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令嬢は踊る

第六十四話 当日

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 さて、とうとうお茶会の日がやって来た。
 レナは隣国の公爵令嬢のお茶会という事で、張り切った養母と侍女達によって一端の令嬢らしくコーディネートされた。
 お茶会なので、着ているドレスは襟ぐりはボタンで閉じられ、慎ましいものだ。
けれど、淡いモスグリーンの、可愛く、上品な秋用のドレスは、レナが幼い頃夢見たお姫様のドレスである。
 ボブカットの髪もハーフアップに纏められ、クリーム色の小花の髪飾りがレナの黒髪に彩を添える。
 マジックバックのハンドバックを持ち、帽子をかぶり、そして最後に肩にポポを乗せて外に出る。
そして、最初に目に入って来たのは、貴族の子弟に相応しいモーニングスーツを着たイヴァンだ。
 スーツは濃いグレーで、ベストはそれよりも薄いグレー。アスコットタイはスーツの方と同色。スーツには刺繍などは入っておらず、無地のものだ。
イヴァンの生家は家格が男爵であり、財産も家格に相応しい程度のものしかない。もし、これが財産のある高位貴族ともなれば、生地も最高級で、下品でない程度に刺繍が施されたものになる。
 しかしながら、涼やかに整った顔のイヴァンには、そのシンプルなモーニングスーツがとても似合っていた。
 イヴァンはレナを見ると、淡く頬を染めて微笑んだ。

「こんにちは、レナ。そのドレス、とても似合ってるね」
「ありがとうございます、イヴァン先輩」

 イヴァンの言葉に、レナは嬉しそうに微笑んだ。
 ジュリエッタのお茶会には、レナとイヴァンは一緒に行く事になった。そのため、イヴァンがレナを迎えに来てくれたのだ。
 見送りに出て来た養母のエセルにイヴァンが気付き、挨拶する。
 
「サンドフォード夫人、お久しぶりです」
「ごきげんよう、イヴァン。今日はレナをよろしくね」

 二人は穏やかに会話し、エセルがレナの肩にそっと手を置く。

「レナ、公爵令嬢のお茶会で緊張するな、なんて、無理だと思うから言いません。それに、貴女が我が家に来たのはつい最近の事ですもの。気を利かせるなんて事も、まだ難しいわ。だから、学んだ事をしっかり守って、相手に不快感を与えないように気を付けるだけで良いわ」
「はい、分かりました、お母様」
 
 エセルは、素直に頷くレナに笑みを深める。

「それに、もし失敗したとしても、きっとイヴァンが――いえ、ヘンリー殿下がフォローしてくださるわ!」

 その言葉に、イヴァンが情けない顔をした。
 そうして二人は馬車に乗り込み、お茶会の会場――学園の特別寮へ向かったのだった。



   ***



 特別寮に着くと、寮付きの支配人に客間へ通された。そこにはネモとエラが既に来ており、二人はお茶を飲んでいた。

「エラ、ネモ先輩!」
「レナ、こんにちは。素敵なドレスね」
「わーお、可愛いじゃない」

 二人は微笑んで立ち上がり、レナ達の方へ寄って来た。
 今日はエラもお茶会に相応しいドレスを着ており、ベージュを基調としたそれは、彼女の上品な雰囲気によく似合っていた。
 ひとしきり彼女のドレスを褒めると、レナは肩にあっくんを乗せたネモに視線を移す。

「ネモ先輩、あの、ドレスを着てこなかったんですか?」
「いや、庶民がドレスなんて持ってる筈ないでしょうが」

 平然とそうのたまうネモは、ドレスでは無かった。しかし、かといって着ているのは、いつも着ているような服ではない。
 イヴァンがしげしげとネモの格好を見て、感心したように言う。

「師匠、それ、錬金術師用の式典服じゃないですか?」
「お、流石ね。その通りよ」

 流石に規定通りに着てるわけじゃないけど、と言うネモの格好は、どこか神官めいたローブに、複雑な魔術紋様が刺繍してあるものだった。

「まあ、長く生きていると、王様の前に引きずり出されて式典に出なきゃいけない事もあるのよ。その場合、錬金術師用の式典服を持ってると便利よ。この格好ならダンスに誘われにくいし、研究者として認識されるからね」

 軽く答えられたそれに、レナは目を丸くする。
 王様の前に引きずり出されるとは言ったが、その引きずり出された場は式典だ。つまり、その式典は、王様自ら感謝を述べるような場ではないのか。
 二つ名持ちの錬金術師の積み上げた歴史の一端を垣間見て、レナは感嘆の溜息をついた。
 そうやって四人で話していると、ドアがノックされ、そこからヘンリーとチアンが顔を出した。

「ああ、もう皆揃っていたか」
「ふむ、ドレス姿の女人が居ると華やかだな」

 部屋に入って来たヘンリーは、いつも学園に着て来ていた貴族服より、もっと王族に相応しい、上品ではあるが、贅を凝らしたものを着ていた。
 ジャケットもベストも同色の黒に近いグレーなのだが、縁には豪奢な刺繍が施されており、薄いグレーのアスコットタイを留めているピンはシンプルだ。しかし、それは見る者が見れば、それに使われている宝石が魔石であり、守りの魔道具だと分かる。
 ヘンリーの後に入って来たチアンはいつもの東国の民族服だが、明らかに貴人と分かるものだ。何枚も衣をまとい、裾が長く少し歩きにくそうに見える。襟や袖口に刺繍が施されており、帯には玉が垂れている。
 二人はレナ達のドレス姿を褒めた後、ネモの錬金術師の式典服を見て「ドレスを避けるな」「それでも女か」と文句をつけ、尻を蹴飛ばされていた。
 そうやってわちゃわちゃ戯れていると、再びドアがノックされ、使用人の男が姿を見せる。

「お客様、お待たせいたしました。サロンへご案内いたします」

 その言葉に全員が顔を見合わせ、代表してヘンリーが返事をする

「そうか。よろしく頼む」

 使用人は恭しく一礼した。

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