錬金術師の成り上がり!? 家族と絶縁したら、天才伯爵令息に溺愛されました

悠十

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令嬢は踊る

第四十八話 ハイエルフ1

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 基本的に、『台所錬金術部』の活動参加は自由だ。放課後に顔を見せても良いし、数日見せなくても良い。ネモが部員を厳選しなければ、あっという間に幽霊部員が出来そうな活動内容だった。
 けれど、『台所錬金術部』は居心地がいい。だからか、活動をサボるなんて人間はおらず、忙しい筈の王子達はなるべく参加しているし、レナ達はネモという偉大な錬金術師に教えを乞うチャンスを逃すはずもなく、予定が許す限り参加していた。
 だから、レナはイヴァンは部室に居る可能性が高いと踏んで部室へと急いでいた。
 しかし、部室につく前に声を掛けられた。

「レナ? そんなに急いでどうしたの?」

 その声は、イヴァンのものだった。
 競歩並みのスピードで歩いていたレナはその声に急停止し、つんのめりつつも振り返る。
 
「イヴァン先輩!」

 その声には焦燥感が滲んでいた。
 イヴァンは焦りながら近付いて来るレナに驚きつつも、まるで縋るかのように差し出された手を握る。

「あ、あの、あの、『招き屋』に居た、えっと、さっき――!」
「レナ、落ち着いて。大丈夫だよ、聞くから。ほら、深呼吸」

 焦りのあまり言葉が支離滅裂になりつつあるレナを落ち着かせるように優しく声を掛けられ、レナは指示通りに深く息を吸って、吐く。
 それを数度繰り返し、落ち着いた? と聞かれ、それに頷く。

「それで、随分慌ててたみたいだけど、どうしたの?」
「あ、はい。あの……」

 レナは学園の薬草畑に『招き屋』で見たハイエルフが居た事を話した。
 報告すべきだと思ったそれは、文字に起こせばたった一行で終わるものだ。何だか妙に不安になって焦ってしまったが、よくよく考えれば焦りすぎだったかもしれない。例えあのエルフがハイエルフという上位種族であれども、ここはエルフの里では無いし、ただの一個人だ。関わらない方が良いとはいえ、彼に出来る事は限られており、自分に興味を持った様子など欠片も無いのだ。この怯えは自意識過剰だったかもしれない。
 報告すると共に、不安を吐き出したレナは、ちょっと恥ずかしくなった。
 何となく気まずくて思いながら、チラ、とイヴァンを見ると、彼は意外なほど深刻な顔をしていた。

「あの、イヴァン先ぱ――」
「レナ」

 驚いて声を掛けようとしたら、イヴァンの声と被った。
 
「これは、ヘンリー殿下に相談した方が良いかもしれない」

 思わぬ言葉に、レナは目を見開く。

「ハイエルフは、本当に怖い存在なんだよ」

 真剣な顔をして言われたそれに、レナは息を呑んだ。



   ***



 幸運な事に、ヘンリーは部室に居た。
 ヘンリーは部員の中でも特に多忙であるため、数日間部活に出られないなんて事がよくある。
 ヘンリーだけでなく、四年の先輩達が揃うなか、ハイエルフが学園に居たと報告すれば、全員が酢を飲んだかのような顔をした。

「……レナ、そのハイエルフは白金のストレートの長髪に、緑色の瞳の二十台後半くらいの見目の男か?」

 そう尋ねたのはチアンだ。
 レナはそれに驚きつつ、頷く。

「はい、その通りです。特に瞳は印象的で、奇麗なエメラルドグリーンでした」

 一瞬見ただけでも覚えてしまえる位に美しい宝石のような瞳だった。
 そう言えば、チアンは大きな溜息をついて俯いてしまった。
 それに同情的な視線を投げるのはネモだ。

「それ、チアンのストーカー野郎よ」
「は?」
「え?」

 レナとイヴァンは、思わず呆気にとられる。

「なーんか、チアンの顔を気に入っちゃったらしくて、粘着されてるんですって」
「夏休み前に遭遇しちまったらしいぞ。けど、どうにかすると言ってなかったか?」

 ヘンリーの問いに、どうにかしたが、どうにもならなかった、とチアンが苦い顔をして言う。

「上下関係で私が上だときっちり分からせたが、アレの行動は収まらなかった。何度か叩きのめしたのだが、最近はそれすら喜んでいるようで……」
「「「「うわぁ……」」」」
 
 その言葉に、全員がドン引きした。
 ちょっと前まではとってもシリアスな雰囲気でいたのに、今では恐るべき上位種族ハイエルフがやべぇ上位ストーカーに変換されてしまい、何だかとても恥ずかしい。イヴァンなど遠い目をして意識を彼方に飛ばしている。

「けど、そのストーカーエルフが何で学園に居るのかしら? しかも、薬草畑でしょ? チアンを見に来たなら、そんなところに行くのはおかしいわ」

 ネモの指摘に、チアンが嫌そうな顔をし、ヘンリーはそうだな、と頷く。

「その御仁がこの国の留まっているのはチアンが原因だからな。チアンが関係ないにしても、ハイエルフが学園に、しかも薬草畑に用があるなんて不自然だな」

 そうしてチアンに心当たりがないか尋ねるが、彼は首を横に振った。

「他に執着する者が出来たのなら喜ばしいが、恐らくは違うだろうな。どうせ、面倒な事を考えているに違いない」

 チアンの眉間に寄る皺が深くなり、頭痛を堪えるかのようにその皺を揉む。
 レナは、彼がここまで分かりやすくダメージを負うのを初めて見た。どうやらあのハイエルフは相当に厄介な人物のようだ。

「レナもイヴァンもアレを見かけても追うような真似はするな。アレには私の周りの者を傷つけるなとは言ってあるが、他種族を軽視している。関われば面倒で不愉快な事が起きるだけだ。知らぬふりをして、即座にその場を離れろ」

 端的に関わるなと言われ、レナとイヴァンは素直にそれに頷いた。

「まあ、俺もそのハイエルフの御仁の情報を集めてみるよ。お前も何か分かったら教えてくれ」
「ああ、よろしく頼む」

 溜息をつくチアンに、ヘンリーが慰めるように肩を叩く。
 その光景は、は珍しいものだった。

「いつもならヘンリーが頭を抱えて、チアンは飄々としているのに、立場が逆転してるわね」

 ネモの苦笑と共に言われた言葉に、ヘンリーは俺にも運が向いてきたかなと笑い、チアンは疲れたように肩を竦める。

 --そんなヘンリーが、床に転がって、俺に向く運なんて無かったとさめざめと泣くのは、そう遠くない未来の事である。
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