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令嬢は踊る
第二十二話 美容用品1
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つい、と頬にクリーム状の何かが塗られ、イヴァンは口をへの字にして微妙な顔をしている。
それを気にせずネモは手を動かし、レナとエラはきゃっきゃと楽しげに声を上げる。
「その化粧下地もネモ先輩が作ったんですか?」
「そうよ」
「イヴァン先輩、毛穴が見当たらないから、化粧下地どころか、化粧いらなさそうですよね」
「腹立つわよね」
「ネモ先輩も毛穴ないじゃないですか」
「調子が悪いとそうでもないのよ」
そんな会話をしながら、さっと化粧ブラシの毛が頬をなぞる。
「パフで塗らないんですね」
「私はブラシ派なの」
「ファンデーションって、固める時ってどうするんですか?」
「ぎゅっと圧をかけて固めるのよ」
そうやって話しているうちに、顔全体に満遍なくブラシが踊る。
「よし、目を空けて良いわよ」
そう言われてイヴァンが目を空ければ、彼の目にキラキラとした目を輝かせた後輩二人と、ドヤ顔した師匠が映る。
「ネモ先輩、これ、凄いです!」
「何だか、真珠みたいな肌ですね……。それに、なんだかサラッとしてる……」
「そうでしょ? いやぁ、ここまで来るのに苦労したわよ。それにこれ、肌に優しいのよ。イヴァン、痒みとかはある?」
「いえ、全く」
顔に何か塗られた違和感はあるが、不快感は無いとイヴァンが答える。
「それから、これの一番のこだわりは、肌にダメージを与えるんじゃなく、その反対でダメージケアの効果も与えるようにしているの」
「「えっ⁉」」
レナとエラは驚きの声を上げた。
「そもそもの開発のきっかけが、寝化粧で使っても、ダメージを与えない化粧品が欲しいって、とある高貴な女性の愚痴からだったから」
「ああ、そうですね。寝化粧をする方もいらっしゃいますから……」
「凄い……」
エラは高貴な女性と聞いて納得し、レナは感心した。
庶民の間では化粧品は少々お高い買い物になるので、外出時しか使うようなことは無い。しかし、高貴な女性の中では、常に美しくありたいと寝化粧を欠かさない者が居る。
「布にもあまり移ったりしないのよ」
ネモはそう言い、イヴァンの頬にハンカチを軽くこするようにして当てる。
そして、その当てた面をみんなに見せるようにすれば、そこにはよく見なければ分からない程度に薄っすらと肌色の汚れがあった。こすってその程度であれば、移りにくいといって間違いないだろう。
レナとエラはそれに目を輝かせるが、逆にイヴァンは心配そうな顔になる。
「あの、師匠……、これ、ちゃんと落ちますよね?」
「大丈夫よ。クレンジングオイルとか使えば普通に落ちるわ」
「師匠のお手製の物とかではなく、市販のものでも大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ」
その返答に、イヴァンが安堵の息をつく。彼の脳裏に過ったのは、とある英雄の顔面に描かれた芸術的な落書きである。
あれは油性ペンだったので意味合いが全く違うが、落とせないかもしれないという不安は一緒だろう。
そうして、レナ達はネモからそのファンデーションを一つずつ渡された。
レナは浮き立つ頃のままにファンデーションと美白美容ポーションを見て笑みを浮かべる。そして、自分と同じように微笑むエラを見つけ、破顔する。
そんなレナの様子に気付いたのか、エラは自分を見て嬉しそうな笑みを浮かべるレナを不思議に思い、小首を傾げる。
「どうしたの、レナ?」
「えっと、何だか嬉しくなっちゃって」
ちょっとした仲間意識とでも言うべきか。
素晴らしいファンデーションと美白美容ポーションを貰い、それがどれだけ嬉しかったか、自分と同じだけ喜んでいるエラの様子を見て、共感して更に嬉しくなったのだ。
えへへ、と少し恥ずかしそうに笑うレナに、エラは微笑む。ある種の青春のスポットライトが当たっていそうな光景だ。
そんな少女達の輝かしい青春の女の友情のバックで、ネモが過ぎ去りし日を思い起こすような顔をして、イヴァンにクレンジングオイルを渡す。見事な明暗が分かれっぷりに、イヴァンがそっと視線を逸らす。
イヴァンが顔を洗っている間にレナ達は青春のスポットライトを浴びながら帰宅し、彼は顔を拭きながら遠い目をしながら帰り支度をするネモに尋ねる。
「ところで師匠、美白美容ポーションとファンデーションって、幾らくらいするんですか?」
ネモはそれににっこりと微笑むだけで、答えることは無かった。
ーーそして、翌日。
その疑問に答えたのは、部室に来たヘンリーだった。
「ああ、それなら確か金貨三枚くらいはするぞ」
「あっ、馬鹿!」
「せっかくネモが気を使って言わなかったものを……」
四年の先輩達は、昨日の残りの一瓶を仕上げるべく、乳鉢でファンデーションの粉を砕いていた。
「「きんかさんまい……⁉」」
「まあ、師匠の渾身の逸品ですもんね……」
レナとエラは悲鳴じみた声を上げ、イヴァンは納得するように頷く。
「ちなみに美白美容ポーションは一本金貨一枚だな」
「「きんかいちまい……!」」
「だから言うなっつーの!」
スパーン! と良い音をさせてネモがヘンリーをはたく。
衝撃を受けて固まるレナとエラに、チアンが日本円で言うなら一万円と三万円だものな、と呟きながら同情的な視線を送る。
レナはお金持ちのサンドフォード家に養子入りしたとはいっても、元はただの庶民だ。金銭感覚は庶民のそれのままだ。
そして、エラは男爵家の娘とはいえ、懐事情はどうにか貴族の体裁を守っている程度で、彼女もまた金銭感覚は庶民と似たようなものである。
「まあ、気持ちは分からないでもないが、貰っておけ。ネモの作る化粧品が手に入る機会など、滅多にない。金で買えない物を手放すのは愚か者のする事だ」
「お前、俺よりプレッシャーのかかる事を言ってる自覚はあるか?」
ヘンリーが呆れた顔をし、チアンはそれに不思議そうな顔をする。
金貨三枚! 金貨一枚! お金で買えない! と顔を覆って蹲る少女二人に、イヴァンがオロオロと二人の周りをうろつく。
それを気にせずネモは手を動かし、レナとエラはきゃっきゃと楽しげに声を上げる。
「その化粧下地もネモ先輩が作ったんですか?」
「そうよ」
「イヴァン先輩、毛穴が見当たらないから、化粧下地どころか、化粧いらなさそうですよね」
「腹立つわよね」
「ネモ先輩も毛穴ないじゃないですか」
「調子が悪いとそうでもないのよ」
そんな会話をしながら、さっと化粧ブラシの毛が頬をなぞる。
「パフで塗らないんですね」
「私はブラシ派なの」
「ファンデーションって、固める時ってどうするんですか?」
「ぎゅっと圧をかけて固めるのよ」
そうやって話しているうちに、顔全体に満遍なくブラシが踊る。
「よし、目を空けて良いわよ」
そう言われてイヴァンが目を空ければ、彼の目にキラキラとした目を輝かせた後輩二人と、ドヤ顔した師匠が映る。
「ネモ先輩、これ、凄いです!」
「何だか、真珠みたいな肌ですね……。それに、なんだかサラッとしてる……」
「そうでしょ? いやぁ、ここまで来るのに苦労したわよ。それにこれ、肌に優しいのよ。イヴァン、痒みとかはある?」
「いえ、全く」
顔に何か塗られた違和感はあるが、不快感は無いとイヴァンが答える。
「それから、これの一番のこだわりは、肌にダメージを与えるんじゃなく、その反対でダメージケアの効果も与えるようにしているの」
「「えっ⁉」」
レナとエラは驚きの声を上げた。
「そもそもの開発のきっかけが、寝化粧で使っても、ダメージを与えない化粧品が欲しいって、とある高貴な女性の愚痴からだったから」
「ああ、そうですね。寝化粧をする方もいらっしゃいますから……」
「凄い……」
エラは高貴な女性と聞いて納得し、レナは感心した。
庶民の間では化粧品は少々お高い買い物になるので、外出時しか使うようなことは無い。しかし、高貴な女性の中では、常に美しくありたいと寝化粧を欠かさない者が居る。
「布にもあまり移ったりしないのよ」
ネモはそう言い、イヴァンの頬にハンカチを軽くこするようにして当てる。
そして、その当てた面をみんなに見せるようにすれば、そこにはよく見なければ分からない程度に薄っすらと肌色の汚れがあった。こすってその程度であれば、移りにくいといって間違いないだろう。
レナとエラはそれに目を輝かせるが、逆にイヴァンは心配そうな顔になる。
「あの、師匠……、これ、ちゃんと落ちますよね?」
「大丈夫よ。クレンジングオイルとか使えば普通に落ちるわ」
「師匠のお手製の物とかではなく、市販のものでも大丈夫なんですか?」
「大丈夫よ」
その返答に、イヴァンが安堵の息をつく。彼の脳裏に過ったのは、とある英雄の顔面に描かれた芸術的な落書きである。
あれは油性ペンだったので意味合いが全く違うが、落とせないかもしれないという不安は一緒だろう。
そうして、レナ達はネモからそのファンデーションを一つずつ渡された。
レナは浮き立つ頃のままにファンデーションと美白美容ポーションを見て笑みを浮かべる。そして、自分と同じように微笑むエラを見つけ、破顔する。
そんなレナの様子に気付いたのか、エラは自分を見て嬉しそうな笑みを浮かべるレナを不思議に思い、小首を傾げる。
「どうしたの、レナ?」
「えっと、何だか嬉しくなっちゃって」
ちょっとした仲間意識とでも言うべきか。
素晴らしいファンデーションと美白美容ポーションを貰い、それがどれだけ嬉しかったか、自分と同じだけ喜んでいるエラの様子を見て、共感して更に嬉しくなったのだ。
えへへ、と少し恥ずかしそうに笑うレナに、エラは微笑む。ある種の青春のスポットライトが当たっていそうな光景だ。
そんな少女達の輝かしい青春の女の友情のバックで、ネモが過ぎ去りし日を思い起こすような顔をして、イヴァンにクレンジングオイルを渡す。見事な明暗が分かれっぷりに、イヴァンがそっと視線を逸らす。
イヴァンが顔を洗っている間にレナ達は青春のスポットライトを浴びながら帰宅し、彼は顔を拭きながら遠い目をしながら帰り支度をするネモに尋ねる。
「ところで師匠、美白美容ポーションとファンデーションって、幾らくらいするんですか?」
ネモはそれににっこりと微笑むだけで、答えることは無かった。
ーーそして、翌日。
その疑問に答えたのは、部室に来たヘンリーだった。
「ああ、それなら確か金貨三枚くらいはするぞ」
「あっ、馬鹿!」
「せっかくネモが気を使って言わなかったものを……」
四年の先輩達は、昨日の残りの一瓶を仕上げるべく、乳鉢でファンデーションの粉を砕いていた。
「「きんかさんまい……⁉」」
「まあ、師匠の渾身の逸品ですもんね……」
レナとエラは悲鳴じみた声を上げ、イヴァンは納得するように頷く。
「ちなみに美白美容ポーションは一本金貨一枚だな」
「「きんかいちまい……!」」
「だから言うなっつーの!」
スパーン! と良い音をさせてネモがヘンリーをはたく。
衝撃を受けて固まるレナとエラに、チアンが日本円で言うなら一万円と三万円だものな、と呟きながら同情的な視線を送る。
レナはお金持ちのサンドフォード家に養子入りしたとはいっても、元はただの庶民だ。金銭感覚は庶民のそれのままだ。
そして、エラは男爵家の娘とはいえ、懐事情はどうにか貴族の体裁を守っている程度で、彼女もまた金銭感覚は庶民と似たようなものである。
「まあ、気持ちは分からないでもないが、貰っておけ。ネモの作る化粧品が手に入る機会など、滅多にない。金で買えない物を手放すのは愚か者のする事だ」
「お前、俺よりプレッシャーのかかる事を言ってる自覚はあるか?」
ヘンリーが呆れた顔をし、チアンはそれに不思議そうな顔をする。
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