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令嬢は踊る
第五十三話 訓練場4
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「で、でででで、殿下、殿下、でんかぁぁぁぁ!」
「うむ。混乱しているな」
レナは我に返ると、チアンに縋りついた。
確かに、レナはポポに助けを求めた。
迫る狼に対し、ポポに適切な対処を求め、その後にレナが攻撃しようと思ったのだ。
しかし、その結果、予想外にもほどがある対処をされてしまった。
「ポポが、ポポが狼をまる飲みに!」
「そうだな。いくら張りぼてとはいえ、一応それなりに容量がある。まさかまる飲みされるとは思わなんだ」
まあ、腹の中で紙になっているだろうが、とチアンが淡々と言う。
チアンの言う通りなのか、ポポが不思議そうに腹を撫でている。
「あれの腹もあっくんばりの謎だな。異次元にでも繋がってそうだ」
「ええぇ……?」
もう、何を言えば良いのか分からなかった。
異次元って何?
紙なんて食べて大丈夫なの?
いや、それ以前に自分の何倍も大きい狼をまる飲みにしてたけど、あれって何?
疑問が頭の中を駆け巡るが、それは口の外へ出てこない。
只々混乱し、ようやく口の外に出たことは、恐ろしくシンプルだった。
「ポポはお腹を壊さないでしょうか?」
チアンはそれを聞き、ニヤリと楽しげに笑う。
「余裕だろう」
国が傾きそうな顔だなぁ、と思いながら、レナは大きく息を吐き出した。
***
結局、その日はもう訓練する気にはなれず、レナ達は訓練場を後にした。
チアンに面白かったのでまた訓練に付き合ってやろうと言われ、レナは頬を引きつらせながらお礼を言った。
まる飲み並みの意外性を期待されている様な気がしたが、気のせいだと思いたい。
謎の生物感を増したポポを肩に乗せ、レナは校門へ向かう。
さっさと帰って今日は寝てしまおう、と精神的疲労で重く感じる脚を動かし、校舎を出ようとした、その時だった。
「あの、レナ・サンドフォードさん、……ですわよね?」
「えっ?」
後ろから声を掛けられ、振り向いた先に居た人物に目を見開く。
毛先がクルクル巻いてある艶やかな黒のロングヘアー。白磁の肌に、紫の瞳は垂れてしっとりした色気が滲む。
十八歳という大人になり切れていない未熟さが、清らかな空気を彼女に纏わせ、その美貌に危うげな色を乗せる。
そんな、美しい女性――ジュリエッタ・フーリエ公爵令嬢が、一人で夕暮れの校舎の中に立っていた。
「少し、お聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」
「えっと……、はい……」
返事の間に入った沈黙が、レナのささやかな抵抗だった。
ジュリエッタとのオハナシなんて、きっとレナにとって良いものであろうはずがない。話の内容によっては、面倒な事を引き起こされる可能性がある。
頭の良い女性で、次期王妃として教育され、有能と称されているからには理性面も優れているとは思うが、不安なものは不安なのだ。
時間は取らせないと言われ、その場で向かい合う。
彼女は淡く微笑んでいてもどこか緊張しているのが分かり、何を言われるんだろうと身構える。
そして、彼女は口を開いた。
「もし……、チアン様に愛を告げられたら、貴女はどうしますか?」
「は?」
レナは思わず間の抜けた顔を晒した。
思わぬ――けれど、以前先輩方と予想した事のある質問だった。
しかし、まさか本当にチアンがレナに好意を出だしているのだと勘違いしているのだと目の前につきつけられ、レナはジュリエッタを凝視する。
「……あの、レナさん?」
「あっ、いえ、申し訳ありません。ちょっと、驚いてしまって……」
そう言って視線をそろりと逸らし、再び目の前の美女へ戻す。
気を取り直すように、コホン、と咳払いをして、言う。
「まずチアン殿下がそういう事を言うのはあり得ない事ですが、万が一……いえ、億が一にも満たない可能性でそんなことを言われたら、お断りします」
きっぱりとそう言い放つが、ジュリエッタの瞳は揺れていた。どうやら、信じていないようだ。
まあ、誰かを好きになったらそんな風にもなるよね、とレナは自分でも覚えのある疑心暗鬼ぶりを思い出す。好きな人が出来ると、その人の近くに居る異性は好意を抱いているのではないかと疑わしく思えるものだ。
今のこの質問も、恋する乙女の暴走にしては可愛らしいものとも思えた。
「……私は、他に気になる人が居るので、その方以外の人の想いは受け取れませんので」
レナがそうやって言葉を重ねると、ジュリエッタは信じ切れてはいないが、そこで納得すべきと理性で感情を抑え込んだようで、時間を取らせたことを詫びて去って行った。
その後姿を見送り、ゆっくりと天を仰いで、呟く。
「疲れた……」
そうして肩を落とし、盛大な溜息をついたのだった。
「うむ。混乱しているな」
レナは我に返ると、チアンに縋りついた。
確かに、レナはポポに助けを求めた。
迫る狼に対し、ポポに適切な対処を求め、その後にレナが攻撃しようと思ったのだ。
しかし、その結果、予想外にもほどがある対処をされてしまった。
「ポポが、ポポが狼をまる飲みに!」
「そうだな。いくら張りぼてとはいえ、一応それなりに容量がある。まさかまる飲みされるとは思わなんだ」
まあ、腹の中で紙になっているだろうが、とチアンが淡々と言う。
チアンの言う通りなのか、ポポが不思議そうに腹を撫でている。
「あれの腹もあっくんばりの謎だな。異次元にでも繋がってそうだ」
「ええぇ……?」
もう、何を言えば良いのか分からなかった。
異次元って何?
紙なんて食べて大丈夫なの?
いや、それ以前に自分の何倍も大きい狼をまる飲みにしてたけど、あれって何?
疑問が頭の中を駆け巡るが、それは口の外へ出てこない。
只々混乱し、ようやく口の外に出たことは、恐ろしくシンプルだった。
「ポポはお腹を壊さないでしょうか?」
チアンはそれを聞き、ニヤリと楽しげに笑う。
「余裕だろう」
国が傾きそうな顔だなぁ、と思いながら、レナは大きく息を吐き出した。
***
結局、その日はもう訓練する気にはなれず、レナ達は訓練場を後にした。
チアンに面白かったのでまた訓練に付き合ってやろうと言われ、レナは頬を引きつらせながらお礼を言った。
まる飲み並みの意外性を期待されている様な気がしたが、気のせいだと思いたい。
謎の生物感を増したポポを肩に乗せ、レナは校門へ向かう。
さっさと帰って今日は寝てしまおう、と精神的疲労で重く感じる脚を動かし、校舎を出ようとした、その時だった。
「あの、レナ・サンドフォードさん、……ですわよね?」
「えっ?」
後ろから声を掛けられ、振り向いた先に居た人物に目を見開く。
毛先がクルクル巻いてある艶やかな黒のロングヘアー。白磁の肌に、紫の瞳は垂れてしっとりした色気が滲む。
十八歳という大人になり切れていない未熟さが、清らかな空気を彼女に纏わせ、その美貌に危うげな色を乗せる。
そんな、美しい女性――ジュリエッタ・フーリエ公爵令嬢が、一人で夕暮れの校舎の中に立っていた。
「少し、お聞きしたい事があるのですが、よろしいですか?」
「えっと……、はい……」
返事の間に入った沈黙が、レナのささやかな抵抗だった。
ジュリエッタとのオハナシなんて、きっとレナにとって良いものであろうはずがない。話の内容によっては、面倒な事を引き起こされる可能性がある。
頭の良い女性で、次期王妃として教育され、有能と称されているからには理性面も優れているとは思うが、不安なものは不安なのだ。
時間は取らせないと言われ、その場で向かい合う。
彼女は淡く微笑んでいてもどこか緊張しているのが分かり、何を言われるんだろうと身構える。
そして、彼女は口を開いた。
「もし……、チアン様に愛を告げられたら、貴女はどうしますか?」
「は?」
レナは思わず間の抜けた顔を晒した。
思わぬ――けれど、以前先輩方と予想した事のある質問だった。
しかし、まさか本当にチアンがレナに好意を出だしているのだと勘違いしているのだと目の前につきつけられ、レナはジュリエッタを凝視する。
「……あの、レナさん?」
「あっ、いえ、申し訳ありません。ちょっと、驚いてしまって……」
そう言って視線をそろりと逸らし、再び目の前の美女へ戻す。
気を取り直すように、コホン、と咳払いをして、言う。
「まずチアン殿下がそういう事を言うのはあり得ない事ですが、万が一……いえ、億が一にも満たない可能性でそんなことを言われたら、お断りします」
きっぱりとそう言い放つが、ジュリエッタの瞳は揺れていた。どうやら、信じていないようだ。
まあ、誰かを好きになったらそんな風にもなるよね、とレナは自分でも覚えのある疑心暗鬼ぶりを思い出す。好きな人が出来ると、その人の近くに居る異性は好意を抱いているのではないかと疑わしく思えるものだ。
今のこの質問も、恋する乙女の暴走にしては可愛らしいものとも思えた。
「……私は、他に気になる人が居るので、その方以外の人の想いは受け取れませんので」
レナがそうやって言葉を重ねると、ジュリエッタは信じ切れてはいないが、そこで納得すべきと理性で感情を抑え込んだようで、時間を取らせたことを詫びて去って行った。
その後姿を見送り、ゆっくりと天を仰いで、呟く。
「疲れた……」
そうして肩を落とし、盛大な溜息をついたのだった。
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