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令嬢は踊る
第三十八話 アメリア・オルセン伯爵令嬢4
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「泣く、というのは良い事なのかもしれないわね。私はあの方から婚約解消を求められたとき、泣けなかったの。突然手紙が来て、真実愛する人が出来たから婚約を解消すると決定事項のように書いてあって……。混乱して、茫然としているうちに全てが進んで、終わってしまったから……」
あの人とも結局一度も会わずに終わってしまったの、とアメリアは呟く。
「そうしているうちにあの人はジュリエッタ様を伴って帰国して、学園に通う事になったと聞いて酷い脱力感に襲われたわ……。オーランド様が留学から帰ってきたら、ウエディングドレスのデザインを一緒に見て下さるって、約束してたのに……。婚約して三年、あの月日は何だったのかしら……」
アメリアの目から、ポロリ、と涙がこぼれる。
「でも、全て終わったのよね。誰も彼もが次を目指して、踏み出してる。私も、踏み出さないといけないのね……」
涙を流しながら、歪に微笑むアメリアに、エラがそっとハンカチを差し出す。
彼女はそれに礼を言って受け取り、それで目元を拭う。
「……さっき、隣の部屋で私を望んで下さっている方のお話を聞いたの。とても面白かったわ。ネモさんや、お友達に振り回されている様子が目に浮かぶようだった。……きっと、とても賑やかで活動的で、懐の深い方なんでしょうね」
そう言われ、脳裏に浮かぶヘンリーの苦労人具合を思い出す。
ネモに赤トンガリ覆面を被せられ、チアンのマイペースぶりに眉間に皺を刻み、錬金術師達の暴走具合に頭を抱え、政治的理由により生まれた英雄に溜息をつき、問題を連れて帰国したクソバカボンボンに盛大に舌打ちし、亡命野郎に怒髪天を衝いていた。
確かに、色んな人間に振り回されて大変そうだった。彼は泣いて良い。
「オーランド様への想いはちゃんと終わりにして、前を向けなければ。私には、この家を継ぐ責任があるのだから……。ネモさんがおっしゃっていたような方なら、きっと毎日賑やかで、楽しくなると思うの。お名前は聞いてないのだけど、お会いするまでに体調を整えておかないとね」
アメリアは未だにホロホロと涙を零していたが、その表情からは小さいながら、決意の灯が見えた。泣く事で、少しは心の澱を減らす事が出来たのだろう。
涙を零し続けるアメリアに、レナはここでお暇して、一人にしてあげるべきだろうかと考える。
どうするべきかとエラに目配せを送った――その時だった。部屋の戸がノックされ、外からネモが戻って来た事を告げる声がした。
アメリアが入室を許すと、ネモが入って来たが、彼女の様子を見て少し驚いたような顔をした。
「アメリア様、どうかなさったんですか?」
「いえ、何でもないの。……ふふ、泣くとスッキリするのね」
「ああ……。そうですね」
ネモはアメリアの言葉に何か察したらしく、優しい目をして沢山泣くと良いですよ、と言った。
しかしアメリアはそれに微笑み、涙を一粒零してから、それ以上泣くことは無かった。
彼女はネモに席を勧め、エラにハンカチは洗って返すからと告げる。
そんな遣り取りを横目に、ネモがレナに話しかけてきた。
「レナちゃんが作った基礎化粧品が出ている所を見ると、それの紹介をしてたの?」
「あ、はい。そうです」
それにレナが頷くと、ネモは成るほど、と呟いて、自身のマジックバックを漁る。
「それなら私もポーションを紹介しようかしら」
お医者先生に聞いた限りでは、美容ポーション渡しても大丈夫そうだからね、と言うネモに、目を剥く。
「ま、まさか、あの美白美容ポーションですか⁉」
思わず声が大きくなり、アメリアとエラの視線がこちらに向く。
アメリアがパチパチと目を瞬かせ、尋ねる。
「美白美容ポーション?」
「私が作った肌を少し白くして、プルプルになるポーションですよ」
そう言ってネモは美白美容ポーションを取り出し、コトリ、とテーブルに置く。
エラがそれを恐れと憧れが混ざった目で見ながら、あわわ、と慄く。なにせ、金貨一枚の品だ。一本、タダで貰ったが、未だに恐ろしくて飲めていない。特別な日の前日か、賞味期限ギリギリまで飲める気がしない。
アメリアはそんなエラの様子に気付かず、珍しそうにポーションを手に取って眺める。
「まあ、それはかなりお値段が高いから、若い令嬢が飲むならこっちね」
そう言って、淡いオレンジ色のポーションを取り出す。
「これは肌の調子を整えてくれる美容ポーション。アメリア様の年齢で、レナちゃんの基礎化粧品を使うなら、こっちで十分」
ちなみにこれ一本銅板一枚、と言い、レナは思わず食堂のランチ一食分、と呟く。しかし、金貨一枚に比べて何て良心的なお値段だろうか。視界の端に映るエラも、ポーションに熱い視線を送っている。
「お医者先生にお薬との飲み合わせを聞いて来たけど、これは飲んでも大丈夫。飲むなら夕食の後に飲んで下さいね」
そうして、ネモは隣室での診察と、医師からの話で分かった事を話していく。
「とりあえず、日光浴不足と運動不足です。毎日ゆっくりでいいですから、一時間は散歩して下さい。日焼けが気になるなら日焼け止めを塗って下さいね」
レナちゃんは日焼け止めは作ってる? と尋ねられ、商品化一歩手前位のサンプルならあると答える。
「基礎化粧品は商品化が決まって、来月に発売だったっけ?」
「はい、そうです。日焼け止めはもうちょっと手を加えられないかと思って、今は色んな人に試してもらっています」
成るほど、それなら今回はレナの日焼け止めは見送ろう、とネモはマジックバックから自作の日焼け止めクリームを取り出す。
「まあ、日焼け止めクリームは自前の物を使ってもらっても良いんですけど、基礎化粧品はレナちゃんの物に変えて欲しいですね。下手に高いものより、質が良いんで」
それにアメリアは頷く。確かに、あの美容液は素晴らしい物だったし、それならば他の物も期待できるだろう。
そうして、それぞれ肌に塗ってみて、いつも使っている物より肌に合うと分かり、アメリアは笑顔でそれらを購入する事を決めた。
あの人とも結局一度も会わずに終わってしまったの、とアメリアは呟く。
「そうしているうちにあの人はジュリエッタ様を伴って帰国して、学園に通う事になったと聞いて酷い脱力感に襲われたわ……。オーランド様が留学から帰ってきたら、ウエディングドレスのデザインを一緒に見て下さるって、約束してたのに……。婚約して三年、あの月日は何だったのかしら……」
アメリアの目から、ポロリ、と涙がこぼれる。
「でも、全て終わったのよね。誰も彼もが次を目指して、踏み出してる。私も、踏み出さないといけないのね……」
涙を流しながら、歪に微笑むアメリアに、エラがそっとハンカチを差し出す。
彼女はそれに礼を言って受け取り、それで目元を拭う。
「……さっき、隣の部屋で私を望んで下さっている方のお話を聞いたの。とても面白かったわ。ネモさんや、お友達に振り回されている様子が目に浮かぶようだった。……きっと、とても賑やかで活動的で、懐の深い方なんでしょうね」
そう言われ、脳裏に浮かぶヘンリーの苦労人具合を思い出す。
ネモに赤トンガリ覆面を被せられ、チアンのマイペースぶりに眉間に皺を刻み、錬金術師達の暴走具合に頭を抱え、政治的理由により生まれた英雄に溜息をつき、問題を連れて帰国したクソバカボンボンに盛大に舌打ちし、亡命野郎に怒髪天を衝いていた。
確かに、色んな人間に振り回されて大変そうだった。彼は泣いて良い。
「オーランド様への想いはちゃんと終わりにして、前を向けなければ。私には、この家を継ぐ責任があるのだから……。ネモさんがおっしゃっていたような方なら、きっと毎日賑やかで、楽しくなると思うの。お名前は聞いてないのだけど、お会いするまでに体調を整えておかないとね」
アメリアは未だにホロホロと涙を零していたが、その表情からは小さいながら、決意の灯が見えた。泣く事で、少しは心の澱を減らす事が出来たのだろう。
涙を零し続けるアメリアに、レナはここでお暇して、一人にしてあげるべきだろうかと考える。
どうするべきかとエラに目配せを送った――その時だった。部屋の戸がノックされ、外からネモが戻って来た事を告げる声がした。
アメリアが入室を許すと、ネモが入って来たが、彼女の様子を見て少し驚いたような顔をした。
「アメリア様、どうかなさったんですか?」
「いえ、何でもないの。……ふふ、泣くとスッキリするのね」
「ああ……。そうですね」
ネモはアメリアの言葉に何か察したらしく、優しい目をして沢山泣くと良いですよ、と言った。
しかしアメリアはそれに微笑み、涙を一粒零してから、それ以上泣くことは無かった。
彼女はネモに席を勧め、エラにハンカチは洗って返すからと告げる。
そんな遣り取りを横目に、ネモがレナに話しかけてきた。
「レナちゃんが作った基礎化粧品が出ている所を見ると、それの紹介をしてたの?」
「あ、はい。そうです」
それにレナが頷くと、ネモは成るほど、と呟いて、自身のマジックバックを漁る。
「それなら私もポーションを紹介しようかしら」
お医者先生に聞いた限りでは、美容ポーション渡しても大丈夫そうだからね、と言うネモに、目を剥く。
「ま、まさか、あの美白美容ポーションですか⁉」
思わず声が大きくなり、アメリアとエラの視線がこちらに向く。
アメリアがパチパチと目を瞬かせ、尋ねる。
「美白美容ポーション?」
「私が作った肌を少し白くして、プルプルになるポーションですよ」
そう言ってネモは美白美容ポーションを取り出し、コトリ、とテーブルに置く。
エラがそれを恐れと憧れが混ざった目で見ながら、あわわ、と慄く。なにせ、金貨一枚の品だ。一本、タダで貰ったが、未だに恐ろしくて飲めていない。特別な日の前日か、賞味期限ギリギリまで飲める気がしない。
アメリアはそんなエラの様子に気付かず、珍しそうにポーションを手に取って眺める。
「まあ、それはかなりお値段が高いから、若い令嬢が飲むならこっちね」
そう言って、淡いオレンジ色のポーションを取り出す。
「これは肌の調子を整えてくれる美容ポーション。アメリア様の年齢で、レナちゃんの基礎化粧品を使うなら、こっちで十分」
ちなみにこれ一本銅板一枚、と言い、レナは思わず食堂のランチ一食分、と呟く。しかし、金貨一枚に比べて何て良心的なお値段だろうか。視界の端に映るエラも、ポーションに熱い視線を送っている。
「お医者先生にお薬との飲み合わせを聞いて来たけど、これは飲んでも大丈夫。飲むなら夕食の後に飲んで下さいね」
そうして、ネモは隣室での診察と、医師からの話で分かった事を話していく。
「とりあえず、日光浴不足と運動不足です。毎日ゆっくりでいいですから、一時間は散歩して下さい。日焼けが気になるなら日焼け止めを塗って下さいね」
レナちゃんは日焼け止めは作ってる? と尋ねられ、商品化一歩手前位のサンプルならあると答える。
「基礎化粧品は商品化が決まって、来月に発売だったっけ?」
「はい、そうです。日焼け止めはもうちょっと手を加えられないかと思って、今は色んな人に試してもらっています」
成るほど、それなら今回はレナの日焼け止めは見送ろう、とネモはマジックバックから自作の日焼け止めクリームを取り出す。
「まあ、日焼け止めクリームは自前の物を使ってもらっても良いんですけど、基礎化粧品はレナちゃんの物に変えて欲しいですね。下手に高いものより、質が良いんで」
それにアメリアは頷く。確かに、あの美容液は素晴らしい物だったし、それならば他の物も期待できるだろう。
そうして、それぞれ肌に塗ってみて、いつも使っている物より肌に合うと分かり、アメリアは笑顔でそれらを購入する事を決めた。
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