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令嬢は踊る

第十五話 歓迎会3

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「そういえば、そのクソバカボンボンの実家はどうなってるの? ジュリエッタ嬢を息子の嫁に迎えるつもりなのかしら?」
「いや、それは無い。ランドール公爵家の派閥は王家寄りなんだ。王家は隣国の問題に巻き込まれるのを避けたく思っている。だからその意向を汲んで、公爵は急病になり、今は長男が当主代理をしている。そこからジュリエッタ嬢とは距離を置いているな」

 しかし、オーランドがジュリエッタに纏わりついているので望んでいるほどの距離が取れずにいる。

「オーランドは謹慎させた方が良いのではないか?」
「それが出来ればよかったが、オーランドがジュリエッタ嬢を留学に誘ったんだ。体面的に、最低でも彼女がこの学園に慣れるまで奴が面倒を見なければ聞こえが悪い」
「今さら体面も何もないと思うんだけど」
「まあな。本音は、ジュリエッタ嬢に誑かされる奴を増やしたくなかったんだよ」
「は?」

 予想外のことを言われ、ネモは目を瞬かせ、他の面々もどういう事かとヘンリーを見つめる。
 誑かすとは中々酷い言いようだが、そう言いたくもなる惨状が水面下で起こっている。

「ジュリエッタ嬢はな、一種の魔性の女だ」
「ましょうのおんな」

 ポカン、とした顔をして、レナがその言葉を復唱する。

「そもそも、オーランドとアメリア嬢の仲は悪くなく、むしろ上手く行っていた。そうだろ?」
「はい。そのように聞いています」

 ヘンリーの問いかけに、エラが頷く。
そう。オーランドとアメリアは情熱的な関係ではなかったが、穏やかに愛を育んでいた筈なのだ。そのため、あの突然の婚約解消の手紙は酷い混乱を呼んだし、ランドール公爵の息子への失望は深い。

「隣国でジュリエッタ嬢は熱狂的な人気があったんだ。その美貌はもちろん、話術も上手く、人の感情の機微に聡い。隣国の王太子みたいに嫌う奴も居るだろうが、少数派だろうな。彼はプライドが高いが故に、自分より人気のある婚約者に我慢ならなかったんだろう。美貌の女性に理解され、慰められ、褒められ、受け入れられたら、普通なら嵌るだろうよ」

 そう言うヘンリーに、ネモがズバッと切り込む。

「キャバクラに嵌るおっさんみたいね」

 身も蓋もない感想だった。

「……まずいな。ジュリエッタ嬢のイメージが一気にキャバ嬢になったんだが」
「キャバ嬢馬鹿にすんなよ。彼女等は賢いし働き者だぞ」

 込み上がる笑いに小刻みに震えるチアンを、ヘンリーが睨む。

「ああ、さてはアンタ、キャバ嬢使って情報抜いてるわね」
「ノーコメント」

 国の闇――というか、ヘンリーの闇をチラ見してしまった。
 後輩三人は気まずげに明後日の方向へ視線を飛ばしている。何も聞いてませんよ、のアピールだ。

「それで、何の話だったっけ?」
「ジュリエッタ嬢が魔性の女で、これ以上誑かされる者を増やしたくないという話だ。……ふむ。これ以上、と言うからには、いくらか誑かされた者が出たか」
「そうなんだよ。そこそこ使える貴族の子弟達が、いつの間にか嵌ってやがった。おそらく、オーランドの友人として紹介されて、それ伝いにシンパを増やしたんだろうな」

 ため息交じりのその言葉に、レナは思わず言う。

「けど、それって益々女の子に嫌われないですか?」
「そうよね。男を侍らす女って、印象が悪いわ」
「今の所、オーランド様以外男性が纏わりついているような噂は聞いていませんが……」

 ネモとエラがそれに続いて口を開き、ヘンリーはそれを受けて肩を竦める。

「まあな。流石にそこら辺はジュリエッタ嬢も理解している。だから普段はオーランドだけが彼女の傍に居る。誑かされた男が彼女に近づく時は、婚約者や身内の女性が一緒だ。フリーの男以外はやんわりと遠ざけられるから、あっちも学習して女性を連れてジュリエッタ嬢に会いに行っている」
「それ、身内はともかく、婚約者は面白く思ってないんじゃない?」
「そりゃな。けど、ジュリエッタ嬢はその婚約者とも仲良くできる自信があったんだろうよ。実際、隣国ではカップル揃ってジュリエッタ嬢に夢中になっている奴が多かったらしい」
「まるでアイドルだな」

 チアンの言葉に、それな、とヘンリーは頷く。

「ただ、アメリア嬢の事でマイナスの下地があったもんだから、懐柔は思い通りにはいっていないみたいだな」
「なるほどねぇ……」

 そう言ってレモネードを飲むネモを横目に、レナは尋ねる。

「ジュリエッタ様はこれからどう動くと思いますか?」
「女性陣の懐柔をしつつ、どうにか伝手を辿って俺に近づこうとするだろうな。俺を落とすための外堀埋めだか、根回しだかでお前らに接触する可能性は高い。気を付けてくれ」
「ヘンリーに挨拶しに来るとか無いわけ? というか、今まで無かったの? 一応、学園が同じで、留学先の王子様なわけだし」
「そんなもん、逃げたに決まってるだろ」
「逃げたのか……」
「よく逃げられましたね」

 チアンは呆れ、イヴァンは感心したような顔をする。

「俺、王族のわりに地味だからな。あっちが気付く前に逃げられる」

そう自虐的な事を胸を張りながら言う。

「けど、いつまで逃げられるかしらねぇ」
「意外と、この部室に来たりして」
「まさか、そんな――」

 レナの冗談に、ヘンリーが何事か返そうとした、その時だった。
――コンコン
 部室のドアが、ノックされた。
 『台所錬金術部』の面々は顔を見合わせる。

「あの、すみません」

 ドアの向こうから、若い女性の声が聞こえて来た。
 それに、代表して部長のネモが応じる。

「はい、どちら様ですか?」
「私、ジュリエッタ・フーリエと申します。こちらにヘンリー殿下がいらっしゃるとお聞きしたのですが、いらっしゃいますか?」

 その答えに、『台所錬金術部』の面々の視線がヘンリーへと集まる。
 ヘンリーは顔を嫌そうにしわくちゃにして、苦々しく呟く。

「フラグだったか……」

 残念ながら、逃げ道は無かった。
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