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1巻

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   プロローグ


 ずっと好きな人がいた。
 当たり前に傍にいてくれて、当たり前に笑顔を返してくれて、当たり前に手を握ってくれた人。
 レナは、それがどれだけ得難い存在であるか知っている。
 だから、その当たり前をくれた彼の、特別な女の子になりたかった。
 だから、レナは努力した。
 彼に、自分を選んでもらえるように。
 そして、彼にありったけの想いをぶつけたのだ。

「エド、貴方のことが好きよ。ただの幼馴染としてじゃない。恋愛感情の、『好き』なの」

 心臓がうるさいほどにバクバクと跳ねる。
 声が、みっともないくらいに震えていた。
 それでも、レナは大好きな幼馴染の彼の目を見て、言った。

「えっと、そ、その……」

 レナの真っ直ぐな告白を受けて、彼もまた頬を染めて、視線を泳がせた。
 けれど、それはすぐにレナの元へ戻って来て、とびいろの瞳を嬉しそうに緩めた。

「ありがとう、レナ。すごく、嬉しいよ。俺も、レナのことが好きだ」

 レナの想いは、彼に伝わった。
 間違いなく、レナの恋心は彼に届いたのだ。
 夢に見ていたその言葉が、次第に心に沁み込み、歓喜があふれだす。
 頬が薔薇色に染まり、花がほころぶように笑む。にじみ出る感情が、より一層レナを美しく見せた。
 そんなレナに、エドガーはポカンと口を開き、見とれた。
 果たして、自分は今までこれほどに美しい女の子を見たことがあるだろうか?
 レナは、こんなにも美しい少女であったのか。
 そんな少女に愛の告白をされたことを思い出し、両想いの自覚にエドガーの顔が真っ赤になった。
 しかし――

「私も! 私もエドのことが好き! 私を選べなんて言わない! 私も一緒にいさせて!」
「わたくしもです! エドガー様、わたくしも妻の一人に加えてくださいませ!」
「エド、アタシもだよ。永遠の愛をアンタに誓うよ」

 物陰から、三人の少女たちが飛び出して来た。
 それぞれがとても魅力的で、美しい少女たち。
 その全員がここ最近、彼に侍り、すり寄り、好意をぶつけて来たレナのライバルだった。

「ちょ、ちょっと、みんな!?」

 三人は彼を取り囲むと、腕を取って絡め、上目遣いに密着した。
 やめて、と言いたかった。
 今すぐ彼から離れて、と手を伸ばしかけた、その時――

「そ、その、えっと……」

 彼は顔を赤くして、嬉しそうに微笑んだ。

「う、嬉しいよ。俺も、みんなのことが好きだよ」

 その言葉に、レナは愕然とした。
 伸ばしかけた手を下ろし、真っ青になって震える手を握りしめる。
 エドガーはそんなレナの様子に気づかず、押し寄せ、縋りついてくる彼女たちに向かって、嬉しそうに微笑んだ。

「ずっとみんなで一緒にいよう!」

 少女たちは嬉しそうに沸き立った。
 けれど、一人だけ――レナだけは愕然とした面持ちでエドガーを見ていた。
 両腕に女の子を侍らせて、嬉しそうに――幸せそうに笑う初恋の男の子の姿に、頭が真っ白になった。
 心臓の音がうるさかった。
 目に涙の膜が張る。
 俯いて歯を食いしばり、ぎゅぅっ、と拳を握りしめる。
 ――どうして、どうして、どうして!
 幸せだった感情はもうない。
 頭に血が上る。
 爆発しそうな感情の正体は、怒りだ。
 恋が叶ったという束の間の甘やかな感情は薪になり、更なる怒りの燃料に。
 喜びの絶頂から落とされた可哀想な自分の恋心を、一体、どうやって慰めろというのか。
 ――もう、無理だった。
 レナは強烈な怒りに表情を歪ませ、顔を上げた。
 エドガーにじゃれつく少女たちを乱暴に引きはがす。
 そして――

「アンタなんて、大っっっっっ嫌い!」

 渾身の力をこめて、自分だけを選んでくれなかった欲張りな彼の頬を張り飛ばした。
 零れた涙は、彼には見られずに済んだだろう。すぐに背を向けて走り去ったから……
 無様な泣き顔なんて、彼に見せるつもりはなかった。



   第一章 台所錬金術部


 ズカズカと人気のない廊下を、レナ・エインズワースは肩を怒らせて歩く。
 目指すのは国立魔法学園の校舎から離れた、第三研究棟だ。
 第三研究棟は、研究棟なんてご立派な名前には相応しくないような古い建物で、部室として使っているのは、学園の課外活動で弱小と呼ばれるクラブや同好会だ。
 レナが所属する『台所錬金術部』もまた、そんな弱小クラブの一つだった。
 レナは部室のドアを乱暴に開き、叫んだ。

「レナ・エインズワース、振られました! 先輩、慰めて下さい!」

 部室にいた四人の先輩は驚きに目を瞬かせる。
 そして、その中で一番先に我に返った部長――ネモフィラ・ペンタスはさっと立ち上がると、両手を大きく広げた。

「よし、レナちゃん! 私の胸でお泣き!」
「ネモせんぱぁぁぁい!」

 レナは遠慮なくネモことネモフィラの胸に飛び込んだ。
 テーブルの上に乗っているネモの契約召喚獣である白いリスっぽい外見のあっくんは「きゅあ~?」と首を傾げ、レナを心配そうに見上げている。
 一連の流れを見て、ようやくオロオロと動き出したのは、台所錬金術部の男子部員たちだった。
 ぴゃあぴゃあ泣くレナとそれを抱きしめるネモの周りをウロウロし、「はわわ」とおののく。

「レレレレレ、どどどどどど、どうし、あわわわわ」
「言えてないぞ、イヴァン」
「うむ。よし、カレーでも食べるか? 食べて忘れよう。……だが、カレーは私がさっき全部食べてしまったな?」

 揃いも揃って役に立たない男たちである。

「うるっさいのよ、アンタたち! イヴァンはお茶の準備! ヘンリーは冷蔵庫にチーズケーキが入ってるから出してきて。チアンはその手伝い! はい、さっさと動く!」

 台所錬金術部の部長の命令に従うべく、男たちはそそくさと散っていった。


   ***


 レナ・エインズワースが生まれたのは、ランタナ王国の王都からほど近い町の平民の家だった。
 父は役人で、母は専業主婦。五つ上の兄と、三つ上の姉がいる三人兄妹の末っ子として生まれた。
 家族仲は悪くはないのだと思う。けれど、レナはいつだって寂しい思いをして来た。
 それというのも、両親が兄と姉ばかり優先して、レナには関心を持ってくれなかったからだ。
 兄と姉は優秀だった。
 兄は保有魔力が多く、魔法の才能があった。
 姉は頭が良く、将来は錬金術師になるのだと勉強に励んでいた。
 両親はそんな二人を自慢に思い、レナのことは二の次になっていた。
 二人は努力家で、レナもそのことは素直に凄いと思っていたし、尊敬していた。けれど、好きにはなれなかった。
 なぜなら、二人はいつもレナを出来の悪い子として下に見るからだ。
 世間一般的に見て、レナの出来は悪くない。
 両親に関心を持ってもらいたくて努力しているから、それなりに秀でたところもあるくらいだ。
 しかし、それでも兄と姉には及ばない。だから二人はレナを出来の悪い子と侮る。
 レナはそれが悲しくて、悔しくてたまらなかった。
 家族はレナのことを愛していないわけではない。けれど、軽んじてはいた。
 そんなレナの救いは、幼馴染の男の子――エドガー・ラッシュだった。
 エドガーはいつだって弾けるような笑顔でレナの手を引っ張って、明るい世界へ連れ出してくれた。
 例えば、初等教育学校のテストで良い点を取り、褒めてくれるだろうかとドキドキしながら両親に見せれば、返って来たのは「お兄ちゃんとお姉ちゃんみたいにもっと頑張りなさい」という無情な言葉だった。
 先生は「頑張ったね」と褒めてくれたのに、一番褒めてほしい人たちには褒めてもらえない。
 そんな時、エドガーはショックで俯いているレナの顔を覗き込み、いつまでも俯いてないで楽しいことをしようと手を引いて、レナの顔を上げさせてくれた。
 自分のことを気にかけて、暖かな場所へ連れ出してくれる男の子に恋をするのは自然なことだった。
 レナはいつの頃からか家族を気にしなくなった。それは、きっと諦めだ。
 レナ以外の家族はエインズワース家は家族仲が良く、温かな家庭だと思っているだろう。
 けれどその実態は、一つのピースが欠けた不完全で、歪な家庭だ。エインズワースの末っ子は冷えた眼差しで微笑み、彼等から離れた場所で『完璧な家族』を眺めている。
 家族がそれに気づくのはいつだろうか? もしかすると、そんな日は来ないかもしれない。けれど、レナにとってはもうどうだって良い話だ。


 レナは十六歳になって、王都にある国立魔法学園に入学した。
 この学園は十五歳以上で、入学試験で規定の成績を取り、学費が払えさえれば、国内外、身分問わず誰でも入れる学び舎だ。
 カリキュラムは単位制で、授業を詰め込めば最短二年で卒業資格が得られ、逆に学園で多くを学びたければ、最長で十年は在籍が許されている。
 そんな学園に、レナとエドガーは進学した。
 名門校に入ってもレナの両親はレナを褒めなかったし、既に学園を卒業した兄や、学園に在籍している姉のように頑張れとしか言わなかった。
 もはや家族になんの期待もしていないレナは、そのことにも肩を軽くすくめただけで、早々に家を出て学園の寮に入ることを選択した。
 学園での生活は、とても息がしやすかった。
 気まぐれにこちらを気にかけたと思えば、兄や姉を見習って頑張れと鬱陶しい発破をかけてくる両親もいない。可愛がっているつもりで無意識に自分を下に見ている姉はいるけど、この広い学園で会うことは滅多にない。
 レナは自由だった。
 入学式を終え、授業が始まると学園のいたるところでクラブ勧誘が始まった。
 その中でも一番の人気が姉が所属する『錬金術部』で、なんでも関係者に二つ名持ちの錬金術師がいるらしく、学術的なディスカッションをしたい者から利権的な下心のある者まで幅広く所属しているとのことだった。
 二つ名とは、偉業を成し遂げた錬金術師に、国が推薦し、錬金術師ギルドの承認をもって贈られる称号だ。
 錬金術師は世界の法則、神秘、謎を探究し、解明し、新たなものを創り上げる者のことを指す。しかし、人の寿命でそれを為すにはあまりにも時間が足りない。だからこそ、彼等は『不老の秘薬』を自らの手で作り、それを飲むことで不老の身となる。そして、不老の身となって初めて錬金術師を名乗れるのだ。
 錬金術師になるには膨大な知識を学ぶ必要があり、挫折する者は多い。故に、錬金術師は多くの者に尊敬される。更に二つ名持ちともなれば、その偉大さは伝説の英雄にも及ぶかもしれない。
 レナは姉が所属しているこのクラブに入部するつもりは最初からなかったが、エドガーは二つ名持ちの錬金術師が気になるらしく入部を決めていた。
 レナとしてはちょっと面白くなかったが、彼は兼部で『魔法剣士養成部』というエリート脳筋集団へ飛び込み、そちらをメインに活動するつもりらしい。
 エドガーと別れ、気のない様子でクラブ勧誘を流し見していたレナだったが、やがてあるクラブに目を止めた。
 それが『台所錬金術同好会』だった。台所錬金術同好会の勧誘方法は、一言で言うなら「正気ですか?」と尋ねたくなるようなものだった。
 なぜなら、黒いとんがり覆面を被り黒いローブを着た、どこの黒ミサ集団かと問いたくなるような四人の生徒が、スパイシーな香りのする大鍋をかき混ぜていたのだから……
 そんな黒ミサ衆を取り囲んでいるのは、運動部らしきむくつけき男たちで、各人が両手に皿とスプーンを持ち、その時を今か今かと待っていた。
 そして――

「よし。それでは諸君、米をよそえ!」

 うぉぉぉぉ、と男たちは喜びの声を上げ、でかい飯炊き釜を開けて米をよそっていく。

「ネモ部長! ネモ様! トッピングのお慈悲はないのでしょうか!?」
「唐揚げとゆで卵ならタッパーに入ってるわ。一人一個までね。あと福神漬けはスプーン一杯まで」

 うぉぉぉ! 女神ネモ! 最高! と歓声を上げて男たちはタッパーに群がる。
 そうして米が盛られた皿にトッピングをのせ、大鍋の前に並んでいく。
 ……よく見てみれば額に宝珠のある大きめの白いリスのような動物も皿を持って列に並んでいるのだが、アレはなんだろうか?
 順番が来た人を見ると、ご飯の上に茶色いドロッとしたソースらしきものをかけられてもらっていた。見た目はビーフシチューっぽいが、それより色味が少し黄色っぽく、匂いからも全く違う料理なのだと分かる。
 食欲をそそる香りに誘われ、レナは順番待ちをしている人にそっと話しかけた。

「あの、これってあの料理を待つ行列なんですよね? あれって、なんていう料理なんですか?」
「ん? ああ、あれは『カレー』っていう料理だよ。それと、この行列は台所錬金術同好会の勧誘だ」

 その答えにキョトンとしていると、黒ミサ頭巾の一人がレナに皿とスプーンを差し出した。

「はじめまして、新入生。戸惑うのは分かるけど、これは本当に台所錬金術同好会のクラブ勧誘なんだ。だけど腹減らした野獣共が食わせろってうるさいから慈悲で食わせてやってるんだよ。本命は新入生だから。在校生のこいつらはついで」

 是非食べてってよ、と言って、迷っているうちにその皿にご飯をよそわれてしまった。
 そしてトッピングをのせてみろと促され、隣にいた男子生徒にこれは絶対に外せないからと、鳥肉の揚げ物と刻んだピクルスのようなものを皿にのせられた。

「ゆで卵も美味いんだが、腹に余裕がなければやめといた方が良いな」
「えっと……、そうですね。今回はやめておきます」

 いつの間にか食べる流れになっているが、レナはまあ良いか、と流れに身を任せることにした。少なくとも一食分のお金が浮くし、未知の食べ物に興味があった。
 順番が来てご飯にどろりとカレーがかけられた。
 お礼を言ってそそくさとそこを離れ、花壇の縁へ腰を下ろす。


「い、いただきます……」

 ドキドキしながらスプーンでそれをすくい――パクリ。

(お、美味しい!)

 一口食べて、レナの瞳が輝いた。
 それからパクパクと食べ続け、箸休めにピクルスもどきを食べ、その甘さに更に瞳を輝かせる。
 揚げ物とカレーの相性も良く、スパイスの効いたカレーをジューシーな鶏肉と共に口いっぱいにほおばると幸せな気持ちになる。
 そうやって夢中になって食べて、あっという間になくなってしまった。

「ふぅ……、美味しかった」

 一息ついたところで、目の前にそっと紙コップが差し出された。

「あ、あああの、これよかったら……」

 驚いて顔を上げれば、背の高い黒ミサ頭巾がいた。彼はレモンの輪切りを浮かせた氷水の入ったピッチャーを持っており、どうやら紙コップの中身はそのレモン水らしい。

「ありがとうございます」

 笑顔で礼を告げると、「ひぇっ、どういたしましてぇ……」と小声で言って素早く離れて行った。
 変な人だなぁ、と思っていると、別の黒ミサ頭巾が近づいてきた。肩には丸くなったお腹をさする白リスもどきが仰向けになって、でれん、と乗っていて、「きゅあ~」と満足そうな鳴き声を零している。
 体格から女性と分かるその人は、レナに向かって明るく声をかけた。

「こんにちは、新入生ちゃん! うちのカレーライスはどう?」
「カレー……ライス?」

 ライスにカレーをかけるから『カレーライス』よ、と言われ、なるほど、と頷く。

「とても美味しかったです」
「ありがと! それで、うちは台所錬金術同好会っていうんだけど、一応活動内容をちょっと説明させてね。あ、別に食べたから絶対に入会しろ、ってわけじゃないから安心して」

 そう言って、彼女はレナの隣に座る。

「まず、自己紹介するわ。私はネモフィラ・ペンタス。ネモって呼んでね。三年生で台所錬金術同好会の会長をしているわ。それから、こっちの肩に乗ってるのが幻獣で、契約召喚獣のアセビルシャス。あっくん、って呼んであげて」

 よろしくね、と言って手を差し出されたので、レナはおずおずとそれを握り返した。

「よく聞かれるんだけど、うちは錬金術部とは別のクラブよ。下部組織でもないから、そこは理解しといてね。それで、何が違うのかっていうと、うちは『台所でできる錬金術を探る』という理念から台所でできるようなモノを作ってるの。――建前としてね」
「建前……」

 シレっとクラブの理念を建前と言い切ったネモに、レナは少し呆れた顔をし、その反応に、彼女はカラカラと明るく笑う。

「クラブ活動なんて、楽しんでナンボでしょ! 私たちがやってることは、七割は料理ね。もちろん、ポーションとか作ったりして錬金術らしいこともしてるわよ?」
「そうですか……」

 果たしてそれで良いのだろうか? まあ、それで今まで続いているのだから良いのだろう。それに、こんなに美味しいものが作れるのなら、とても良いクラブなのではないだろうか?
 ――しかし、入る前に確認しておかなければならないことがあった。

「あの、その頭巾はいったい……」
「ああ、これ?」

 そう言ってネモは簡単に頭巾を脱いだ。
 頭巾から零れ落ちたのは、艶やかな白銀の髪だった。容姿は美少女といえる。けれどその美しさよりも生命力に満ちた瑠璃色の瞳がなにより印象的で、その力強さが年頃の少女らしい可愛らしさをいささか食ってしまっている。
 ネモはセミロングの髪を整えながら言う。

「うちの同好会なんだけど、実は会員の中に名前と顔が特に売れてるのが二人いるのよ。そいつら目当てで来られると迷惑なのよね。そういう奴って、媚びを売るだけでまともにクラブ活動しないのよ。だからこうやって顔が分からないように頭巾被って勧誘してるわけ」

 その言葉に、レナは首を傾げる。
 そんなに有名な人間が所属しているなら、ここで顔を隠してもクラブに入りたいという申し出が後々出てきそうなものなのだが……
 レナのそんな疑問を察したのか、ネモは肩を竦めて言う。

「まあ、結局学園生活を送っているうちに、そいつらがうちの同好会に所属してるのはバレるわ。だから、入会受付の期限を設けて、兼部は認めない方針にしているの。兼部が駄目だと分かると、わざわざ入ろうとする奴はあんまりいないし、期限は今日から一週間の間だけだから、そう簡単には入れないわ」

 なるほど、とレナは頷いた。

「うちは四人しかいないから同好会なんだけど、五人から正式に部として認められるの。だから、もし貴女が入ってくれるなら嬉しいわ」

 明るく笑むネモに、レナもつられて微笑む。
 会長がこの人なら、きっとクラブ活動は楽しいだろうと思えるような笑顔だった。
 そして翌日、早速入会届を提出しに行った。
 そしてレナが入会したことで同好会から格上げして『台所錬金術部』となった最初のクラブ活動の日。レナは自己紹介で初めて知ったクラブのメンバーに驚くことになる。


   ***


「お、王子殿下……」

 口をぱっかり開けて唖然とするレナの前にいるのは、台所錬金術部の部長であるネモと、白リスもどきのあっくん。そして、三人の男子生徒だ。
 その男子生徒のうちの一人――短髪の赤毛に、榛色の瞳の生徒は、レナの動揺する姿を見て、軽く微笑んだ。

「そうよ。こいつはこのランタナ王国の第三王子、ヘンリー・ランタナ」
「副部長のヘンリーだ。まあ、気になるかもしれないが気楽にしてくれ。母親の身分が低いうえに、兄上は王位に就いていて、男子が二人も生まれている。俺の重要性は低いからな」

 そうして肩を竦める彼の言う通り、ヘンリーの地位は王子の割には低い。
 ヘンリーの父である、前国王陛下が気まぐれに手を出したメイドに、予想外に子供ができてしまい、生まれたのがヘンリーだった。
 ヘンリーの母親は男爵家の出で、とてもではないが側妃となれる教養はなく、妾妃として召し上げられた。その母もヘンリーが五歳の頃に後宮を辞して、王城に勤める子爵家の文官の元へ嫁いでいる。
 そんな身の上なので、後ろ盾も弱く、政治的な面では味方に付くには旨みが少ないのだ。
 そこに、部員の一人が口を挟んだ。

「重要性の低さなら、私の方が上だな」
「なんの勝負してるのよ? アンタも皇子様でしょ?」

 それを聞き、レナはぎょっとした。

「まあ、そうだが……。自己紹介しよう。私はチアン・カンラ。ネモやヘンリーと同じく三年生だ。カンラ帝国の第十八皇子だが、我が母も実家の位が低いうえに、十八番目の皇子ゆえ、そこら辺の貴族より力がないな」

 飄々とした態度でそう言うのは、長く美しい黒髪に、黒い瞳を持った青年だった。しかし、ただの青年とは言えなかった。なにせ、彼はこの世の誰よりも、見たことがない位に美しかったのだ。

「力がないってことはないわよ。アンタの顔はその気になれば国を傾けることができるわ」
「そんな面倒なことはしない」

 彼の長い黒髪は絹糸の如く艶やかで、切れ長の目は涼やかだ。鼻梁はすっと通り、頬から顎にかけてのラインはきっと芸術家が理想とする形だろう。まさに、神の最高傑作と言えるような絶世の美貌がそこにあった。

「カレーさえあれば私は満足だ」
「このカレー皇子が……」

 ネモは呆れたように溜息をつき、最後の一人を呼んだ。

「イヴァン、自己紹介」
「は、はい。えっと、僕はイヴァン・ウッド。二年生。実家は一応伯爵家で、代々騎士の家系だけど、僕はそっちの才能がなくて……」

 鳥の巣頭の黒髪のその人は、背の高い体を縮こまらせてオドオドとそう答えた。前髪に隠れてほとんど見えないが、チラっと見えた瞳の色はアイスブルーだった。皺のよった制服に、薄汚れた白衣とその鳥の巣頭があいまって、全体的にだらしなく見える。

「騎士の才能はなくても錬金術の才能はあるでしょ。顔と名前が売れてるのはこっちの王族二人だけど、イヴァンは錬金術の関係者の間では天才と言われているわ。勉強で分からないところがあったら教えてもらいなさい」
「し、師匠?」

 あわわ、と慌てるイヴァンに「学園で師匠って呼ぶな!」とネモがツッコミを入れている。
 しかし、『師匠』とはどういうことだろうか? 
 レナが首を傾げていると、ヘンリーが苦笑気味に言った。

「俺たちの名前が売れてると言うが、一番名前が売れてるのはネモだろ?」
「そうだな。なんたって二つ名持ちの錬金術師様だ」
「え?」

 レナは思わず声を上げるが、何を言っているのか上手く理解できず、先輩二人をポカンとした顔で見つめた。

「知ってるかな? 二つ名持ちの錬金術師が錬金術部の関係者にいるっていう噂」
「アレはネモのことなんだが、どこでどう捻じ曲がったのか、錬金術部の関係者という話になってしまってな。まあ、二つ名は知られていても、顔と名前は知られてなかったからな」
「錬金術師ってのは二つ名の方が有名になって、本名が置き去りにされることも珍しくない。とはいえ、よく気づかれないもんだよな」
「調べれば分かるんだが、噂を鵜呑みにする奴は多い――と。そうそう、ネモの二つ名は『白銀の錬金術師』だ。歳は聞くな。ババア扱いしたら怒り狂うからな」

 先輩方の言葉がどこか遠くに聞こえる。
 王族二人に、天才が一人、極めつけに二つ名持ちの錬金術師。
 ――濃い。濃すぎる。
 レナはクラブの先輩たちが普通なら到底お目にかかれないような人間ばかりと知り、混乱していた。そして……

「うーん……」
「えっ!?」
「新入生!?」
「ちょっ、レナちゃん!?」
「きゅきゃっ!?」
「わぁぁぁぁぁ!?」

 そのまま、ふらり、と体が傾く。
 オーバーヒートして薄れゆく意識の中、レナはぼんやり考える。
 ――私、ちゃんとやっていけるかな? 


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