錬金術師の成り上がり!? 家族と絶縁したら、天才伯爵令息に溺愛されました

悠十

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令嬢は踊る

第六十七話 お茶会3

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 しかしながら、ジュリエッタの面の皮もなかなか分厚いな、とレナは紅茶を飲みながら思う。
 以前、レナにチアンとの仲を疑うような事を言っておきながら、気まずさを微塵も感じさせずに微笑み、話しかけてくる。レナだけが気まずさを感じているようで、何だか理不尽に思えた。
 しかし、そんなレナのモヤモヤした内心を置き去りに、目の前では紳士淑女の会話が弾んでいる。
 その会話には言葉少なではあるが、チアンも参加しており、ジュリエッタは彼との会話では、他の人間相手より、心なしか嬉しそうに見える。
 先輩達の情報や、周りから聞こえてくる噂話から受ける彼女の印象は、『理想的な貴族令嬢』だ。言い換えれば、理性で動き、親や国に従順で、自国への利を最も大事にするよう教育された令嬢である。
 そういう風に生きるよう教育されたために、彼女は身を焼くような恋をしても、それに手を伸ばすことは無い。
 レナへ零した嫉妬の欠片は、年を取ったら恥ずかしい事をしたと頭を抱え、いずれ黒歴史となる若気の至りだ。
 彼女はきっと、このお茶会でチアンと過ごしたこの時を、奇麗な恋の思い出として胸に秘め、帰国するつもりなのだろう。
 レナは、ジュリエッタの美しい横顔を見て、そう思った。

「そうだわ。そう言えば、東国の珍しいお茶を頂きましたの。よろしければ皆さま、飲んでみませんか?」

 ジュリエッタのその言葉に、それは良い、ぜひ飲んでみたい、と『台所錬金術部』の面々は笑顔で頷く。
 ジュリエッタが使用人に指示を出そうとしたとき、不意にオーランドがそれを制す。

「ジュリエッタ、僕が淹れるよ」
「えっ、ですが――」
「このお茶は淹れ方にコツがいるからね」

 オーランドの言葉に、ジュリエッタは戸惑いを見せたものの、オーランドに押されてそれを了承した。
 彼は部屋を出て行き、しばらくしてカートを引いて戻って来た。
 カートには珍しいガラス製の茶器が乗っていた。
 オーランドはまずガラス製のポットに湯を入れ、それで軽くすすいで湯を捨て、そこに、コロリ、と固形物を淹れる。
 そして、それをレナ達の目の前に持って来て、そこで湯を入れる。
 普通、お茶はカップに淹れられてサーブされるか、お代わりを足されるものだ。ポットを目の前に持って来られるような事は無い。
 レナがキョトン、と目を瞬かせていると、ジュリエッタが楽しそうに口を開いた。

「こちら、とても素敵なお茶なんですよ。ポッドの中をご覧になって」

 言われ、ガラス製の中が見えるポッドを改めて見てみれば、ポットの中の様子が変わっていた。
 ポットに入れられた固形物が、花開くように動いているのだ。

「えっ」

 思わず小さく声を漏らし、レナはポットの中の様子を見守る。
 ポットの中の固形物はどんどん広がって行き、湯の中に沈んでいくそれの中からゆっくりと花が開く。

「わぁ……」
「まあ……!」

 レナとエラの口から、思わず小さな歓声が上がる。

「工芸茶か」

 湯の中でゆったりと踊る花に、チアンがポツリと言葉を零した。
 それに、ジュリエッタが笑顔で頷いた。

「はい。チアン様の生国でらっしゃるカンラ帝国が発祥の地と伺っています」
「ああ……」
 
 チアンは静かに頷き、ポットの中の花を見つめる。

「この茶葉ですと、茶葉が沈んでから4、5分後が飲み頃です」

 オーランドの説明に、レナはそうなんだ、と思いながらポットを見つめる。
 こんなお茶があるとは思わなかった。なんて素敵なんだろう、と溜息をつく。
 そうしてその間にオーランドはティーカップではなく、チアンがよく使っているような持ち手の無い東国のカップを用意する。
 そして、時間が過ぎ、それらにポットからお茶を注ぎ、それらを手際よくサーブしていく。

「まず、お砂糖を入れずに飲んでみてください」
「お砂糖を入れないんですか?」

 ジュリエッタの言葉に、エラが小首を傾げる。
 『台所錬金術部』でもよく砂糖を入れないお茶が出るが、エラはそれらをあまり飲んだことが無い。
主にそれらはチアンやネモ、ヘンリーが好んで飲み、慣れないレナ達は思い思いに砂糖を入れたり入れなかったりしている。

「東国ではお茶にお砂糖は入れないそうです。まず、一口試してみて、慣れないようでしたら無理せずお砂糖を入れて下さい」

 主催者にそう勧められれば、確かにそうすべきかと思い、レナはカップを見つめる。ポポも気になるのか、カップに寄って来てふんふんと匂いを嗅いでいた。
 オーランドやジュリエッタがお茶に口をつけるのを横目に見ながら、レナもカップを手に持とうとして――

「ボアァァ……」

――弾き飛ばされた。
 ガチャン! とカップが壁に激突し、派手に割れる。
 それに驚き、周囲の者達の動きが止まる。

「ポ、ポ、ポポォォォ⁉」

 何てことするの!? とレナは叫んでポポを鷲掴む。

「申し訳ございません、ジュリエッタ様! あの、本当に、何とお詫びすればいいか……!」
「い、いいえ、どうぞお気になさらないで」

 半泣きで立ち上がり、ペコペコ頭を下げるレナに、ジュリエッタがそれを止める。
 レナがそんなやり取りしている陰で、チアンがポポを見て、厳しい表情をする。

「全員、茶器触れるな。茶を飲んではならぬ」

 告げられたそれに、戸惑いの視線がチアンに集まった。
 チアンは注目が集まるなか、広い袖口から二本の朱色の棒を取り出した。

「検出用の箸……」

 ネモの言葉に、レナはそれが『不老の秘薬』対策に作られたカトラリーだと気付き、――青褪めた。
 それに気付いたのはレナだけではなく、ヘンリーが目を剥き、声を上げる。

「エラ! 飲んでないな⁉」
「はっ、はい! 飲んでません!」

 エラは恐ろしい物を見るかのように、震える手でカップをソーサーの上に戻し、遠ざける。
 ジュリエッタがただ事ではない様子に戸惑い、何事か尋ねようと口を開こうとするが、それをヘンリーに、少し待つように制される。
 チアンが棒――箸の一本を茶器の中に入れ、それが朱色から黒へと色を変えた事で、ネモが急いで立ち上がる。

「ジュリエッタ様! 吐きなさい! 急いで!」
「えっ⁉」

 ネモが椅子を蹴倒してジュリエッタの元へ行こうとするが、それを部屋の隅に控えていた護衛騎士が阻み、オーランドがジュリエッタの前に出て、彼女を後ろ手に庇う。

「どきなさい! このままじゃ、薬が吸収される! 時間との勝負なのよ!」

 ネモのその言葉に、動揺が走る。
 騎士がどういう事か尋ねようとしたその時、イヴァンがネモの肩を叩いて首を横に振った。

「師匠、残念ですが、もう無理かと……」
「くっ、ああぁぁ……、何て事……」

 呻き、悔しそうに天を仰ぐネモを見て、レナは何が起こったのか理解し、青褪める。

「こういう時、魔法薬は吸収されやすいのが問題ね……。誤飲したら、吐かせられる可能性が低い」

 ネモの吐き捨てるように零れた言葉が、オーランドとジュリエッタは手遅れである事を悟らせた。
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