上 下
56 / 151
令嬢は踊る

第三十八話 アメリア・オルセン伯爵令嬢4

しおりを挟む
「泣く、というのは良い事なのかもしれないわね。私はあの方から婚約解消を求められたとき、泣けなかったの。突然手紙が来て、真実愛する人が出来たから婚約を解消すると決定事項のように書いてあって……。混乱して、茫然としているうちに全てが進んで、終わってしまったから……」

 あの人とも結局一度も会わずに終わってしまったの、とアメリアは呟く。

「そうしているうちにあの人はジュリエッタ様を伴って帰国して、学園に通う事になったと聞いて酷い脱力感に襲われたわ……。オーランド様が留学から帰ってきたら、ウエディングドレスのデザインを一緒に見て下さるって、約束してたのに……。婚約して三年、あの月日は何だったのかしら……」

 アメリアの目から、ポロリ、と涙がこぼれる。

「でも、全て終わったのよね。誰も彼もが次を目指して、踏み出してる。私も、踏み出さないといけないのね……」

 涙を流しながら、歪に微笑むアメリアに、エラがそっとハンカチを差し出す。
 彼女はそれに礼を言って受け取り、それで目元を拭う。

「……さっき、隣の部屋で私を望んで下さっている方のお話を聞いたの。とても面白かったわ。ネモさんや、お友達に振り回されている様子が目に浮かぶようだった。……きっと、とても賑やかで活動的で、懐の深い方なんでしょうね」

 そう言われ、脳裏に浮かぶヘンリーの苦労人具合を思い出す。
 ネモに赤トンガリ覆面を被せられ、チアンのマイペースぶりに眉間に皺を刻み、錬金術師達の暴走具合に頭を抱え、政治的理由により生まれた英雄に溜息をつき、問題を連れて帰国したクソバカボンボンに盛大に舌打ちし、亡命野郎に怒髪天を衝いていた。
 確かに、色んな人間に振り回されて大変そうだった。彼は泣いて良い。

「オーランド様への想いはちゃんと終わりにして、前を向けなければ。私には、この家を継ぐ責任があるのだから……。ネモさんがおっしゃっていたような方なら、きっと毎日賑やかで、楽しくなると思うの。お名前は聞いてないのだけど、お会いするまでに体調を整えておかないとね」

 アメリアは未だにホロホロと涙を零していたが、その表情からは小さいながら、決意の灯が見えた。泣く事で、少しは心の澱を減らす事が出来たのだろう。
 涙を零し続けるアメリアに、レナはここでお暇して、一人にしてあげるべきだろうかと考える。
 どうするべきかとエラに目配せを送った――その時だった。部屋の戸がノックされ、外からネモが戻って来た事を告げる声がした。
 アメリアが入室を許すと、ネモが入って来たが、彼女の様子を見て少し驚いたような顔をした。

「アメリア様、どうかなさったんですか?」
「いえ、何でもないの。……ふふ、泣くとスッキリするのね」
「ああ……。そうですね」

 ネモはアメリアの言葉に何か察したらしく、優しい目をして沢山泣くと良いですよ、と言った。
 しかしアメリアはそれに微笑み、涙を一粒零してから、それ以上泣くことは無かった。
 彼女はネモに席を勧め、エラにハンカチは洗って返すからと告げる。
 そんな遣り取りを横目に、ネモがレナに話しかけてきた。

「レナちゃんが作った基礎化粧品が出ている所を見ると、それの紹介をしてたの?」
「あ、はい。そうです」

 それにレナが頷くと、ネモは成るほど、と呟いて、自身のマジックバックを漁る。

「それなら私もポーションを紹介しようかしら」

 お医者先生に聞いた限りでは、美容ポーション渡しても大丈夫そうだからね、と言うネモに、目を剥く。

「ま、まさか、あの美白美容ポーションですか⁉」

 思わず声が大きくなり、アメリアとエラの視線がこちらに向く。
 アメリアがパチパチと目を瞬かせ、尋ねる。

「美白美容ポーション?」
「私が作った肌を少し白くして、プルプルになるポーションですよ」

 そう言ってネモは美白美容ポーションを取り出し、コトリ、とテーブルに置く。
 エラがそれを恐れと憧れが混ざった目で見ながら、あわわ、と慄く。なにせ、金貨一枚の品だ。一本、タダで貰ったが、未だに恐ろしくて飲めていない。特別な日の前日か、賞味期限ギリギリまで飲める気がしない。
 アメリアはそんなエラの様子に気付かず、珍しそうにポーションを手に取って眺める。

「まあ、それはかなりお値段が高いから、若い令嬢が飲むならこっちね」

 そう言って、淡いオレンジ色のポーションを取り出す。

「これは肌の調子を整えてくれる美容ポーション。アメリア様の年齢で、レナちゃんの基礎化粧品を使うなら、こっちで十分」

 ちなみにこれ一本銅板一枚、と言い、レナは思わず食堂のランチ一食分、と呟く。しかし、金貨一枚に比べて何て良心的なお値段だろうか。視界の端に映るエラも、ポーションに熱い視線を送っている。

「お医者先生にお薬との飲み合わせを聞いて来たけど、これは飲んでも大丈夫。飲むなら夕食の後に飲んで下さいね」

 そうして、ネモは隣室での診察と、医師からの話で分かった事を話していく。

「とりあえず、日光浴不足と運動不足です。毎日ゆっくりでいいですから、一時間は散歩して下さい。日焼けが気になるなら日焼け止めを塗って下さいね」

 レナちゃんは日焼け止めは作ってる? と尋ねられ、商品化一歩手前位のサンプルならあると答える。
 
「基礎化粧品は商品化が決まって、来月に発売だったっけ?」
「はい、そうです。日焼け止めはもうちょっと手を加えられないかと思って、今は色んな人に試してもらっています」

 成るほど、それなら今回はレナの日焼け止めは見送ろう、とネモはマジックバックから自作の日焼け止めクリームを取り出す。

「まあ、日焼け止めクリームは自前の物を使ってもらっても良いんですけど、基礎化粧品はレナちゃんの物に変えて欲しいですね。下手に高いものより、質が良いんで」

 それにアメリアは頷く。確かに、あの美容液は素晴らしい物だったし、それならば他の物も期待できるだろう。
 そうして、それぞれ肌に塗ってみて、いつも使っている物より肌に合うと分かり、アメリアは笑顔でそれらを購入する事を決めた。


 

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

亡国の大聖女 追い出されたので辺境伯領で農業を始めます

夜桜
恋愛
 共和国の大聖女フィセルは、国を安定させる為に魔力を使い続け支えていた。だが、婚約を交わしていたウィリアム将軍が一方的に婚約破棄。しかも大聖女を『大魔女』認定し、両親を目の前で殺された。フィセルだけは国から追い出され、孤独の身となる。そんな絶望の雨天の中――ヒューズ辺境伯が現れ、フィセルを救う。  一週間後、大聖女を失った共和国はモンスターの大規模襲来で甚大な被害を受け……滅びの道を辿っていた。フィセルの力は“本物”だったのだ。戻って下さいと土下座され懇願されるが、もう全てが遅かった。フィセルは辺境伯と共に農業を始めていた。

身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす
恋愛
とある世界のとある国……じゃなかった、アスラリア国でお城のメイドとして働いていた私スラリスは、幼少の頃、王女様に少しだけ似ているという理由だけで、身代わりの王女にされてしまった。 しかも、身代わりになったのは、国が滅亡する直前。そして餞別にと手渡されたのは、短剣と毒。……え?これのどちらかで自害しろってことですか!? 誰もいなくなった王城で狼狽する私だったけど、一人の騎士に救い出されたのだ。 あー良かった、これでハッピーエンド……とはいかず、これがこの物語の始まりだった。 身代わりの王女として救い出された私はそれから色々受難が続くことに。それでも、めげずに頑張るのは、それなりの理由がありました。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

【完結】悪役令嬢の私を溺愛した冷徹公爵様が、私と結ばれるため何度もループしてやり直している!?

たかつじ楓
恋愛
「レベッカ。俺は何度も何度も、君と結ばれるために人生をやり直していたんだ」 『冷徹公爵』と呼ばれる銀髪美形のクロードから、年に一度の舞踏会のダンスのパートナーに誘われた。 クロード公爵は悪役令嬢のレベッカに恋をし、彼女が追放令を出されることに納得できず、強い後悔のせいで何度もループしているという。 「クロード様はブルベ冬なので、パステルカラーより濃紺やボルドーの方が絶対に似合います!」 アパレル業界の限界社畜兼美容オタク女子は、学園乙女ゲームの悪役令嬢、レベッカ・エイブラムに転生した。 ヒロインのリリアを廊下で突き飛ばし、みんなから嫌われるというイベントを、リリアに似合う靴をプレゼントすることで回避する。 登場人物たちに似合うパーソナルカラーにあった服を作ってプレゼントし、レベッカの周囲からの好感度はどんどん上がっていく。 五度目の人生に転生をしてきたレベッカと共に、ループから抜け出す方法を探し出し、無事2人は結ばれることができるのか? 不憫・ヤンデレ執着愛な銀髪イケメン公爵に溺愛される、異世界ラブコメディ!

我慢してきた令嬢は、はっちゃける事にしたようです。

和威
恋愛
侯爵令嬢ミリア(15)はギルベルト伯爵(24)と結婚しました。ただ、この伯爵……別館に愛人囲ってて私に構ってる暇は無いそうです。本館で好きに過ごして良いらしいので、はっちゃけようかな?って感じの話です。1話1500~2000字程です。お気に入り登録5000人突破です!有り難うございまーす!2度見しました(笑)

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。