上 下
21 / 150
令嬢は踊る

第四話 騒動の種1

しおりを挟む
 焚火に照らされ、五人の影が浮かび上がる。
 この暗い森の中に、何故か台所錬金術部のメンバーがそろってしまったが、まあ、行動力にあふれた人たちだからなぁ、とレナはあらゆる問題から目を逸らした。
 行動力にあふれた王子のうちの一人が口を開く。

「それでな、聞いてくれよ。ランドール公爵の次男のクソボンボンが隣国から『留学』って名目で女を連れ帰ったんだよ」
「は?」
「ほう? 公爵家の次男が、女を……」
 
 修羅場だな、と断定するチアンの言葉に、ヘンリーは頷く。

「公爵家の次男ともなれば、婚約者が居るもんなんだよ。それを二か月くらい間に解消したと思ったら、隣国の王太子の元婚約者を連れてきやがった」
「は?」
「婚約解消はその王太子の元婚約者が原因か」

 雲の上の地位に居る人間のことを話され、レナは目を白黒させる。王太子とか、その婚約者とか、ちょっとなじみが無さすぎる。――まあ、第三王子と第十八皇子には不思議と馴染んだが……

「婚約解消の仕方もまずかった。あのクソバカは婚約解消を願う旨を公爵――父親と婚約者の家に同時に手紙で送りつけたんだ」
「は?」
「それはまた、馬鹿な事をしたものだな。確実に婚約解消をしたかったのだろうが、両家の関係は悪くなったんじゃないか?」

 ネモがさっきから「は?」しか言ってないが、顔がどんどん渋いものになっている。政界にほぼ無関係な野良錬金術師であるネモがそんな顔をするということが、レナは少し気になった。

「それはもう。元々その婚約を願ったのは公爵家だからな。婚約解消を願われた令嬢は何一つ痂疲は無い。これまでなんの問題もなく上手くやって来て、なのに今更婚約破棄だ。両家の仲は決裂。特に割を食ったのは、そのご令嬢だ。年齢的に令嬢と釣り合う男を探すのは難しいだろうな。釣り合うような目ぼしい男は皆、婚約者が居るし、残るのはうだつの上がらないカスか問題児ばかりだ。一人娘の婿にそんな男は迎えられん」
「一人娘か……。覚悟して後妻に行くわけにもいかず、かといって下手な男は招くとこは出来ず。本当に割に合わないな」
「ただ、クソバカの父親たる公爵はまともな方だからな。婚約解消の願いを次男から聞いて、それを諫めるつもりだったらしい。しかし、それを先んじて相手の家にもクソバカが伝えていたから、話がややこしくなって、クソバカの阿呆ぶりにこんな男を娘の婿に迎えられない、ということで婚約解消になった。可哀そうに、公爵の髪が薄くなっていたぜ……」

 ふさふさな頭を持つ王子達は、哀れみを籠めた目をして某公爵の毛根に哀悼の意を示す。
 そんな王子達に、モソモソとパンをかじっていたイヴァンが尋ねる。

「あの……、ちょっと気になったんですけど、隣国の王太子の元婚約者って、もしかしてジュリエッタ・フーリエ公爵令嬢ですか?」
「お、そうだぜ。よく分かったな」
「いや、まあ……」
「どうした?」

 言い淀むイヴァンに、ヘンリーが不審げに眉をひそめる。

「何かあったのか?」
「あー……、そうですね。その、大したことじゃないんですけど、三年くらい前に引き抜きの話を持ち掛けられて」
「はあ⁉」

 聞いてないぞ、と言うヘンリーに、イヴァンはすぐに断ったのだと言う。

「隣国のフーリエ公爵からの引き抜きの話でした。僕の他にも、高名な技術者に声がかかってたみたいです。ただ、わざわざ隣国へ行く旨味はありませんでしたから、誰もその話に乗らなかったみたいです」

 それに、その頃にはヘンリーが既に手広く商売を始めており、それに乗っかる形で好景気となっていた。技術者連中もそれを享受しており、すげなくその誘いを蹴ったのだ。

「まあ、ただ相手は隣国とはいえ公爵家ですから。しばらくは身辺に気をつけてました」
「おいおいおいおい、待て、聞いてないぞ。本当に、何やってんだ⁉ 俺に言えよ!」
「わざわざ殿下に話を持ってくほどのものでは無かったんです」
 それに殿下が懇意にされてる商会長は知ってる筈ですよ、と言われ、ふざけんな、あのクソ狸! と叫ぶ。

「まあ、結局何もなかったんですけどね。それから、引き抜き指示を出していたのは表向きは公爵様だったそうですが、本当の所は件のご令嬢だったそうです。使える権力的に強権を使う事は出来ず、だから何事も無かった。だから、最後までヘンリー殿下の耳には入らなかったんだと思います」

 誰が声を掛けられたのかと尋ねれば、上げられた数人の名前を聞けば、その半分はヘンリーが懇意にしている技術者だったようで、「うぉぉぉ……、ふざけんな、言えよぉ」と呻きながら力なく項垂れた。

「……けど、何か? ソレを行った令嬢が何食わぬ顔して我が国に来たってか?」

 今まで間抜けにも知らなかったが、それは喧嘩を売られたも同然ではなかろうかとヘンリーの腹の底がグツグツと煮えてくる。

「……ふ、ふは、ふはははははは!」

 暗い森の中にヘンリーの哄笑が響く。

「なんか魔王みたいな笑い方しだしたぞ」
「ヤバイわね、近寄らんとこ」

 チアンとネモがそっとヘンリーから距離を取る。
 ヘンリーが懇意にしている技術者の引き抜きは、彼の手掛ける事業にとっては相当な痛手だ。そのため、これはジュリエッタ・フーリエ公爵令嬢がヘンリーに喧嘩を売ったと取られても仕方がない。
 しかし、それでも今までヘンリーに知らされていないとなると、本当に軽い勧誘だったのだろう。
けれど相手が隣国の王太子の婚約者であり、その生家が筆頭公爵家ともなれば断った者は何かされるのではないかと警戒する。その心労は、技術者たちにいくらかの負担となっただろう。
 そして、それを行ったというのに、件のご令嬢何くわぬ顔をしてランタナ王国に来ているのだというのだから面の皮が厚い。

「良い度胸だ! クソバカボンボンと揃って隣国にのしつけて送り返してくれるわ!」

 ランタナ王国の経済界の魔王が、隣国で有能と名高いジュリエッタ・フーリエ公爵令嬢を敵とみなした瞬間だった。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

お前は家から追放する?構いませんが、この家の全権力を持っているのは私ですよ?

水垣するめ
恋愛
「アリス、お前をこのアトキンソン伯爵家から追放する」 「はぁ?」 静かな食堂の間。 主人公アリス・アトキンソンの父アランはアリスに向かって突然追放すると告げた。 同じく席に座っている母や兄、そして妹も父に同意したように頷いている。 いきなり食堂に集められたかと思えば、思いも寄らない追放宣言にアリスは戸惑いよりも心底呆れた。 「はぁ、何を言っているんですか、この領地を経営しているのは私ですよ?」 「ああ、その経営も最近軌道に乗ってきたのでな、お前はもう用済みになったから追放する」 父のあまりに無茶苦茶な言い分にアリスは辟易する。 「いいでしょう。そんなに出ていって欲しいなら出ていってあげます」 アリスは家から一度出る決心をする。 それを聞いて両親や兄弟は大喜びした。 アリスはそれを哀れみの目で見ながら家を出る。 彼らがこれから地獄を見ることを知っていたからだ。 「大方、私が今まで稼いだお金や開発した資源を全て自分のものにしたかったんでしょうね。……でもそんなことがまかり通るわけないじゃないですか」 アリスはため息をつく。 「──だって、この家の全権力を持っているのは私なのに」 後悔したところでもう遅い。

【完結】初恋の人も婚約者も妹に奪われました

紫崎 藍華
恋愛
ジュリアナは婚約者のマーキースから妹のマリアンことが好きだと打ち明けられた。 幼い頃、初恋の相手を妹に奪われ、そして今、婚約者まで奪われたのだ。 ジュリアナはマーキースからの婚約破棄を受け入れた。 奪うほうも奪われるほうも幸せになれるはずがないと考えれば未練なんてあるはずもなかった。

旦那様は妻の私より幼馴染の方が大切なようです

雨野六月(まるめろ)
恋愛
「彼女はアンジェラ、私にとっては妹のようなものなんだ。妻となる君もどうか彼女と仲良くしてほしい」 セシリアが嫁いだ先には夫ラルフの「大切な幼馴染」アンジェラが同居していた。アンジェラは義母の友人の娘であり、身寄りがないため幼いころから侯爵邸に同居しているのだという。 ラルフは何かにつけてセシリアよりもアンジェラを優先し、少しでも不満を漏らすと我が儘な女だと責め立てる。 ついに我慢の限界をおぼえたセシリアは、ある行動に出る。 (※4月に投稿した同タイトル作品の長編版になります。序盤の展開は短編版とあまり変わりませんが、途中からの展開が大きく異なります)

七年間の婚約は今日で終わりを迎えます

hana
恋愛
公爵令嬢エミリアが十歳の時、第三王子であるロイとの婚約が決まった。しかし婚約者としての生活に、エミリアは不満を覚える毎日を過ごしていた。そんな折、エミリアは夜会にて王子から婚約破棄を宣言される。

元婚約者がマウント取ってきますが、私は王子殿下と婚約しています

マルローネ
恋愛
「私は侯爵令嬢のメリナと婚約することにした! 伯爵令嬢のお前はもう必要ない!」 「そ、そんな……!」 伯爵令嬢のリディア・フォルスタは婚約者のディノス・カンブリア侯爵令息に婚約破棄されてしまった。 リディアは突然の婚約破棄に悲しむが、それを救ったのは幼馴染の王子殿下であった。 その後、ディノスとメリナの二人は、惨めに悲しんでいるリディアにマウントを取る為に接触してくるが……。

最初に私を蔑ろにしたのは殿下の方でしょう?

水谷繭
恋愛
公爵令嬢ジゼル・ブラッドリーは第一王子レイモンドの婚約者。しかしレイモンド王子はお気に入りの男爵令嬢メロディばかり優遇して、ジゼルはいつもないがしろにされている。 そんなある日、ジゼルの元に王子から「君と話がしたいから王宮に来て欲しい」と書かれた手紙が届く。喜ぶジゼルだが、義弟のアレクシスは何か言いたげな様子で王宮に行こうとするジゼルをあの手この手で邪魔してくる。 これでは駄目だと考えたジゼルは、義弟に隠れて王宮を訪れることを決めるが、そこにはレイモンド王子だけでなく男爵令嬢メロディもいて……。 ◆短めのお話です! ◆なろうにも掲載しています ◆エールくれた方ありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。