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令嬢は踊る

第五十七話 待機

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 オーランドが除籍されたと聞いた翌日。
 ヘンリーは仕事と情報収集のために、チアンはハイエルフのエリアスの動向を探りに、ネモはあっくんの食費を稼ぎに、エラは家の用事で、それぞれがそれぞれの都合でクラブを休んでいる。
 そんな訳で、本日、部室にはレナとイヴァンだけが居た。
 何だか何もやる気がしなくて、二人はのんびりお茶を飲みながら、雑談に興じていた。

「中級疲労回復ポーションの練習をしないといけないんですけど、やる気がでません……。やっても失敗する気がします……」
「あー……、うん。最近ちょっと色々あり過ぎたよね……」

 肩を落として言うレナに、苦笑するイヴァンも何やら疲れた風情だ。
 ポポがマドレーヌをもしゃもしゃ食べているのを眺めながら、呟く。

「いろんな問題が起きているのは分かってるのに、私に出来る事って特にないんですよね……」
「うーん……。まあ、レナは学生だし、仕方ないんじゃないかな? それを言ったら、僕だって特に出来る事が無いし……」

 正直、こういう時に錬金術師を目指す者は出来る事が限られている。
 何故なら、将来的に『不老の秘薬』を飲み、政治から弾き出される事が確定しているが故に、政治的なものを意識した類の誘いが無い。そういう人脈は、腕を買われて初めて出来るのだ。
 そして、もし妙な問題が起こってしまったり、巻き込まれてしまったら、そうやって築いた人脈に頼ることで身を守るのだ。つまり、正に今の状況だ。
 
「築いた人脈はヘンリー殿下とチアン殿下で、あのお二人任せになるんですね」
「そうだね。師匠を見て見なよ。そりゃあ、師匠も長年生きてきた経験の中で何かしら情報源やら身を守る術やらを持っているだろうけど、今回は完全にお二人に任せて自分は生活費を稼ぎに行っちゃったし。やっぱり、ここは適材適所で、僕達は待機が妥当なんだろうね」

 しかしながら、周りが慌ただしいと自分も何かしなくてはならないような気がしてくるものだ。何もしないのも落ち着かないんですよね、と零すレナに、イヴァンは緩く笑う。

「多分、ヘンリー殿下なんかは、熟練の問題児共は動くな、騒ぎが大きくなる、とか言うと思うよ。想像してごらんよ、師匠が動いたらきっと何処かが更地になるよ」

 冗談めかして言うイヴァンに、レナは思わず吹き出す。

「そうですね。それなら、待機が妥当ですね」

 ネモが聞いたら笑顔でブートキャンプに連れ出されそうな事を話しながら、二人は笑い合う。

「けど、殿下達はきっとお疲れになるだろうから、こういう時こそ疲労回復ポーションの出番なんじゃ無いかな」
「うっ……」

 結局そこに戻るのか、とレナは言葉に詰まる。

「師匠からはあとちょっとだ、って聞いたよ?」
「ううう……。そのちょっとの壁が分厚くて……」

 情けない顔をするレナに、イヴァンは優しく言う。

「ちょっとやって見せて欲しいな。何かアドバイスを上げられるかもしれない」
「うう~……、分かりました……」

 そう言って準備のために席を立つレナに、イヴァンは微笑む。

「錬金術師は、後方支援が本来の仕事なんだよ」

 その言葉にレナは苦笑いしながら頷き、小鍋に薬液を入れた。



   ***



「っかー! 生き返る!」

 果たして、レナの中級疲労回復ポーションは結局規定に届かず、やはりあと一歩でとどまった。
 悔しいぃぃ、とのたうつレナを尻目に、件の『あと一歩中級疲労回復ポーション』を飲むのはヘンリーだ。仕事明けのビールを飲むおっさん如き有様である。
 それに続くように、チアンが瓶のふたを開けてそれを飲み、深い溜息をつく。

「規定に届かないからと言って、これが本来の額より三割も安く手に入るとはな」

 疲れからか、どこか遠い目をして零された言葉に、ネモが苦笑する。

「いわゆる訳あり品だからね。まあ、本当の失敗作はただの飲み物だけど、ちゃんと効果のあるやつを捨てるのは勿体ないもの」

 故に、正規品より安い値段で売られているのだ。

「素晴らしいな、訳あり品。よし、今までの『あと一歩品』は全部買おう」
「ありがとうございますぅぅぅ……」

 ヘンリーの溌溂とした言葉に、レナが悔しそうに呻き、イヴァンが苦笑しながら慰めるように、よしよしとその頭を撫でる。
 凄いサラサラだ、と感心しながら、イヴァンはレナの軽く髪をすく。
 
「そういえば、オーランドの事や、ハイエルフに関して何か進展はありましたか?」
「一日で進展もクソもあるか」
「そうだな。流石に一日じゃ無理だ」

 しかし、揃って死んだ魚のような目になった事で、彼等の持つ情報源に引っかからなかったという事が分かる。どうやら、オーランドもエリアスも相当慎重に動いているのだろう。
 長引くかもしれないなぁ、とレナの形の良い頭を撫でながらイヴァンが思っていると、エラがそっと近寄って来た。

「あのう、イヴァン先輩」
「うん? 何かな、エラ」

 恐る恐る話しかけられ、イヴァンがエラを見る。
 エラは苦笑しながら、レナの方に意味ありげに視線を移す。

「そろそろ、レナの頭を撫でるのを辞めていただければと……」

 もうすぐ頭から湯気が出そうなので、と言うエラに、イヴァンは目を瞬かせる。
 そうしてレナの方に視線を移せば、そこには耳まで赤くして、真っ赤な顔で目を回すレナの姿があった。

「ふきゅぅぅ……」
「わぁぁぁぁ!? レナァァァ⁉」

 そうやって慌てふためくイヴァンの姿を、クラブの面々は生暖かく見守った。

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