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令嬢は踊る

第十九話 錬金術1

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「チアンの護衛ぃ~? あのチートバグ男にそんなもんいらないでしょう?」
「要約すると、オーランド様がやらかさないように一緒に居て牽制して欲しいみたいですよ」
「要約」
「レナ、リスクの事を省いてるわ」
「リスク」

 どんな護衛依頼なのよ、とネモは嫌そうな顔をする。
 ヘンリーと話したその翌日、ネモ、レナ、エラ、イヴァンは『台所錬金術部』の部室でひたすらグリーンラビットの葉を刻み、すり潰していた。
 レナはみじん切りにし終えたそれをイヴァンに渡しながら、ネモに昨日ヘンリーが話していた事を教える。

「は? つまり、ボンボンにチアンと私の中を誤解させて、更にはジュリエッタ嬢を煽って問題を起こさせるって事? 何よ、その一石二鳥狙い」
「殿下、大分お疲れのようでしたから……」

 疲れているから変なこと考えちゃったんですね、とエラは自国の王子をフォローしたが、ネモはそれは素よ、とバッサリ切り捨てる。

「まったく、あいつ、私達の事をなんだと思ってるのかしら!」

 チートバグ男と熟練の問題児では? という回答をイヴァンは口には出さず、心のうちに収めた。

「まあ、ちょっとアレな依頼ですよね。やっぱりネモ先輩は依頼は受けない感じですか?」
「いや、報酬によっては受ける」
「えっ」
 
 受けるの!? と後輩三人はネモを見る。

「あいつ、金払いは良いのよ。うちには、エンゲル係数のかかる家族が居るから……」

 そう言って、ネモは視線を窓辺に向けた。
 そこには、見切り品だったというスイカを山のように積んで、それを次から次へと食べ、種をマシンガンのように窓から裏庭へ発射する食いしん坊あっくんが居た。

「あっくん、あんなにスイカを食べて、お腹壊しませんか?」
「大丈夫よ。――というか、あっくんがお腹を壊したところ、見た事が無いのよね」
「あっくんの胃がどうなってるのか気になります……」

 そうしているうちに全ての葉を切り終わり、レナとネモもすり潰す作業に参加する。
 窓を空けてはいるものの、それでも逃がしきれない青臭い匂いが部室に充満して辟易とするものの、これが素晴らしいファンデーションとなるなら我慢できる。

「話を戻すけど、チアンの方もいっそ護衛をつけるとかじゃなくて、囮役として雇っちゃえば良いのよ。そうすれば、護衛をつけるのもすんなり受け入れるわ」
「ああ、確かにそれは良い手ですね」

 ネモの提案に、イヴァンが頷く。
 他国の皇子相手にそれで良いのか、とエラが困った顔をする。
 その隣で、レナが心配そうに言う。

「けど、チアン殿下とカップルだと思われちゃいますよ?」
「ちょっと調べれば違うと分かるし、直接聞きに来られたら否定するわ」
「否定しても信じてもらえなかったら、面倒な事になるんじゃ……」
「その時はその時ね。相手の出方次第で対応を変えるわ」
「どうするんですか?」
 
 レナの質問に、ネモは真顔で答える。

「相手を吹き飛ばすか、ランタナ王国を出る」
「師匠! 出て行く前にヘンリー殿下に相談して下さい!」
「吹き飛ばすのは良いんですか?」

 出て行かれると困る自称弟子が叫び、それにエラがツッコむ。
 そうやって話しているうちに、全ての葉をすり潰し終わり、寸動鍋四つ分にもなるそれを二つずつ台車に乗せ、裏庭へ出る。
 目的地は、裏庭に設置してある竈だ。
 その竈はキャンプ場にある屋根付きの炊事場のような、なかなか立派なつくりのものだ。主な利用者は運動部の連中で、たまに打ち上げと称してバーベキューを楽しんでいる。
 そんな竈に、ネモは立派な錬金釜を設置する。

「それじゃあ、鍋の中身を入れちゃって」
「師匠、鍋二つ分で良いですか?」
「そうね。それ位かしら」

 師弟の会話に、レナも参加する。

「分量はきっちり決まってないんですか?」
「大体は分かるわよ。けど、この錬金術の殆どは『適量』になるわ」
「適量……」

 レナはその言葉に驚く。
 今まで彼女が学んできた錬金術では、必ず分量がきっちり決まっていた。最適な分量を割り出し、記録し、それを量産する。そうして錬金術の品が世に送り出されるのだ。

「安心なさい。錬金術で物を作る時、適量なんて早々ないわよ。ただ、その稀にあるそれが、このファンデーションなの」

 そう言って、ネモはマジックバックから薬剤を幾つか取り出す。

「この緑色の瓶が、マンドレイクの精製液。紫色の瓶に入っている虹色の粉が、東の島国の大化け貝の螺鈿の粉。黒い瓶に入ってる粉が真珠をすり潰した粉。そして、青い瓶に入っているのが、ブルーマウスの花から精製した液体」

 取り出されたそれらは、よく使われるポピュラーなものから、恐ろしく貴重な物まで幅広い。
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