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令嬢は踊る

第五十二話 訓練場3

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 そうして暫く魔力量を決めて丸太を攻撃させ、大体の力の大きさを把握したころ、チアンが次の段階へ移ると言った。

「次は曖昧な命令、もしくは明確ではない命令に対する対処がどういうものになるのかの把握だ」
「曖昧な命令?」

 首を傾げるレナに、チアンは咄嗟の時に具体的な命令が出せなかった時に、ポポがどういう行動を取るか把握しておくべきだと言われた。

「まあ、咄嗟の行動などはその時々によって変わるとは思うが、幾つかの例として知っておくと多少心構えが違う」

 そうして、彼は思いをはせるように遠くを見る。

「あっくんの咄嗟の行動は笑えなかったからな……」

 あの白リス、あれは天災だ……、という呟きを聞き、あっくんがいったい何をしたのかが気になったが、嫌な予感がしたので聞かなかった。
 そして気を取り直すように一度頭を振り、チアンは懐から手のひら大の人型に切った紙を取り出した。

「今から私が式神を使う。それを曖昧な命令でポポにどうにかするよう命じてみろ」
「えっ、あの、殿下の式神を攻撃してしまって良いのですか?」

 そう言って、チラ、とポポを見るレナに、チアンは彼女が何を気にしたのか気付く。

「ああ、成るほど。私の式神もポポと同じ生き物だと思ったのだな?」
「はい。……もしかして、違うんですか?」

 レナの言葉にチアンは小さく笑み、人型の紙にふっと息を吹き、それを飛ばす。
 それはヒラリと宙を舞い、地の落ちる頃には白い狼に姿を変えていた。

「これは見かけは狼に見えるが、ただの紙にそれらしいものを吹き込んだだけの張りぼてだ」
「は、はあ……」

 目の前で起こった出来事に目を丸くするレナに、チアンは笑みを深める。

「分類すると、レナのポポは呪法で、この紙で作った式神は呪術だ。呪術の方が代償が軽く、その分性能が劣る。故に呪術の式神には魂がなく、主人が命じた事しか実行できぬ人形となる」
「そうなんですか……」

 呪法や呪術の事はさっぱり分からないレナは、専門家の言葉に興味深そうに頷く。

「ふむ、折角だ。この際、軽く戦闘訓練でもするか」

 魔物相手より良いだろう、と言うチアンに、レナはパッと表情を明るくする。

「良いんですか?」
「構わぬ。これにポポを襲わせて反応を見るより、共闘しての反応の方がより身になろう」

 ありがたい申し出に、レナはよろしくお願いします、と頭を下げた。
 ポポと連携しての戦闘訓練はきっと分からない事だらけだろう。幾らか練習して、魔物との実戦となるだろうが、その前に安全が幾らか保証された戦闘訓練が出来るのならしておきたい。
 それに今の服装は運よく動きやすい服装であるし、お高い服でもないので汚れても構わない。そうした事もあって、レナは躊躇なくチアンの申し出に甘えた。
 その返答を聞き、チアンは頷いて部屋の隅により、部屋の中央部に狼とレナ達が残される。

「では、これに襲わせるので、動け。魔法もマジックアイテムも使って構わない。張りぼてゆえ、一定のダメージを負えば紙に戻る。では、準備は良いか?」
「はい!」
 
 ポポを肩の乗せ、レナは適度に体を緊張させる。

「では、――始め!」

 その号令と共に、狼がレナ達へ襲いかかる。
 レナを噛みちぎらんと牙を剥き出しに、赤い口腔が迫る。

「ひっ」

 目を剥き、短い悲鳴を上げてレナは飛びずさる。近くを通ったそれからは、確かに呼気を感じた。

「で、殿下! 張りぼてじゃないです! これ、本物です!」
「否、張りぼてだ。しかし、私は才気溢れる術者ゆえ、ま、本物と見まごう出来となる」

 レナの悲鳴交じりのそれに、チアンは淡々と答える。
 それを聞いて、成るほど、これがチートバグ野郎か、とやけくそ気味に納得し、ポケットから錠剤程度の大きさのカプセルを取り出し、魔力を通して投げる。
 魔力を通したカプセルが、高い音を立てて弾けた。
 それはネモが作ったと言っていた破裂玉を改良したミニ破裂玉だ。威力は無いが、魔物の気を多少逸らせられ、威力が無いが故に人間の不審者相手にも安心して使える。
 しかしながら、真実張りぼてであるが故に、狼は怯まず、気を逸らさなかった。
 狼は真っ直ぐレナへ襲い掛かり――

「ポポ!」
「ボ」

 レナの号令と共に飛び出したポポが飛び出す。

「ボァァァ……」

 ポポが鳴き声を発し、口を大きく開く。
 そして――空間が、歪んだ。
 狼が、捻れ、歪み、ポポの口に入るくらいに、先端が細くなる。
 その先端から、捻れ、回り、吸い込まれるようにポポの口に入り――

 ――シュポン

 呆れるくらいに軽い音をさせ、ポポの口の中へと納まった。

「……は?」

 レナは呆気にとられた顔をした。
 ごっくん、とそれを飲み込んだポポを見つめ、首を傾げ、宙を見て――再びポポを見る。

「え?」

 混乱したまま再び首を傾げたレナは、チアンに肩を叩かれるまで、ただただ茫然とポポを見つめていた。
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