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令嬢は踊る

第四十話 新生物誕生1

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 アメリアのお見舞いに言った翌日、レナは部室に居た。
 二つ名持ちの錬金術師との差を色んな意味で知ったレナは、中級疲労回復ポーション作りを作りをお休みし、たまには美容用品以外の物も作ってみようと考えていた。
 まあ、息抜きである。

「何がいいかなぁ……」

 そう言いながら捲るのは、錬金術の教本だ。
 その教本には基本的なものしか載っておらず、それに記載されている物は全て作った事がある。
 ならば、何故それを見ているのか――

「うーん……、ドーズの傷薬か……。これ、マンドレイクの粉と聖水を入れたら、軽度の瘴気浄化作用とか持たせられないかな……?」

 それは、この基本となる品々を改良できないかと思ったからだ。
 別に、これらの改良品が無いわけではない。しかし、別のアプローチから新たな発見が無いわけでは無い。
発見があればラッキーだし、無ければ経験になるだけだ。気分転換でもあるので、レナは軽い気持ちで材料を取り出し、鍋の前に立った。

 

   ***



 ――ボァァァァ……

 不気味な声が、『台所錬金術部』の部室に響く。
 レナは汗をダラダラ流しながら、顔色を悪くして正座していた。
 彼女の前には仁王立ちのネモがおり、その顔は『無』だ。

「レナちゃん……」
「はい……」

 厳かな声が、レナの名を呼ぶ。
 イヴァンはレナを心配そうに見つめ、残りの部員達は鍋をガン見している。

「あれは、何ですか?」
「ドーズの傷薬の改良版……に、なる筈だったモノです……」

 ――ボァァァ……

 レナの後ろで、レナ愛用のホーロー鍋からくぐもった声が上がる。

 ――べちゃり

 鍋の縁に手をかけるのは、紫色の粘液性のナニカ。
 そして、それはゆっくりと鍋の縁から顔を出す。
 心霊写真に写る幽霊の如き顔をしたスライムのようなそれは、物珍しそうに周囲を見渡す。

 ――ボァァァ……

「なんっっっで、ドーズの傷薬から新生物が誕生してるの!?」
「わかりませぇぇぇん!」

 そんな、ちょっとした魔物よりも数倍は悍ましい雰囲気を纏ったそれをバックに、レナは半泣きになって顔を両手で覆った。



   ***



 机の上に件の新生物の入った鍋を置き、それを部員達が取り囲む。
 鍋の中の紫色の粘液生物は、あっくんに物珍しそうにツンツンされ、迷惑そうに顔を顰めている。

「ドーズの根、クラレシアの精製液、プーレの葉、マンドレイクの粉、そして聖水……」

 ネモが読み上げているのは、レナが目の前の新生物を創り出した際に使った材料である。
 それが描いてあるメモ書きを、四年の先輩達は顔を寄せ合って覗き込んでいる。

「嘘でしょ……。何でこの材料でコレが生まれるの……?」
「魔力の関係とか、そういう事は無いのか?」
「あり得ないわよ!」
「しかし、現実にはあり得ているが」

 そうして先輩達はメモ書きから顔を上げ、信じらんねぇ、と言わんばかりの表情で新生物を見る。

「レナ、あの材料以外に何か入れなかった?」
「入れてないですぅぅぅ……」

 イヴァンの質問に、レナは半泣きで首を横に振る。
 そんなレナの様子に、彼は首を傾げる。

「それじゃあ、材料の方に何か混ざってたのかな? その材料、何処で手に入れたの?」
「えっと、ドーズの根とプーレの葉は自分で採って来て、クラレシアの精製液は『ゼメイン薬剤店』で――」
「え、マジか?」

 その薬剤店の名を聞き、ヘンリーが反応した。

「もしかして、『ゼメイン薬剤店』に何かあるんですか?」
「あー……」

 イヴァンの質問に、ヘンリーに視線が集まる。
 ヘンリーはどうしたもんか、と困ったように視線を彷徨わせ、言える所だけな、と言い置いて告げる。

「あそこ、ちょっと前からヤバイんじゃないか、って噂があってな。まあ、調べてる最中だ」
「えっ⁉」
「うっそ、『ゼメイン薬剤店』よ? パレンダ婆さんがそんなヤバイもの売るかしら?」

 レナは驚きの声を上げ、ネモもそれに反論する。
 パレンダ婆さんは御年七十八歳のベテラン薬師である。彼女の店の薬剤は全て品質が良く、『ゼメイン薬剤店』の品は安心して買えると評判だった。
 しかし、ヘンリーは肩を竦めて言う。

「代替わりしたんだよ。パレンダ婆さんは弟子に後を任せたんだが、その弟子が下手をうって店を乗っ取られたんだ」

 その情報に、錬金術師三人は顔を顰めた。

「それ、いつ頃の話ですか?」
「三か月くらい前だな」

 じゃあ、それ以降に買ったものはチェックしないと、とイヴァンが呟く。
 レナも『ゼメイン薬剤店』で買った物を脳内でピックアップしながら、渋い顔をする。

「まあ、何にせよ、その薬液に何か混ざっていたのだろうな」

 ――ボァァァ……

 チアンの冷静な声に重なるように、鍋の中の新生物が鳴く。
 『ゼメイン薬剤店』のことを話す先輩達を横目に、改めて新生物を見て、レナは眉を下げる。

「それにしても、コレはどうすれば……」

 対処の仕方は魔物と一緒で良いのだろうか? 何だか違う生物に思えて仕方がないのだが……
 そう思いながら新生物を見ていると、チアンがふと何か思い立ったように懐から東国風の、小さい猿を模した面を取り出した。
 それは金の縁取りが施されており、ちょっとした装飾品のように見えた。
 
「レナ、これを使ってみると良い」

 それを見て、レナは首を傾げる。

「チアン殿下、これは何ですか?」
「これは式神――、こちらで言う使い魔を作る際に用いる面だ」
「使い魔」

 契約召喚獣は幻獣に対して行う契約魔法の一種だが、使い魔は知能の低い魔物を縛り、使役する魔法だ。

「まあ、一応呪法なのだが、この面が代償変わりになり、支払うものは魔力だけで済む。レナの魔力量なら十分の一程度だろう」
「成るほど」

 無益な殺生をするより、使い魔に出来るのならそうした方が良いのかもしれない。
 本当に使って良いのか尋ねるが、構わないと言われたので素直に礼を言う。
 そうして面を渡され、使い方を説明される。
 レナは小さな猿面を持ち、緊張した面持ちで紫色の新生物の前に立った。

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