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芽ぐむ日
第一話 イザベラ・バーミンガム伯爵令嬢1
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季節は冬。
ランタナ王国でも雪が降り積もり、辺り一面を白く染めている。
冬休み前に起こった隣国の令嬢が発端となった騒動は記憶に新しい。
令嬢の留学先であった国立魔法学園でも水面下で動揺が広がっていたが、それも彼女が祖国へ戻り、冬休みを挟めば、どうにか落ち着きを取り戻していた。
そんな、国立魔法学園の端。
ひっそりと隠れるように建つ古い研究棟は、弱小クラブが使っているクラブ棟だ。
学園の中心地から外れているため、シン、と息をひそめるかのような静かな空気が広がるそこに、ガチャリ、とドアが開く音がした。
「ネモ、レナ、ちょっといいか?」
ドアが開くと同時にかけられた、ランタナ王国の第三王子、ヘンリー・ランタナのその言葉が、全ての始まりだった。
***
その少女の第一印象は、しょぼくれている、だった。
プラチナブロンドの美しい巻き毛をサイドポニーテールにしてまとめており、緑色のたれがちな目に、口元の艶黒子が色っぽい。
彼女の名は、イザベラ・バーミンガム。今年度の新入生だという彼女はレナより一つ年下で、伯爵家の令嬢だという。
間違いなく美少女といって差し支えない容姿の彼女だったが、残念ながら現在彼女の纏うしょぼくれた雰囲気がその魅力を半減させていた。
彼女を伴って現れたのは、ヘンリーの婚約者、アメリア・オルセン伯爵令嬢だった。
「ネモさん、レナさん。今日はお時間を頂いて、ありがとう」
「ありがとうございます……」
アメリアの柔らかな言葉の後に、イザベラも続いて礼を言った。
しかし、イザベラの礼には力が無く、その様子があまりにもしょぼくれているので、思わず大丈夫かと尋ねたくなる。
さて、何故この『台所錬金術部』にアメリアとイザベラが居るかというと、彼女等が『台所錬金術部』とレナ個人に頼みがあるとヘンリーを介して言ってきたからだ。
その為、現在、この部室内には『台所錬金術部』のメンバーが揃っており、彼女達の対面には『台所錬金術部』の部長であるネモと、レナが座っていた。
仲介者であるヘンリーはネモ達とアメリア達の間に、イヴァンとチアン、エラは他のテーブルで待機することになっている。
あっくんとポポがクッキーをボリボリ食べる音が響くなか、ネモが口を開いた。
「それで、今日はどういったご用件で?」
それにアメリアが困った様に微笑んだ。
「その……、実は、このイザベラを『台所錬金術部』に入部させてあげて欲しいんです」
その申し出に、レナとネモは目を丸くした。
アメリア曰く、このイザベラの元婚約者も、ジュリエッタの魔性の魅力に引っかかった男の一人だったのだという。
あの魔性の令嬢の影響は、なかなかのものだった。
ジュリエッタが帰国する際、実は幾らかの人材が流出してしまい、ヘンリーが部室の隅で燃え尽きていたのも記憶に新しい。
「その方はイザベラの三人目の婚約者だったのですが、三度の婚約解消でどうやら侮られてしまったようで……」
彼女は言いにくそうにそこまで語り、その後はイザベラが引き継いでショボショボと肩を落として語り出した。
何でも、イザベラは四人の男と婚約していたが、全て解消の憂き目にあったそうだ。
その解消にはイザベラに非はなく、三人目と四人目に至っては相手の有責で解消となり、慰謝料も支払われたのだとか。
「それで、四人目の方がとんでも無い方でしたの」
しおしおと枯れるように俯きがちになりながら、イザベラは語る。
四人目の元婚約者は、とんでもなく浮気性で、女癖が悪く、それを責めたら「お前こそ不良品のくせに」と言わんばかりに責められたのだという。
「それで、婚約を解消した後、八つ当たりなのか、変な噂を流されてしまって……。男から男へ渡り歩いて遊ぶ悪女のだと……」
イザベラは美しい。
しかし、その美しさは蠱惑的な妖しさを伴うのだ。少女らしいあどけなさを残す今でさえ、そうした色気を感じるのだから、将来は色気がしたたるような美女になるだろう。
そんな容姿を四人目の元婚約者は引き合いに出して、己の非を棚上げして、さも被害者ぶった顔でそんな噂を流したのだ。
「実際、四度も婚約解消の憂き目にあったので、いくら私に非が無くとも、何かあるのではないかと疑われて、良い縁談がちっとも来なくなりましたの……」
介護目的の後家の話や、借金のある持参金目当てだったり、性癖やら何やらに問題があると悪い噂しか聞かない男との縁談ばかりが来るらしい。
レナは何とも言えぬ面持ちで、部長であるネモに視線を移す。
視線の先のネモは、微笑みを浮かべていた。
彼女は懐から見覚えのあるカプセル型の魔道具を取り出し、そっとイザベラに握らせる。
その魔道具の名は、『不能玉』。
ネモは慈悲深く微笑み、言った。
「やっておしまい」
男達は総毛立ち、雑巾を引き裂くような悲鳴を上げた。
「ネモ! 何てものを渡すんだ!?」
「教育に悪いですよ、師匠!」
「没収だ、馬鹿者!」
先に起こるだろう悲劇を止めるべく、男達は大騒ぎして恐るべき兵器を取り上げ、鍵のかかる棚に入れて、鍵をかけた。
安堵に崩れ落ちる男達を尻目に、ネモは残念そうに舌打ちをしていた。
ランタナ王国でも雪が降り積もり、辺り一面を白く染めている。
冬休み前に起こった隣国の令嬢が発端となった騒動は記憶に新しい。
令嬢の留学先であった国立魔法学園でも水面下で動揺が広がっていたが、それも彼女が祖国へ戻り、冬休みを挟めば、どうにか落ち着きを取り戻していた。
そんな、国立魔法学園の端。
ひっそりと隠れるように建つ古い研究棟は、弱小クラブが使っているクラブ棟だ。
学園の中心地から外れているため、シン、と息をひそめるかのような静かな空気が広がるそこに、ガチャリ、とドアが開く音がした。
「ネモ、レナ、ちょっといいか?」
ドアが開くと同時にかけられた、ランタナ王国の第三王子、ヘンリー・ランタナのその言葉が、全ての始まりだった。
***
その少女の第一印象は、しょぼくれている、だった。
プラチナブロンドの美しい巻き毛をサイドポニーテールにしてまとめており、緑色のたれがちな目に、口元の艶黒子が色っぽい。
彼女の名は、イザベラ・バーミンガム。今年度の新入生だという彼女はレナより一つ年下で、伯爵家の令嬢だという。
間違いなく美少女といって差し支えない容姿の彼女だったが、残念ながら現在彼女の纏うしょぼくれた雰囲気がその魅力を半減させていた。
彼女を伴って現れたのは、ヘンリーの婚約者、アメリア・オルセン伯爵令嬢だった。
「ネモさん、レナさん。今日はお時間を頂いて、ありがとう」
「ありがとうございます……」
アメリアの柔らかな言葉の後に、イザベラも続いて礼を言った。
しかし、イザベラの礼には力が無く、その様子があまりにもしょぼくれているので、思わず大丈夫かと尋ねたくなる。
さて、何故この『台所錬金術部』にアメリアとイザベラが居るかというと、彼女等が『台所錬金術部』とレナ個人に頼みがあるとヘンリーを介して言ってきたからだ。
その為、現在、この部室内には『台所錬金術部』のメンバーが揃っており、彼女達の対面には『台所錬金術部』の部長であるネモと、レナが座っていた。
仲介者であるヘンリーはネモ達とアメリア達の間に、イヴァンとチアン、エラは他のテーブルで待機することになっている。
あっくんとポポがクッキーをボリボリ食べる音が響くなか、ネモが口を開いた。
「それで、今日はどういったご用件で?」
それにアメリアが困った様に微笑んだ。
「その……、実は、このイザベラを『台所錬金術部』に入部させてあげて欲しいんです」
その申し出に、レナとネモは目を丸くした。
アメリア曰く、このイザベラの元婚約者も、ジュリエッタの魔性の魅力に引っかかった男の一人だったのだという。
あの魔性の令嬢の影響は、なかなかのものだった。
ジュリエッタが帰国する際、実は幾らかの人材が流出してしまい、ヘンリーが部室の隅で燃え尽きていたのも記憶に新しい。
「その方はイザベラの三人目の婚約者だったのですが、三度の婚約解消でどうやら侮られてしまったようで……」
彼女は言いにくそうにそこまで語り、その後はイザベラが引き継いでショボショボと肩を落として語り出した。
何でも、イザベラは四人の男と婚約していたが、全て解消の憂き目にあったそうだ。
その解消にはイザベラに非はなく、三人目と四人目に至っては相手の有責で解消となり、慰謝料も支払われたのだとか。
「それで、四人目の方がとんでも無い方でしたの」
しおしおと枯れるように俯きがちになりながら、イザベラは語る。
四人目の元婚約者は、とんでもなく浮気性で、女癖が悪く、それを責めたら「お前こそ不良品のくせに」と言わんばかりに責められたのだという。
「それで、婚約を解消した後、八つ当たりなのか、変な噂を流されてしまって……。男から男へ渡り歩いて遊ぶ悪女のだと……」
イザベラは美しい。
しかし、その美しさは蠱惑的な妖しさを伴うのだ。少女らしいあどけなさを残す今でさえ、そうした色気を感じるのだから、将来は色気がしたたるような美女になるだろう。
そんな容姿を四人目の元婚約者は引き合いに出して、己の非を棚上げして、さも被害者ぶった顔でそんな噂を流したのだ。
「実際、四度も婚約解消の憂き目にあったので、いくら私に非が無くとも、何かあるのではないかと疑われて、良い縁談がちっとも来なくなりましたの……」
介護目的の後家の話や、借金のある持参金目当てだったり、性癖やら何やらに問題があると悪い噂しか聞かない男との縁談ばかりが来るらしい。
レナは何とも言えぬ面持ちで、部長であるネモに視線を移す。
視線の先のネモは、微笑みを浮かべていた。
彼女は懐から見覚えのあるカプセル型の魔道具を取り出し、そっとイザベラに握らせる。
その魔道具の名は、『不能玉』。
ネモは慈悲深く微笑み、言った。
「やっておしまい」
男達は総毛立ち、雑巾を引き裂くような悲鳴を上げた。
「ネモ! 何てものを渡すんだ!?」
「教育に悪いですよ、師匠!」
「没収だ、馬鹿者!」
先に起こるだろう悲劇を止めるべく、男達は大騒ぎして恐るべき兵器を取り上げ、鍵のかかる棚に入れて、鍵をかけた。
安堵に崩れ落ちる男達を尻目に、ネモは残念そうに舌打ちをしていた。
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