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令嬢は踊る

第二話 合流

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 イヴァンの死体かと見まごう生気の無さにレナは悲鳴を上げ、彼の元へ駆けつける。そんなレナの後を、ネモがのんびりとした歩調で追う。

「いやぁ、実は結構ビシバシ鍛えたらさ、随分疲れがたまってたみたいで、仮眠取らせたら全然起きなくなっちゃって」

 テヘペロと言わんばかりの口調だった。
 レナがピクリとも動かないイヴァンの呼吸の有無を確認している横に辿り着き、ネモは言う。

「あっくん、留守番ありがとう」
「きゅいっ」

 ネモの言葉を受けて、イヴァンの体の陰から顔を出したのは、額に赤い宝珠を持つ大き目の白リスのような姿の幻獣だった。
 この幻獣こそ、ネモの契約召喚獣のアセビルシャス――通称、あっくんである。
 あっくんはネモが差し出した手を上り、定位置の肩に乗る。

「だから、あっくんに護衛を頼んで私だけでレナちゃんを迎えに行ったの」
「あ、あの、イヴァン先輩は大丈夫なんですか?」

 オロオロしながらそう尋ねたレナに、ネモはカラカラと笑って大丈夫だと太鼓判を押した。
 ネモが大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろうが、これだけ動かないと死体じみていて怖い。

「けどネモ先輩。あっくんに護衛を任せて意識のないイヴァン先輩を森の中に残すだなんて、危ないじゃないですか」
「え? なんで?」

 レナはネモの危機感の無さを責めるが、彼女は不思議そうな顔をした。

「ネモ先輩!」
「いや、待って。だって、あっくんよ? これ以上ない程に安全じゃない」

 その証拠にホラ、とネモが指さす方へ視線を向け、唖然とする。
 そこには、十メートルほど薙ぎ倒された木々と、黒焦げになった犬っぽい魔獣の躯があった。

「いや、まあ、ちょっと過剰戦力という意味では不安だったかもしれないけど……」

 ネモは視線を泳がせながら「ま、まあ、イヴァンに危険は無いし!」と誤魔化した。
 レナは困惑した顔で尋ねた。

「あの、ネモ先輩。あっくんって、何者なんですか?」
「あっくんはあっくんよ!」

 全力で視線を逸らされ、あっくんの正体は教えてもらえなかった。
 その後、あっくんのお陰と言うべきか、それとも所為と言うべきか、周囲から魔物が消えたため、薬草取りに行こうと連れ出された。ちなみに、あっくんは未だに目を覚まさないイヴァンとお留守番である。



   ***



「は? なんで居るの?」

 薬草を採取し、キャンプスペースに戻って来てのネモの第一声はそれだった。
 レナも目を丸くして視線の先に居る人達を見る。

「いやぁ、もう、仕事をしたくなくてな……」
「実家に帰ったら、帝位継承権が八つも上がっていた。単純に命の危険を感じたから、さっさと脱出して来た」

 そこには、『台所錬金術部』の二つ上の先輩、ランタナ王国の第三王子であるヘンリー・ランタナと、カンラ帝国第十八皇子のチアン・カンラが居た。
 呆れた顔をするネモの隣で、レナは顔を引きつらせる。ヘンリーの仕事放棄もアレだが、継承権が八つも上がってたってなんだ。何があったというのか。

「いや、だからって、なんでわざわざこんな森の中に来るのよ。アンタ達、一応王子サマでしょうが」
「実家の魔窟より、森の中でキャンプ中の手練れの錬金術師の傍の方が安全だ」
「安心しろ。一応、王家の影が護衛についてる。まあ、お前とあっくんが居るんだからなんの心配もない」
「ご信頼ドーモ! けど、護衛依頼でもないのに、守らないわよ!」

 「「えーっ」」と不満そうな声を上げる王子二人に、ネモが「やかましい! さっさと帰れ!」と怒鳴る。
 騒がしい先輩達の傍をそっと離れ、木陰で眠るイヴァンの元へ行く。

「イヴァンせんぱ~い……。まだおねむですか~……?」

 小声で呼びかけてみるが、やはりピクリとも反応しない。しかし、午前中に見た時よりも顔色は良くなっていた。
 あっくんがちょろりと顔を出し、どうしたの? と首を傾げる。
 それに苦笑し、レナは呟く。

「ネモ先輩、どれだけ厳しい特訓をしたんだろう。不安だなぁ……」

 ギャアギャアと騒ぐ先輩達を遠目に、彼女は溜息をついた。
 イヴァンが心配なのは確かなのだが、レナはある可能性に気付いてしまったのだ。
 ネモは、確実にイヴァンに施した特訓と同程度のものをレナに行うつもりだろう。

「明日は我が身って、正にこういう事なんでしょうね……」

 思わず逃げ帰りたくなるのをぐっと我慢する。ここで逃げたって無駄だとわかっていたからだ。あのハイスペックな先輩の手から逃れられるとは思えない。

「けど、それを乗り越えれば確実に成長できる……!」

 ガンバレ、私! そう自分を励ましていたが、なんとも言えない情けない顔になることは止められなかった。
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