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1巻
1-3
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そんなことよりもその年の冬休みは、帰省にまでついてきてエドガーに纏わりつくアニエスやアヤメを引き剥がすのに忙しく、他を気にする余裕はなかった。
エドガーの両親は、お金持ちのお嬢様や、異国のお姫様がエドガーに夢中になっているのに驚きつつ、彼女たちがエドガーの父母である自分たちを丁重に扱うさまに絆されていった。
「こんなに綺麗で気立ての良い娘さんたちがエドガーに良くしてくれて、ありがたいわぁ」
「まあ、お義母様ったら」
「なんでも言ってくださいまし」
ラッシュ家に上がり込み、既に嫁気取りか! とレナの眦が吊り上がる中、エドガーの母は言った。
「本当にエドガーにはもったいない子ばかりねぇ。みんなにお嫁さんになってもらいたいくらいだわ」
この言葉にぎょっとしたのは、レナだけだった。
アニエスとアヤメは嬉しそうにきゃあきゃあ言い、エドガーは「勘弁してくれよ、母さん」と言いつつも、まんざらでもなさそうだった。
この時、レナの心に一抹の不安がよぎった。
もしかして、エドガーはこの中の誰かを選ぶつもりはないのではないか、と……
***
冬休みが終わり、学園に戻るとエドガーは冒険者ギルドで討伐依頼をよく受けるようになった。ソウメイから実戦の中で勘を磨けと言われたのだ。
そんなエドガーに付き合うように、レナも一緒に依頼を受けるようになった。こうでもしなければ、レナは最近エドガーと二人きりになれなくなってきていたのだ。
しかし、この時間もいずれはなくなるのだと分かっていた。なぜなら、アニエスとアヤメは冒険についていけないことを不服とし、それぞれが金に物を言わせて良い装備を買い揃え、良い教師を雇って戦闘訓練を開始したからだ。
「すぐに追いついてやるんだから!」
「エド様、待っていてくださいましね」
恐らく、彼女たちにすぐに追いつくだろう。エドガーは確かに学園入学前に比べて強くなったが、やはり本格的に鍛え始めて半年足らずの実力でしかない。レナだって、エドガーと共に魔物退治をする自分を心配したネモとイヴァンが手を加えてくれた武器のハンマー頼りで、強いわけではないのだ。
それでも、少しはエドガーと二人だけの時間をとることができた。目的は魔物退治なため、甘い時間などはありはしなかったが、それでもレナにとってこの時間はとても大事なものだった。
しかし、その時間は考えていたよりも早く終わってしまった。
エドガーが、冒険者の先輩だと言って、虎の獣人族の女性をパーティーに入れたのだ。
「ちょっとヘマしちゃってね。冒険者ギルドからペナルティをくらって、初心者パーティーの指導をしろってお達しなのさ」
ありがたい申し出なのは理性では分かっていたが、感情が余計なことを、と叫んでいた。
虎の獣人族の女性――スサナ・グラセスは金髪金目の年上の女性で、日にやけた肌と豪快な口調から、いかにも姉御といった風情の魅力的な女性だった。
それからはスサナを加えて行動し、彼女の指導の下、レナとエドガーは着実に力をつけていった。
スサナは長年冒険者をしているだけあり、パーティーでの連携の取り方や、魔物の種族による大まかな弱点を知っており、それをレナたちに教えてくれた。
「ありがとう。勉強になるよ」
「フフン、アンタもなかなか筋が良いよ」
素直なエドガーを気に入ったらしく、日に日に二人の距離は縮まっていき、レナはやきもきしていた。
そんな苛立つ気持ちをクラブで愚痴れば、先輩たちは「なるほどねー」と頷く。
「それってアレね。ラノベの主人公っぽい」
「あー、アレか。『ハーレム主人公』」
「なんか知らんが、平凡だったはずの男にやたらと女が寄って来るアレか」
うんうん頷き合う三年の先輩方の話を聞きながら、レナは眉間に皺を寄せる。
「その……、なんです? ハーレム主人公?」
なじみのない言葉だった。しかし、レナにとって不穏な気配のする言葉である。
「転生前の世界ではやっていたジャンルの物語よ。まあ大体は、平凡だった男の子が、ある日凄い力を手に入れて女の子にモテモテになるの」
「それでその女の子たちを全員嫁にする」
ネモとヘンリーの言葉に、レナは顔を顰めた。平民は基本的に一夫一妻だ。お互いが良いというなら制度の外で好きにすれば良いとは思うが、レナはそんなのは嫌だ。一夫多妻にはそこはかとなく嫌悪感が湧く。
「なんか、それって凄く現実的でないような……」
「まあ、あくまで物語だからね。ご都合主義展開のオンパレードよ」
「ただ現実的に考えられていた設定もあったぞ。まず主人公は金と権力を手に入れていた。嫁全員に子供ができても養うことができる」
肩を竦めるネモに、チアンが言う。そんな二人に次いで、イヴァンが恐る恐る尋ねた。
「あの、その物語の女の子たちは本当に全員お嫁さんになるんですか? なんの争いもなく?」
「そうよ。主人公の取り合いをしたりするけど、なんだかんだ結構平和的に嫁になるわね」
「まあ、正妻がいたりもするな。高位貴族の娘で、強力な力を持った主人公を国に繋ぎ止めておくための政略が絡んだりしている」
「ご都合主義だからな。普通であればこんなに上手くいくはずがない。複数の女を囲えば寵愛を争う者が必ず出るし、離脱する娘もいるはずだ」
現在第十二妃まで抱え、更に十人以上の妾妃まで後宮に住まわせているカンラ帝の息子は遠い目をしながら言う。
「複数の女を欲しがるとは理解できんな。一人で十分だろうに」
「そうだなぁ。一人で十分だ」
後宮の闇を知る王子たちは頷き合い、重い溜息をついた。
そんな先輩方の話を聞き、レナは冬休み中に感じた不安が再び頭をもたげたのを感じた。けれど、エドガーは先輩方が言う『ハーレム主人公』とは違い、金も権力も、特別な力もない。だから、きっと大丈夫だ。
レナは俯き、「大丈夫。きっと、大丈夫」と小さな声で呟く。
そんなレナを、彼女の隣に座るイヴァンが心配そうに見つめていた。
***
決定的なことが起こったのは、ある依頼の最中に、ブラッディ・サーペントに遭遇してしまった時だった。
ブラッディ・サーペントはAランクに分類される凶悪な魔物だ。赤黒い皮は血を浴びて染まったのだと噂されるほどに残忍で、他の蛇型の魔物とは違い、獲物をまる飲みするのではなく、わざわざ食いちぎって食べるのだ。更には知能が高く、獲物を玩具のように嬲る姿も目撃されている。
そんなブラッディ・サーペントが、初級から中級の冒険者が多く利用する森に突如現れたのだ。
まさかの遭遇に、レナとエドガーはもちろん、スサナも愕然とした。
そんな状況の中、一番に我に返ったのはスサナだった。
「エドガー、レナ、すぐに町へ走ってこのことを兵士に伝えな!」
「スサナ!?」
スサナが腰の片手剣を抜き、ブラッディ・サーペントの前に立つ。
「こんな浅いところにいるなんて、すぐに町に行っちまうよ! アンタたちがこのことを知らせなきゃ、町がヤバイことになる! アタシが時間を稼ぐから、早く!」
切迫したスサナの様子に一刻の猶予もないのだと知れた。ブラッディ・サーペントは既にこちらに狙いを定めている。
レナとエドガーの実力は初級冒険者を脱するかどうかという程度で、スサナでさえ上級冒険者にはあと一歩及ばない。
これではAランクの魔物には到底太刀打ちできない。全滅は目に見えている。
それならば、スサナが言うように誰か一人でも生き残り、町にこのことを知らせるのが一番大切だ。
だからスサナは覚悟を決め、レナたちにそう指示したのだ。
それが分かっているからこそ、二人は後ろ髪を引かれる思いで町へ走り出した。
しかし、途中でエドガーの足が止まる。
「エド!? どうしたの?」
「レナ……、俺……」
意を決したように、エドガーは強い瞳でレナを見た。
「俺、戻るよ」
「な、何言ってるのよ!?」
ぎょっと目を剥くレナに、エドガーは言う。
「俺、このままじゃ後悔する。レナは町に行ってこのことを知らせてくれ」
「エド!?」
何を馬鹿なことを、と怒鳴ろうとするレナを、エドガーは強引に抱きしめた。
驚いて思わず息を呑み、その間にエドガーはレナを離して元来た道を駆け戻った。
「レナ、頼んだぞ!」
その言葉を最後に、エドガーは森の奥へと姿を消した。
レナは一瞬迷った後、再び町へと駆け出した。
そして走りながら思う。酷い人だ、と。エドガーは後悔すると言った。けれど、それはレナも同じだ。レナは誰よりも大事で、大好きなエドガーを残して来てしまったのだ。
これでエドガーが死んでしまったら……
レナの目から涙があふれる。
きっと、エドガーは死んでしまうだろう。だって、相手はブラッディ・サーペントなのだ。絶望的な未来しか想像できない。
なんで自分は一人で走ってるんだろう、と疑問に思う。
それは、エドガーがそう望んで、そうしなければ町に被害が出るからだ。
ずるいな、とレナは思った。
彼は後悔しかない世界をレナに生きさせるのだ。エドガーは後悔をしたくなくて戻ったくせに、レナにはその思いを味わわせるのだ。
酷い。
酷い人。
一緒に死んでしまいたい。
そんなことを思いながら、それでもレナは足を動かした。そして、町の門まで辿り着き、兵士にブラッディ・サーペントが出たことを伝えた。
その後は大騒ぎになった。
すぐさま討伐隊が組まれ、町は厳戒態勢をとった。
レナはそのまま保護され、詰め所の救護室で呆然としていた。頭の中にはエドガーとの思い出が延々と巡り、気づけば涙が出ていた。
看護師はそんな彼女の様子を見て、心配そうな顔でタオルを渡すと、テーブルに水を置いて行ってくれた。
それからどれだけの時間が経ったのか。ピリピリとした空気が詰め所に漂っていたが、それが不意に掻き消えた。そして、外から歓声が聞こえてきた。
何事かと思い、のろのろと顔を上げれば、救護室に先ほどの看護師が駆け込んできた。
「お仲間が帰ってきましたよ! 無事です! 生きてますよ!」
何を言っているのか。
帰ってきた? 誰が? 仲間が?
……エドガーが?
レナは弾かれたように走り出した。
外に出て、あたりを見回す。そして、人々がある一点に注目していることに気づいた。その視線の先に目を向ける。
「あっ、レナ!」
レナは、見つけた。大切な、誰よりも大切な幼馴染を。
「エド……」
ボロボロと涙があふれ出て、視界が滲む。
エドガーがレナに声をかけたため、人々の視線がレナに向く。
レナはよろよろと歩き出し、彼女の様子から少年の関係者だと察した人々はそっと道を開けた。
「エド!」
「レナ!」
エドは腕を広げ、レナはそこへ飛び込んだ。
「ばかっ! ばかぁぁぁぁ!!」
「うん。ごめんよ、レナ……」
みっともなく大泣きするレナに、エドガーはただただ謝る。
所々怪我をしているようだが、大きな怪我はなさそうだった。
ひとしきり泣いて、徐々に心が落ち着きを取り戻し始めれば周りが見えてくる。そうして、レナはようやく彼の背後にあの大きなブラッディ・サーペントの死骸が鎮座していることに気がついた。
「エ、エド、あれは……」
「ああ、あれ? うん、俺たちを襲ったブラッディ・サーペントだよ」
ポカン、と口を開ければ、彼は少し自慢げに笑った。
「実はさ、『スキル』を手に入れたんだ」
『スキル』とは、簡単に言えば、魔力消費により魔法に似た現象を引き起こせる技のことである。
エドガーが言うには、ブラッディ・サーペントとの戦闘で極限状態となり、『スキル』が発現したのだという。
「『斬空』っていうスキルなんだけど、斬ることに特化したスキルなんだ」
それでブラッディ・サーペントの分厚く硬い皮を斬れるようになり、討伐できたのだ。
「本当に助かったよ。エドガーは凄い男だ」
「いや、そんな……。スサナがいてくれなかったら、スキルがあっても死んでたよ」
激しい戦闘で所々怪我をしているスサナがエドガーを褒め、エドガーは照れ臭そうに頬を掻いた。
二人の間には命の危機を共に乗り越えた一種の共同体めいた雰囲気があり、スサナの目には熱がこもっていた。エドガーの様子を見れば、それを受け入れられるだけの好意が見て取れ、レナの心に嫉妬心が沸き上がる。
あんなことがあったのに、嫉妬なんて……
お互いを褒め合うエドガーとスサナから視線を外し、俯く。
レナは、自分の浅ましさが恥ずかしかった。
***
ブラッディ・サーペントなんてものと遭遇しながら、スキルを使ってそれを討伐してしまったエドガーは一躍時の人となった。
いろんな人に声をかけられ、いつも話題の中心にいる。
時折、明らかに身分ある人間にまで声をかけられており、レナは不安になった。今はなんとか彼の傍にいることができているが、それもいつまで続けられるか分からない。
そして――
「エド、『ハーレム主人公』になっちゃうかもしれません……。『特別な力』を手に入れちゃいました……」
「あー……」
「そうだなぁ……」
クラブの先輩方にそうこぼせば、先輩方は苦い顔をしながら唸った。
「ヘンリー、王国としてはエドガーはどれだけの価値があるんだ?」
「うーん……、少なくとも王家や上位貴族が人材確保に動くほどではないな。動くとしても伯爵位くらいまでだ。伯爵位でも旧家や名家とか言われてる家は動かないな」
王子コンビはそんなことを話し、そこにネモが加わる。
「――と、いうか、『斬空』のスキルって確かカンラ帝国の将軍の配下が持ってなかった? なーんか、昔、聞いたことがあるんだけど……」
えっ、とチアンとレナの驚いた声が重なる。
ネモはうんうん唸りながら、思い出そうと頭をひねる。
「いつだったかなー? 香辛料求めて帝国に行った時、面倒な貴族に絡まれて、喧嘩したことがあったのよね。その時、やたらと血気盛んな若いあんちゃんが、ホニャララ将軍直属のなんちゃら、とか名乗りを上げて突っ込んできたのよ。それで撃退にした時、そんなスキルを使ってたような……」
それを聞いて男たちはしょっぱい顔をし、レナは唖然とした。
「お前、『斬空』のスキル持ちを倒したのか……」
「待て、私はそんなスキルを持った兵がいたなんて聞いたことがないぞ。いったい、どれだけ昔の話なんだ……」
「師匠……。相変わらず、引き出しが多いですね……」
呆れたように口々に言われ、ネモは口を尖らせた。
「何よぉ、そんなこと言うなら、どうやってそのスキルを封じたのか教えてやんないんだから」
「アッ、ネモ様、素晴らしい偉業ですね!」
「さすがは二つ名持ちの錬金術師だ。そこに痺れる、憧れるー!」
「師匠、おやつはいかがですか? 今日はスミレ堂のシュークリームを買って来てあるんですよ!」
あからさまに機嫌を取り出した男たちに、よきにはからえ、とネモはふんぞり返る。
そんな先輩方を尻目に、レナは羞恥で赤くなった顔を両手で隠した。
「エド、全然『トクベツ』じゃなかった……」
確かに『斬空』は特別強く、珍しいスキルだが、持つ者の『格』が違えばどうしたって特別には見えなくなる。
しかし、たとえネモの方が格上だろうが、世間一般的に見ればエドガーは十分魅力的な存在だった。将来有望株のエドガーには更に女が寄って来るようになったが、それはレナたち四人が邪魔をした。こればかりは全員が一致団結して引き剥がしたが、本当に嫌な作業だった。
レナは、改めて自分は一夫多妻の関係を受け入れられないと思った。
今回のことでレナ以外の女の子たちは互いに仲間意識を持ったらしいが、レナは無理だった。
彼女たちは魅力的だけれど、どうしたって好きになれない。一緒にいると敵意が先に立つし、彼の傍に侍る姿には嫉妬心が沸く。
彼女たちが傍にいるのを嬉しそうに受け入れるエドガーを見て、レナは覚悟を決めた。
「はっきりさせなきゃ……」
レナは一対一のお付き合いでなければ無理だ。好きな人を共有なんてできない。だから、彼に選んでもらおう。
レナか、彼女たちか……
それからレナは積極的にエドガーをデートに誘った。
「ねえ、エド。今度の休日に二人で買い物に行かない?」
「あ、うん。良いよ、行こう」
いつものように誘う。けれど、明確に違う言葉を付け足す。
「それじゃあ、デートね。約束よ、エド!」
「うん、やくそ……えっ、で、でーと!?」
素っ頓狂な声を上げるエドガーがおかしかった。
そうやって誘った一回目のデートの間中、エドガーは挙動不審で、顔を赤くして初々しかった。
レナは、そうやってあからさまに、自分はそういう意味でエドガーに好意を持っているのだとアピールし続けた。
そうして何度もデートを重ねていると、やはりアニエスたちの妨害が入ることもあった。
「あら、エドとレナじゃない! 奇遇ね?」
「これも何かの縁。一緒にこの辺を散策しまへんか?」
「そりゃあ、良いね。行こう!」
そんなふうに無理やりレナとエドガーの間に割り込んできて、デートはグダグダで終わる。
かと思えば、エドガーと共に待ち合わせ場所にやってきて、デートに同行されることもあった。その時ばかりは、レナもはっきりとエドガーに文句を言った。
「エド、デートに他の女の子を連れてくるなんてマナー違反だわ」
「えっと、そう言われても……」
多分エドガーは、正式に付き合っているわけでもないのに、そう言われるのが納得いかないのだろう。しかし、レナから言わせてもらえば、はっきりとデートだと言って誘い、それを受け入れているのだから彼は暗に自分に気があるのだと告げていることになる。
エドガーは平民だ。将来的にどうなるかは分からないか、まだ平民なのだ。だから、彼の夫婦や恋人関係の感覚は一夫一妻、一対一のはずだ。――そうだった、はずなのだ。
けれど、もう、そうでないと言うのなら……
「……エド。また、デートしましょう。その時、大事な話をするから、今度はちゃんと一人で来てね」
「え……。えっと、分かったよ……」
レナの真剣な眼差しに、エドガーは押され気味になりながら頷いた。
そして、デート当日。
待ち合わせ場所に行ってみれば、エドガーの傍にはアニエス、アヤメ、スサナがいた。
エドガーが困った顔をしていたことから、彼が誘ったりしたわけではないのは推測できた。微妙な顔をして彼等を見ていると、エドガーがレナに気づいて、近づいてきた。
「あの、レナ、ごめん。今日は大事な話があるから遠慮してほしい、って言ったんだけど……」
「そう……」
無理やりついて来たらしい。
彼女たちは、レナの想いを知っている。エドガーの独占を願うレナと、エドガーを共有することに合意したアニエスたち。
エドガーの傍にいる女の子は、そうやって二つに分かれたのだ。そして、レナは勝負に出ようとしていた。
「皆さん、私、今日はエドに大事な話があるの。だから、遠慮してちょうだい」
いつになく強い言葉を選ぶが、彼女たちは引かなかった。
「それってずっと一緒にいなきゃ話せない話なの?」
「大事なお話の時は席を外しますよって」
「もし相談事なら、アタシたちも力になるよ?」
そう言って、今度はエドガーに絡みついて懐柔を狙い出す。
「ねえ、エド。それがもし深刻な話なら、私たちもすぐに相談に乗れるように近くで待機していた方が良いと思うの」
「そうやね。きっとそうした方がええと思います」
「そういう相談事でないと分かったら、その時アタシたちが解散すれば良いだけだろ?」
口々にそう言い、スサナが決定的なことを言う。
「――それに、ずっと一緒に行動して来たんだ。これからも一緒なんだから、二人だけで、だなんて、なんだか水臭いじゃないか」
その一言を受けて、それもそうか、という顔をしたエドガーに、レナは失望する。
ああ、やっぱり彼は――とまで考えて、頭を振ってその思いを振り払う。
その結論を出すために、今日、この日を迎えたのだ。可能性が少しでもあるのなら、自分はそれを掴み取るために、決めつけずに手を伸ばすべきだ。
結局、レナはアニエスたちを連れて行く羽目になった。そして、エドガーと二人だけで大事な話がしたいと彼女たちを遠ざけ、レナは彼に告白した。
エドガーはレナの想いを嬉しいと受け入れたが、そこに盗み聞きしていたアニエスたちが突撃してきて、口々に愛を告げれば、それも受け入れた。
レナにとってはまさに天国から地獄へと突き落とされた気分だった。
彼は何も分かってはいなかった。きっと、夢にも思わなかったのだろう。レナか、アニエスたちか、選ばなくてはならない岐路に立っていたのだと……
そして彼は『みんな』を選んだ。それは、レナが絶対に受け入れられない道だ。
だからレナはエドガーを引っぱたき、駆け出した。
背後で驚き、レナの名を呼ぶエドガーの声が聞こえたが、レナは振り返らなかった。
この時、レナは自らの恋と決別したのだった。
エドガーの両親は、お金持ちのお嬢様や、異国のお姫様がエドガーに夢中になっているのに驚きつつ、彼女たちがエドガーの父母である自分たちを丁重に扱うさまに絆されていった。
「こんなに綺麗で気立ての良い娘さんたちがエドガーに良くしてくれて、ありがたいわぁ」
「まあ、お義母様ったら」
「なんでも言ってくださいまし」
ラッシュ家に上がり込み、既に嫁気取りか! とレナの眦が吊り上がる中、エドガーの母は言った。
「本当にエドガーにはもったいない子ばかりねぇ。みんなにお嫁さんになってもらいたいくらいだわ」
この言葉にぎょっとしたのは、レナだけだった。
アニエスとアヤメは嬉しそうにきゃあきゃあ言い、エドガーは「勘弁してくれよ、母さん」と言いつつも、まんざらでもなさそうだった。
この時、レナの心に一抹の不安がよぎった。
もしかして、エドガーはこの中の誰かを選ぶつもりはないのではないか、と……
***
冬休みが終わり、学園に戻るとエドガーは冒険者ギルドで討伐依頼をよく受けるようになった。ソウメイから実戦の中で勘を磨けと言われたのだ。
そんなエドガーに付き合うように、レナも一緒に依頼を受けるようになった。こうでもしなければ、レナは最近エドガーと二人きりになれなくなってきていたのだ。
しかし、この時間もいずれはなくなるのだと分かっていた。なぜなら、アニエスとアヤメは冒険についていけないことを不服とし、それぞれが金に物を言わせて良い装備を買い揃え、良い教師を雇って戦闘訓練を開始したからだ。
「すぐに追いついてやるんだから!」
「エド様、待っていてくださいましね」
恐らく、彼女たちにすぐに追いつくだろう。エドガーは確かに学園入学前に比べて強くなったが、やはり本格的に鍛え始めて半年足らずの実力でしかない。レナだって、エドガーと共に魔物退治をする自分を心配したネモとイヴァンが手を加えてくれた武器のハンマー頼りで、強いわけではないのだ。
それでも、少しはエドガーと二人だけの時間をとることができた。目的は魔物退治なため、甘い時間などはありはしなかったが、それでもレナにとってこの時間はとても大事なものだった。
しかし、その時間は考えていたよりも早く終わってしまった。
エドガーが、冒険者の先輩だと言って、虎の獣人族の女性をパーティーに入れたのだ。
「ちょっとヘマしちゃってね。冒険者ギルドからペナルティをくらって、初心者パーティーの指導をしろってお達しなのさ」
ありがたい申し出なのは理性では分かっていたが、感情が余計なことを、と叫んでいた。
虎の獣人族の女性――スサナ・グラセスは金髪金目の年上の女性で、日にやけた肌と豪快な口調から、いかにも姉御といった風情の魅力的な女性だった。
それからはスサナを加えて行動し、彼女の指導の下、レナとエドガーは着実に力をつけていった。
スサナは長年冒険者をしているだけあり、パーティーでの連携の取り方や、魔物の種族による大まかな弱点を知っており、それをレナたちに教えてくれた。
「ありがとう。勉強になるよ」
「フフン、アンタもなかなか筋が良いよ」
素直なエドガーを気に入ったらしく、日に日に二人の距離は縮まっていき、レナはやきもきしていた。
そんな苛立つ気持ちをクラブで愚痴れば、先輩たちは「なるほどねー」と頷く。
「それってアレね。ラノベの主人公っぽい」
「あー、アレか。『ハーレム主人公』」
「なんか知らんが、平凡だったはずの男にやたらと女が寄って来るアレか」
うんうん頷き合う三年の先輩方の話を聞きながら、レナは眉間に皺を寄せる。
「その……、なんです? ハーレム主人公?」
なじみのない言葉だった。しかし、レナにとって不穏な気配のする言葉である。
「転生前の世界ではやっていたジャンルの物語よ。まあ大体は、平凡だった男の子が、ある日凄い力を手に入れて女の子にモテモテになるの」
「それでその女の子たちを全員嫁にする」
ネモとヘンリーの言葉に、レナは顔を顰めた。平民は基本的に一夫一妻だ。お互いが良いというなら制度の外で好きにすれば良いとは思うが、レナはそんなのは嫌だ。一夫多妻にはそこはかとなく嫌悪感が湧く。
「なんか、それって凄く現実的でないような……」
「まあ、あくまで物語だからね。ご都合主義展開のオンパレードよ」
「ただ現実的に考えられていた設定もあったぞ。まず主人公は金と権力を手に入れていた。嫁全員に子供ができても養うことができる」
肩を竦めるネモに、チアンが言う。そんな二人に次いで、イヴァンが恐る恐る尋ねた。
「あの、その物語の女の子たちは本当に全員お嫁さんになるんですか? なんの争いもなく?」
「そうよ。主人公の取り合いをしたりするけど、なんだかんだ結構平和的に嫁になるわね」
「まあ、正妻がいたりもするな。高位貴族の娘で、強力な力を持った主人公を国に繋ぎ止めておくための政略が絡んだりしている」
「ご都合主義だからな。普通であればこんなに上手くいくはずがない。複数の女を囲えば寵愛を争う者が必ず出るし、離脱する娘もいるはずだ」
現在第十二妃まで抱え、更に十人以上の妾妃まで後宮に住まわせているカンラ帝の息子は遠い目をしながら言う。
「複数の女を欲しがるとは理解できんな。一人で十分だろうに」
「そうだなぁ。一人で十分だ」
後宮の闇を知る王子たちは頷き合い、重い溜息をついた。
そんな先輩方の話を聞き、レナは冬休み中に感じた不安が再び頭をもたげたのを感じた。けれど、エドガーは先輩方が言う『ハーレム主人公』とは違い、金も権力も、特別な力もない。だから、きっと大丈夫だ。
レナは俯き、「大丈夫。きっと、大丈夫」と小さな声で呟く。
そんなレナを、彼女の隣に座るイヴァンが心配そうに見つめていた。
***
決定的なことが起こったのは、ある依頼の最中に、ブラッディ・サーペントに遭遇してしまった時だった。
ブラッディ・サーペントはAランクに分類される凶悪な魔物だ。赤黒い皮は血を浴びて染まったのだと噂されるほどに残忍で、他の蛇型の魔物とは違い、獲物をまる飲みするのではなく、わざわざ食いちぎって食べるのだ。更には知能が高く、獲物を玩具のように嬲る姿も目撃されている。
そんなブラッディ・サーペントが、初級から中級の冒険者が多く利用する森に突如現れたのだ。
まさかの遭遇に、レナとエドガーはもちろん、スサナも愕然とした。
そんな状況の中、一番に我に返ったのはスサナだった。
「エドガー、レナ、すぐに町へ走ってこのことを兵士に伝えな!」
「スサナ!?」
スサナが腰の片手剣を抜き、ブラッディ・サーペントの前に立つ。
「こんな浅いところにいるなんて、すぐに町に行っちまうよ! アンタたちがこのことを知らせなきゃ、町がヤバイことになる! アタシが時間を稼ぐから、早く!」
切迫したスサナの様子に一刻の猶予もないのだと知れた。ブラッディ・サーペントは既にこちらに狙いを定めている。
レナとエドガーの実力は初級冒険者を脱するかどうかという程度で、スサナでさえ上級冒険者にはあと一歩及ばない。
これではAランクの魔物には到底太刀打ちできない。全滅は目に見えている。
それならば、スサナが言うように誰か一人でも生き残り、町にこのことを知らせるのが一番大切だ。
だからスサナは覚悟を決め、レナたちにそう指示したのだ。
それが分かっているからこそ、二人は後ろ髪を引かれる思いで町へ走り出した。
しかし、途中でエドガーの足が止まる。
「エド!? どうしたの?」
「レナ……、俺……」
意を決したように、エドガーは強い瞳でレナを見た。
「俺、戻るよ」
「な、何言ってるのよ!?」
ぎょっと目を剥くレナに、エドガーは言う。
「俺、このままじゃ後悔する。レナは町に行ってこのことを知らせてくれ」
「エド!?」
何を馬鹿なことを、と怒鳴ろうとするレナを、エドガーは強引に抱きしめた。
驚いて思わず息を呑み、その間にエドガーはレナを離して元来た道を駆け戻った。
「レナ、頼んだぞ!」
その言葉を最後に、エドガーは森の奥へと姿を消した。
レナは一瞬迷った後、再び町へと駆け出した。
そして走りながら思う。酷い人だ、と。エドガーは後悔すると言った。けれど、それはレナも同じだ。レナは誰よりも大事で、大好きなエドガーを残して来てしまったのだ。
これでエドガーが死んでしまったら……
レナの目から涙があふれる。
きっと、エドガーは死んでしまうだろう。だって、相手はブラッディ・サーペントなのだ。絶望的な未来しか想像できない。
なんで自分は一人で走ってるんだろう、と疑問に思う。
それは、エドガーがそう望んで、そうしなければ町に被害が出るからだ。
ずるいな、とレナは思った。
彼は後悔しかない世界をレナに生きさせるのだ。エドガーは後悔をしたくなくて戻ったくせに、レナにはその思いを味わわせるのだ。
酷い。
酷い人。
一緒に死んでしまいたい。
そんなことを思いながら、それでもレナは足を動かした。そして、町の門まで辿り着き、兵士にブラッディ・サーペントが出たことを伝えた。
その後は大騒ぎになった。
すぐさま討伐隊が組まれ、町は厳戒態勢をとった。
レナはそのまま保護され、詰め所の救護室で呆然としていた。頭の中にはエドガーとの思い出が延々と巡り、気づけば涙が出ていた。
看護師はそんな彼女の様子を見て、心配そうな顔でタオルを渡すと、テーブルに水を置いて行ってくれた。
それからどれだけの時間が経ったのか。ピリピリとした空気が詰め所に漂っていたが、それが不意に掻き消えた。そして、外から歓声が聞こえてきた。
何事かと思い、のろのろと顔を上げれば、救護室に先ほどの看護師が駆け込んできた。
「お仲間が帰ってきましたよ! 無事です! 生きてますよ!」
何を言っているのか。
帰ってきた? 誰が? 仲間が?
……エドガーが?
レナは弾かれたように走り出した。
外に出て、あたりを見回す。そして、人々がある一点に注目していることに気づいた。その視線の先に目を向ける。
「あっ、レナ!」
レナは、見つけた。大切な、誰よりも大切な幼馴染を。
「エド……」
ボロボロと涙があふれ出て、視界が滲む。
エドガーがレナに声をかけたため、人々の視線がレナに向く。
レナはよろよろと歩き出し、彼女の様子から少年の関係者だと察した人々はそっと道を開けた。
「エド!」
「レナ!」
エドは腕を広げ、レナはそこへ飛び込んだ。
「ばかっ! ばかぁぁぁぁ!!」
「うん。ごめんよ、レナ……」
みっともなく大泣きするレナに、エドガーはただただ謝る。
所々怪我をしているようだが、大きな怪我はなさそうだった。
ひとしきり泣いて、徐々に心が落ち着きを取り戻し始めれば周りが見えてくる。そうして、レナはようやく彼の背後にあの大きなブラッディ・サーペントの死骸が鎮座していることに気がついた。
「エ、エド、あれは……」
「ああ、あれ? うん、俺たちを襲ったブラッディ・サーペントだよ」
ポカン、と口を開ければ、彼は少し自慢げに笑った。
「実はさ、『スキル』を手に入れたんだ」
『スキル』とは、簡単に言えば、魔力消費により魔法に似た現象を引き起こせる技のことである。
エドガーが言うには、ブラッディ・サーペントとの戦闘で極限状態となり、『スキル』が発現したのだという。
「『斬空』っていうスキルなんだけど、斬ることに特化したスキルなんだ」
それでブラッディ・サーペントの分厚く硬い皮を斬れるようになり、討伐できたのだ。
「本当に助かったよ。エドガーは凄い男だ」
「いや、そんな……。スサナがいてくれなかったら、スキルがあっても死んでたよ」
激しい戦闘で所々怪我をしているスサナがエドガーを褒め、エドガーは照れ臭そうに頬を掻いた。
二人の間には命の危機を共に乗り越えた一種の共同体めいた雰囲気があり、スサナの目には熱がこもっていた。エドガーの様子を見れば、それを受け入れられるだけの好意が見て取れ、レナの心に嫉妬心が沸き上がる。
あんなことがあったのに、嫉妬なんて……
お互いを褒め合うエドガーとスサナから視線を外し、俯く。
レナは、自分の浅ましさが恥ずかしかった。
***
ブラッディ・サーペントなんてものと遭遇しながら、スキルを使ってそれを討伐してしまったエドガーは一躍時の人となった。
いろんな人に声をかけられ、いつも話題の中心にいる。
時折、明らかに身分ある人間にまで声をかけられており、レナは不安になった。今はなんとか彼の傍にいることができているが、それもいつまで続けられるか分からない。
そして――
「エド、『ハーレム主人公』になっちゃうかもしれません……。『特別な力』を手に入れちゃいました……」
「あー……」
「そうだなぁ……」
クラブの先輩方にそうこぼせば、先輩方は苦い顔をしながら唸った。
「ヘンリー、王国としてはエドガーはどれだけの価値があるんだ?」
「うーん……、少なくとも王家や上位貴族が人材確保に動くほどではないな。動くとしても伯爵位くらいまでだ。伯爵位でも旧家や名家とか言われてる家は動かないな」
王子コンビはそんなことを話し、そこにネモが加わる。
「――と、いうか、『斬空』のスキルって確かカンラ帝国の将軍の配下が持ってなかった? なーんか、昔、聞いたことがあるんだけど……」
えっ、とチアンとレナの驚いた声が重なる。
ネモはうんうん唸りながら、思い出そうと頭をひねる。
「いつだったかなー? 香辛料求めて帝国に行った時、面倒な貴族に絡まれて、喧嘩したことがあったのよね。その時、やたらと血気盛んな若いあんちゃんが、ホニャララ将軍直属のなんちゃら、とか名乗りを上げて突っ込んできたのよ。それで撃退にした時、そんなスキルを使ってたような……」
それを聞いて男たちはしょっぱい顔をし、レナは唖然とした。
「お前、『斬空』のスキル持ちを倒したのか……」
「待て、私はそんなスキルを持った兵がいたなんて聞いたことがないぞ。いったい、どれだけ昔の話なんだ……」
「師匠……。相変わらず、引き出しが多いですね……」
呆れたように口々に言われ、ネモは口を尖らせた。
「何よぉ、そんなこと言うなら、どうやってそのスキルを封じたのか教えてやんないんだから」
「アッ、ネモ様、素晴らしい偉業ですね!」
「さすがは二つ名持ちの錬金術師だ。そこに痺れる、憧れるー!」
「師匠、おやつはいかがですか? 今日はスミレ堂のシュークリームを買って来てあるんですよ!」
あからさまに機嫌を取り出した男たちに、よきにはからえ、とネモはふんぞり返る。
そんな先輩方を尻目に、レナは羞恥で赤くなった顔を両手で隠した。
「エド、全然『トクベツ』じゃなかった……」
確かに『斬空』は特別強く、珍しいスキルだが、持つ者の『格』が違えばどうしたって特別には見えなくなる。
しかし、たとえネモの方が格上だろうが、世間一般的に見ればエドガーは十分魅力的な存在だった。将来有望株のエドガーには更に女が寄って来るようになったが、それはレナたち四人が邪魔をした。こればかりは全員が一致団結して引き剥がしたが、本当に嫌な作業だった。
レナは、改めて自分は一夫多妻の関係を受け入れられないと思った。
今回のことでレナ以外の女の子たちは互いに仲間意識を持ったらしいが、レナは無理だった。
彼女たちは魅力的だけれど、どうしたって好きになれない。一緒にいると敵意が先に立つし、彼の傍に侍る姿には嫉妬心が沸く。
彼女たちが傍にいるのを嬉しそうに受け入れるエドガーを見て、レナは覚悟を決めた。
「はっきりさせなきゃ……」
レナは一対一のお付き合いでなければ無理だ。好きな人を共有なんてできない。だから、彼に選んでもらおう。
レナか、彼女たちか……
それからレナは積極的にエドガーをデートに誘った。
「ねえ、エド。今度の休日に二人で買い物に行かない?」
「あ、うん。良いよ、行こう」
いつものように誘う。けれど、明確に違う言葉を付け足す。
「それじゃあ、デートね。約束よ、エド!」
「うん、やくそ……えっ、で、でーと!?」
素っ頓狂な声を上げるエドガーがおかしかった。
そうやって誘った一回目のデートの間中、エドガーは挙動不審で、顔を赤くして初々しかった。
レナは、そうやってあからさまに、自分はそういう意味でエドガーに好意を持っているのだとアピールし続けた。
そうして何度もデートを重ねていると、やはりアニエスたちの妨害が入ることもあった。
「あら、エドとレナじゃない! 奇遇ね?」
「これも何かの縁。一緒にこの辺を散策しまへんか?」
「そりゃあ、良いね。行こう!」
そんなふうに無理やりレナとエドガーの間に割り込んできて、デートはグダグダで終わる。
かと思えば、エドガーと共に待ち合わせ場所にやってきて、デートに同行されることもあった。その時ばかりは、レナもはっきりとエドガーに文句を言った。
「エド、デートに他の女の子を連れてくるなんてマナー違反だわ」
「えっと、そう言われても……」
多分エドガーは、正式に付き合っているわけでもないのに、そう言われるのが納得いかないのだろう。しかし、レナから言わせてもらえば、はっきりとデートだと言って誘い、それを受け入れているのだから彼は暗に自分に気があるのだと告げていることになる。
エドガーは平民だ。将来的にどうなるかは分からないか、まだ平民なのだ。だから、彼の夫婦や恋人関係の感覚は一夫一妻、一対一のはずだ。――そうだった、はずなのだ。
けれど、もう、そうでないと言うのなら……
「……エド。また、デートしましょう。その時、大事な話をするから、今度はちゃんと一人で来てね」
「え……。えっと、分かったよ……」
レナの真剣な眼差しに、エドガーは押され気味になりながら頷いた。
そして、デート当日。
待ち合わせ場所に行ってみれば、エドガーの傍にはアニエス、アヤメ、スサナがいた。
エドガーが困った顔をしていたことから、彼が誘ったりしたわけではないのは推測できた。微妙な顔をして彼等を見ていると、エドガーがレナに気づいて、近づいてきた。
「あの、レナ、ごめん。今日は大事な話があるから遠慮してほしい、って言ったんだけど……」
「そう……」
無理やりついて来たらしい。
彼女たちは、レナの想いを知っている。エドガーの独占を願うレナと、エドガーを共有することに合意したアニエスたち。
エドガーの傍にいる女の子は、そうやって二つに分かれたのだ。そして、レナは勝負に出ようとしていた。
「皆さん、私、今日はエドに大事な話があるの。だから、遠慮してちょうだい」
いつになく強い言葉を選ぶが、彼女たちは引かなかった。
「それってずっと一緒にいなきゃ話せない話なの?」
「大事なお話の時は席を外しますよって」
「もし相談事なら、アタシたちも力になるよ?」
そう言って、今度はエドガーに絡みついて懐柔を狙い出す。
「ねえ、エド。それがもし深刻な話なら、私たちもすぐに相談に乗れるように近くで待機していた方が良いと思うの」
「そうやね。きっとそうした方がええと思います」
「そういう相談事でないと分かったら、その時アタシたちが解散すれば良いだけだろ?」
口々にそう言い、スサナが決定的なことを言う。
「――それに、ずっと一緒に行動して来たんだ。これからも一緒なんだから、二人だけで、だなんて、なんだか水臭いじゃないか」
その一言を受けて、それもそうか、という顔をしたエドガーに、レナは失望する。
ああ、やっぱり彼は――とまで考えて、頭を振ってその思いを振り払う。
その結論を出すために、今日、この日を迎えたのだ。可能性が少しでもあるのなら、自分はそれを掴み取るために、決めつけずに手を伸ばすべきだ。
結局、レナはアニエスたちを連れて行く羽目になった。そして、エドガーと二人だけで大事な話がしたいと彼女たちを遠ざけ、レナは彼に告白した。
エドガーはレナの想いを嬉しいと受け入れたが、そこに盗み聞きしていたアニエスたちが突撃してきて、口々に愛を告げれば、それも受け入れた。
レナにとってはまさに天国から地獄へと突き落とされた気分だった。
彼は何も分かってはいなかった。きっと、夢にも思わなかったのだろう。レナか、アニエスたちか、選ばなくてはならない岐路に立っていたのだと……
そして彼は『みんな』を選んだ。それは、レナが絶対に受け入れられない道だ。
だからレナはエドガーを引っぱたき、駆け出した。
背後で驚き、レナの名を呼ぶエドガーの声が聞こえたが、レナは振り返らなかった。
この時、レナは自らの恋と決別したのだった。
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