錬金術師の成り上がり!? 家族と絶縁したら、天才伯爵令息に溺愛されました

悠十

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令嬢は踊る

第七十話 お茶会6

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 レナはその様子を見て、もしかするとオーランドはジュリエッタのチアンへの想いも壊してしまいたかったのかもしれないと思った。
 投じられた最悪の事態に、彼はいったいどれだけの利益を得る算段をしていたのだろうか? 冷たい計算高さが不快だった。
 しかしながら、そうして眉根を寄せたところで、レナは先程の己の迂闊を再び後悔する事になる。

「そういえば、この者達がチアン様のおっしゃっていた手出しを禁じた者達なのですね?」

 エリアスが『台所錬金術部』の面々を見回し、ヒタリ、とレナに目を止める。
 そして、嫌そうに顔を歪めて、一言。

「醜い」

 流石のレナも、ムッとした。
 確かに、レナの容姿は身内の贔屓目で見て中の上。頑張ってお化粧してようやく上の階段を上れる程度の顔だ。
 しかも、背が低くて童顔ゆえに、幼く見られる。更には、お化粧の種類は大人っぽいものを目指すと違和感が酷くなるという苦を背負っている。
 ハイエルフからしてみれば、確かに醜いだろう。しかし、面と向かって言われるのは不快だ。
 さて、そんなレナの様子をどう受け取ったのか、エリアスもまた不快そうな顔をする。

「何だ、この私に文句でもあるのか」

 エリアスが、レナへ手を伸ばす。
 レナは思わずポケットを探すが、残念ながら着ているものはドレスであり、いつもマジックアイテムなどを仕込んである服ではない。
 レナは青褪め、迫る手を前に身を固くする。
 しかし、その時――

「ボ」

 レナの肩から、ポポがそれを目掛けて飛んだ。

「ポポ⁉」

 レナがぎょっとして目を剥く前で、ポポはその小さな口を開く。

「ボアァァ……」

 ポポが、鳴く。
 小さな口腔。
 口の中は赤く、喉の奥は暗く。
 そして、空間が――歪んだ。

「なっ、何だこれは⁉」

 対象は傲慢なるハイエルフ。
 見えぬ力に体の自由を奪われ、歪み、捻れ、あり得ない縮み方をし――

「や、やめろぉぉぉぉ‼」

 悲鳴を残し、あっけない程簡単に、シュポン、と間抜けな音を立ててポポの口の中に収まった。
 シン、と沈黙が降り、モゴモゴさせているポポの口に視線が集まる。

「「「わぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 レナ、ヘンリー、エラの悲鳴が室内に響き渡り、チアンとイヴァン、ネモはいつかやると思ってました、と言わんばかりの顔でポポを見る。

「ポ、ポポォォォォ⁉ ペッ、しなさい! ペッ!」
「いやいやいや、これ、吐き出しても生きてるのか? 捻れてたが、元に戻るのか⁉」
「成るほど。ハイエルフは確かに精霊に近い種であり、『エルフ』だ。よって、『人間』ではない。故に、命令範囲外、と。――よし、そのまま飲み込め」
「いや、それだとレナの監督責任を問われますので、ここは死んでても蘇生の方向で」
「ふい~……」
「エラちゃん⁉」

 一気に場が騒がしくなった。
 先ほどの緊張感は、別種の緊張感へ変わった。なにせ、ハイエルフのまる飲みである。これはひどい。
 レナとヘンリーは慌てふためき、チアンとイヴァンは闇を覗かせ、まともな感性を持つエラは気を失い、ネモがそれを受け止める。
 一方、オーランド達は唖然としていた。
 しかし、騎士達は早々に我に返り、ポポを警戒して剣を抜く。そして、彼等に守られているジュリエッタは度重なる心労に意識を失い、侍女達はそれに驚き介抱へ意識を向けた。
 そんななか、オーランドの様子を誰も見ていなかったのは、彼にとっては幸運だっただろう。
 オーランドは、ひどく焦り、エリアスの事を心配しているような顔をしていた。
 何せ、彼の今後はエリアスにかかっている部分が多い。レナが予想していた通りだとすれば、彼は今後、ハイエルフの里との取引で身を立てるつもりでいるのだ。それがもし無くなれば、全ての計画がおじゃんだ。
 それ故に、彼は焦り、自分とジュリエッタの今後を滅茶苦茶にした下手人たる人物の無事を願っていたのだ。
 この時、誰かが彼の顔を見ていれば、疑いが一気に噴き出していただろう。
 さて、その幸運なオーランドの視線の先で、『台所錬金術部』の面々は未だにわちゃわちゃしていた。

「ポポ、ペッ! ペッ、して!」
「これはもう、圧死か、窒息死してるんじゃ……」
「すでに死んでいるなら、ポポの糧とした方が奴の死も無駄にはなるまい」
「死体が残らないなら蘇生は無理か……。アレの死はどうやって隠蔽しましょうか?」
「よし、脈にも眼球運動にも異常なし。気を失っただけで、エラちゃんは無事ね」

 もう、何が何やらである。
 ジュリエッタの護衛から警戒の視線を向けられるなか、レナが情けない声を上げる。

「ポポ~、お願いだから吐き出して! あんなのがポポの糧になるのは嫌ぁ~!」
「成るほど、それが本音か」
「レナも遂に問題児への扉を開けたか……」

 レナがうっかりこぼした本音に、チアンは納得するように頷き、ヘンリーが嘆く。
 しかし、そんなご主人様を見上げるポポは、飲み込みこそしないが、口をモゴモゴさせて吐き出す様子を見せない。
 口をへの字にして、不満を訴えられてるような気がするのは気のせいだろうか?

「ポポ~」
「チアン、式神ってのは主人の命令は絶対じゃないのか?」
「いや、基本的には絶対だな。しかし、意思のある式神なら、主人の為を想うがために命令に反するような行動を取る事もある。今回は、それにあたるのだろう」

 やはり、どうやらポポはレナを想ってエリアスを吐き出さないらしい。確かに、エリアスはレナを怯えさせ、危害を加えるかのような行動を取った。主人の身の安全を最優先とするのであれば、ポポの行動も尤もだろう。
 しかしながら、どれだけエリアスがレナ達に害になる存在だとしても、ここで奴を始末すると面倒が起きるのが人の世である。
 そんなわけなので、チアンが心から残念そうな面持ちで言う。

「ポポ、残念だが奴をここで始末するのはリスクが大きい。今は我慢して、次の機会を待て」
「おい」
「そうですね。ポポ、誰も入って来れない密室や、クローズド・サークルを狙うと、良い感じで迷宮入りして良いと思う」
「おい、コラ」

 闇深き二人の言葉にヘンリーがツッコミを入れるが、二人は聞いちゃいない。
 しかし、そうなのか~、と納得したのか、頑なに口を空けようとしなかったポポがペッ、と口の中のモノを吐き出した。
 雑に吐き出されたそれは、ちゃんと元の美しいハイエルフの形をしていたし、どこも欠けてはいないようだった。

「うう……」

 エリアスは気を失っているようで、眉間に皺を寄せてうめき声を上げている。どうやら、恐ろしい夢を見ているようである。エリアスは無事だったが、涎でベチャベチャなので、是非、そのまま目を覚まさないでいて欲しい。
 チアンが一つ溜息をつく。

「面倒だな。起こさず、迎えを呼ぶか」

 チアンの言葉に、護衛騎士達が反応する。
 このハイエルフは、彼等の大事なお嬢様を害した下手人である。ハイエルフと言えど、このまま帰すわけにはいかなかった。
 しかしながら、それは彼等の身を危うくする行為だ。それどころか、奴を牢に入れてもすぐに脱出されるだろう。それも、大変派手で、多くの人間が死ぬやり方で……
 それをヘンリーが苦い顔で説明し、チアンの言う通り迎えを寄越してもらい、回収させた方が良いと告げる。

「とても力のある種族である事に、この男は誇りを持っている。下位であると見下す我々から、この男は逃げも隠れもしないだろう。チアンが約束させたのだから、補償は必ず出る。もし、この男が逃げるようであれば、チアンに言うと良い。必ずあなた方の前に連れてくるだろう」

 騎士達は彼等の中の上官に視線を向け、上官の騎士は苦い顔でそれに頷く。ハイエルフの厄介さを、彼も知っているのだろう。
 そんな騎士に、チアンが疲れたように溜息をつきながら言う。

「今回は、巻き込んでしまって申し訳なかった。これに用があるなら言ってくれ。必ず連行する」
「はい、お願いいたします」

 上官の騎士が、無念そうな顔をしながらも了承したのを確認し、チアンは胸元から帳面を取り出し、それにサラサラと何事か書いてそれを破り、白虎に渡す。

「アレの側近に渡してくれ」
「がう!」

 白虎はメモ書きを銜え、再び姿を消した。エリアスの側近に、回収するよう指示を出したのだ。
 そんな一連の様子を見ながら、レナはそっと息を吐く。
 肩から力を抜いたレナに、そろりとイヴァンが寄って来る。

「大変な事になっちゃったね……」
「そうですね……」

 二人は小声でそう言い、顔を見合わせて共に溜息をつく。
 そして、全ての元凶たるハイエルフに視線を移すと、未だに気を失ったままの奴を、あっくんがフォークでツンツンしていた。無邪気だ。
 何とも言えぬ光景に、エリアスを挟んだ向こう側に見えるオーランドへと視線を移す。
 彼は、引き攣ったような、微妙な面持ちでエリアスを見ていた。
 まあ、小動物に小馬鹿にされているような行動を取られている上位種族など、ちょっと信じられないような光景だろう。しかし、純粋な生物のヒエラルキーとしては、あっくんの方がハイエルフの上に居るような気がする。
 そして、レナはそれらから視線を外し、天井を見上げる。

「ああ……疲れた……」

 その小さな呟きは、イヴァンだけに聞こえた。
 彼は労わるようにレナの肩を優しく叩き、お疲れ様、と囁いたのだった。

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