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令嬢は踊る
第三話 目覚めドッキリ
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パチパチと焚火の火が爆ぜる音が暗い森の中に響く。
それを囲むのは、『台所錬金術部』の面々だ。ネモは少し離れた場所で簡易的な竈を作り、鍋をかき回している。
ちなみに、イヴァンは起きなかったのでテントに放り込んである。
「結局帰らなかったわね」
「いいだろ、一日くらい」
「私は従者達を置いて先に脱出したからな。彼等が王都に到着するまでここに居るぞ」
「えっ⁉ じゃあ、チアン殿下はランタナ王国まで一人で戻って来たんですか⁉」
第十八皇子とはいえ、一国の皇子が一人旅をしたという事実にレナは目を丸くする。
「そうだ。気楽な一人旅だった」
「レナちゃん。コイツ、実力は上級冒険者以上のチート野郎だから。多分、従者や護衛の質によっては一人の方が安全なタイプ」
「ヤバイ奴だからな。こいつは敵に回すなよ」
「ええぇ……」
思わぬ先輩のスペック発覚に、レナは頬を引きつらせる。
ネモが鍋をかき回しながら言う。
「前回のスタンピードで出て来たホワイトドラゴンを捕まえた呪術、あれはチアンが教えたのよ。つまり、アレをチアンも使えるわけ」
「あの魔窟で生き残ろうと思ったら、まあ、詳しくなるな」
「ヤメロ、他国の皇家の闇なんぞ知りたくない」
そうやってわちゃわちゃしていると、ネモが「よし、出来た」と鍋をかき回していた手を止める。
木製の深皿に入れるのは、トマトシチューだ。そしてマジックバックからパンを取り出し、渡していく。
「レナちゃん、悪いんだけど、イヴァンの様子を見てきてくれない? 起こせそうだったら起こしちゃって」
「あ、はい。わかりました」
頼まれ、レナはテントへ向かう。
虫よけの薬液に浸したという深緑色のテントは、少し独特のにおいがしたが、不快な匂いではない。外で焚かれている魔物除けのお香の方が匂いが強い。
テントの中を覗いてみれば、静かな寝息が聞こえた。
放り込まれたときとは体勢が違っており、寝返りを打ったのだとわかる。どうやら身じろぎもしない深い眠りから多少は意識の浮上があるらい。
これなら起きるかもしれない、とテントの中に入り、イヴァンの肩を軽く叩く。
「イヴァン先輩、ご飯ですよ~。起きて下さ~い」
しかしイヴァンは唸るだけで起きない。
「イヴァン先輩! 起きて下さい!」
肩を強めにゆする。すると、眉間に皺が寄り、手がレナの方に伸びて――
「キャッ⁉」
強い力で腕を引かれ、そのまま抱き込まれてしまった。
慌ててもがくも、細身の割にしっかりと筋肉があるその腕からは逃れ慣れない。
「イ、イヴァン先輩! 離してください!」
「う~……」
大きな声でそう言うも、イヴァンはまるでうるさい、とでも言うかのようにますます力を籠めてレナを抱き込む。
――ひ、ひえぇぇぇ!?
イヴァンの筋肉と体温を感じてレナは真っ赤になる。
混乱するままに上を見上げれば、そこには綺麗な男の顔が――
「にゃ、にゃぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
イヴァンの秀麗な顔のドアップに、とうとうオーバーヒートしたレナは珍妙な悲鳴を上げ、それに何事かとテントの中を覗きに来た先輩達に救出されるまで、涙目で思考を放棄したのだった。
***
「誠に申し訳ございませんでした!」
土下座して謝まるのは、頭にでかいたんこぶを作ったイヴァンだ。
その彼の後ろには、仕事人の顔をしたネモが拳を構えて仁王立ちをしている。
レナが悲鳴を上げた後、テントを覗きに来た先輩達がとった行動は素早かった。
まずネモが眦吊り上げて「セクハラ撲滅!」と言って拳骨を落とし、それに驚いたイヴァンが飛び起きた隙に、チアンとヘンリーの手によってレナはイヴァンの腕の中から回収された。
そして目を白黒させるイヴァンに状況を説明し、今に至ったのだ。
「寝床に後輩を引き摺り込むとはやるな、イヴァン」
「よっ! リア充! 爆発しろ!」
「今回は事故みたいだけど、合意のないセクシャルな接触は不能の刑に処すから覚悟しなさい」
チアンは淡々と、ヘンリーは妬みを籠めて、ネモは冷気をまき散らしてイヴァンの貧弱な精神をつつく。実に濃いキャラをしている。
「んぐぅ……」と呻くイヴァンに、レナは苦笑いする。
「まあ、寝ぼけてただけですし……。謝ってもらいましたら、もういいですよ」
「うう……、本当にごめんね、レナ……」
寝起きでボサボサの頭の黒髪をかき回し、イヴァンは情けない顔をする。
そんなイヴァンの手を引いて焚火の傍まで導き、トマトシチューとパンを渡す。
「凄くお疲れなんですよね? 朝食も昼食も抜いたって聞きましたよ? しっかり食べて下さいね」
そう言って、今度は自分の分を注ぐべくその場を離れる。
ネモはその後を追い、残されたイヴァンは肩を落としてトマトシチューを手持ち無沙汰にかき回す。
そんなイヴァンの傍に、チアンとヘンリーがソロリと寄って来る。
「――それで、どうだった?」
「レナを抱きしめた感想は?」
男達の質問に、イヴァンは絞り出すように言った。
「――いい匂いがしました!」
瞬間、スパーンといい音を鳴らしてチアンとヘンリーに頭を叩かれる。
イヴァンはたんこぶを襲った衝撃に、頭を抱えて悶絶したのだった。
それを囲むのは、『台所錬金術部』の面々だ。ネモは少し離れた場所で簡易的な竈を作り、鍋をかき回している。
ちなみに、イヴァンは起きなかったのでテントに放り込んである。
「結局帰らなかったわね」
「いいだろ、一日くらい」
「私は従者達を置いて先に脱出したからな。彼等が王都に到着するまでここに居るぞ」
「えっ⁉ じゃあ、チアン殿下はランタナ王国まで一人で戻って来たんですか⁉」
第十八皇子とはいえ、一国の皇子が一人旅をしたという事実にレナは目を丸くする。
「そうだ。気楽な一人旅だった」
「レナちゃん。コイツ、実力は上級冒険者以上のチート野郎だから。多分、従者や護衛の質によっては一人の方が安全なタイプ」
「ヤバイ奴だからな。こいつは敵に回すなよ」
「ええぇ……」
思わぬ先輩のスペック発覚に、レナは頬を引きつらせる。
ネモが鍋をかき回しながら言う。
「前回のスタンピードで出て来たホワイトドラゴンを捕まえた呪術、あれはチアンが教えたのよ。つまり、アレをチアンも使えるわけ」
「あの魔窟で生き残ろうと思ったら、まあ、詳しくなるな」
「ヤメロ、他国の皇家の闇なんぞ知りたくない」
そうやってわちゃわちゃしていると、ネモが「よし、出来た」と鍋をかき回していた手を止める。
木製の深皿に入れるのは、トマトシチューだ。そしてマジックバックからパンを取り出し、渡していく。
「レナちゃん、悪いんだけど、イヴァンの様子を見てきてくれない? 起こせそうだったら起こしちゃって」
「あ、はい。わかりました」
頼まれ、レナはテントへ向かう。
虫よけの薬液に浸したという深緑色のテントは、少し独特のにおいがしたが、不快な匂いではない。外で焚かれている魔物除けのお香の方が匂いが強い。
テントの中を覗いてみれば、静かな寝息が聞こえた。
放り込まれたときとは体勢が違っており、寝返りを打ったのだとわかる。どうやら身じろぎもしない深い眠りから多少は意識の浮上があるらい。
これなら起きるかもしれない、とテントの中に入り、イヴァンの肩を軽く叩く。
「イヴァン先輩、ご飯ですよ~。起きて下さ~い」
しかしイヴァンは唸るだけで起きない。
「イヴァン先輩! 起きて下さい!」
肩を強めにゆする。すると、眉間に皺が寄り、手がレナの方に伸びて――
「キャッ⁉」
強い力で腕を引かれ、そのまま抱き込まれてしまった。
慌ててもがくも、細身の割にしっかりと筋肉があるその腕からは逃れ慣れない。
「イ、イヴァン先輩! 離してください!」
「う~……」
大きな声でそう言うも、イヴァンはまるでうるさい、とでも言うかのようにますます力を籠めてレナを抱き込む。
――ひ、ひえぇぇぇ!?
イヴァンの筋肉と体温を感じてレナは真っ赤になる。
混乱するままに上を見上げれば、そこには綺麗な男の顔が――
「にゃ、にゃぁぁぁぁぁぁぁ⁉」
イヴァンの秀麗な顔のドアップに、とうとうオーバーヒートしたレナは珍妙な悲鳴を上げ、それに何事かとテントの中を覗きに来た先輩達に救出されるまで、涙目で思考を放棄したのだった。
***
「誠に申し訳ございませんでした!」
土下座して謝まるのは、頭にでかいたんこぶを作ったイヴァンだ。
その彼の後ろには、仕事人の顔をしたネモが拳を構えて仁王立ちをしている。
レナが悲鳴を上げた後、テントを覗きに来た先輩達がとった行動は素早かった。
まずネモが眦吊り上げて「セクハラ撲滅!」と言って拳骨を落とし、それに驚いたイヴァンが飛び起きた隙に、チアンとヘンリーの手によってレナはイヴァンの腕の中から回収された。
そして目を白黒させるイヴァンに状況を説明し、今に至ったのだ。
「寝床に後輩を引き摺り込むとはやるな、イヴァン」
「よっ! リア充! 爆発しろ!」
「今回は事故みたいだけど、合意のないセクシャルな接触は不能の刑に処すから覚悟しなさい」
チアンは淡々と、ヘンリーは妬みを籠めて、ネモは冷気をまき散らしてイヴァンの貧弱な精神をつつく。実に濃いキャラをしている。
「んぐぅ……」と呻くイヴァンに、レナは苦笑いする。
「まあ、寝ぼけてただけですし……。謝ってもらいましたら、もういいですよ」
「うう……、本当にごめんね、レナ……」
寝起きでボサボサの頭の黒髪をかき回し、イヴァンは情けない顔をする。
そんなイヴァンの手を引いて焚火の傍まで導き、トマトシチューとパンを渡す。
「凄くお疲れなんですよね? 朝食も昼食も抜いたって聞きましたよ? しっかり食べて下さいね」
そう言って、今度は自分の分を注ぐべくその場を離れる。
ネモはその後を追い、残されたイヴァンは肩を落としてトマトシチューを手持ち無沙汰にかき回す。
そんなイヴァンの傍に、チアンとヘンリーがソロリと寄って来る。
「――それで、どうだった?」
「レナを抱きしめた感想は?」
男達の質問に、イヴァンは絞り出すように言った。
「――いい匂いがしました!」
瞬間、スパーンといい音を鳴らしてチアンとヘンリーに頭を叩かれる。
イヴァンはたんこぶを襲った衝撃に、頭を抱えて悶絶したのだった。
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