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ジェイドの蝋燭
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場末の酒場。
そこでへらへらとした笑顔で酒を煽るのは、赤毛のそこそこ整った顔をしている女だ。
その笑顔を肴に酒を舐めるのは、魔術師の男だった。
女よりもよっぽど綺麗な顔をしている魔術師の男は、赤毛の女に告げる。
「お前、飲み過ぎですよ。そんなんじゃぁ、明日は二日酔いだ」
「えー、いいじゃーん。久しぶりに、すっごい良い仕事した後だよ? これは飲むべきデショ」
赤毛の女の名を、カレンと言った。
カレンは二年前、勇者と共に魔王を討伐した勇者パーティーのメンバーだった。そして、魔術師の男もまた、そのパーティーの一員だった。
魔術師の男――ジェイドは、勇者パーティーの一員ではあったが、一度勇者パーティーが壊滅しかかり、魔術師が離脱することになったために補充された人間だった。
ジェイドは、元はとある国で宮廷魔術師を勤めていた。彼は元はスラムの人間であり、そこから這い上がってとうとう宮廷魔術師にまでなった努力の人間だった。
しかし、そんな出自であったから、彼は周りに軽く見られ、嗤われてきた。
そんな奴等を見返すために、彼はさらなる努力を重ねていた――その時だった。ある日、勇者パーティーが壊滅し掛かる程の重傷を負い、ある城に運び込まれたのは……
王女が勇者を手に入れるためのハニートラッパーとしてその城に送り込まれ、自分もまた、勇者パーティーのメンバーの女を落とすよう命じられた。
実に馬鹿馬鹿しい命令だった。
しかし、命じられたのならそれを実行しなければならないのが宮仕えの悲しい所である。
ジェイドは勇者パーティーの槍使いの女に接触し――恋に落ちた。
なんともまあ、間抜けな結果だった。木乃伊取りが木乃伊になったのだ。
槍使いの女戦士であるカレンは、強い女だった。そして、愛情深く――哀しい女だった。
彼女は勇者の恋人だった。そりゃあ、こんないい女だったら勇者だって惚れるに違いない。
惚れてすぐに失恋か、と落胆の溜息をつき、ジェイドは早々にカレンに自分が彼女を誘惑するよう命じられたと白状した。
王にはハニートラップを命じられると同時に、勇者パーティーのメンバーに加わる様にも命じられていたため、妙はわだかまりを作っておきたくなかった。それが功を奏し、カレンや他のメンバーと打ち解けることに成功した。
しかし、思わぬ事態が発覚した。
勇者が、直近の一年間の記憶を失っていたのだ。
その記憶は、カレンと惹かれ合い、恋人となった期間の記憶だった。
勇者パーティーで、カレンと勇者の関係を知る者は慌てた。真実を話そうとした者も居た。しかし、カレンがそれを止めた。
何故なら、その頃には勇者は王女と恋仲になっていたのだ。
カレンは自分と勇者の関係を彼に知らせ、そこから生じるわだかまりを恐れた。そこから発生するかもしれない判断力の低下を、命の危機を、恐れたのだ。
仕方のない事だから諦めるよ、と告げた彼女は悲しそうだったが、徐々に失った愛の傷は回復しているように見えた。勇者パーティーのメンバーもそれに安堵し、遂に魔王を討伐せしめた。
しかし、そんなことは無かったのだと知ったのは、勇者と王女の結婚式の日だった。
ジェイドは、彼女がこぼした哀しい涙を知っている。
カレンは、隠すのが上手かった。勇者や、仲間の命を想い、己の感情を隠しきったのだ。
幸せそうな二人に向けてこぼした言葉に、胸が引き絞られる思いだった。
そうして、彼等が結婚した後、引き留める王や勇者の言葉を振り払い、彼女は国を出て行き――そにれ、自分も同行した。
魔王討伐の報酬で大金を手に入れ、この国に用はなくなった。元々スラムの下賤な出身よと蔑まれており、居心地の悪いこの国に忠誠心など生まれる筈もなく、用意されていた地位も名誉も鼻で嗤って出てきてやった。
カレンは着いて来たジェイドに驚き、本当に良いのかと何度も確認された。
「俺はスラム出身ですからね。成り上がったはいいが、蔑まれるばかりで居心地が悪かった。大金が手に入った今が辞め時さね」
「そう……」
彼女はそう言って納得し、ジェイドが旅の仲間となるのを歓迎した。
そうして二年、二人で様々な国を旅した。
色々あった。旅先で勇者に子供が生まれたと聞いた時は、少し寂しそうにしたけれど、それでも笑って祝福した。
徐々に、徐々に、彼女の傷は癒えている。
時間はかかるが、きっといつか思い出に出来るだろう。その時、彼女の隣には自分が立つのだと決めている。
粗末な蝋燭の火に照らされた彼女は、いつか見た王女様よりもよっぽどいい女だった。
「馬鹿な男だ」
その呟きは、とうとう潰れて眠り込んでしまったカレンには聞こえない。
蝋燭の火のような赤髪を指ですき、微笑む。
こんなに良い女を手に入れていたのに、忘れてしまうなんて……
「愛してますよ、カレン」
いつかきっと、お前の心を手に入れる。
そうしたら、どこかに家を買って、共に暮らし、子供を育てよう。
「世界が平和になって、本当に良かったですね」
幸せな未来は、きっと、そう遠くない。
そこでへらへらとした笑顔で酒を煽るのは、赤毛のそこそこ整った顔をしている女だ。
その笑顔を肴に酒を舐めるのは、魔術師の男だった。
女よりもよっぽど綺麗な顔をしている魔術師の男は、赤毛の女に告げる。
「お前、飲み過ぎですよ。そんなんじゃぁ、明日は二日酔いだ」
「えー、いいじゃーん。久しぶりに、すっごい良い仕事した後だよ? これは飲むべきデショ」
赤毛の女の名を、カレンと言った。
カレンは二年前、勇者と共に魔王を討伐した勇者パーティーのメンバーだった。そして、魔術師の男もまた、そのパーティーの一員だった。
魔術師の男――ジェイドは、勇者パーティーの一員ではあったが、一度勇者パーティーが壊滅しかかり、魔術師が離脱することになったために補充された人間だった。
ジェイドは、元はとある国で宮廷魔術師を勤めていた。彼は元はスラムの人間であり、そこから這い上がってとうとう宮廷魔術師にまでなった努力の人間だった。
しかし、そんな出自であったから、彼は周りに軽く見られ、嗤われてきた。
そんな奴等を見返すために、彼はさらなる努力を重ねていた――その時だった。ある日、勇者パーティーが壊滅し掛かる程の重傷を負い、ある城に運び込まれたのは……
王女が勇者を手に入れるためのハニートラッパーとしてその城に送り込まれ、自分もまた、勇者パーティーのメンバーの女を落とすよう命じられた。
実に馬鹿馬鹿しい命令だった。
しかし、命じられたのならそれを実行しなければならないのが宮仕えの悲しい所である。
ジェイドは勇者パーティーの槍使いの女に接触し――恋に落ちた。
なんともまあ、間抜けな結果だった。木乃伊取りが木乃伊になったのだ。
槍使いの女戦士であるカレンは、強い女だった。そして、愛情深く――哀しい女だった。
彼女は勇者の恋人だった。そりゃあ、こんないい女だったら勇者だって惚れるに違いない。
惚れてすぐに失恋か、と落胆の溜息をつき、ジェイドは早々にカレンに自分が彼女を誘惑するよう命じられたと白状した。
王にはハニートラップを命じられると同時に、勇者パーティーのメンバーに加わる様にも命じられていたため、妙はわだかまりを作っておきたくなかった。それが功を奏し、カレンや他のメンバーと打ち解けることに成功した。
しかし、思わぬ事態が発覚した。
勇者が、直近の一年間の記憶を失っていたのだ。
その記憶は、カレンと惹かれ合い、恋人となった期間の記憶だった。
勇者パーティーで、カレンと勇者の関係を知る者は慌てた。真実を話そうとした者も居た。しかし、カレンがそれを止めた。
何故なら、その頃には勇者は王女と恋仲になっていたのだ。
カレンは自分と勇者の関係を彼に知らせ、そこから生じるわだかまりを恐れた。そこから発生するかもしれない判断力の低下を、命の危機を、恐れたのだ。
仕方のない事だから諦めるよ、と告げた彼女は悲しそうだったが、徐々に失った愛の傷は回復しているように見えた。勇者パーティーのメンバーもそれに安堵し、遂に魔王を討伐せしめた。
しかし、そんなことは無かったのだと知ったのは、勇者と王女の結婚式の日だった。
ジェイドは、彼女がこぼした哀しい涙を知っている。
カレンは、隠すのが上手かった。勇者や、仲間の命を想い、己の感情を隠しきったのだ。
幸せそうな二人に向けてこぼした言葉に、胸が引き絞られる思いだった。
そうして、彼等が結婚した後、引き留める王や勇者の言葉を振り払い、彼女は国を出て行き――そにれ、自分も同行した。
魔王討伐の報酬で大金を手に入れ、この国に用はなくなった。元々スラムの下賤な出身よと蔑まれており、居心地の悪いこの国に忠誠心など生まれる筈もなく、用意されていた地位も名誉も鼻で嗤って出てきてやった。
カレンは着いて来たジェイドに驚き、本当に良いのかと何度も確認された。
「俺はスラム出身ですからね。成り上がったはいいが、蔑まれるばかりで居心地が悪かった。大金が手に入った今が辞め時さね」
「そう……」
彼女はそう言って納得し、ジェイドが旅の仲間となるのを歓迎した。
そうして二年、二人で様々な国を旅した。
色々あった。旅先で勇者に子供が生まれたと聞いた時は、少し寂しそうにしたけれど、それでも笑って祝福した。
徐々に、徐々に、彼女の傷は癒えている。
時間はかかるが、きっといつか思い出に出来るだろう。その時、彼女の隣には自分が立つのだと決めている。
粗末な蝋燭の火に照らされた彼女は、いつか見た王女様よりもよっぽどいい女だった。
「馬鹿な男だ」
その呟きは、とうとう潰れて眠り込んでしまったカレンには聞こえない。
蝋燭の火のような赤髪を指ですき、微笑む。
こんなに良い女を手に入れていたのに、忘れてしまうなんて……
「愛してますよ、カレン」
いつかきっと、お前の心を手に入れる。
そうしたら、どこかに家を買って、共に暮らし、子供を育てよう。
「世界が平和になって、本当に良かったですね」
幸せな未来は、きっと、そう遠くない。
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