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令嬢は踊る

第三十九話 アメリア・オルセン伯爵令嬢5

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「さて、あとは魔力循環の調節をちょっとしましょうか」
「まりょくじゅんかん?」

 聞きなれないそれに、アメリアとエラが目を瞬かせる。
 ネモに準備するから説明よろしく、と説明役を投げられ、レナはちょっとドギマギしつつも、それを説明する。

「えっと、長く体調を崩していると体内の魔力の流れが悪くなる事があるんです。それは別に療養を続けて規則正しい生活を続けていれば自然と治るんですけど、魔力循環を調節する技術のある人も居て、その場合はその人に魔力循環の調節をしてもらうとかなり体が楽になります」

 しかし、その魔力循環の調節はなかなか難しい技術になるので、それを行えるものは少ない。

「貴族の方は平民より運動不足になりがちで、魔力もそういう職に就いていない限りあまり使う事がありません。そういう人達は長く患うと、魔力の流れが悪くなりやすいんだそうです」

 そうやって説明していると準備が出来たらしく、ネモに声を掛けられる。
 テーブルの上には四十センチ四方の銀板が置かれており、それには、中央に大きな魔法陣、両サイドにそれにつながる小さな魔法陣が彫られている。
 銀板の中央部の魔王陣には三つの透明な人工魔石が設置されており、その人工魔石の中で金粉のような光がチラチラと舞い、光っている。
 その人工魔法石が入った小箱をネモから受け取り、席を立つ。

「お医者先生には許可を頂いたし、むしろ魔力循環の調整が出来る人間が居るならすべきだと勧められたわ。これが証明ね」

 そう言って、アメリアに医師からの手紙を渡す。
 それにはネモの身分証明からその腕の確かさを保証するものであり、是非魔力循環をすべきだと勧めるものだった。

「伯爵様に許可を頂くべきでしょうか?」
「いえ。エラさんの紹介であり、医師の勧めがあるのなら必要ありません。ただ、錬金術師ギルドのギルドカードを見せていただけますか?」

 錬金術師ギルドでは、冒険者ギルドと同じくギルドカードが発行される。
 そのギルドカードには生年月日と登録年月日、そして賞罰が記載されている。そのため、それを見ればある程度の判断基準になる。
 しかし、その生年月日から実年齢がバレるため、ネモは少々渋い顔をしながらそれを渡した。
 アメリアはそれを見て、本当に長く生き、活動している人なのだな、と思う。そして、賞罰の欄に『……他』という文字を見て、このカードに記載できない程に功績と罰則を受けているのかと目を瞬かせる。
 そして、それを読み込み、気付く。

「二つ名――『白銀の錬金術師』⁉」

 ぎょっとして叫び、アメリアがレナとエラを見る。
 これは本当なのかと言わんばかりの彼女の様子に、レナ達は、その気持ち分かります、と遠い目をしながらそれに頷く。
 
「これは……、そうね、お医者様も勧めるはずだわ……」

 は~、とアメリアは深く息を吐き、椅子に身を沈めた。
 そんなアメリアに、ネモはニコ! と笑う。

「じゃあ、魔力循環の調整をしましょうか」

 そう言って銀板の上で両手を差し出すネモに、アメリアは改めてネモを見て、少し疲れたように苦笑した。



   ***



 ネモとアメリアが銀板を挟むようにして対面に座り、それに刻まれた三つの魔法陣のうち、サイドの小さい魔法陣の上にそれぞれ手を置く。
 手を重ねず、魔法陣に触れるように置いたそれを確認し、ネモが口を開いた。

「さて、始める前に少し説明しますが、良いですか?」
「はい」

 頷くアメリアに、ネモが説明する。

「まず、私はこの魔法陣に魔力を流し、魔力を流します。そうすると、この中央部分の魔法陣と人口魔石が魔力を変換して他人に直接魔力を通して問題ないまで魔力の個性を薄くします」
「魔力の……個性?」
「ええ、個性。人それぞれに魔力の特徴があるんですけど、ま、その説明はまた機会があれば。魔法で傷の回復をする時とかは特に考えなくてもいいんですけど、魔力循環の調整をする時はこの個性を薄めた方が良いんです」

 魔力の個性を薄めなくても出来なくは無いが、薄めないと妙にくすぐったく感じるのだとネモは語った。
 興味深そうに聞くアメリアに、ネモが微笑む。

「そうして変換した魔力をアメリア様に通し、循環させます。その時は体の芯が少し暖かくなるような心地になりますが、特に痛くなるとかはありません。まあ、ちょっと眠くなるかもしれませんけど」

 そうして、分かったとアメリアが頷いた。
 それを確認し、ネモは、それじゃあ、始めます、と言って魔法陣に魔力を流す。
 その魔力は魔法陣を淡く光らせ、人工魔石がキラキラと光の粒子を散らす。
 暫くすると、アメリアの口から、あら、と小さな声が漏れた。

「何だか、体の芯がポカポカしてきました」
「魔力が流れ始めたんですね。もうしばらく流し続けますから、そのままの体制でいて下さい」

 そうしている内に、中央の人工魔石の一つが放つ光の粒子が少なくなっていく。
 レナは急いでそれをネモに渡された新しい人工魔石に取り換える。
 それを皮切りに他の魔石も光の粒子が少なくなっていき、それが完全に消える前に新しい物へと取り換える。
 ネモが欲しがった助手の仕事の一つが、これだ。
 人工魔石の魔力量の残量見極めと、付け替えである。
 そうして、その人工魔石の付け替えを二回ずつ繰り返したところで、魔法陣から光が消えた。
 
「はい、お疲れさまでした。これでお終いです」
「ありがとうございました」

 ネモの言葉に、アメリアが微笑んで礼を言う。
 アメリアの頬は健康そうにほんのりと赤く染まり、心なしかポヤンとして瞼が少しばかり降りている。

「何だか、おっしゃっていたように、ちょっと眠くなってきました」

 目を何度か瞬かせながら、そう言って苦笑する彼女に、レナ達も微笑みを返す。
 そうして、レナ達はそろそろお暇することにした。
 見送りは断り、そのまま眠ることを勧めてオルセン伯爵邸を後にする。
 大通りでエラと別れ、レナははぁぁ、と深いため息をついた。

「レナちゃん、疲れた?」
「あ、いえ、その……」

 レナは視線を彷徨わせ、言う。

「ネモ先輩は凄いなぁ、って思って……」

 二つ名持ちの錬金術師と、まだまだ駆け出しの見習い錬金術師を比べる方が間違っているのだろうが、なまじ見かけが同年代なものだから、どうにも比べてしまう。
 そんなレナの様子にどうやら覚えがあるらしく、ネモはあー……、と少し困ったように声を漏らし、言う。

「そりゃぁ、生きた年月分、重ねた経験が桁違いだからね……」

 そうしてネモは暫し悩み、仕方ない、と呟いて懐からカードを取り出した。

「取りあえず、私はこれだけ生きてるから、レナちゃんが落ち込む必要なんてないのよ」

 トップシークレットだから誰にも言わないでね、と言って、それをレナに渡して来た。
 レナは何だろうと小首を傾げながらそれを受け取り、目を見開く。
 それは、錬金術師ギルドのギルドカードだった。
 そして、ネモの言葉から察するに、生年月日を見ろという事なのだろう。
 レナはその指示通りにそれを見て、目を見開く。

「えっ⁉ ネモ先輩って、生まれたのが――」
「シャラァァァァップ! トップシークレット!」

 ネモの叫び声に掻き消され、その秘密は誰の耳にも届くことは無かった。
 しかし、レナは後日、イヴァンに一言だけ漏らしてしまう。

「ネモ先輩の言う通り、桁が違いました……」

 その時のレナは、何処でもない何処かを見つめる猫のような顔をしていたと、後にイヴァンは語った。



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