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令嬢は踊る
第四十七話 薬草畑
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あれから色々と話し合ったが、結局はこちらから何かできる訳でもないので、様子を見るにとどめる事になった。
そもそも、ジュリエッタが国に帰る可能性が高い。レナはサンドフォード家の娘であり、余程の馬鹿でもない限り、サンドフォード家に喧嘩を売る可能性は低いと見たのだ。
まあ、気を付けるに越したことは無いので、人気の少ない場所には近づかず、もし何らかのトラブルがあったなら、ジュリエッタに敵意を向けられて理由を話してしまえと指示された。
そこからチアンに敵意を向けられたらどうするのかと慌てたが、飄々とした顔でどうとでもなる、と言い切られた。チートバグ野郎の名は伊達では無いのだろう。
だからまあ、レナがすべきは言われた通りに人気のない所には近づかず、あまり一人にならないように気を付けた。
そして、遠くからジュリエッタ達の視線を感じても気づかないふりをし、目が合えば愛想よく微笑んで会釈し、決して近づかない。
元々関わり合いの無い人達である。何かしらの感情を含む視線はジュリエッタのものだけで、彼女の周りに侍る男達からは何もない。むしろ、チアンの方に意識が向けられているようだった。
そうした事があって、自意識過剰だったかと胸をなでおろしていた、ある日の事である。
レナは油断していたのだ。彼女達からはレナに対して何のアクションも無かったから。
だから、一人で、ある人物と鉢合わせしてしまったのだ。
その日、レナは学園の薬草畑に来ていた。
薬草畑は学園の端、敷地からはずれた場所にあり、生徒が薬草を観察できるように開放されている。
開放されてはいても採取する事は許されていないが、実物を見れるというのは貴重な機会だ。実際に町の外などで薬草採取をする生徒は、ここで実物を見て採取に向かう者が多い。
レナもまた間違えやすいと言われている薬草を実際に見てみようと、薬草畑に来た。
「これがメレン草。本当に、ミントそっくり」
メレン草は錬金術で使われる弱い毒性のある薬草だ。外見はミントとそっくりなのだが、うぶ毛が無く、ミントの葉よりもつやつやとした光沢がある。
正式名称はメレン草なのだが、一般的にはミントモドキ、などと呼ばれている。
「これが魔力を通すと毒性が無くなって、甘味料になるんだから不思議だよね……」
更に言うならカロリーゼロの甘味料となるので、ダイエット中の女性の強い味方になる。ただし、砂糖特有のコクは無いので、物足りないとも言われている。
このメレン草は繫殖力が強い多年草であり、需要がある薬草なので、駆け出し冒険者などは冬の間はこの薬草を採取して糊口をしのぐ者も居る。
ただ、稀にミントと思って採取して摂取してしまい、メレン草の毒に当たって腹を壊す事故が年に数件は報告されている。
そして、その事故に行き当たったのが幼馴染のエドガーだった。
酷い下痢で苦しんだ例を身近に知っていたため、レナは念のために薬草の確認をしに来たのだ。
そうしてメレン草をよくよく観察し、ミントとの違いをチェックして立ち上がる。他の薬草もチェックして行こうかと歩き出した、その時だった。
「あっ」
思わず、小さな声が漏れた。
常人では聞こえない筈のそれは、エルフの耳には聞こえたらしく、長い笹耳を持つ美しいその人がこちらを見た。
思わず緊張に身を固くし、多少ぎこちなくなったが会釈をする。
彼はこちらに興味が無いようで、特に何の反応も返さずにさっさと歩き去ってしまった。
レナはバクバクと音を立てる胸に震える手を置き、歩き出す。
一刻も早く、この場を去りたかった。
自然と早足になり、早々に薬草畑から出る。
そして、後ろを振り返ってあの美しい白金の髪を持つエルフの姿が見えない事を確認し、大きく息を吐く。
「何で、ハイエルフがこんな所に……」
レナが見たのは、『招き屋』に来ていたあのハイエルフだった。
学園は一般には開放されていないが、一部の薬草畑を除き、比較的育てやすく、貴重でもない薬草を育てているスペースは警備が薄い。校舎は貴人が通う学園でもあるため、警備は厚いのだが、広大なただの畑に割けるほど人手は多くないのだ。
そのため、薬草畑と校舎の間は壁を隔てており、門には行き来する者をチェックする警備員が常駐している。
そうした体制であるためか、薬草畑の警備体制は外部の人間も伝手があれば入れたりする程度だ。それに、そもそもこの畑に貴人が来ないので、今までこの警備態勢で問題になった事は無い。
だから、あのハイエルフも薬草畑に入れたのだろう。
しかし、排他的な上位種族が、彼等が見下す種族が通う学園に何の用があるというのか……
「イヴァン先輩に報告しよう……」
レナはそう呟き、部室へと駆け出した。
***
長い笹耳を持つ美貌のハイエルフは、薬草畑を歩く。先程すれ違った他種族の雌など既に頭にない。
そして、しばらく歩き、目的の場所で鳶色の髪の青年を見つける。
「オーランド・ランドール」
その美声で鳶色の髪の青年――オーランド・ランドールの名を呼ぶと、彼は身を隠していた木陰から姿を現し、恭しく一礼した。
「エリアス様、ご足労いただき申し訳ありません」
オーランドの言葉にハイエルフの男――エリアスは不愉快そうに眉間に皺をよせ、フン、と鼻を鳴らす。
「仕方があるまい。校外だとお前への監視がきつくなる。そうすると、私の目的が果たせないのだからな」
そう言って、エリアスはマジックバックから幾つかの袋を取り出し、オーランドに渡す。
「これで、例の物は作れるのだな?」
「はい、もちろんでございます。既に錬金術師とは話をつけております」
オーランドは渡された物を恭しく受け取り、持っていたマジックバックへ仕舞う。
「ふむ。名を堕としたとはいえ、いくらかの人脈は有効のようだな。約束の物を用意したなら、私もお前との約束を守ろう」
「ありがたく存じます」
そう言って、オーランドは目を細めて薄く笑んだ。
そもそも、ジュリエッタが国に帰る可能性が高い。レナはサンドフォード家の娘であり、余程の馬鹿でもない限り、サンドフォード家に喧嘩を売る可能性は低いと見たのだ。
まあ、気を付けるに越したことは無いので、人気の少ない場所には近づかず、もし何らかのトラブルがあったなら、ジュリエッタに敵意を向けられて理由を話してしまえと指示された。
そこからチアンに敵意を向けられたらどうするのかと慌てたが、飄々とした顔でどうとでもなる、と言い切られた。チートバグ野郎の名は伊達では無いのだろう。
だからまあ、レナがすべきは言われた通りに人気のない所には近づかず、あまり一人にならないように気を付けた。
そして、遠くからジュリエッタ達の視線を感じても気づかないふりをし、目が合えば愛想よく微笑んで会釈し、決して近づかない。
元々関わり合いの無い人達である。何かしらの感情を含む視線はジュリエッタのものだけで、彼女の周りに侍る男達からは何もない。むしろ、チアンの方に意識が向けられているようだった。
そうした事があって、自意識過剰だったかと胸をなでおろしていた、ある日の事である。
レナは油断していたのだ。彼女達からはレナに対して何のアクションも無かったから。
だから、一人で、ある人物と鉢合わせしてしまったのだ。
その日、レナは学園の薬草畑に来ていた。
薬草畑は学園の端、敷地からはずれた場所にあり、生徒が薬草を観察できるように開放されている。
開放されてはいても採取する事は許されていないが、実物を見れるというのは貴重な機会だ。実際に町の外などで薬草採取をする生徒は、ここで実物を見て採取に向かう者が多い。
レナもまた間違えやすいと言われている薬草を実際に見てみようと、薬草畑に来た。
「これがメレン草。本当に、ミントそっくり」
メレン草は錬金術で使われる弱い毒性のある薬草だ。外見はミントとそっくりなのだが、うぶ毛が無く、ミントの葉よりもつやつやとした光沢がある。
正式名称はメレン草なのだが、一般的にはミントモドキ、などと呼ばれている。
「これが魔力を通すと毒性が無くなって、甘味料になるんだから不思議だよね……」
更に言うならカロリーゼロの甘味料となるので、ダイエット中の女性の強い味方になる。ただし、砂糖特有のコクは無いので、物足りないとも言われている。
このメレン草は繫殖力が強い多年草であり、需要がある薬草なので、駆け出し冒険者などは冬の間はこの薬草を採取して糊口をしのぐ者も居る。
ただ、稀にミントと思って採取して摂取してしまい、メレン草の毒に当たって腹を壊す事故が年に数件は報告されている。
そして、その事故に行き当たったのが幼馴染のエドガーだった。
酷い下痢で苦しんだ例を身近に知っていたため、レナは念のために薬草の確認をしに来たのだ。
そうしてメレン草をよくよく観察し、ミントとの違いをチェックして立ち上がる。他の薬草もチェックして行こうかと歩き出した、その時だった。
「あっ」
思わず、小さな声が漏れた。
常人では聞こえない筈のそれは、エルフの耳には聞こえたらしく、長い笹耳を持つ美しいその人がこちらを見た。
思わず緊張に身を固くし、多少ぎこちなくなったが会釈をする。
彼はこちらに興味が無いようで、特に何の反応も返さずにさっさと歩き去ってしまった。
レナはバクバクと音を立てる胸に震える手を置き、歩き出す。
一刻も早く、この場を去りたかった。
自然と早足になり、早々に薬草畑から出る。
そして、後ろを振り返ってあの美しい白金の髪を持つエルフの姿が見えない事を確認し、大きく息を吐く。
「何で、ハイエルフがこんな所に……」
レナが見たのは、『招き屋』に来ていたあのハイエルフだった。
学園は一般には開放されていないが、一部の薬草畑を除き、比較的育てやすく、貴重でもない薬草を育てているスペースは警備が薄い。校舎は貴人が通う学園でもあるため、警備は厚いのだが、広大なただの畑に割けるほど人手は多くないのだ。
そのため、薬草畑と校舎の間は壁を隔てており、門には行き来する者をチェックする警備員が常駐している。
そうした体制であるためか、薬草畑の警備体制は外部の人間も伝手があれば入れたりする程度だ。それに、そもそもこの畑に貴人が来ないので、今までこの警備態勢で問題になった事は無い。
だから、あのハイエルフも薬草畑に入れたのだろう。
しかし、排他的な上位種族が、彼等が見下す種族が通う学園に何の用があるというのか……
「イヴァン先輩に報告しよう……」
レナはそう呟き、部室へと駆け出した。
***
長い笹耳を持つ美貌のハイエルフは、薬草畑を歩く。先程すれ違った他種族の雌など既に頭にない。
そして、しばらく歩き、目的の場所で鳶色の髪の青年を見つける。
「オーランド・ランドール」
その美声で鳶色の髪の青年――オーランド・ランドールの名を呼ぶと、彼は身を隠していた木陰から姿を現し、恭しく一礼した。
「エリアス様、ご足労いただき申し訳ありません」
オーランドの言葉にハイエルフの男――エリアスは不愉快そうに眉間に皺をよせ、フン、と鼻を鳴らす。
「仕方があるまい。校外だとお前への監視がきつくなる。そうすると、私の目的が果たせないのだからな」
そう言って、エリアスはマジックバックから幾つかの袋を取り出し、オーランドに渡す。
「これで、例の物は作れるのだな?」
「はい、もちろんでございます。既に錬金術師とは話をつけております」
オーランドは渡された物を恭しく受け取り、持っていたマジックバックへ仕舞う。
「ふむ。名を堕としたとはいえ、いくらかの人脈は有効のようだな。約束の物を用意したなら、私もお前との約束を守ろう」
「ありがたく存じます」
そう言って、オーランドは目を細めて薄く笑んだ。
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