上 下
40 / 151
令嬢は踊る

第二十二話 美容用品1

しおりを挟む
 つい、と頬にクリーム状の何かが塗られ、イヴァンは口をへの字にして微妙な顔をしている。
 それを気にせずネモは手を動かし、レナとエラはきゃっきゃと楽しげに声を上げる。

「その化粧下地もネモ先輩が作ったんですか?」
「そうよ」
「イヴァン先輩、毛穴が見当たらないから、化粧下地どころか、化粧いらなさそうですよね」
「腹立つわよね」
「ネモ先輩も毛穴ないじゃないですか」
「調子が悪いとそうでもないのよ」
 
 そんな会話をしながら、さっと化粧ブラシの毛が頬をなぞる。

「パフで塗らないんですね」
「私はブラシ派なの」
「ファンデーションって、固める時ってどうするんですか?」
「ぎゅっと圧をかけて固めるのよ」

 そうやって話しているうちに、顔全体に満遍なくブラシが踊る。

「よし、目を空けて良いわよ」

 そう言われてイヴァンが目を空ければ、彼の目にキラキラとした目を輝かせた後輩二人と、ドヤ顔した師匠が映る。

「ネモ先輩、これ、凄いです!」
「何だか、真珠みたいな肌ですね……。それに、なんだかサラッとしてる……」
「そうでしょ? いやぁ、ここまで来るのに苦労したわよ。それにこれ、肌に優しいのよ。イヴァン、痒みとかはある?」
「いえ、全く」

 顔に何か塗られた違和感はあるが、不快感は無いとイヴァンが答える。

「それから、これの一番のこだわりは、肌にダメージを与えるんじゃなく、その反対でダメージケアの効果も与えるようにしているの」
「「えっ⁉」」

 レナとエラは驚きの声を上げた。

「そもそもの開発のきっかけが、寝化粧で使っても、ダメージを与えない化粧品が欲しいって、とある高貴な女性の愚痴からだったから」
「ああ、そうですね。寝化粧をする方もいらっしゃいますから……」
「凄い……」

 エラは高貴な女性と聞いて納得し、レナは感心した。
 庶民の間では化粧品は少々お高い買い物になるので、外出時しか使うようなことは無い。しかし、高貴な女性の中では、常に美しくありたいと寝化粧を欠かさない者が居る。

「布にもあまり移ったりしないのよ」

 ネモはそう言い、イヴァンの頬にハンカチを軽くこするようにして当てる。
 そして、その当てた面をみんなに見せるようにすれば、そこにはよく見なければ分からない程度に薄っすらと肌色の汚れがあった。こすってその程度であれば、移りにくいといって間違いないだろう。
 レナとエラはそれに目を輝かせるが、逆にイヴァンは心配そうな顔になる。

「あの、師匠……、これ、ちゃんと落ちますよね?」
「大丈夫よ。クレンジングオイルとか使えば普通に落ちるわ」
「師匠のお手製の物とかではなく、市販のものでも大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ」

 その返答に、イヴァンが安堵の息をつく。彼の脳裏に過ったのは、とある英雄の顔面に描かれた芸術的な落書きである。
 あれは油性ペンだったので意味合いが全く違うが、落とせないかもしれないという不安は一緒だろう。
 そうして、レナ達はネモからそのファンデーションを一つずつ渡された。
 レナは浮き立つ頃のままにファンデーションと美白美容ポーションを見て笑みを浮かべる。そして、自分と同じように微笑むエラを見つけ、破顔する。
 そんなレナの様子に気付いたのか、エラは自分を見て嬉しそうな笑みを浮かべるレナを不思議に思い、小首を傾げる。

「どうしたの、レナ?」
「えっと、何だか嬉しくなっちゃって」

 ちょっとした仲間意識とでも言うべきか。
 素晴らしいファンデーションと美白美容ポーションを貰い、それがどれだけ嬉しかったか、自分と同じだけ喜んでいるエラの様子を見て、共感して更に嬉しくなったのだ。
 えへへ、と少し恥ずかしそうに笑うレナに、エラは微笑む。ある種の青春のスポットライトが当たっていそうな光景だ。
 そんな少女達の輝かしい青春の女の友情のバックで、ネモが過ぎ去りし日を思い起こすような顔をして、イヴァンにクレンジングオイルを渡す。見事な明暗が分かれっぷりに、イヴァンがそっと視線を逸らす。
 イヴァンが顔を洗っている間にレナ達は青春のスポットライトを浴びながら帰宅し、彼は顔を拭きながら遠い目をしながら帰り支度をするネモに尋ねる。

「ところで師匠、美白美容ポーションとファンデーションって、幾らくらいするんですか?」

 ネモはそれににっこりと微笑むだけで、答えることは無かった。

 ーーそして、翌日。
 その疑問に答えたのは、部室に来たヘンリーだった。

「ああ、それなら確か金貨三枚くらいはするぞ」
「あっ、馬鹿!」
「せっかくネモが気を使って言わなかったものを……」

 四年の先輩達は、昨日の残りの一瓶を仕上げるべく、乳鉢でファンデーションの粉を砕いていた。

「「きんかさんまい……⁉」」
「まあ、師匠の渾身の逸品ですもんね……」

 レナとエラは悲鳴じみた声を上げ、イヴァンは納得するように頷く。

「ちなみに美白美容ポーションは一本金貨一枚だな」
「「きんかいちまい……!」」
「だから言うなっつーの!」

 スパーン! と良い音をさせてネモがヘンリーをはたく。
 衝撃を受けて固まるレナとエラに、チアンが日本円で言うなら一万円と三万円だものな、と呟きながら同情的な視線を送る。
 レナはお金持ちのサンドフォード家に養子入りしたとはいっても、元はただの庶民だ。金銭感覚は庶民のそれのままだ。
 そして、エラは男爵家の娘とはいえ、懐事情はどうにか貴族の体裁を守っている程度で、彼女もまた金銭感覚は庶民と似たようなものである。

「まあ、気持ちは分からないでもないが、貰っておけ。ネモの作る化粧品が手に入る機会など、滅多にない。金で買えない物を手放すのは愚か者のする事だ」
「お前、俺よりプレッシャーのかかる事を言ってる自覚はあるか?」

 ヘンリーが呆れた顔をし、チアンはそれに不思議そうな顔をする。
 金貨三枚! 金貨一枚! お金で買えない! と顔を覆って蹲る少女二人に、イヴァンがオロオロと二人の周りをうろつく。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

亡国の大聖女 追い出されたので辺境伯領で農業を始めます

夜桜
恋愛
 共和国の大聖女フィセルは、国を安定させる為に魔力を使い続け支えていた。だが、婚約を交わしていたウィリアム将軍が一方的に婚約破棄。しかも大聖女を『大魔女』認定し、両親を目の前で殺された。フィセルだけは国から追い出され、孤独の身となる。そんな絶望の雨天の中――ヒューズ辺境伯が現れ、フィセルを救う。  一週間後、大聖女を失った共和国はモンスターの大規模襲来で甚大な被害を受け……滅びの道を辿っていた。フィセルの力は“本物”だったのだ。戻って下さいと土下座され懇願されるが、もう全てが遅かった。フィセルは辺境伯と共に農業を始めていた。

【完結】豊穣の聖女な私を捨てない方がいいと思いますよ?あっ、捨てるんですか、そうですか・・・はーい。

西東友一
恋愛
アドルド王子と婚約し、お祝いに必要だからと最高の景色と最高の料理のために、花々や作物に成長魔法を掛けろと言われたので、仕方なく魔法をかけたら王子に婚約破棄されました。 あの~すいません、私の魔法の注意事項をちっとも聞かなかったですけど、私はいなくなりますよ? 失礼します。 イラストはミカスケ様(イトノコ様)の物を使用させていただいてます。(7/8より) 私は見た瞬間感動しました。よろしければ、絵師様も応援してあげてください。 ※※注意※※ ・ショートショートから短編に変更です。まだ私の実力ではショートショートは難しいようです。  25話以内に収まる予定です。お忙しい皆様本当にごめんなさい。 ・一部過激性的表現と思われるかもしれません。 ・ざまぁへのための布石で、不快な思いをされる方がいるかもしれません。 ・朝見るものじゃないかも。深夜にアップするので深夜に見てください?いや、皆さんは目が肥えているから大丈夫かも? ・稚拙な内容でこんな程度で、ここまで注意書きするなよって、なるのが一番申し訳ないかもです。

身代わり王女の受難~死に損なったら、イケメン屋敷のメイドになりました~

茂栖 もす
恋愛
とある世界のとある国……じゃなかった、アスラリア国でお城のメイドとして働いていた私スラリスは、幼少の頃、王女様に少しだけ似ているという理由だけで、身代わりの王女にされてしまった。 しかも、身代わりになったのは、国が滅亡する直前。そして餞別にと手渡されたのは、短剣と毒。……え?これのどちらかで自害しろってことですか!? 誰もいなくなった王城で狼狽する私だったけど、一人の騎士に救い出されたのだ。 あー良かった、これでハッピーエンド……とはいかず、これがこの物語の始まりだった。 身代わりの王女として救い出された私はそれから色々受難が続くことに。それでも、めげずに頑張るのは、それなりの理由がありました。

舞台装置は壊れました。

ひづき
恋愛
公爵令嬢は予定通り婚約者から破棄を言い渡された。 婚約者の隣に平民上がりの聖女がいることも予定通り。 『お前は未来の国王と王妃を舞台に押し上げるための装置に過ぎん。それをゆめゆめ忘れるな』 全てはセイレーンの父と王妃の書いた台本の筋書き通り─── ※一部過激な単語や設定があるため、R15(保険)とさせて頂きます 2020/10/30 お気に入り登録者数50超え、ありがとうございます(((o(*゚▽゚*)o))) 2020/11/08 舞台装置は壊れました。の続編に当たる『不確定要素は壊れました。』を公開したので、そちらも宜しくお願いします。

【完結】お父様の再婚相手は美人様

すみ 小桜(sumitan)
恋愛
 シャルルの父親が子連れと再婚した!  二人は美人親子で、当主であるシャルルをあざ笑う。  でもこの国では、美人だけではどうにもなりませんよ。

【完結】悪役令嬢の私を溺愛した冷徹公爵様が、私と結ばれるため何度もループしてやり直している!?

たかつじ楓
恋愛
「レベッカ。俺は何度も何度も、君と結ばれるために人生をやり直していたんだ」 『冷徹公爵』と呼ばれる銀髪美形のクロードから、年に一度の舞踏会のダンスのパートナーに誘われた。 クロード公爵は悪役令嬢のレベッカに恋をし、彼女が追放令を出されることに納得できず、強い後悔のせいで何度もループしているという。 「クロード様はブルベ冬なので、パステルカラーより濃紺やボルドーの方が絶対に似合います!」 アパレル業界の限界社畜兼美容オタク女子は、学園乙女ゲームの悪役令嬢、レベッカ・エイブラムに転生した。 ヒロインのリリアを廊下で突き飛ばし、みんなから嫌われるというイベントを、リリアに似合う靴をプレゼントすることで回避する。 登場人物たちに似合うパーソナルカラーにあった服を作ってプレゼントし、レベッカの周囲からの好感度はどんどん上がっていく。 五度目の人生に転生をしてきたレベッカと共に、ループから抜け出す方法を探し出し、無事2人は結ばれることができるのか? 不憫・ヤンデレ執着愛な銀髪イケメン公爵に溺愛される、異世界ラブコメディ!

悪役令嬢に転生後1秒もなく死にました

荷居人(にいと)
恋愛
乙女ゲームの転生話はライトノベルでよくある話。それで悪役令嬢になっちゃうってのもよく読むし、破滅にならないため頑張るのは色んなパターンがあって読んでいて楽しい。 そう読む分にはいいが、自分が死んで気がつけばなってしまったじゃなく、なれと言われたら普通に断るよね。 「どうあがいても強制的処刑運命の悪役令嬢になりたくない?」 「生まれながらに死ねと?嫌だよ!」 「ま、拒否権ないけどさ。悪役令嬢でも美人だし身分も申し分ないし、モブならひっかけられるからモブ恋愛人生を楽しむなり、人生謳歌しなよ。成人前に死ぬけど」 「ふざけんなー!」 ふざけた神様に命の重さはわかってもらえない?こんな転生って酷すぎる! 神様どうせ避けられないなら死ぬ覚悟するからひとつ願いを叶えてください! 人生謳歌、前世失恋だらけだった恋も最悪人生で掴んでやります! そんな中、転生してすぐに幽霊騒ぎ?って幽霊って私のこと!? おい、神様、転生なのに生まれ直すも何も処刑された後ってどういうこと?何一つ学んでないから言葉もわからないし、身体だけ成人前って………どうせ同じ運命ならって面倒だから時を早送りしちゃった?ふざけんなー! こちら気晴らし作品。ラブコメディーです。展開早めの短編完結予定作品。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。