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令嬢は踊る

第四十六話 婚約4

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「さて、じゃあヘンリーへの婚約祝いは『夜中に動く巨大招き猫』に決まったところで、ジュリエッタ嬢が何でレナちゃんにあんな顔をした推測を話しましょうか」
「うむ」
「えっ」
「ちょっと待って下さい。明らかにいわく付きと思われる物品名が聞こえたんですが⁉」

 四人は落ち着ける場所――部室に集まり、レナとイヴァンがお茶を用意した所で、ネモがそうぶち上げた。
 王族相手に明らかにヤバイ物を贈ると宣う先輩二人に、レナは呆気にとられ、イヴァンが慌ててそれを止める。

「大丈夫よ。夜中に不審者が出たらそれを狩るだけの物らしいから」
「うむ、付喪神的なアレでな。大事にされれば家を守るし、粗末な扱いをされれば災いをもたらすだけの逸品だ」
「駄目じゃないですか!」

 違う物にしてください! といつにない強気な姿勢で言い切るイヴァンに、ネモ達は不満そうに声を上げるが、彼はそれを無視して婚約祝いは花を贈ると強引に決定した。
 ヘンリーの穏やかな生活が守られた瞬間である。
 そんなやり取りを苦笑いしながら、レナはポポにパウンドケーキを与えつつ考える。
 あのジュリエッタの様子は、狙っている男のただの後輩を見る目では無かった。レナを警戒し、僅かながら敵意を向けていた。
 別にジュリエッタがレナをどうこうしようと思っているとは思わない。王太子の婚約者に選ばれ、教育されていた彼女はそれに相応しいだけの理性と計算高さがある。そこから、レナに何かしらの手を出すとは思えない。

「ジュリエッタ様って、これからどうするつもりなんでしょう?」

 ポツリと零したその呟きに、先輩達がこちらを見る。

「フーリエ公爵家はランタナ王国の王族の後ろ盾が欲しかったんですよね? でも、ヘンリー殿下はご婚約されて、それは無理になりました。それだと、お国に帰られるんでしょうか?」

 レナの疑問に、イヴァンが難しい顔をする。

「どうだろうね? もしかすると、ヘンリー殿下が駄目でも、この国の有力貴族の子弟を狙うかもしれない。ただ、殿下ほど旨味は無いから、帰る可能性も無い訳じゃ無いし……」

 それに頷くのはチアンだ。

「ヘンリーが駄目なら、国外の有力貴族と繋がるより、国内の有力貴族と繋がる方が利になるだろうな。しかし、ジュリエッタ嬢の異性への魅了具合を見るに、生半可な男では血を見る羽目になりそうだ」

 ネモが溜息をつきながら肩を竦める。

「まあ、あのお嬢様もお気の毒よね。本人にそのつもりがないのに、次々に好きでもない男を魅了していっちゃってさ。その男達にお相手が居たなら、確実に恨まれるじゃない。権力者ってのは、ただでさえ負の感情を抱かれやすいのに、いらない恨みを買っちゃってさ」

 貴族の令嬢らしく、家の意向に従って粛々と行動しているのに、本人の意向からどんどん周りが外れていってしまっている。
 その外れた男達はジュリエッタの周りに侍り、彼女を手に入れんと動き出すだろう。

「ジュリエッタ様は私を見て顔を強張らせていましたけど、あれ、何だったんでしょうか? 微かにですけど、敵意を感じました。ジュリエッタ様が何かしてくるとは思いませんけど、あの方に好意を持った人が暴走しないか心配です」

 前述したように、ジュリエッタがレナに何かしてくるとは思わない。
 しかし、彼女の周りの男達はどうだろうか?
 彼女に気に入られるために、先走る者が出ないとは言い切れないのではないか。
 何せ、彼女は魅了してしまった男達の手綱を持っていない。そのつもりが無かったのに、勝手に魅了されたためだ。
 そして、母国に帰る可能性が出て来た彼女は、果たしてその手綱をわざわざ握ろうとするだろうか?
 
「んー、流石にレナちゃんに何かする馬鹿は居ないと思いたいけど……」
「まあ、レナの周りを嗅ぎまわる人間は居そうだな」

 先輩二人の言葉にレナは渋い顔をし、イヴァンがふと思い出したように尋ねる。

「そういえば、師匠。ジュリエッタ嬢がレナを見た時、そっちに行ったか、って言ってましたけど、あれってどういう意味ですか?」

 それにネモは「ああ、それ?」と言って答える。

「ホラ、私がチアンの傍に居るのって護衛でもあるけど、チアンの相手として誤解してくれないかな、って期待もあったじゃない。それで何かしてくればそれをネタに追い出そう、って寸法でさ」

 そう言えばそうだったな、とレナとイヴァンは頷く。

「けど、どういう訳かジュリエッタ嬢はチアンはレナちゃんに気があるんじゃないか、って思っているみたいね」
「えっ⁉」
「は?」
「ほう?」

 レナは驚きに目を見開く。
 その隣でイヴァンは真顔になり、チアンは面白そうに目を細める。

「だから恋敵かもしれないレナちゃんに敵意を向けたし、チアンがレナちゃんに触れた時あんな顔をしたってわけ」
「そんな馬鹿な!? あり得ないですよ⁉」
「おやおや」

 悲鳴じみた声でそう叫ぶと、チアンがクスクスと笑いながらレナの方へ身を乗り出す。
 
「折角だ。その勘違いに乗ってみるか?」

 するりと撫で上げられるように顎を取られ、東国のエキゾチックな香りが鼻をくすぐる。
 妖しい笑みを浮かべる絶世の美貌が、見たこともない様な色気を滴らせてレナの眼前に――

「わぁぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
「ぴゃぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

 イヴァンが悲鳴を上げ、レナを守る様に抱き込んでチアンから引き離し、レナも未だかつて見た事も体験した事も無い色気を前に悲鳴を上げる。
 そんな後輩達に、チアンはカラカラと面白そうに笑い、ネモは呆れた顔をして、何をしているんだか、と肩を竦めたのだった。

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