上 下
85 / 151
令嬢は踊る

第六十七話 お茶会3

しおりを挟む
 しかしながら、ジュリエッタの面の皮もなかなか分厚いな、とレナは紅茶を飲みながら思う。
 以前、レナにチアンとの仲を疑うような事を言っておきながら、気まずさを微塵も感じさせずに微笑み、話しかけてくる。レナだけが気まずさを感じているようで、何だか理不尽に思えた。
 しかし、そんなレナのモヤモヤした内心を置き去りに、目の前では紳士淑女の会話が弾んでいる。
 その会話には言葉少なではあるが、チアンも参加しており、ジュリエッタは彼との会話では、他の人間相手より、心なしか嬉しそうに見える。
 先輩達の情報や、周りから聞こえてくる噂話から受ける彼女の印象は、『理想的な貴族令嬢』だ。言い換えれば、理性で動き、親や国に従順で、自国への利を最も大事にするよう教育された令嬢である。
 そういう風に生きるよう教育されたために、彼女は身を焼くような恋をしても、それに手を伸ばすことは無い。
 レナへ零した嫉妬の欠片は、年を取ったら恥ずかしい事をしたと頭を抱え、いずれ黒歴史となる若気の至りだ。
 彼女はきっと、このお茶会でチアンと過ごしたこの時を、奇麗な恋の思い出として胸に秘め、帰国するつもりなのだろう。
 レナは、ジュリエッタの美しい横顔を見て、そう思った。

「そうだわ。そう言えば、東国の珍しいお茶を頂きましたの。よろしければ皆さま、飲んでみませんか?」

 ジュリエッタのその言葉に、それは良い、ぜひ飲んでみたい、と『台所錬金術部』の面々は笑顔で頷く。
 ジュリエッタが使用人に指示を出そうとしたとき、不意にオーランドがそれを制す。

「ジュリエッタ、僕が淹れるよ」
「えっ、ですが――」
「このお茶は淹れ方にコツがいるからね」

 オーランドの言葉に、ジュリエッタは戸惑いを見せたものの、オーランドに押されてそれを了承した。
 彼は部屋を出て行き、しばらくしてカートを引いて戻って来た。
 カートには珍しいガラス製の茶器が乗っていた。
 オーランドはまずガラス製のポットに湯を入れ、それで軽くすすいで湯を捨て、そこに、コロリ、と固形物を淹れる。
 そして、それをレナ達の目の前に持って来て、そこで湯を入れる。
 普通、お茶はカップに淹れられてサーブされるか、お代わりを足されるものだ。ポットを目の前に持って来られるような事は無い。
 レナがキョトン、と目を瞬かせていると、ジュリエッタが楽しそうに口を開いた。

「こちら、とても素敵なお茶なんですよ。ポッドの中をご覧になって」

 言われ、ガラス製の中が見えるポッドを改めて見てみれば、ポットの中の様子が変わっていた。
 ポットに入れられた固形物が、花開くように動いているのだ。

「えっ」

 思わず小さく声を漏らし、レナはポットの中の様子を見守る。
 ポットの中の固形物はどんどん広がって行き、湯の中に沈んでいくそれの中からゆっくりと花が開く。

「わぁ……」
「まあ……!」

 レナとエラの口から、思わず小さな歓声が上がる。

「工芸茶か」

 湯の中でゆったりと踊る花に、チアンがポツリと言葉を零した。
 それに、ジュリエッタが笑顔で頷いた。

「はい。チアン様の生国でらっしゃるカンラ帝国が発祥の地と伺っています」
「ああ……」
 
 チアンは静かに頷き、ポットの中の花を見つめる。

「この茶葉ですと、茶葉が沈んでから4、5分後が飲み頃です」

 オーランドの説明に、レナはそうなんだ、と思いながらポットを見つめる。
 こんなお茶があるとは思わなかった。なんて素敵なんだろう、と溜息をつく。
 そうしてその間にオーランドはティーカップではなく、チアンがよく使っているような持ち手の無い東国のカップを用意する。
 そして、時間が過ぎ、それらにポットからお茶を注ぎ、それらを手際よくサーブしていく。

「まず、お砂糖を入れずに飲んでみてください」
「お砂糖を入れないんですか?」

 ジュリエッタの言葉に、エラが小首を傾げる。
 『台所錬金術部』でもよく砂糖を入れないお茶が出るが、エラはそれらをあまり飲んだことが無い。
主にそれらはチアンやネモ、ヘンリーが好んで飲み、慣れないレナ達は思い思いに砂糖を入れたり入れなかったりしている。

「東国ではお茶にお砂糖は入れないそうです。まず、一口試してみて、慣れないようでしたら無理せずお砂糖を入れて下さい」

 主催者にそう勧められれば、確かにそうすべきかと思い、レナはカップを見つめる。ポポも気になるのか、カップに寄って来てふんふんと匂いを嗅いでいた。
 オーランドやジュリエッタがお茶に口をつけるのを横目に見ながら、レナもカップを手に持とうとして――

「ボアァァ……」

――弾き飛ばされた。
 ガチャン! とカップが壁に激突し、派手に割れる。
 それに驚き、周囲の者達の動きが止まる。

「ポ、ポ、ポポォォォ⁉」

 何てことするの!? とレナは叫んでポポを鷲掴む。

「申し訳ございません、ジュリエッタ様! あの、本当に、何とお詫びすればいいか……!」
「い、いいえ、どうぞお気になさらないで」

 半泣きで立ち上がり、ペコペコ頭を下げるレナに、ジュリエッタがそれを止める。
 レナがそんなやり取りしている陰で、チアンがポポを見て、厳しい表情をする。

「全員、茶器触れるな。茶を飲んではならぬ」

 告げられたそれに、戸惑いの視線がチアンに集まった。
 チアンは注目が集まるなか、広い袖口から二本の朱色の棒を取り出した。

「検出用の箸……」

 ネモの言葉に、レナはそれが『不老の秘薬』対策に作られたカトラリーだと気付き、――青褪めた。
 それに気付いたのはレナだけではなく、ヘンリーが目を剥き、声を上げる。

「エラ! 飲んでないな⁉」
「はっ、はい! 飲んでません!」

 エラは恐ろしい物を見るかのように、震える手でカップをソーサーの上に戻し、遠ざける。
 ジュリエッタがただ事ではない様子に戸惑い、何事か尋ねようと口を開こうとするが、それをヘンリーに、少し待つように制される。
 チアンが棒――箸の一本を茶器の中に入れ、それが朱色から黒へと色を変えた事で、ネモが急いで立ち上がる。

「ジュリエッタ様! 吐きなさい! 急いで!」
「えっ⁉」

 ネモが椅子を蹴倒してジュリエッタの元へ行こうとするが、それを部屋の隅に控えていた護衛騎士が阻み、オーランドがジュリエッタの前に出て、彼女を後ろ手に庇う。

「どきなさい! このままじゃ、薬が吸収される! 時間との勝負なのよ!」

 ネモのその言葉に、動揺が走る。
 騎士がどういう事か尋ねようとしたその時、イヴァンがネモの肩を叩いて首を横に振った。

「師匠、残念ですが、もう無理かと……」
「くっ、ああぁぁ……、何て事……」

 呻き、悔しそうに天を仰ぐネモを見て、レナは何が起こったのか理解し、青褪める。

「こういう時、魔法薬は吸収されやすいのが問題ね……。誤飲したら、吐かせられる可能性が低い」

 ネモの吐き捨てるように零れた言葉が、オーランドとジュリエッタは手遅れである事を悟らせた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

実家に帰ったら平民の子供に家を乗っ取られていた!両親も言いなりで欲しい物を何でも買い与える。

window
恋愛
リディア・ウィナードは上品で気高い公爵令嬢。現在16歳で学園で寮生活している。 そんな中、学園が夏休みに入り、久しぶりに生まれ育った故郷に帰ることに。リディアは尊敬する大好きな両親に会うのを楽しみにしていた。 しかし実家に帰ると家の様子がおかしい……?いつものように使用人達の出迎えがない。家に入ると正面に飾ってあったはずの大切な家族の肖像画がなくなっている。 不安な顔でリビングに入って行くと、知らない少女が高級なお菓子を行儀悪くガツガツ食べていた。 「私が好んで食べているスイーツをあんなに下品に……」 リディアの大好物でよく召し上がっているケーキにシュークリームにチョコレート。 幼く見えるので、おそらく年齢はリディアよりも少し年下だろう。驚いて思わず目を丸くしているとメイドに名前を呼ばれる。 平民に好き放題に家を引っかき回されて、遂にはリディアが変わり果てた姿で花と散る。

公爵家の隠し子だと判明した私は、いびられる所か溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
実は、公爵家の隠し子だったルネリア・ラーデインは困惑していた。 なぜなら、ラーデイン公爵家の人々から溺愛されているからである。 普通に考えて、妾の子は疎まれる存在であるはずだ。それなのに、公爵家の人々は、ルネリアを受け入れて愛してくれている。 それに、彼女は疑問符を浮かべるしかなかった。一体、どうして彼らは自分を溺愛しているのか。もしかして、何か裏があるのではないだろうか。 そう思ったルネリアは、ラーデイン公爵家の人々のことを調べることにした。そこで、彼女は衝撃の真実を知ることになる。

【完結】側妃は愛されるのをやめました

なか
恋愛
「君ではなく、彼女を正妃とする」  私は、貴方のためにこの国へと貢献してきた自負がある。  なのに……彼は。 「だが僕は、ラテシアを見捨てはしない。これから君には側妃になってもらうよ」  私のため。  そんな建前で……側妃へと下げる宣言をするのだ。    このような侮辱、恥を受けてなお……正妃を求めて抗議するか?  否。  そのような恥を晒す気は無い。 「承知いたしました。セリム陛下……私は側妃を受け入れます」  側妃を受けいれた私は、呼吸を挟まずに言葉を続ける。  今しがた決めた、たった一つの決意を込めて。 「ですが陛下。私はもう貴方を支える気はありません」  これから私は、『捨てられた妃』という汚名でなく、彼を『捨てた妃』となるために。  華々しく、私の人生を謳歌しよう。  全ては、廃妃となるために。    ◇◇◇  設定はゆるめです。  読んでくださると嬉しいです!

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

亡国の大聖女 追い出されたので辺境伯領で農業を始めます

夜桜
恋愛
 共和国の大聖女フィセルは、国を安定させる為に魔力を使い続け支えていた。だが、婚約を交わしていたウィリアム将軍が一方的に婚約破棄。しかも大聖女を『大魔女』認定し、両親を目の前で殺された。フィセルだけは国から追い出され、孤独の身となる。そんな絶望の雨天の中――ヒューズ辺境伯が現れ、フィセルを救う。  一週間後、大聖女を失った共和国はモンスターの大規模襲来で甚大な被害を受け……滅びの道を辿っていた。フィセルの力は“本物”だったのだ。戻って下さいと土下座され懇願されるが、もう全てが遅かった。フィセルは辺境伯と共に農業を始めていた。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

我慢してきた令嬢は、はっちゃける事にしたようです。

和威
恋愛
侯爵令嬢ミリア(15)はギルベルト伯爵(24)と結婚しました。ただ、この伯爵……別館に愛人囲ってて私に構ってる暇は無いそうです。本館で好きに過ごして良いらしいので、はっちゃけようかな?って感じの話です。1話1500~2000字程です。お気に入り登録5000人突破です!有り難うございまーす!2度見しました(笑)

身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす
恋愛
とある世界のとある国……じゃなかった、アスラリア国でお城のメイドとして働いていた私スラリスは、幼少の頃、王女様に少しだけ似ているという理由だけで、身代わりの王女にされてしまった。 しかも、身代わりになったのは、国が滅亡する直前。そして餞別にと手渡されたのは、短剣と毒。……え?これのどちらかで自害しろってことですか!? 誰もいなくなった王城で狼狽する私だったけど、一人の騎士に救い出されたのだ。 あー良かった、これでハッピーエンド……とはいかず、これがこの物語の始まりだった。 身代わりの王女として救い出された私はそれから色々受難が続くことに。それでも、めげずに頑張るのは、それなりの理由がありました。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。