35 / 151
令嬢は踊る
第十七話 放課後1
しおりを挟む
「ややこしい事になったよね……」
「そうねぇ……」
授業が終わって、放課後。
レナとエラは部室で植物系の魔物であるグリーンラビットの葉を毟っていた。
グリーンラビットは兎のような姿をしているが、動物ではない。魔物の心臓部である魔核から芯を伸ばし、キャベツのようにそれを中心にして葉を茂らせている動く不思議な植物である。
そんなグリーンラビットが部室に小山のように置かれている。これらは、レナが夏休みの修行の際に狩った魔物の一部だ。
それを錬金術の材料として使うため、葉を毟っているのである。二人の今日の活動はそれで終わりそうだ。
そうやってひたすら葉を毟りながら、雑談に興じる。
「アレから一週間経ったけど、ジュリエッタ様の噂はあんまり聞かないね」
「そうね。男性のファンは増えているみたいだけど、あの美貌ですもの。想定内だわ」
あの『ジュリエッタ公爵令嬢挨拶訪問』から一週間の時が流れた。
あれから女性の友人も少しは出来たらしいが、当たり障りない関係のようだ。ジュリエッタが踏み込もうにも、やんわり交わされる事が多いらしい。
「オーランド様との縁の深め方を間違ったのがいけなかったのよね」
「それって、初手から詰んでるってことじゃない」
バリバリ葉を毟りながら、苦笑する。
「あの時、明らかにチアン殿下に見惚れてたけど、あれ、どういう事だと思う? ただ美しいものに見惚れたのか、一目惚れしたのか……」
「んん~……」
レナの言葉に、エラが可愛らしく唸る。
「そもそも、チアン殿下のあのお顔を見て一目惚れしたとしても、殆どの人間は気後れして隣に立とうなんて思わないと思うのよね……」
「そうよね。自分の容姿に相当な自信があるか、チアン殿下に相当惚れ込んでいるかしないと、委縮して気持ちが萎んでいきそう」
女二人で、う~ん、と唸りながら悩む。
そんなことを話していると、部室のドアが開いた。
「あれ? ネモは居ないのか?」
ドアから顔を出したのは、ヘンリーだった。
「ネモ先輩ならイヴァン先輩を連れて魔物狩りに行きましたよ」
「なんでも、ブルーマウスの花が足りないとかで」
「あー……。あの、でかくて青いネズミ型の魔物の頭に咲いてるアレか」
ブルーマウスとはヘンリーが言った通り、青い毛皮を持つネズミ型の魔物である。駆け出し冒険者でも簡単に狩れる魔物なのだが、錬金術の材料になる頭頂部に咲く花は絶命時に枯れ、採取したとしても足が速いため、適切な処理をしなくてはならない駆け出し冒険者泣かせの錬金術素材である。
「それで、お前達の今日の活動はそれを毟る事になったのか」
「ネモ先輩が、とっておきのファンデーションを作って見せて下さるそうで!」
「そうなんです! それを作るのに必要なんだそうです!」
キラッキラと期待に輝く目で言われ、「ソッカー」とそれに圧されながらヘンリーは温い笑みを浮かべ、適当な椅子にドサッと座る。
「そういえば、お前らはあれからジュリエッタ嬢に接触したか?」
「いいえ、ありません」
「隣国の公爵令嬢とお話する機会は早々ありませんし、オーランド様とよく一緒にいらっしゃるので、近づかないようにしています」
レナは単純に会わなかっただけだが、エラはアメリアの事もあって近づかないようにしていた。
「あの、ヘンリー殿下の方はどうですか? やっぱり、ジュリエッタ様はヘンリー殿下を?」
「あー……」
レナの質問に、ヘンリーは微妙な顔をして唸る。
「それなんだが、妙な事になって来てな……」
「妙な事?」
レナとエラが首を傾げる。
「一度だけ昼食を一緒に摂る羽目になったんだが、その時、チアンと一緒だったんだよ」
「わぁ……」
「なんだか、ややこしい事になりそうですね……」
二人の予想通り、その昼食会はなかなかややこしい事になったそうだ。
「フーリエ公爵家の方針としては、俺を婿に迎え入れたいのは間違いなさそうなんだが、無意識なんだろうな。明らかにジュリエッタ嬢の視線はチアンに向いてるんだよ」
「まあ、チアン殿下のあの美貌なら仕方ないような気も……」
「あの、もしかしてその昼食会の時、オーランド様がご一緒でした?」
居たぞ、と言われ、エラが何とも言えぬ顔をする。
「ジュリエッタ様の視線の内容によっては、オーランド様の反応が怖いですね……」
「まあな。明らかにチアンに視線を奪われているのに、すり寄るのは俺。あれでも公爵家の次男として教育されているから、相手が俺なら国のため、家のために仕方のない事だと自分を慰められるだろうが、チアンはな……」
ヘンリーに言わせれば、オーランドは典型的なヒーロー思考型の人間だ。
隣国の留学先で婚約者に無碍にされる美しい令嬢に恋をし、彼女を救わねばと恋心を燃料に正義感を燃え上がらせた。
しかし、そうして起こした彼の行動は、あちこちに迷惑をかけるものとなった。
彼が国に帰って来てから聞き出された情報によると、ただ単純に時間が無かったらしい。
隣国の王太子がジュリエッタに無実の罪を着せ、婚約破棄を目論んでいると情報を得たのは結構ギリギリになってからだったそうだ。
それが起きてしまえばジュリエッタは行き場を失うかもしれない。もしそうなれば、自分が手を差し伸べなければ、と思ったらしい。
そしてあの無茶な婚約解消を実行し、ジュリエッタの無実の証拠を集め、王太子がいつ婚約破棄を言い渡すかの調査など、それを一月足らずで行なった。元々、学生の身分での留学であったため、使える手駒が少なく、中々のハードスケジュールだったようだ。
そりゃぁ、根回しなんてする暇も駒も無い。しかし、せめて実家に相談しろとオーランドは雷を落された。
絶対に止められると分かっていたから相談しなかったのか、それとも、本当に気が回らなかったのかは彼にしか分からない。
「そうねぇ……」
授業が終わって、放課後。
レナとエラは部室で植物系の魔物であるグリーンラビットの葉を毟っていた。
グリーンラビットは兎のような姿をしているが、動物ではない。魔物の心臓部である魔核から芯を伸ばし、キャベツのようにそれを中心にして葉を茂らせている動く不思議な植物である。
そんなグリーンラビットが部室に小山のように置かれている。これらは、レナが夏休みの修行の際に狩った魔物の一部だ。
それを錬金術の材料として使うため、葉を毟っているのである。二人の今日の活動はそれで終わりそうだ。
そうやってひたすら葉を毟りながら、雑談に興じる。
「アレから一週間経ったけど、ジュリエッタ様の噂はあんまり聞かないね」
「そうね。男性のファンは増えているみたいだけど、あの美貌ですもの。想定内だわ」
あの『ジュリエッタ公爵令嬢挨拶訪問』から一週間の時が流れた。
あれから女性の友人も少しは出来たらしいが、当たり障りない関係のようだ。ジュリエッタが踏み込もうにも、やんわり交わされる事が多いらしい。
「オーランド様との縁の深め方を間違ったのがいけなかったのよね」
「それって、初手から詰んでるってことじゃない」
バリバリ葉を毟りながら、苦笑する。
「あの時、明らかにチアン殿下に見惚れてたけど、あれ、どういう事だと思う? ただ美しいものに見惚れたのか、一目惚れしたのか……」
「んん~……」
レナの言葉に、エラが可愛らしく唸る。
「そもそも、チアン殿下のあのお顔を見て一目惚れしたとしても、殆どの人間は気後れして隣に立とうなんて思わないと思うのよね……」
「そうよね。自分の容姿に相当な自信があるか、チアン殿下に相当惚れ込んでいるかしないと、委縮して気持ちが萎んでいきそう」
女二人で、う~ん、と唸りながら悩む。
そんなことを話していると、部室のドアが開いた。
「あれ? ネモは居ないのか?」
ドアから顔を出したのは、ヘンリーだった。
「ネモ先輩ならイヴァン先輩を連れて魔物狩りに行きましたよ」
「なんでも、ブルーマウスの花が足りないとかで」
「あー……。あの、でかくて青いネズミ型の魔物の頭に咲いてるアレか」
ブルーマウスとはヘンリーが言った通り、青い毛皮を持つネズミ型の魔物である。駆け出し冒険者でも簡単に狩れる魔物なのだが、錬金術の材料になる頭頂部に咲く花は絶命時に枯れ、採取したとしても足が速いため、適切な処理をしなくてはならない駆け出し冒険者泣かせの錬金術素材である。
「それで、お前達の今日の活動はそれを毟る事になったのか」
「ネモ先輩が、とっておきのファンデーションを作って見せて下さるそうで!」
「そうなんです! それを作るのに必要なんだそうです!」
キラッキラと期待に輝く目で言われ、「ソッカー」とそれに圧されながらヘンリーは温い笑みを浮かべ、適当な椅子にドサッと座る。
「そういえば、お前らはあれからジュリエッタ嬢に接触したか?」
「いいえ、ありません」
「隣国の公爵令嬢とお話する機会は早々ありませんし、オーランド様とよく一緒にいらっしゃるので、近づかないようにしています」
レナは単純に会わなかっただけだが、エラはアメリアの事もあって近づかないようにしていた。
「あの、ヘンリー殿下の方はどうですか? やっぱり、ジュリエッタ様はヘンリー殿下を?」
「あー……」
レナの質問に、ヘンリーは微妙な顔をして唸る。
「それなんだが、妙な事になって来てな……」
「妙な事?」
レナとエラが首を傾げる。
「一度だけ昼食を一緒に摂る羽目になったんだが、その時、チアンと一緒だったんだよ」
「わぁ……」
「なんだか、ややこしい事になりそうですね……」
二人の予想通り、その昼食会はなかなかややこしい事になったそうだ。
「フーリエ公爵家の方針としては、俺を婿に迎え入れたいのは間違いなさそうなんだが、無意識なんだろうな。明らかにジュリエッタ嬢の視線はチアンに向いてるんだよ」
「まあ、チアン殿下のあの美貌なら仕方ないような気も……」
「あの、もしかしてその昼食会の時、オーランド様がご一緒でした?」
居たぞ、と言われ、エラが何とも言えぬ顔をする。
「ジュリエッタ様の視線の内容によっては、オーランド様の反応が怖いですね……」
「まあな。明らかにチアンに視線を奪われているのに、すり寄るのは俺。あれでも公爵家の次男として教育されているから、相手が俺なら国のため、家のために仕方のない事だと自分を慰められるだろうが、チアンはな……」
ヘンリーに言わせれば、オーランドは典型的なヒーロー思考型の人間だ。
隣国の留学先で婚約者に無碍にされる美しい令嬢に恋をし、彼女を救わねばと恋心を燃料に正義感を燃え上がらせた。
しかし、そうして起こした彼の行動は、あちこちに迷惑をかけるものとなった。
彼が国に帰って来てから聞き出された情報によると、ただ単純に時間が無かったらしい。
隣国の王太子がジュリエッタに無実の罪を着せ、婚約破棄を目論んでいると情報を得たのは結構ギリギリになってからだったそうだ。
それが起きてしまえばジュリエッタは行き場を失うかもしれない。もしそうなれば、自分が手を差し伸べなければ、と思ったらしい。
そしてあの無茶な婚約解消を実行し、ジュリエッタの無実の証拠を集め、王太子がいつ婚約破棄を言い渡すかの調査など、それを一月足らずで行なった。元々、学生の身分での留学であったため、使える手駒が少なく、中々のハードスケジュールだったようだ。
そりゃぁ、根回しなんてする暇も駒も無い。しかし、せめて実家に相談しろとオーランドは雷を落された。
絶対に止められると分かっていたから相談しなかったのか、それとも、本当に気が回らなかったのかは彼にしか分からない。
36
お気に入りに追加
4,386
あなたにおすすめの小説
この度、双子の妹が私になりすまして旦那様と初夜を済ませてしまったので、 私は妹として生きる事になりました
秘密 (秘翠ミツキ)
恋愛
*レンタル配信されました。
レンタルだけの番外編ssもあるので、お読み頂けたら嬉しいです。
【伯爵令嬢のアンネリーゼは侯爵令息のオスカーと結婚をした。籍を入れたその夜、初夜を迎える筈だったが急激な睡魔に襲われて意識を手放してしまった。そして、朝目を覚ますと双子の妹であるアンナマリーが自分になり代わり旦那のオスカーと初夜を済ませてしまっていた。しかも両親は「見た目は同じなんだし、済ませてしまったなら仕方ないわ。アンネリーゼ、貴女は今日からアンナマリーとして過ごしなさい」と告げた。
そして妹として過ごす事になったアンネリーゼは妹の代わりに学院に通う事となり……更にそこで最悪な事態に見舞われて……?】
私が死んで満足ですか?
マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。
ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。
全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。
書籍化にともない本編を引き下げいたしました
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
側妃は捨てられましたので
なか
恋愛
「この国に側妃など要らないのではないか?」
現王、ランドルフが呟いた言葉。
周囲の人間は内心に怒りを抱きつつ、聞き耳を立てる。
ランドルフは、彼のために人生を捧げて王妃となったクリスティーナ妃を側妃に変え。
別の女性を正妃として迎え入れた。
裏切りに近い行為は彼女の心を確かに傷付け、癒えてもいない内に廃妃にすると宣言したのだ。
あまりの横暴、人道を無視した非道な行い。
だが、彼を止める事は誰にも出来ず。
廃妃となった事実を知らされたクリスティーナは、涙で瞳を潤ませながら「分かりました」とだけ答えた。
王妃として教育を受けて、側妃にされ
廃妃となった彼女。
その半生をランドルフのために捧げ、彼のために献身した事実さえも軽んじられる。
実の両親さえ……彼女を慰めてくれずに『捨てられた女性に価値はない』と非難した。
それらの行為に……彼女の心が吹っ切れた。
屋敷を飛び出し、一人で生きていく事を選択した。
ただコソコソと身を隠すつまりはない。
私を軽んじて。
捨てた彼らに自身の価値を示すため。
捨てられたのは、どちらか……。
後悔するのはどちらかを示すために。


婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。