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令嬢は踊る

第二十九話 微笑み

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「あっ、ネモ先輩とチアン殿下だ」
「あら、本当ね」
「あのお二人、最近よく一緒にいるのを見かけるわね」

 午前の授業が終わった昼休み。
 レナは友人のミアとアーヤと共に昼食を摂るため、食堂へ移動していた。
 そんな移動中、三人は中庭のベンチで食事をしているネモとチアン、そして、あっくんを見かけた。
 どうやら向こうもこちらに気付いたらしく、ネモがこちらに来いと手招きしている。
 
「こっちに来てもらっちゃって悪いわね」
「いえ、大丈夫です」

 風に乗って、カレーの匂いが漂ってくる。彼等の持つお弁当の中身は、カレーピラフのようだ。
 ガツガツとあっくんがカレーピラフを食べ、空になった三つ目の弁当箱を積み上げるのを横目に、レナは小首を傾げる。

「それで、何か御用ですか?」
「ええ。今日のクラブ活動なんだけど、私はちょっと遅れそうなの。チアンも今日は六限まで入っているって言うから、部室の鍵を渡しておこうかと思って」

 そう言って、ネモは部室の鍵を取り出す。

「今日は中級の疲労回復ポーションの作り方を教えるから、先に部室に行って準備だけしておいてくれる?」

 その言葉を聞いて、レナはパッと嬉しそうな顔をする。
 疲労回復ポーションはポピュラーな品だ。
 初級の物は安く、一般家庭に二、三本は常備されており、仕事に疲れた主婦が一本飲んで明日に備える、なんて事も珍しくない。
 そして中級の物だが、初級の物より少々値段が張る。これは職場の繁忙期によく消費される物で、そうした時期に地獄を見るような職場にお目見えする色んな意味で魔のドリンクである。
 ちなみに、上級疲労回復ポーションは一般には出回らない。これは医師の判断の元に処方されるもので、主に病院で消費されるからだ。
 さて、そんな中級疲労ポーションだが、実の所、初級の物と材料が一つしか変わらない。しかし、その材料が製作者泣かせの物だった。
 それはレジという花の蜜なのだが、これは安価で手に入る錬金術触媒で、他の素材の効果を高めてくれる優れ物だ。これは味も悪くなく、主にドリンク剤を作る時に使われる。
 しかし、このレジの花の蜜は、薬師や錬金術師泣かせの触媒だった。
 実はこのレジの花の蜜、これを混ぜると魔力が馬鹿みたいに通りにくくなるという厄介な性質を抱えていた。
 無理に力技で魔力を通そうとすれば爆発が起き、かといってうまく魔力が通らなければ、疲労回復など望めないただの飲み物と化す。
 その為、繊細な魔力操作で魔力を通すしかなく、これを魔力操作の練習として用いる薬師や錬金術師は多い。
 レナは魔力操作が上手だと褒められるが、未だにこの中級疲労回復ポーションに挑戦した事は無い。つまり、今までそれを教えられる腕では無かったという事だ。
 それが、今日、ついに教えてもらえるのだと言う

「良いんですか⁉」
「ええ。レナちゃんも随分魔力操作の精度とスピードが上がったし、これなら中級に挑戦しても大丈夫でしょう」

 喜ぶレナに、ミアとアーヤが良かったね、と声を掛ける。
 そんな少女達の様子に、黙って聞いていたチアンも微笑ましく思ったのか、珍しく鉄面皮を動かして淡く微笑む。

「良かったな、レナ。よし、飴をやろう」

 どこぞの爺のような事を言っているが、顔が顔である。友人達は美貌の男の珍しい笑顔を前に思わず固まり、レナもまた見慣れたとはいえ、滅多に見ない微笑みを前に思わず息を止める。
 そんな少女達の様子を気にせず、呆れた顔をするネモの視線を無視してレナの手を取り、そこに飴玉を三つ落す。

「アンタねぇ、飴って、爺じゃないんだから……」
「人によっては咽び泣いて喜ぶ奴も居るぞ」

 それはただのヤバイ奴でしょ! というツッコミに、チアンはまあな、と頷く。
 そんな気の抜ける遣り取りに、レナ達は遠くに飛ばしていた意識を引き戻す。

「えっと、チアン殿下、ありがとうございます」
「うむ。一つずつ分けて食べなさい」

 レナはそれに笑んで頷く。
 そして、ふと先日、母に頼まれた事を思い出す。

「そうだ! ネモ先輩に母から依頼があって……」
「あら、何?」

 ファンデーションと美白美容ポーションを三ダース頼めば、目を丸くしたものの、笑顔で請け負ってもらえた。
 「毎度あり~」というネモの言葉を背に、レナは足取り軽く歩き出す。 
 しばらく歩くと、両隣を歩く友人達が、はぁぁぁ、と大きく息を吐いた。

「あぁぁ、緊張した……」
「まさか、殿下の笑顔が見られるとは思わなかったわ……」

 チアンは、この学園では高嶺の花扱いされている。
 彼自身はなかなかフレンドリーでマイペースな性格をしているのだが、あの美貌である。自分に自信があるか、それを気にしない人間しか気後れして近づけないのだ。
 そのため、ミアとアーヤも遠くからたまに見かける美貌の人を間近で見て、かなり緊張していた。
 レナがそれに思わず笑うと、もう、仕方ないでしょ、と二人は軽く怒ったふりをしてレナを小突く。
 そんな二人に、レナは笑いながら謝り、チアンから貰った飴を分けた。
 少女達はクスクス笑いながら、食堂へと向かう。
 そんな彼女達の様子を、見つめる視線があった。
 渡り廊下の柱の陰で、一人の美しい少女がショックを受けた様子で立ち尽くしている。
 
「チアン様、まさか、あの子の事を……?」

 隣国の公爵令嬢、ジュリエッタ・フーリエは混乱と悲しみを混ぜた瞳で、美貌の人が微笑みを向けた少女の背を見つめ続けた。

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