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令嬢は踊る

第六十八話 お茶会4

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 一応、紅茶の方ももう一本の箸で検査してみて、そちらは大丈夫だと分かった。
 レナ達の慌てように、何か恐ろしい事が起きたのだと察し、ジュリエッタがオーランドに大丈夫だと伝え、そっと前に出る。
 
「あの、ネモフィラさん。いったい、何が起きたのでしょうか?」

 それに苦い顔をして、ネモがチアンを見た。
 チアンもまた眉間に深い皺を刻み、制するように手を上げる。

「その説明は、しばしお待ちいただきたく。今、下手人候補をひっ捕らえる」

 そう言って「雷虎」と、名を呼んだ。
 チアンのすぐそばの空間が揺らめき、揺らぐ。
 そして、それは陽炎のように現れた。
 トン、と軽い音を立てて現れたそれは、二股に尾が分かれた白い小虎だった。
 「ぎゃう」と小虎が鳴くと、チアンがそれに向き直る。

「エリアス・ヴェンネルベリを捕らえてこい」
「ぎゃう!」

 小虎はその命にひと鳴きし、体を震わせる。すると、小虎の体がどんどん大きくなっていき、人が悠々と乗れそうなほどに立派な体躯の白虎へと姿を変えた。
 そして主人の命を遂行すべく踵を返し、揺らめく陽炎のように姿を消した。
 その光景をジュリエッタ達は呆気にとられた様子で目を見開き、それを横目にネモがチアンに言う。

「ねえ、あのハイエルフを捕らえるなら時間がかかるでしょ? その間に説明しておいた方が良いんじゃない?」
「いや、大丈夫だ。時間はかからない」

 そう言うが否や、再び空間が揺らめく。
 そして、それは現れた。

「ひっ⁉」
「えっ⁉」

 悲鳴と、驚きの声。
 再び現れた白虎は、大きな荷物を銜えていた。

「来たか……」
「おお! やはり私をお呼びになったのはチアン様だったのですね!」
 
 大きな荷物。それは、長い笹耳を持った美しい男――ハイエルフのエリアス・ヴェンネルベリだった。
 エリアスはチアンの顔を見た途端に破顔し、瞳を煌めかせている。
 白虎は銜えていたエリアスを乱暴に床に転がし、フン、と鼻を鳴らす。
 そしてチアンの傍へすり寄り、見下すようにエリアスを見た。心なしか、その顔がエリアスに向けてドヤ顔をしているように見えるのは気のせいか。
 エリアスはそれに悔しそうな顔をして、白虎を睨み付ける。
 そのやり取りにチアンは疲れたように溜息をつく。

「本当に鬱陶しい……。いや、今はそれどころでは無いな。おい、エリアス」
「はい! 何でしょうか?」

 チアンに呼ばれ、エリアスは瞳を輝かせ、素直に彼に向き直る。
 その様子に嫌そうな顔をして、チアンは尋ねる。

「お前、この茶会で『不老の秘薬』を盛ったな?」
「おお! お飲みになりましたか?」

 嬉しそうにそんな事を言うエリアスに、チアンの渋面がますます酷くなる。

「やはり、お前だったか」
「はい! チアン様の美貌は神の奇跡! 永遠に失われてはならぬものですから!」

 そう信じて疑わない、いっそ狂信的な目をしてエリアスは断言した。
 そのやり取りを見て、ジュリエッタ達もその身に何が起きたのか察したのだろう。青褪め、まさかと疑い、信じたくないと震える。
 そして、ジュリエッタが震える声で尋ねる。

「ま、まさか……、お茶に、『不老の秘薬』が……?」

 それに、チアンが気まずげに頷いた。
 途端に、ジュリエッタの足から力が抜け、くたりと座り込む。

「ジュリエッタ!」

 オーランドがいち早く傍に寄り、その周りを侍女や騎士が守るように囲む。

「オーランド様……」
「ジュリエッタ、大丈夫……なわけ、無いよね……。どこか、横になれるように――」
「いえ、大丈夫です。きちんと、聞かないと……」

 ジュリエッタの顔色は、真っ白だった。
 目に生気は無く、いつ気絶してもおかしくないように見える。
 気まずげな視線が彼等に集まる中、エリアスの視線もそちらへ向く。

「ふむ? ……ああ、あのブルノー王国の公爵令嬢か。成るほど、まあ、人間にしては美しいな」

 エリアスに興味を向けられ、ジュリエッタは身を固くする。
 そして、そんなエリアスの視線から隠すようにオーランドがジュリエッタを抱きしめる。
 その様子を見て、エリアスが何か合点がいったかのように頷いた。

「成るほど。その人間が……」

 その呟きを、レナは確かに聞いた。
 それは、どういう意味だろうか?
 訝し気に眉を寄せたその時、オーランドが責めるような眼差しで、エリアスを見た。

「……何故、お茶に『不老の秘薬』を盛ったのですか?」
「うん? ああ、お茶に入れたのか。私はチアン様に飲んでいただけるよう指示を出しただけだ。どれに入れられたのかは知らないな」

 それで、チアン様は飲まれたのですか? と期待に満ちた顔でエリアスは尋ね、チアンの眉間の皺が深くなる。

「飲むわけが無かろう」
「ああ……、そうですか……。それは残念です……」

 そう言って、エリアスは残念そうに肩を落とした。
 レナは、本当にこの人は――ハイエルフは、他種族の都合などどうでも良いのだな、と痛感する。
 明らかにまずい事があっただろうジュリエッタにさほど興味を示さず、チアンが『不老の秘薬』を飲んだかどうかばかり気にしている。
 そして、気になるのはもう一つある。

「オーランド、こちらのハイエルフの御仁とは知り合いだな?」
「……はい。友人が欲しがっている素材の取引で、仲介をしました」

 ヘンリーの断定した問いに、オーランドは少しの沈黙のあと、頷いた。
 その沈黙は、どういう意味か。
 隠していた繋がりを知られている事に対する驚きか。それとも、否定して隠す事に対するリスクをその短時間で弾き出したのか……
 どちらにせよ、それはヘンリー達がどうしても見つけられなかったエリアスとオーランドの繋がりを証明する証言だった。
 しかし、あれほど巧妙に隠し通して来たのに、何故こんなにも簡単にそれを認めるのか。
 レナは、妙な胸騒ぎを覚えた。
 それは、ヘンリーもそうだったのだろう。不可解な物を見るかのように訝しげな顔をして、オーランドに尋ねる。

「……それは、『不老の秘薬』の材料だな?」
「……はい。友人は、準錬金術師だったので……」

 ためらうように間を置き、オーランドは頷いた。その時、彼の腕の中でビクリ、とジュリエッタが震えた。
 
「……殿下、もしや、今回使われた秘薬は、その友人が作った物なのですか?」
「それは分からないな」

 そう言って、エリアスの方を見る。
 その視線を受け、エリアスが不快そうに眉根を寄せた。

「何だ、醜い人間め。何故、お前のような者がチアン様のお傍に居るのか――」
「雷虎」

 エリアスの言葉は、チアンに指示されて鞭のようにエリアスの頭に振るわれた白虎の尾によって遮られた。
 エリアスは痛そうに呻き、打たれた所をさすりながら、忌々しそうに雷虎と呼ばれた白虎を睨む。

「話が進まん。エリアス、お前は『不老の秘薬』を欲し、オーランドと取引したのか?」
「まあ……、そうですね。『不老の秘薬』を取引していた連中が軒並み取引を断って来たので、新たなルートを開拓しました」

 チアンの問いに、エリアスはチラ、とオーランドを見たが、すぐに視線をチアンへ戻して頷いた。

「オーランドとの関係は?」
「……はて? きっかけは覚えていませんが、『不老の秘薬』を作れそうな者を紹介させました。なにせ、作ったという実績を持つ者には軒並み断られましたので」

 エリアスは、さらっとそう答えた。
 きっかけを覚えてないと言うが、これはとぼけているのか、それとも本気なのか判断できない。
 そして、『不老の秘薬』の売買に関し、取引していた者達に売買を断れたのは、チアンによるものだろう。彼は以前、入手ルートを全て潰したと言っていた。

「その者達に材料を届けさせ、作らせました。ご安心ください。まだまだ沢山ありますので、いつかは必ずその美貌を永遠のものにしてみます!」

 胸を張ってそう宣言したエリアスの顔面に、白虎の尾がヒットした。
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