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令嬢は踊る

第三十三話 魔性の女2

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 その弟――リカードに視線を移し、ヘンリーが問う。

「リカード・バイゴット。お前はこれから何をすべきか分かっているな?」
「はい、殿下。これを連れてコネリー子爵家に行き、誠心誠意謝罪をしてまいります。そして、どうにか縁を繋ぎ直していただけるようお願いしてきます」
「よし。分かっているようだな」

 その眼差しはいまだに冷え込んでいるが、幾分マシになる。

「もし縁を繋ぎ直してもらえるようであれば、お前がカレン嬢と婚約することになるだろう。その場合、お前の兄がしでかした不義理のせいで苦労するだろうが、それはこの男を管理できなかった責任と思い、粛々と受け止めるように」
「はい」

 背を丸めて震えるクソバカを冷えた眼差しで一瞥し、リカードは視線を戻して頷く。

「それと、分かっているとは思うが、あのような理由で亡命など以ての外だ。家でこれの性根を叩き直せ」
「承知いたしました」

 リカードはそう言って頭を下げるが、彼の脳裏にはダミアンの首を持ってコネリー子爵に謝罪に行くと怒り狂う父の姿がよぎっていた。
 謝罪の前に命の危機が待っているダミアンを容赦なく立たせ、リカードは退室の挨拶をしてクソバカを引き摺って帰っていった。
 一仕事終わり、ぐったりと椅子にもたれるヘンリーに、レナとイヴァンは顔を見合わせて動き出す。
 そして、そっと彼の前にレナはハーブティーを置き、イヴァンは切り分けたパウンドケーキを二つ置いた。
 
「お疲れ様です」

 その言葉に、ヘンリーが二人を見る。
 そして大きく息を吐いて礼を言い、ハーブティーに口をつける。

「……美味いな」
「イヴァン先輩に教えてもらったんですよ」

 それは予想外だったのか、ヘンリーはキョトンとした顔をする。

「ネモじゃなく?」
「はい。僕の調合ですね。僕、ハーブティーが苦手だったんで、自分でも飲めるものを作ってみました」

 ハーブティーって、まんま薬草茶っぽくないですか? と言い、それにヘンリーが苦笑する。

「まあ、飲み慣れてない奴はそうだよな」
「エインズワースの家では紅茶よりハーブティーの方が多かったですよ」

 ハーブは自分で育てれば良いけど、紅茶の茶葉はちょっと高いから、と言うレナに、平民にはそうかもな、とヘンリーが頷く。
 そして再びハーブティーに口をつけ、ふと何かに気付いたような顔をする。

「……何か、少し疲れがとれたような気がするんだが」
「あ、このハーブティーには軽い疲労回復効果があります」

 さらっと答えられたそれに、ヘンリーが目を瞬かせ、笑う。

「流石は錬金術師が作ったハーブティーだな」

 そうして、険の取れた顔でパウンドケーキを口にする。
 その姿を見てレナとイヴァンはほっと息をつき、同時に零したそれに、顔を見合わせて苦笑したのだった。



   ***



 翌日、疲れが抜け切れていないのか、だら~っと机の上に溶けているヘンリーが居た。それ見て、レナはネモとチアンに何があったのかと尋ねられる。
 話しても良いのか確認し、許可されたので先日居なかった三人に説明する。
 
「ふぅん。そんな事があったんだ」
「ダミアンは今頃家で吊るされているのではないか? 物理的に」
「ぶつりてきに……」
「場合によっては火炙りにされそうよね」
「ひあぶり……」

 先輩二人の言葉に、レナの脳裏に『吊るされた男』状態のダミアンが、親族の手によって火炙りにされている姿が浮かぶ。
 それを「あり得るな」とヘンリーが否定しなかったことから、レナはうわぁ……、と頬を引きつらせる。
 そんなレナの隣で、エラが小首を傾げる。

「ダミアン様はこれからどうなるんでしょう?」
「まあ、普通は縁を切って家から追い出すんだけど……。それで隣国に行かれて面倒な事になっても困るから、家から除名して、監視下で家業の手伝いでもさせるんじゃないかな」

 答えたのはイヴァンだ。それにヘンリーも頷き、同意を示す。

「隣国の美女に現を抜かすあいつにとって一番の罰は、その相手に会えない事だろうからな。是非ともそのままガッチガチに管理して、アイツの性根を叩き直してもらいたいぜ」

 そう言うが、ヘンリーの頭の中に、それができなければ処分されるだろうな、という考えがよぎる。
 そうして、彼は懐いていた机から身を起こし、伸びをする。

「あ~、ほんと、疲れた。あの野郎、逃げ回りやがって」
「お疲れ様」
「しかし、婚約解消が既に三件――いや、今回の分も含めて四件も起こっていたのか」
「俺が把握しているだけだけどな」
「――と、すると、もしかすると他にもカップルがお別れしているかもしれないし、水面下でそういう動きがあるかもしれないって事?」
「まあ、あり得ない話じゃ無いな」
 
 先輩達の話を聞き、レナは心配そうな顔をする。

「それって、上流階級の関係がおかしくなっちゃいませんか?」
「それなんだよ。少なくとも四件、両家の関係に罅が入った。ダミアンの阿呆の時みたいに利権がらみだとしても、他に好きな女が出来た、こんな自分ではお嬢さんを幸せに出来ないだの何だの言って、真摯に頭を下げて誠意を示せばよかったんだ」

 国や民に影響がある絶対に必要とされる婚約でないかぎり、内心はどうあれ、婚約解消は家としてはそこまで深刻な問題にはならない。

「そこをオーランドやダミアンみたいな下手なやり方で婚約解消をする奴がチラホラ居るのが問題なんだ」

 例の三件がそれだ、と言うヘンリーの顔には疲労の影がある。

「まあ、その三件の阿呆共はジュリエッタ嬢に近付けなくなっているからどうでも良いんだが、最近ジュリエッタ嬢の周りをうろつき始めた男達がどうもな……」

 その男達が、真摯に頭を下げて誠意を示した連中の可能性が高いらしい。
 チアンが不思議そうに首を傾げて言う。

「しかし、ジュリエッタ嬢はフリーの男や、男単体と会う事を避けてなかったか?」
「まあな。余計な気を持たせないようにしてたらしいが、それでカップルクラッシャーになってるんだから世話ないぜ」

 まあ、彼女の--フーリエ公爵家の狙いはヘンリーであり、彼女自身が好意を抱いているのはチアンに対してだ。他の男達の動きは、ジュリエッタも予想外だっただろう。
 溜息をつくヘンリーに、レナは尋ねる。

「婚約解消してフリーになった方達は、結局ジュリエッタ様が遠ざけて近寄れないんじゃないですか?」
「いや、遠ざけ方はやんわりと角が立たないように言うから、それを無視して遠慮するなと言われれば難しいな。奴等は本気で彼女に惚れてるんだよ。ライバルは多いし、彼女を手に入れるために婚約解消までしたんだから、多少強引になるだろう」
「うわぁ……」

 ジュリエッタにその気が無くても、いずれ別の修羅場が起きそうだ。
 レナは改めてジュリエッタの『魔性の女』ぶりを感じ、渋い顔をする。

「何というか、ここまで男性の心を掴むのが上手くて、よく隣国では問題が起きませんでしたよね」
「恐らく、王太子の婚約者だったからだろうね。絶対に手に入らない女性だから、偶像扱いをして満足していたんだと思う」

 レナの疑問にイヴァンがそう答え、そういうものかと頷く。

「ジュリエッタ嬢があのままブルノー王国に居たら、もしかすると大変なことになっていたかもな」
偶像アイドルが舞台から降りてきて、手が届く可能性に気付く奴が出る。それが広がって大混乱、って所かしら?」
「実際、この国では問題が起きつつあるな」

 ヘンリーが嫌そうな顔をし、レナ達は顔を見合わせる。


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