上 下
25 / 150
令嬢は踊る

第八話 修行

しおりを挟む
 レナがもう一度『破裂玉』を投げ、タイミングを学ぶと、次の段階へ進んだ。

「それじゃあ、次は連携ね」

 ネモがそう言い、イヴァンを呼ぶ。

「まずはレナちゃんが破裂玉を投げて魔物を怯ませる。その隙にイヴァンが剣で攻撃、レナちゃんはその援護」
「やっぱり剣を使うんですね……」
「そうよ。そりゃ、アンタは剣の才能は無いけど、ちゃんと使えるし戦えるじゃない。錬金術師がそれだけできれば十分よ。それにアンタの魔道具をこの辺の魔物に使うのは勿体ないわ」

 この辺は低級の魔物しか居ないので、イヴァンが作る魔道具を使うにはコストがかかりすぎてつり合いが取れないのだという。
 やだなぁ、と肩を落とすイヴァンを無視して、ネモはレナに向き直って言う。

「いいこと、レナちゃん。錬金術師は基本的に魔道具を使って戦うわ。けど、それって結局、お金がかかるの。だから、出来る限りコスパの良い魔道具を自分で作って、それを使って上手に魔物を狩るのよ」

 レナの獲物は柄の長いハンマーだ。それで狩れるならそれで良いが、レナは所詮インドア系の錬金術師だ。ランクの高い魔物を狩るなら、魔道具頼みになる。
剣や弓、魔法などの才能など、そんな都合の良いものは早々持っていないものだ。

「師匠、呪術や魔法じゃ駄目なんですか?」
「それを使ったら魔道具を使うまでもないでしょうが! 今回の魔物狩りはレナちゃんのためのものなんだからね!」

 イヴァンが剣よりも適性のある得意分野を上げるが、それにネモは柳眉を吊り上げて却下した。
 それを受け、ハイ、分かりました……、と肩を落とすイヴァンに、レナが慌てる。

「あの、イヴァン先輩――」
「あー、いいのいいの、レナちゃんは気にしない!」

 嫌なら無理しないで欲しいと言おうとしたレナに、ネモは軽い調子でそれを止める。

「あの子、剣の腕にちょっとコンプレックスがあるのよ。騎士の家系なのに、お父さんとお兄さん達程才能が無いわけ。それを気にしてるのよ。けど、私から見ればそこらの冒険者よりよっぽど腕が良いんだけどね」

 剣の腕前だけは冷静な目で見れないのよね、と呆れたように言うその姿に、イヴァンのコンプレックスに対して散々言葉を尽くしたあとなのだろうと知れた。

「もう、私は面倒だから、才能が無い、ってハッキリ言うことにしたわ。もしあの子のコンプレックスに付き合うか慰さめるなら、面倒だから覚悟してね」

 鬱陶しくなったら殴り飛ばしなさい、と言う彼女の言葉に、いったい何があったのかとレナは微妙な顔をする。
 ただ、そうやって軽く言うからには深刻なものではないのだろう。実際、彼が鞘付きで準備運動がてら剣の素振りをしているのを見て、「え、上手じゃないですか」と思わずレナが溢したのを聞き、ソワァッ、と嬉しそうに気配を揺らしていた。
 嬉しそうにそわつく彼を白けた目で見ながら、ネモが言う。

「はーい、それじゃ、魔物を狩りに行くわよ」
「はい!」
「は、はい、師匠!」

 こうして、レナの魔物狩り修行が始まったのだった。



   ***

「全然ダメ! 体が潰れちゃってるじゃない! リーフラビットはウサギの魔物に見えるけど、植物系の魔物よ。そして魔法薬として余すところなく使えるわ。魔核より体に価値がある魔物よ。心臓部の魔核は頭にあるから、叩くなら頭! 特に側頭部!」
「は、はいぃ……」

 厳しい指摘に、レナは息を切らせながら返事をした。
 ネモの修行はスパルタだった。
 イヴァンとの連携は上手く行き、早々に合格点を貰ったのだが、次の段階に移ってからはガンガンダメだしが飛んで来た。

「いいこと、レナちゃん。錬金術にはお金がかかるの。一人前になるまでには、特にね。だから、いかに魔物を無駄なく綺麗に狩れるかが重要よ」
「はい……」

 ネモの言葉に、レナは神妙に頷く。
 錬金術師は、大成するまでお金がかかる。実験に必要な機材、材料、施設など、必要なものが沢山あるのだ。
 今はお金持ちのサンドフォード準男爵家の養子になったとはいえ、レナの金銭感覚は庶民の頃のままである。お金の心配はしなくていいと折々に言われているが、稼げるなら稼ぐべきだ。そのため、この二つ名持ちの錬金術師の教えはありがたいものだった。――過酷さは別として……

「レナちゃんはお家がパトロンになってくれてるから良いけど、これが一般人だったら死に物狂いよ。運よく錬金術師の所に弟子入りできればいいけど、そうじゃなく、独力で錬金術師になるなら、イヴァンくらいの才能か、老いても諦めず折れない強い心が必要だもの」

 錬金術師として一人前と認められるのは、『不老の妙薬』を一人で作り、それ飲んでからだ。
 そうしてようやく錬金術師ギルドへの登録が認められ、『錬金術師』を名乗れるようになる。
 しかし、ギルドに登録できないからといって錬金術師と名乗っても咎められはしない。何故なら、『不老の妙薬』を作る腕はあれども、材料が足りずに作れないということが多々あるからだ。
そのため、腕が確かなら錬金術師を名乗ってもさして問題にはならない。しかし、正式に場では、見習いや、準錬金術師などと名乗るのが一般的だ。

「『不老の妙薬』の材料が売りに出される時もあるからね。レナちゃんなら準男爵家が出してくれるかもしれないけど、普通はそれを買う為にお金を貯めておくものよ」
「そうですよね。その……、出来れば家には負担をかけたくないですし、蓄えが在るに越したことは無いし……。うん、よし! 頑張ります!」

 気合を入れなおしてそう宣言するレナに、ネモが破顔する。

「よし! よく言った! さあ、次を狩りに行くわよ!」
「はい!」

 そうして森の奥へ入っていく女二人の背を追いかけ、イヴァンがポツリと呟く。

「レナ、もしかして師匠に似てきた……?」

 どうしよう……、と不安そうなその声は、ネモに聞かれたら間違いなく締め上げられていただろう悲壮感に満ちていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生者と忘れられた約束

悠十
恋愛
 シュゼットは前世の記憶を持って生まれた転生者である。  シュゼットは前世の最後の瞬間に、幼馴染の少年と約束した。 「もし来世があるのなら、お嫁さんにしてね……」  そして、その記憶を持ってシュゼットは転生した。  しかし、約束した筈の少年には、既に恋人が居て……。

伯爵令嬢は婚約者として認められたい

Hkei
恋愛
伯爵令嬢ソフィアとエドワード第2王子の婚約はソフィアが産まれた時に約束されたが、15年たった今まだ正式には発表されていない エドワードのことが大好きなソフィアは婚約者と認めて貰うため ふさわしくなるために日々努力を惜しまない

【完結】『それ』って愛なのかしら?

月白ヤトヒコ
恋愛
「質問なのですが、お二人の言う『それ』って愛なのかしら?」  わたくしは、目の前で肩を寄せ合って寄り添う二人へと質問をする。 「な、なにを……そ、そんなことあなたに言われる筋合いは無い!」 「きっと彼女は、あなたに愛されなかった理由を聞きたいんですよ。最後ですから、答えてあげましょうよ」 「そ、そうなのか?」 「もちろんです! わたし達は愛し合っているから、こうなったんです!」  と、わたくしの目の前で宣うお花畑バカップル。  わたくしと彼との『婚約の約束』は、一応は政略でした。  わたくしより一つ年下の彼とは政略ではあれども……互いに恋情は持てなくても、穏やかな家庭を築いて行ければいい。そんな風に思っていたことも……あったがなっ!? 「申し訳ないが、あなたとの婚約を破棄したい」 「頼むっ、俺は彼女のことを愛してしまったんだ!」 「これが政略だというのは判っている! けど、俺は彼女という存在を知って、彼女に愛され、あなたとの愛情の無い結婚生活を送ることなんてもう考えられないんだ!」 「それに、彼女のお腹には俺の子がいる。だから、婚約を破棄してほしいんだ。頼む!」 「ご、ごめんなさい! わたしが彼を愛してしまったから!」  なんて茶番を繰り広げる憐れなバカップルに、わたくしは少しばかり現実を見せてあげることにした。 ※バカップル共に、冷や水どころかブリザードな現実を突き付けて、正論でぶん殴るスタイル。 ※一部、若年女性の妊娠出産についてのセンシティブな内容が含まれます。

さよなら、英雄になった旦那様~ただ祈るだけの役立たずの妻のはずでしたが…~

遠雷
恋愛
「フローラ、すまない……。エミリーは戦地でずっと俺を支えてくれたんだ。俺はそんな彼女を愛してしまった......」 戦地から戻り、聖騎士として英雄になった夫エリオットから、帰還早々に妻であるフローラに突き付けられた離縁状。エリオットの傍らには、可憐な容姿の女性が立っている。 周囲の者達も一様に、エリオットと共に数多の死地を抜け聖女と呼ばれるようになった女性エミリーを称え、安全な王都に暮らし日々祈るばかりだったフローラを庇う者はごく僅かだった。 「……わかりました、旦那様」 反論も無く粛々と離縁を受け入れ、フローラは王都から姿を消した。 その日を境に、エリオットの周囲では異変が起こり始める。

寵妃にすべてを奪われ下賜された先は毒薔薇の貴公子でしたが、何故か愛されてしまいました!

ユウ
恋愛
エリーゼは、王妃になる予定だった。 故郷を失い後ろ盾を失くし代わりに王妃として選ばれたのは後から妃候補となった侯爵令嬢だった。 聖女の資格を持ち国に貢献した暁に正妃となりエリーゼは側妃となったが夜の渡りもなく周りから冷遇される日々を送っていた。 日陰の日々を送る中、婚約者であり唯一の理解者にも忘れされる中。 長らく魔物の侵略を受けていた東の大陸を取り戻したことでとある騎士に妃を下賜することとなったのだが、選ばれたのはエリーゼだった。 下賜される相手は冷たく人をよせつけず、猛毒を持つ薔薇の貴公子と呼ばれる男だった。 用済みになったエリーゼは殺されるのかと思ったが… 「私は貴女以外に妻を持つ気はない」 愛されることはないと思っていたのに何故か甘い言葉に甘い笑顔を向けられてしまう。 その頃、すべてを手に入れた側妃から正妃となった聖女に不幸が訪れるのだった。

令嬢はまったりをご所望。

三月べに
恋愛
【なろう、から移行しました】 悪役令嬢の役を終えたあと、ローニャは国の隅の街で喫茶店の生活をスタート。まったりを求めたが、言い寄る客ばかりで忙しく目眩を覚えていたが……。 ある日、最強と謳われる獣人傭兵団が、店に足を踏み入れた。 獣人傭兵団ともふもふまったり逆ハーライフ! 【第一章、第二章、第三章、第四章、第五章、六章完結です】 書籍①巻〜⑤巻、文庫本①〜④、コミックス①〜⑥巻発売中!

捨てられ令嬢の恋

白雪みなと
恋愛
「お前なんかいらない」と言われてしまった子爵令嬢のルーナ。途方に暮れていたところに、大嫌いな男爵家の嫡男であるグラスが声を掛けてきてーー。

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました

狭山ひびき@バカふり160万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」  ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。  「「「やっぱりかー」」」  すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。  日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。  しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。  ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。  前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。 「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」  前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。  そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。  まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。