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カレンの蝋燭
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――ゴーン……ゴーン……
教会の鐘が鳴る。
喜びと祝福の音だ。
カレンはそれを人々に交じり、広場で聞いた。
教会から出て来たのは、半年前に魔王を討伐した勇者ケインとこの国の第三王女のマリエラだ。
二人の顔は喜びに満ち、互いを見つめる眼差しには愛があった。
今日、彼等は結婚した。
神の前で愛を誓い、伴侶となったのだ。
人々は口々に祝福の言葉を送り、彼等の幸福を願った。
国中が彼等の結婚を喜ぶなか、カレンだけは哀しみで目を伏せていた。
昔、カレンとケインは恋人だった。
これは、ごく一部の人間しか知らない事実だ。
カレンは勇者パーティーの一員であり、槍を得物とする女戦士だった。
ケインとは苦楽を共にするうちに愛が芽生え、それを伝えあい、恋人となった。魔族との苦しい戦いの中、それは救いであり、希望だった。
世界が平和になったらどうしようかと彼と話した日々。
結婚して、村で平和に暮らして、子供を育てて……
しかし、それは叶わぬ夢となった。
ケインがある日重傷を負い、一年間の記憶を失ったのだ。――そう、それは、カレンと惹かれ合い、恋人となった日々の記憶だった。
愕然とした。
あの苦しくとも、愛しく、幸せな日々が彼から失われたなど……
けれど、カレンは諦めるつもりはなかった。
ケインはカレンの事を忘れてしまったけれど、カレンは覚えているのだから。
カレンはケインと自分は恋人で会ったことを告げようと思っていた。しかし、それは少しだけ遅かった。
彼は、運び込まれた城に居たこの国のお姫様、マリエラと恋に落ちてしまっていた。
ケインはいつもカレンに向けていた筈の甘く、熱い眼差しをマリエラに向けていた。カレンに向けられるのは、仲間としての信頼と情だけだ。
ケインとマリエラの恋は、きっと仕組まれたものだった。
勇者の力と名声は、魔王討伐が上手くいったあと、国が欲しがるものだろう。だからこそ、傷つき苦しむ勇者の看護に、美しい王女自らが参加したのだ。
そうでなければ、わざわざ高貴な身分の王女が看護をするわけがない。
そして、カレンがそれに気付けなかったのは、カレンもまた重傷を負って動けなかったからだ。
カレンの元には、国が用意した綺麗な顔をした魔術師がよく顔を出した。
彼は、国に命じられて勇者パーティーに新たに加わる予定の仲間だった。この男もまた、カレンを国に取り込むために用意されたハニートラッパーだった。
しかし、カレンの心にはケインが居た。魔術師の男は早々にそれに気付き、肩を竦めてカレンに「こんな馬鹿馬鹿しい仕事をせずに済んでよかった」と飄々と言い放った。
そうしてカレンは男と友誼を結んだ。
けれど、ケインはカレンへの想いを忘れ、その胸にはマリエラ王女への愛がある。
虚しかった。
カレンはケインに、自分は彼の恋人だったのだと言ってしまおうかと思った。
けれど、言えなかった。余計なことを言って自分たちの間に妙なわだかまりができ、それが原因で命を落とすようなミスが出ないとも言えなかったのだから。
だからカレンはこの虚しさに蓋をして、勇者パーティーの一員として旅を続けた。
そうして一年後、遂に魔王を討伐し、世界に平和をもたらした。
ケインはすぐさま王女の元へ行き、王に結婚の承諾を得て、この日を迎えた。
彼が人々の祝福に答えるように、大きく手を振る。
あの手がカレンの赤い髪を撫で、「蝋燭の火のようで綺麗だ」と言った日のことを覚えている。
あの手はもう、カレンの髪を撫でる日は来ない。
胸に灯る彼への想いは、もう、吹き消さなくてはならない。
カレンは喜びに満ちた一組の夫婦を見上げ、涙を一粒こぼした。
「お幸せに……」
胸に悲しみが満ちようと、それだけは心からの言葉だった。
教会の鐘が鳴る。
喜びと祝福の音だ。
カレンはそれを人々に交じり、広場で聞いた。
教会から出て来たのは、半年前に魔王を討伐した勇者ケインとこの国の第三王女のマリエラだ。
二人の顔は喜びに満ち、互いを見つめる眼差しには愛があった。
今日、彼等は結婚した。
神の前で愛を誓い、伴侶となったのだ。
人々は口々に祝福の言葉を送り、彼等の幸福を願った。
国中が彼等の結婚を喜ぶなか、カレンだけは哀しみで目を伏せていた。
昔、カレンとケインは恋人だった。
これは、ごく一部の人間しか知らない事実だ。
カレンは勇者パーティーの一員であり、槍を得物とする女戦士だった。
ケインとは苦楽を共にするうちに愛が芽生え、それを伝えあい、恋人となった。魔族との苦しい戦いの中、それは救いであり、希望だった。
世界が平和になったらどうしようかと彼と話した日々。
結婚して、村で平和に暮らして、子供を育てて……
しかし、それは叶わぬ夢となった。
ケインがある日重傷を負い、一年間の記憶を失ったのだ。――そう、それは、カレンと惹かれ合い、恋人となった日々の記憶だった。
愕然とした。
あの苦しくとも、愛しく、幸せな日々が彼から失われたなど……
けれど、カレンは諦めるつもりはなかった。
ケインはカレンの事を忘れてしまったけれど、カレンは覚えているのだから。
カレンはケインと自分は恋人で会ったことを告げようと思っていた。しかし、それは少しだけ遅かった。
彼は、運び込まれた城に居たこの国のお姫様、マリエラと恋に落ちてしまっていた。
ケインはいつもカレンに向けていた筈の甘く、熱い眼差しをマリエラに向けていた。カレンに向けられるのは、仲間としての信頼と情だけだ。
ケインとマリエラの恋は、きっと仕組まれたものだった。
勇者の力と名声は、魔王討伐が上手くいったあと、国が欲しがるものだろう。だからこそ、傷つき苦しむ勇者の看護に、美しい王女自らが参加したのだ。
そうでなければ、わざわざ高貴な身分の王女が看護をするわけがない。
そして、カレンがそれに気付けなかったのは、カレンもまた重傷を負って動けなかったからだ。
カレンの元には、国が用意した綺麗な顔をした魔術師がよく顔を出した。
彼は、国に命じられて勇者パーティーに新たに加わる予定の仲間だった。この男もまた、カレンを国に取り込むために用意されたハニートラッパーだった。
しかし、カレンの心にはケインが居た。魔術師の男は早々にそれに気付き、肩を竦めてカレンに「こんな馬鹿馬鹿しい仕事をせずに済んでよかった」と飄々と言い放った。
そうしてカレンは男と友誼を結んだ。
けれど、ケインはカレンへの想いを忘れ、その胸にはマリエラ王女への愛がある。
虚しかった。
カレンはケインに、自分は彼の恋人だったのだと言ってしまおうかと思った。
けれど、言えなかった。余計なことを言って自分たちの間に妙なわだかまりができ、それが原因で命を落とすようなミスが出ないとも言えなかったのだから。
だからカレンはこの虚しさに蓋をして、勇者パーティーの一員として旅を続けた。
そうして一年後、遂に魔王を討伐し、世界に平和をもたらした。
ケインはすぐさま王女の元へ行き、王に結婚の承諾を得て、この日を迎えた。
彼が人々の祝福に答えるように、大きく手を振る。
あの手がカレンの赤い髪を撫で、「蝋燭の火のようで綺麗だ」と言った日のことを覚えている。
あの手はもう、カレンの髪を撫でる日は来ない。
胸に灯る彼への想いは、もう、吹き消さなくてはならない。
カレンは喜びに満ちた一組の夫婦を見上げ、涙を一粒こぼした。
「お幸せに……」
胸に悲しみが満ちようと、それだけは心からの言葉だった。
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