、イザベラがずい、と身を乗り出して来た。
「つきましては、そちらの化粧品のパッケージなどはお決まりでしょうか?」
「えっ?」
 思わぬことを尋ねられて目を瞬かせると、イザベラがおもむろに鞄から一冊のスケッチブックを取り出し、レナに差し出した。
「どうぞ、ご覧になって下さい」
「は、はあ……」
 それを受け取り、開いてみれば、そこには美しい花々が優しい色合いで描かれていた。
 まるでエンブレムのようなデザインで描かれたスミレ。ステンドグラスのように鮮やかに描かれたバラ。愛らしくリボンで飾られたスズランの花束。
 描かれた全てに目が奪われる。
「凄い……」
「素敵ねぇ……」
 思わず感嘆の声が漏れ、隣からそれを覗き込んできたネモも賛同するように呟く。
 これをパッケージの単語を出して見せたからには、それに使えないか、ということなのだろう。確かに、乙女心をくすぐるような素敵なデザインだった。
「実はそれ、刺繍の図案なんです」
 その言葉に、レナはアメリアとイザベラの関係を察した。
 イザベラは、恐らく『手芸部』に所属しているのだろう。そのつながりで、アメリアが彼女に手を貸して、この場を整えたのだ。
 イザベラは居住まいを正し、レナとネモを真っ直ぐ見る。
「私、このような身ですので、どうしても一人で生きていく術を……、手に職をつけたいのです。薬学と錬金術は今学期から受講をしています。その先を――、実践をどうか手ほどきいただきたいのです。そして、化粧品のパッケージなどのデザインの仕事を、どうにかいただけないでしょうか?」
 厚かましいお願いだとは分かっていますが、どうかお願いいたします、と彼女は深く頭を下げた。
 レナとネモは顔を見合わせた。
「ま、そういう事情ならね」
「そうですね。それに、この図案はとても素敵ですし、お母様にお見せしたいと思います」
 前向きな言葉に、アメリアとイザベラの顔が明るくなる。
 

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